第1話
戦国時代前期頃のイメージですが、純粋な歴史ものではありません。
時代背景等はかなりアバウトです。
あくまでフィクションとしてご了解下さい。
その昔、白い鬼が人を喰らった血染めの口で宣うた。
「鬼は人を喰らう。なれど人の戦は国ごと喰らう。鬼と人と、どちらがより罪深きか、よう考えてみることだ」
* * * * *
正義などは端から誰も信じていない。
昨今は、何人も正義を口実に欲にまみれて戦っていることなど子供とて判る。
しかし、戦いの中で育った子供たちは欲にまみれた醜さから目を背け続ける。戦いの悲惨さ、敗者の惨めさも認めない。覇者となりさえすれば欲まみれの醜い戦も堂々と『正義の戦』と誇れることをよく承知していたからだ。
彼らの目は正義を行い、勝利を勝ち取った英雄の一瞬の姿だけを追っていた。
志岐成鷲も、そうして育った子供だった。
父の玄鷲は、“所領を狙い攻め入ってくる悪党共”との戦に明け暮れる小国の領主であった。
唯一の男子であった成鷲は、いつか覇者となることを夢見て武芸を磨き、勉学に励んで、早々と初陣も果たした。
勿論、その頃には“悪党共から国を守るための戦い”なぞ嘘っぱちの綺麗事に過ぎないことはとうに分かり切っていた。
都の戦況を窺いながら、あちらに付き、こちらに付き…見苦しい処世術は、しかし生き残るために仕方のないこと、どこの領主もそうして日々の命を繋いでいることも承知していた。
それでも、他の若い武将の例に違わず、成鷲もまたそんな戦いの中で密かな野望を胸に抱いているひとりだった。
いつかきっと都にも届く大国の主にのし上がってやるのだと。そうでなければこの醜い戦に大儀が立たない。敗者は醜い行いにまみれて死ぬだけだ。
「大儀か…」
熱く語る成鷲に父は悲しげな笑みを浮かべていたものだ。
やがて息子に譲り渡すこの小国は、そんな熱き志とはあまりに不釣り合い。文武に渡り恵まれた才もかえって哀れである。
「そなたがそれを望むなら、そのために父はどのようなことでもしてやろう」
そう言ってくれる父は、もはや自身の夢も希望も尽き果て我が子に託すしかなくなっているのだと、成鷲には痛いほど分かっていた。
それでも成鷲は父に真っ直ぐな眼差しを向けた。
「父上、共に天下を取ろうと言うて下さりませ。この腕父上のために役立てよと言うて下さりませ。これからはこの私が存分に働きましょう」
幾度か繰り返されるこうしたやりとりは、玄鷲に胸の奥の微かな残り火の存在を思い出させた。
そして、そんな父子を見守る郎等たちもまた、微かな希望を抱き始めるのだった。
――この若君ならばあるいは
成鷲が長じるに従い、郎等どもの期待もふくらんでいった。
複雑極まりない勢力地図の真っ只中、隣国との小競り合いや、盟約上やむにやまれぬ参陣ばかりで国力を使い果たすような現状に、そうそういつまでも甘んじておれようか。この利発にして剛健なる若君を擁し、今度こそ周囲に一目置かれる大国に――。
そんな周囲の期待を背負って成鷲は育った。
自らもその期待に添うことを望み、精進、鍛錬を積みながら胸の内の野望をも育てていった。
やがて戦場に出るようになった成鷲の見事な若武者ぶりは、大人たちに忘れかけていた夢を思い出させるに十分であった。兜の下の顔はまだふっくらとして幼さを際立たせていたが、初陣を飾るべく誂えた朱も鮮やかな鎧にすらりとした長身を包んだその姿には見惚れるばかり。若く気に溢れた態度は無為な戦に疲れ果てた者達を大いに力づけたものだ。
さりとて、現実はそうそう甘いものではない。成鷲の野望も皆の期待も嘲笑うように、小国の日常は頑固に変化を拒み、結局は相も変わらず日和見と小戦の日々が続いていた。
父・玄鷲とて、息子のためにしてやれることなどたかが知れている。何の力も持たぬ玄鷲が頼みとすることができるのは、幾分羽振りの良い妻の里ぐらいのものだった。
成鷲の母・昭の方の里である稲郷は、志岐同様取るに足らぬ小国にすぎなかったが、野心家の当主・允武とその子・殊武が都の有力者たちに取り入り、虎視眈々と勢力拡大の機会を窺っていた。
その賢しいやり方は実のところ玄鷲の嫌悪するところであったが、息子成鷲にとっては唯一の足がかり。成鷲の将来に僅かなりとも機会をもたらすならと、稲郷との更なる結びつきを求め、成鷲の烏帽子親に祖父の允武を頼んだのだった。
そうしておいて、玄鷲は息子を伴い足繁く都に上った。
都を訪れたとて允武の嫡子・殊武の他に訪ねるあてとてない。うち続く戦に荒れ果てた都はさして見るものもない。
それでも、玄鷲は草深き山野の外の世界を見ておくべきだと言い成鷲を連れ歩いた。