第5話
戦国時代前期頃のイメージですが、純粋な歴史ものではありません。
時代背景等はかなりアバウトです。
あくまでフィクションとしてご了解下さい。
初陣から1年が過ぎた。
刈り入れを待つように、相変わらずの小戦が頻発する。父に従い幾度となく陣に赴きながら、それでも成鷲は都に通い続けていた。
成鷲も年が明ければ十六。嫁の家督のと話が湧く前に、自由に動ける内に、すべきことは山ほどある。
その秋は、都の戦も一段と激しく、そんな中でも逞しく賑わう市はさておき、その外には廃墟が広がっているという有り様だった。
一等に訪ねた殊武の屋敷もひどい荒れようで、成鷲も挨拶と見舞いだけで早々に辞した。
「若君、斯様な折、歩き回るのはいかがなものでございましょう。洛中にて大きな戦があったようにございます。いまだどこぞで燻っておるやもしれません。落人狩り、悪党、物取りの類も気がかりでございます。此度はどうかこのまま帰国なされませ」
ただひとり引き連れてきた共の慎弥に諭され、さすがの成鷲も素直に進言に従った。
刀を帯びているとはいえ、成鷲もまだまだ小童といえる歳である。いかにも田舎武士の子という風体も危険を増すだろう。供人とふたりきりでは如何にも心許ない。
急ぎ帰路についたふたりだったが――
ふたりが慣れぬその道を選んだのは、日が落ちる前に山道を抜けたいとの計算からだった。夜の山道を歩くくらいなら、たとえ戦の後でも京で宿を取った方が余程良い。慎弥の機転で道を変え、遅くとも日が傾く頃には里へ下りられるはずであった。
が、不運にもそれが災いとなってしまったのである。
峠にさしかかったところでふたりは異変に気付いた。
「…若君、お気づきですか? いえ、そのままに…多分山賊です」
慎弥が心持ち成鷲の背後を覆うように歩きながら押し殺した声で言った。
「何人いるかわかるか?」
成鷲は微かに頷き返すと、前を見て歩き続けながら小声で背後に問う。
「2、3人…あるいはもっと隠れておるやも…」
「2,3人なら何とかなるであろうが、伏兵がおったら拙いな。どうする?」
「二手に分かれましょう。右のふたりは引き受けます。若君はその健脚でこの先にある寺へ走って下さい。伏兵がおればそちらへ参るはずです。あとは寺の庇護を頼んで…。私もこちらを片付け次第あとから参ります」
「わかった」
「では、ひい、ふう、みっ!」
否応なく慎弥に背を押され、成鷲は必死に走った。直後、背後で斬り合いが始まった。
「慎弥っ!!」
「振り返らないでっ! 走って!!」
一瞬立ち止まり振り返るも、状況も確認できぬまま慎弥に叱咤され再び走り出す。
やはり伏兵が控えていたらしく、ひとりふたりではない足音が追ってきた。
脚力には自信があったが、なにぶん相手は大の大人。しかもこちらは慣れぬ道で目的の寺さえ遠いも近いも見当もつかぬ。慎弥のことも気になったが、気にかけ続ける余裕はなかった。
走っても走っても延々と山道ばかりが続くと、もしやどこかで道を間違えたのではないのかと不安も生じてくる。
いつの間にか、追ってくる足音は遠くなり、ついには成鷲の駆ける音だけが木霊していたが、成鷲は歩を緩めることなく走り続けた。
どれほど走り続けたろうか。息が切れ、足も萎えて、もはやこれまでと思った頃に、ようやく寺の山門らしきものが見えた。しかし――
「これは…」
成鷲は呆然と立ちつくした。
目の前に寺と思しき幾つものお堂が見える。が、それは…かやに埋もれた廃墟としか言いようのないものだった。