第3話
戦国時代前期頃のイメージですが、純粋な歴史ものではありません。
時代背景等はかなりアバウトです。
あくまでフィクションとしてご了解下さい。
勿論、玄鷲にも成鷲にも悠長に道を模索してばかりもおられぬ現実があった。
秋、刈り入れを終えた後は特に用心しなければならない。兵糧も豊富で兵も集めやすいこの時期、誰もが少しでも所領を広げてやろうとの野心が疼く。自然国境の警戒は厳重になり、僅かのことで戦になるのだ。
成鷲が初陣を果たしたのもこの時期だった。
北の国境を接する鳥越が突然攻め入ってきたのである。たちまち北の郷を奪われ玄鷲は成鷲を伴って急ぎ出陣することになった。初陣を祝う暇もない慌ただしい出陣であった。
「立派に働かれますよう」
普段は優しく甘いばかりの母が今度ばかりは成鷲を一人前の武将として扱った。
とうの昔にお役御免となり里に帰っていた乳母までが護符を持って駆けつけ、剣の指南役は出陣までの数刻をも惜しんで戦場での諸注意を並べ立てる。
成鷲の緊張は嫌が応にも高まり、重い鎧の下で武者震いを覚えた。
しかし、初めて加わった軍議はそんな緊張など滑稽に見えるほど和やかなもので、成鷲を落胆させた。
「若君、肩の力を抜かれませ。この度の出陣は鳥越と戦することが目的ではございません。鳥越とて我が国を攻め滅ぼそうなどとしているわけではない。澤居に備え、南の我らを牽制せんとしているにすぎません」
老臣・芳賀敏邦にそう諭され、
「重うございましょう」
と甲冑を脱がされる。見れば父も芳賀も皆鎧兜を取り、身軽な形になっていた。
「父上?」
もの問い顔を父に向ければ、玄鷲は勤めて威厳を保ち説いてくれた。
「よいか成鷲、よく聞け。我らの如き小国は、常に大国の脅威に怯え戦っておる。それは鳥越も同じ。澤居に備えるため我らに出て行かれては困るのだ。あれは、今年は出てきてくれるなという意思表示にすぎぬ」
「では、何故出陣するのでございます?」
「攻め入られたら応戦せねばならぬ。応戦できぬ事情有りと見られれば忽ち四方から攻め込まれよう。鳥越とてただ意味もなく攻め入っているわけではない。牽制しながらも我らの力を見切っているのだ。我らに北を押さえる力なしと映れば鳥越とて戦を仕掛けても来よう。それもまた戦国の理。よう覚えておくがよい」
成鷲は一気に気持ちが萎えるのが分かった。それを見越していたのか、玄鷲は厳しく暗い面持ちで息子を諭した。
「これが現実だ。恐らくそなたが思い描いていたものとは別物であろう。派手な国盗りなどではない。だが決して侮れぬ厳しい現実なのだ」
こんな初陣を皮切りに、その後も探り合いや小競り合いばかりの出陣が幾度も幾度も続いた。
しかし、父の言うように、そんな小戦でも決して疎かにはできない。気を抜けばいつ何時大軍に攻め込まれるやも知れぬ。如何ともし難い“厳しい現実”なのであった。
成鷲は、心のどこかで父にもどかしさを感じていたことを悔やみ、己の慢心を恥じずにはおれなかった。
が、成鷲はついにそれを父に告げることはできなかった。若い心は、不本意な状況にただ流されることを何としても良しとはしなかったのだ。一度なりとも流れに逆らってみずにはおれなかったのだ。
その糸口は、やはり都に求めるしかなかった。