聖女と誘惑
キツネ獣人のコンキチさんに竹林が見える部屋に案内された。
コンキチさんのぴこぴこ動く耳とゆらゆら揺れる尻尾を視界に入れないように気をつけて、ノワルの隣に腰を下ろす。
「花恋様は、こっち」
ノワルの言葉と一緒に伸びてきた腕に捕まって、胡座をかいた隙間にすっぽりおさまった。腰に腕がまわされ、私の背中とノワルの胸板がぶつかると、ひだまりの匂いがする。
「たくさん歩いて疲れたでしょう。寄りかかっていいよ」
ノワルの優しさにときめきつつ、コンキチさんの前で抱きしめられるのは恥ずかしい。そんな気持ちでノワルを見上げたら、おでこに、ちゅ、と宥めるようなキスを落とされて身体の力がふにゃりと抜ける。
ぽやぽやした私の頭は優しく引き寄せられて、気づいたらノワルに身体を預けていた。
「コンキチ殿、温泉が出ない原因はモグーラでいいのかな?」
「ええ、そうなんです……」
しょんぼり垂れた尻尾は見ないように、コンキチさんの言葉に耳を傾ける。
「最近になってモグーラが大量にこの地に移動してきて、土地を荒らしているのです。退治しようと思っても土の中にいて、すばしっこくて手に負えなくて……。モグーラのせいで温泉もほとんど出なくなってしまい、もうこの土地を捨てようかと村の者たちと相談していたところです」
へにゃりと下がった三角耳は見ないように、コンキチさんの話しを聞き終わる。
腰にまわされたノワルの腕をつんつんして、モグーラがなにかを聞くと、モグーラはもぐらに似た魔物だと教えてもらった。見た目も土の中で穴を掘って生活しているのも同じだけど、体がもぐらより大きくて力が強く、魔力によって温泉の流れも変えてしまうくらい影響力があるらしい。
「聖女様、この土地の浄化をお願いできないでしょうか? 温泉が元通りになれば、にぎわいが戻るはずです……!」
コンキチさんの真剣なまなざしに言葉がつまる。
土地の浄化はできると思うけど、モグーラが土を掘って流れを変えてしまった温泉まで戻るかわからない。コンキチさんにどう答えたらいいかわからず、助けを求めてノワルに視線を送った。
「花恋様はどうしたい?」
ノワルの手が私の頬を包み、優しい瞳に見つめられる。
私は、こういう時、ノワルがどんな言葉も受け止めてくれると知っている。
「あのね、魔物で困っているなら浄化したい。あと、温泉が元通りになるといいなと思ってる……。できるかな?」
「うん、できるよ」
ノワルの返事が嬉しくて、ぎゅっと抱きつく。ひだまりの匂いで胸いっぱいになる。
龍になったラピスみたいに、おでこをぐりぐり擦り付けていたら、ノワルのくすくす笑う声がして顔を上げたら、おでこに甘い感触が降ってきた。
甘くてくすぐったくて、もっとほしくなる。もう一度、ノワルの胸におでこをすりすりする。
「花恋様、かわいい」
おでこに、ちゅ、と甘い音が鳴った。
ふにゃりと身体の力が抜けるとノワルに引き寄せられる。ぴっとりノワルにくっついて、おでこをぐいぐい押しつけて、ノワルに甘える。
まぶたや頬にキスが落ちてくる度に、胸がきゅう、と甘く音を立てていく。目の前の大好きなノワルに見つめられて、かわいいの言葉とついばむようなキスにしあわせな気持ちが広がって、頭も心もふわふわしてしまう――…
「カレン様――茹で狐が出来上がっていますよ」
「へっ? あっ、ひゃあ……っ!」
ロズの言葉に心臓が飛び出るくらい驚いた。
そおっとコンキチさんに視線を向けると、もふふわな尻尾を抱きしめて顔を埋めている。ふわもふな尻尾とぴこぴこと気まずそうに揺れる耳を見ないように、コンキチさんを小さな声で呼んだ。
「あ、あの、コンキチさん……」
「せ、聖女様と聖獣様は、その、仲がいいものだって聞いてたのですが、本当なんですね――…」
茹で狐みたいに真っ赤な顔のコンキチさんの言葉に、顔から火が出るくらい恥ずかしくなった私は、冷静になるためにクールな青色のもふもふラピスに隠れるようにぎゅうっと顔を埋めた。












