僕の妹は悪役令嬢
「お兄様。わたくしは悪役令嬢で殿下に婚約破棄されてしまうらしいの」
(この妹馬鹿なの?)
帰宅するなり盛大な音を立てて部屋に突入し、真剣な顔をして詰めよってくる妹に窓際まで押されたトーマスは、突然なにを言い出すのかとギョっとする。
(いやこんな猪突猛進な婚約者は嫌だなぁ。少し矯正しないと)
『猪突猛進』なんて口に出そうものなら倍返しされるのが分かっているので、トーマスは他愛のない言葉を口にする。
「誰がそんな酷いことを言ったの?殿下がルビィを裏切る訳ないじゃない」
気にするな、という意味を込めて言ったがルビィには通じなかったらしい。
よくぞ聞いてくれました!とばかりに更にトーマスに詰め寄ったルビィ。
トーマスの背には窓しかなく逃げられそうにない。
「半年遅れで入学してきた男爵家のご令嬢ダイヤ様ですわ。
わたくし、殿下の婚約者でしょう。遅れて入学されたダイヤ様がひとりにならないよう声を掛けて差し上げましたの。そしたら…」
ルビィは貴族達が通う学園の1年生。ルビィの婚約者である王太子とトーマスは3年生だった。
「あんた悪役令嬢じゃない。どうせ殿下に婚約破棄されるんだから、近寄らないでよ!って言われましたのよ!!」
「え?」
と、トーマスは驚くと黙り込んだ。
ルビィはそんな兄には構わず言葉を続ける。
「悪役令嬢って何ですの⁈
令嬢が悪役って何かお芝居でもなさるのかしら?
わたくしダイヤ様の仰る事が全く分からなかったの」
(主人公も転生者なのか)
そう確信したトーマスは詰め寄るルビィの肩に手をおくと、真剣な顔でルビィに言った。
「そのご令嬢はきっと病気なんだよ。そうだな病名にすれば『乙女ゲームの主人公に転生しちゃった。イケメンパラダイスじゃないキャハハ☆ウフフ♡』病だ。
危ないからルビィは絶対に近づいてはいけないよ」
「お兄様…」
ゴクリと唾をのみながらルビィも真剣な顔で兄に言った。
「まったく意味がわかりませんわ」
わたくし頭が悪いのかしら?と真っ青な顔になるルビィに「ルビィは大丈夫。万事お兄様に任せなさい」と諭した後、全く理解出来ていないルビィを部屋から追い出した。
そして先ほどルビィに追い詰められた窓まで歩みを進めると、月が輝く夜空を見上げる。
「わたしのお馬鹿で可愛いルビィに悪役令嬢ですって⁈」
声変わりも終わったトーマスの口から発せられた言葉。
「わたしだって転生するなら主人公が良かったわよ。何だって殿下の側近なのよ。わたしの推し達にはずぇったいに近寄らせないんだから!」
夜空に向かって全力でガッツポーズするトーマス。
トーマスの前世は乙女ゲームにハマる極々一般の女子大生。
男に生まれたのもショックだが、この世界が一番好きな乙女ゲーム「君の瞳は宝石ように輝く」だと気付いた時の絶望は計り知れない。
「ルビィはちょっと天然ボケの殿下好みに育ってるし、後はイベントが発生しないようにすれば大丈夫でしょ」
ルビィの婚約者である王太子は推しではないので、妹にはこのまま幸せになって欲しいとトーマスは考え、殿下好みに教育してきた。今のところ順調だ。
トーマスは自分が主人公に転生出来ず『推し達とは絶対に結ばれない』運命を呪った。
そして最終的に辿り着いた答え。
『ハッピーエンドは絶対許さない。主人公にはただのひとりも攻略なんてさせない計画』だった。
そんな主人公に対する嫉妬だけを原動力に、トーマスは今日も逞しく生きている。
嫉妬心は怖いという話