第一章1 『アズマの街』
「このバカ!何回折ったら気が済むの!?」
差し出された長剣を目にして彼女はウンザリげに怒鳴った。店内の客達は「あぁ、またか」といった具合に慣れた様子で知らんぷり。因みに剣の状態はキレイに真っ二つだ!
「いや〜、ごめんごめん!立ち会ったゴーレムが思った以上に硬くてさぁ!」
彼は伊達政宗。19歳、彼女ナシ。この帝都で刻印魔術師として剣を振るう、冒険者の端くれだ。
「私のあげたその最高傑作は?どうして使わないのよ!」
彼女はリンシア。この街でも5本の指に入る腕の立つ鍛冶職人だ。普通は鍛冶職人と言ったらドワーフの専門職なんだが、珍しいことに彼女はエルフだ。しかも女性でありながらこの過酷な仕事をこなしている。筋金入りの武器マニアでさえなければ年頃的にも甘酸っぱい青春を謳歌していたに違いない。
「こいつは、クリカラは相応の相手じゃなきゃ使いたくないんだ!」
クリカラとは、今しがた彼女が言った通りの最高傑作の名刀だ。魔法付与こそ行なわれていないが素材に使われている永遠石の特性とリンシアの鋳造技術が相まって恐ろしい斬れ味を誇る。故にドワーフ職人が売りにする属性付与の魔法剣に斬れ味だけで相対できる唯一無二の刀でもある。
「もう!マサムネのお陰で材料庫はもう品薄なんだよ?今回の修復代は10000Gだからね!」
「ちょ!?流石に10000Gは払えないぜ!普段の倍はするじゃないか!素材なら自前のを出すからなんとかまけてくれよ!」
「当然よ!言っとくけどアタシはアンタの専属職人じゃないんだからね?他の人の修繕も考えてやりくりしてるんだから。素材出してくれるなら7000Gよ」
「わかったわかった。代金はここに置いていくよ」
そうして、追い出されるようにマサムネは店を後にした。急に外に出たからか真夏の日差しに目が眩む。
ここはアズマ帝国のミナト街という場所。暦は2512年。マサムネの元いた世界じゃ空想上の生き物だった存在がわんさか闊歩する奇々怪界の地。だから、今彼の立っているこの大通りはいつもの如く人混みで賑やかだが、「人」もいれば「獣人」や「亜人」もいるのだ。
「さて、流石に金欠でまいったな。ちょっくら仕事にでも行くか」
そう、独り言を口ずさみながら人混みの中を進んでいく。目指すは前方にそびえ立つアズマ大樹と呼ばれるとても大きな木である。そこにはマサムネとその相棒が身を置く「サバト」と呼ばれるギルドがあるのだ。雲を突き抜けるほど高いアズマ大樹はこの国の名物の1つでもある。数100年以上もこの街を見守り続け、そしてそこに拠点を置くギルドの「サバト」は木の成長と同じく悠久の時を過ごし、木と共に街を守ってきた。
「着いたか」
そうこうしているうちにマサムネは目的地に辿り着く。ギラギラと照る夏の日差しにアズマ大樹は青々と輝いていた。麓に見える木の根をくり抜いたかのような景観のその建造物こそ「サバト」だ。
「やぁ、マサムネ!そろそろボクの眷属らしく仕事手伝ってくれる気になった?」
ギルドに入ると声をかけてくる人物がいた。彼女の名前はミラジェーン。ここで雇われている魔女の1人だ。ミラジェーンはマサムネを相棒として、厳密には今彼女が言ったように眷属として従えている。2人はこのギルドにて依頼をこなしながら生活をしている。
「ああ。メインの剣をゴーレムに折られちまってな。修繕代はリンシアにいくらかまけてもらったんだが、それでももう手持ちが尽きてしまった」
「お小遣いならあげるよ?」
「馬鹿言え。その外見で姉貴ヅラは辞めろ。ハタから見たらせいぜい白髪ロリっ娘だ」
「ろ、ろ!?ロリ言うにゃあ!」
「はいはい怒んないの。てか”にゃあ”って可愛いな〜!」
「かわいく!ない!」
ミラは不老を特性とするが故に能力が発現した16の頃から身体の成長は止まっている。だからこそ「ロリ」と言われるのだけは嫌うのだ。普段はクールで聡明な彼女も、このように子供っぽく取り乱してしまうくらいに。
背中を魔女にポカポカと叩かれながらマサムネはギルドカウンターへ歩く。
「あらあら、騒がしいと思ったらやっぱりマサムネだ。ミラがはしゃぐなんて君がきたときくらいなもんだからね」
カウンター越しに語りかけてきた彼女はサシャだ。このギルドには珍しい純粋な人間である。魔法適性がほとんど皆無なため冒険者としてではなく受付嬢としてサバトで業務をこなしている。
「サーシャ!マサムネったらこのボクのことをまたロリって馬鹿にするんだよ!」
「ごめんごめん!仕事終わったらまたスイーツ奢ってあげるから!そんで、サシャさん。なんか仕事ある?」
顔を真っ赤にした魔女を慣れたやりとりであやしつつマサムネはいつも通りに仕事をサシャに案内してもらう。
「もう、依頼書は早朝にだいたい取られて少ないからねー。マサムネが受けるにはどれもちょっと手応え不足になりそう」
手元にあるいくつかの依頼書をパラパラと流し読みながら「うーん」とサシャは唸る。
「問題ない。今は財政的にキツいから仕事があるならなんでもやる」
「あら、そう?珍しい。それならこの中で一番報酬金額が高いこの依頼がオススメね!」
「廃墟に巣食う盗賊のアジトの掃討、か。この依頼受けてもいいか?ミラ」
「いいよ。その代わり帰って来たら特大パフェをボクに献上すること」
「はいはい。じゃ、依頼書もらってくよ!早速行ってくる」
そう言ってサシャのいるギルドカウンターから出入り口へと向かう。横についてくるミラは大好物のスイーツを確約されたからかご満悦のようだ。ニヤニヤしている。
「そうだ、あのメインで使ってた剣また折っちゃったんでしょ?クリカラ使うの?」
「ああ。必要な局面ならば、仕方がないな」
どこか珍しげに覗き込んでくるミラの頭を撫でながらマサムネはそう答えた。久しくクリカラを使うことになるかもしれない機会にどこか心躍らせながら、同時に可能なら相対するに相応しい敵であることを願う。
夕方に差し掛かる街の人混みに大小2つの人影は消えていく。