第2話
戦国時代前期頃のイメージですが、純粋な歴史ものではありません。
時代背景等はかなりアバウトです。
あくまでフィクションとしてご了解下さい。
成鷲が初めて京を訪れたのは十四歳、元服をすませたばかりのことだった。
義兄弟となった殊武に挨拶をするためである。
殊武は、奥方と三人の御子を揃わせて父子を迎えた。
「おお中将丸(成鷲の幼名)、いや成鷲殿であったな。まことご立派になられた。儂を覚えておいでか? ほれ、大きな鯉を捕って差し上げたとこがあろう。あの折のそなたは水が怖いと申して泣いておったに」
成鷲には見たこともないような料理の並ぶ宴席で、殊武はやけに上機嫌だった。
「はい、よく覚えております。あの鯉はたいそう美味しうございました。懐かしうございます、叔父上」
成鷲はまだまだ少年の声で、しかし元服を済ませた者に相応しく胸を張って受け答えてみせた。
「これで玄鷲殿も一安心でございますな。いや、羨ましき限り。某の嫡男は未だ三歳になったばかり。成鷲殿の様な姿を拝めるのはまだまだ先でござる」
「いやいや、山里育ち故図体と年かさばかりで中身はまだまだ子供。都もこれが初めてという有り様なれば、これをご縁に殊武殿にもよくよく教えを請うようにと申し聞かせて参りましたところにて」
「斯様に凛々しき若武者を前に申されるお言葉ではございますまい。成鷲殿にはきっと父君を越える大器となって頂かねば。我が父も既に齢六十にございますれば、お力頼りに致しておるのです」
「ありがたきお言葉。成鷲は果報者にございます」
「いや、こうして深き縁を結んだのでございます。某も年長者として及ばずながら成鷲殿のお力となりましょう。都にお越しの折は、何なりとお申し付け下され」
「痛み入ります」
上辺ばかりの大人の話であっても、成鷲には殊武の申し出が素直に嬉しかった。玄鷲の言う通りだ。国の野山しか知らない成鷲に、都に暮らす殊武は酷く眩しく映った。
しかし、宴が進むにつれ、成鷲は微かな違和感に気付いた。何のことはない、この華やかさは自分達とはあまりに違いすぎるのだ。
初めて都を訪れた自分はいざ知らず、父までもがどこかおどおどとしてぎこちなげであるのを見て、成鷲は次第に堪らなくなった。
――父は自分のために無理をしているのではないか。
成鷲は、宴の間中、父の表情を追い続けていた。
「父上、父上は稲郷との結びつきを固くすること、本当に望んでおられるのでございますか」
殊武の屋敷を辞すと、成鷲は堪らず父に確かめた。
「望んでおるのかとは?…儂がそなたを偽っていると?」
「いいえ、父上は今まで稲郷を快く思ってはおられなんだと承知しておりましたので」
「なぜその様に思う?」
「某ではございません。母上がそう言うておられたのでございます。稲郷の大とと様は全てに於いて野心露わになされるので、父上とは相容れぬのだと。某の烏帽子親を大とと様にお願いいたしたことを母上はたいそう驚いておられました。しかも、先程のお話しでは、更に叔父上の一の姫を某の嫁にとお考えのご様子。父上は某が稲郷と手を携えていくことを真にお望みなのですか?」
元服した途端、何と大人な口をきくようになったものよと玄鷲は驚きの目で息子を見た。
「さにあらず。稲郷と結ぼうとも離れようともそなたの腹次第じゃ。確かに儂は稲郷の舅殿や殊武殿の如く利に賢く生きるのは肌に合わぬ。がしかし、そなたは別。儂の許で儂の様に生きよとは申さぬ。いずれがそなたの心に適いしか、そなた自身が選び取るべきと考えてのことじゃ」
成鷲はどう答えてよいやらわからずただ黙って頷いた。
父の愛は嬉しくありがたい。確かに若い成鷲には稲郷の華やかさは心惹かれるものがあった。
しかし、成鷲が真に望んでいたのは父子力を合わせて勝ち取るものだった。
今の父の言葉は聞きようによっては成鷲を突き放したと同じ。勿論父にそんな心積もりなどないことは百も承知である。父にはこれが精一杯のことなのだろう。それでもなぜか「勝手にせよ」と言い渡された気がして成鷲はひどく悲しくなった。
玄鷲はそんな息子の戸惑い顔から視線を外すと、そそくさと歩き出しながら取って付けたように言ったものだ。
「さて、せっかく都に参ったのだ。酔い覚ましに市でも見に参ろう。京の市は賑やかぞ。珍しいものもたんとある」
成鷲は黙って後に従った。