第6話
戦国時代前期頃のイメージですが、純粋な歴史ものではありません。
時代背景等はかなりアバウトです。
あくまでフィクションとしてご了解下さい。
頼みの綱を見失った衝撃に一時思考が完全に停止する。
慣れぬ土地でたったひとり、いかに強がっていてもまだまだ子供の身では如何ともならぬ。
力無く座り込んでいると、遠くで鎧のかち合う音がした。
成鷲は一瞬で目の輝きを取り戻すと、すくと立ち上がった。
鎧の音――それは成鷲にとって戦の音だった。戦場なら、何を為すべきかは骨の髄まで叩き込まれている。
成鷲は崩れかかった山門の陰に身を隠すと、追っ手を迎え撃つべく刀を握りしめた。
現れた山賊はたったひとりだった。
ざんばら髪に人相も解らぬほど真っ黒に汚れた顔。それとはあまりに不釣り合いな緋糸威しの鎧は大方死者から剥ぎ取ったものだろう。
きょろきょろと辺りを見回し、自分を探しているだろう山賊を窺いながら、成鷲は不思議なほど落ち着きを取り戻していた。
恐らく慎弥はもはやこの世にはあるまい。しかし、今や腰の刀と己の腕だけなのだと悟った途端、成鷲の中で霧が晴れるように無用な雑念が消え失せていた。
百戦錬磨の山賊であろうが相手もたったひとり、ここを切り抜けられるかどうか、戦国の武将としての己の運と器量を計ってやろうとの思いさえあった。
山賊は寺を窺いながら刀を抜いた。ガシャガシャと派手な音をさせて甲冑を揺らせながら大股で歩いてくる。
それを見て成鷲はフッと口元に笑いを浮かべた。刀も合わせぬ内から高々と鎧を鳴らすなど不作法で見苦しいことだ。これ見よがしの鎧の下で貧弱な肝を更に縮こませているのをさらけ出しているようなものだと、いつも父に言い聞かされていた。
大丈夫。勝てる。いや、あのような者に負けるものか。と成鷲は思った。
その時だった。突然視界の隅に大きな白い鳥のようなものが舞い降りてきたように感じて、成鷲はギクリと息を呑んだ。
それは鳥と言うにはあまりにも大きく、第一羽音ひとつ聞こえぬどころか何の気配も感じさせなかった。
盗賊に集中していたとはいえ、そこは戦の中で鍛えられてきた成鷲である。なんであれ接近するものの気配には瞬時に反応する自信があったというに。成鷲の背筋に冷たい汗が伝った。
ところが、そんな成鷲なぞ目に入らぬかのように、それはすらりと成鷲の横を素通りしていく。
呆気にとられる成鷲の目の前で、その白い鳥――否、白い衣を纏った人らしきものは静かに、しかし堂々とした足取りで山賊の方に歩いていった。
その背中で揺れる白髪の束ね髪が目に入って、ああ、これだったのか…と成鷲は『人』と断言できない違和感の正体に気付いた。
白い髪、白い衣、夕暮れ時の薄闇の中、それはほんのりと光り輝き幻のように見えた。
その妖しい姿に湧き上がってくる震えを拳で押さえながら息を潜めて幾拍か。
先程まで煩く響いていた鎧のかち合う音はおろか、目の前で風にはためいている白い衣の衣擦れの音さえなかった空間に、不意に耳障りな声が上がった。
衣の陰になって窺い知ることは出来ないが、あの山賊の発したものなのか。しかしそれは一瞬のことで言葉として聞き取れるものでもなく、ただ震え狼狽えるようなその響きが不安を掻き立てたきり二度と聞こえなくなった。
後に残ったのは不気味な静寂であった。
(振り向くな、こちらを振り向くな…)
成鷲は白い衣に向かって必死にそう念じた。
背中が冷や汗でぐっしょりと濡れている。こんな訳の分からない恐怖は戦場でさえ感じたことはなかった。
どれ程の時が経ったのか、長い長い数瞬の後、白い衣が突然の動きで翻った。
咄嗟に後退ろうとした成鷲は、しかし足に力を入れることも叶わずその場に尻餅をついた。
白い衣がゆっくりと、しかし着実に迫ってきた。