聖女と逆鱗
「っ、あ、あの、ノ、ノワル…………?」
ノワルに覆いかぶされて、間近に端正な顔がある状況に鼓動がとんでもなく速くなっていく。
「花恋」
低い声で呼び捨てにされると心臓がきゅう、と跳ねる。黒い瞳がいつもより熱くゆらめいていて、いつものノワルではない。
「あの鱗がなにか知ってる?」
首を横に振ると、頬をするりと撫でられて肌が粟立つ。
「龍の逆鱗って聞いたことない?」
「っ!」
龍の逆鱗は、私でも聞いたことある。龍に生えている鱗の中に一枚だけ逆さに生えている鱗があり、逆鱗を触ると激しく怒らせてしまうという。
「ご、ごめんなさい……っ!」
とんでもない鱗に触ってしまったことに今さら気づいて、涙が込み上げてくる。龍は、逆鱗に触れられることをとんでもなく嫌がり、触られると激昂し、触れた者を即座に殺すという。
「ごめんなさい、ノワル……っ。ノワルの嫌がることをしちゃって、本当にごめんなさい!」
ノワルに殺されるかもしれないことより、ノワルが殺意を覚えるほどのことをしてしまったことに後悔の涙がこぼれる。
「はああ、もう、花恋かわいい」
ちゅ、ちゅ、と目尻の涙を吸い取られて、甘やかに見つめられた。
「逆鱗を番以外に触れられるのは激昂するくらい嫌なんだけど、番に触られると──」
ノワルの手が頬に添えられて、言葉を切ったノワルに瞳を覗き込まれる。まっすぐな眼差しに思わず喉がこくりと鳴った。
「──とんでもなく欲情する」
「ふえええ……っ?!」
あまりにびっくりして目を見開いて、変な声がこぼれ落ちる。
「気持ちのコントロールが難しくなって発情する」
「……は、はつじょう」
「うん、発情。とんでもなく欲情して止まらなくなるからね、龍の間では絶倫の鱗なんて呼ばれているよ」
「……ぜつりんのうろこ」
欲情も発情も絶倫のとんでもない発言に思考が停止してしまって、ノワルの言葉をオウム返しにしてしまう。今までの人生にまったく馴染みのない単語の羅列すぎる。
「ああ、絶倫っていうのは、元々の抜群に優れているって意味じゃなくて、性的な持久力が桁外れに旺盛って意味の方だからね」
「ひ、ひゃ、ひゃあ…………っ!」
ノワルに絶倫の意味を耳元で解説されて、思いっきり叫び声を上げながら両手で顔を覆った。私、とんでもない鱗を何度も何度も触って撫でてキスしていたよね?!?! もしかして金色からピンク色に変わっていたのが発情してたってことなのかな?!
も、もう、恥ずかしすぎて鯉のぼりの紐を切って、空へ飛んでいってしまいたい。
「ねえ、花恋。絶対に触ったら駄目だって言ったよね?」
「……うん。ごめんなさい」
顔を覆う手の甲に、ちゅ、と優しくキスが落ちてくる。甘い音が部屋に響いて、触れた体温に心臓がきゅううと締め付けられた。
「俺はね、本当はいつでも花恋といちゃいちゃしたいけど、必死に我慢してるんだよ」
「……う、うん。ごめんなさい」
顔を覆っていた両手を優しく剥がされれば、いつもより熱くて甘い瞳に射抜かれて。ノワルの顔がゆっくり下がり、至近距離で見つめ合う。
火傷しそうな熱いまなざしに焦がされる。身体中の体温が上がり、心臓がどきどき痛いくらいに鼓動を打つ。
「花恋、好きだよ」
まっすぐな想いを告げられてしまったら、もう瞳を逸らせない。宝石みたいな瞳の中に映る私の顔は、ノワルが好きだと書いてある。
「私もノワルが好き……」
「ああ、もう……っ! 本当に花恋はかわいいね」
私は近づいてくる顔に、そっとまぶたをとじた。
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