おはよう
「今日はこれで終了か」
探索の任務が終了すると同時に軽い眩暈と疲労がアルジルを襲う
彼の『能力』は使用する本人の多大な集中力を必要とするものなので、気が抜けると同時に言い様のない疲れが全身にかかるのだ
「…デモンは今訓練中かな?」
アルジルは自分の思考に苦笑した
任務が終わると考えるのは愛するデモンの事
そんな単純な思考回路に思わず笑ってしまうと同時に当たり前だと開き直る自分もいた
「(本部の場所なんて意識しなくてもすぐ見つかる…)」
アルジルはすぅ…と息を吐きながらゆっくり灰色の瞳を閉じて集中した
アルジルの脳内で景色が早送りのように流れていく
「(街を過ぎて林を抜けて…ここの屋台のお菓子はおいしいと評判だから今度デモンとゲールを連れてこよう…)」
そんな事を考えてる間に本部の扉を見つける
隠れるように草まみれのその扉を抜けると一直線に訓練場に向かった
「(…あれ?いない…?)」
この時間は訓練のはずなのでデモンがいない事に若干の違和感を感じつつ、宿舎へと意識を移動させる
「(リュゼの所でもないし…馬屋にもいない…どこだ?)」
少々焦り気味に意識を移動させ、軽い気持ちで自室を見た瞬間思わず集中して閉じていた瞳を開いた
「っえ?デモン?」
誰もいない空間に呟くと慌てて目を閉じた
デモンはアルジルの執務室の机に突っ伏す形で寝ていた
元々あまり睡眠を取らない上に許可なく自分の部屋にこないデモンが自室で昼寝をしている事にアルジルは大きく驚いた
「(え?体調でも悪いのかな?)」
しかし集中して透視をしても表情までは伺えない
「(何にせよ急いで帰らないと…!!)」
アルジルは置いていた荷物を掴み、報告書は後日リュゼにブン投げようと決めて駆け足でその場を後にした
アルジルが任務を終える少し前、デモンは訓練前に借りていた本を返そうとアルジルの執務室前にいた
「(…トゥース、開けて)」
いつもならその一言で「デモン?ちょっと待って」と言いながら開けてくれるのに、今日は静かで声もしない
「(あ…任務…)」
今日は朝から探索の任務が入っているんだと飲み物を入れながら話してくれたのを思い出す
「(明日の方がいいか…)」
持って帰ろうと踵を返すと同時に、腰に下がっている鍵を思い出した
それは長期の任務に入った時にアルジルから渡されたもので、「いつでも入っていいよ」と笑顔で言ったものだ
「………………」
一回も使った事がないその鍵を掴み、一瞬戸惑いながらも鍵穴に差し入れた
ガチャ…と回ったのを確認し、ゆっくりと足を踏み入れた
中の部屋はいつものように本棚と机とソファがあるのみで、唯一違うのは所有者のアルジルがいない事だった
「…………」
デモンは返す予定の本を本棚に戻すと、アルジルがいつも座っている椅子に腰かけた
いつもは自分が机の前のソファに座る為、ここからの景色は見た事がない
「(トゥースは……いつもここから僕を見てるのか……)」
自分の頭が来ると思われる位置をぼーっと見つめながら、アルジルの優しい眼差しを思い出す
「(………今任務中だろうし……怪我してないといいけど……)」
アルジルの任務はその能力ゆえに単独で行動する事が多く、戦闘能力が非戦闘員と同程度の為怪我する事も多い
怪我の治りが早いから心配ないと本人は言うけれども、デモンはアルジルが自分の知らない所で怪我をしている事が純粋に嫌なのだ
「(トゥースは僕が守るの……)」
アルジルの事を考えるとすぐ頭がいっぱいになってしまう
溜息を零す代わりにそのまま机に突っ伏した
「(早く帰ってきて…………アルジル………………)」
ほのかに香るアルジルの香りに安心したデモンは、そのままゆっくりと目を閉じた────────
「…………きて、デモン。そのままだと風邪引いちゃうよ?」
「(……?トゥース?)」
夢の中のようにふわふわとする意識の中、聞こえてきた声に耳を傾ける
「あ、起きた?」
「っ!!?」
急に意識がはっきりとし、勢い良く頭を上げた
眠る前にはいなかったアルジルが愛おしいものを見るような目で自分を見下ろしている。
「(な、え?夢………?)」
困惑したデモンは今自分が見ている彼が夢の中の幻じゃないかと思い始めていた
「…酷いなぁ。君が起きる前にと急いで帰ってきたのに」
そんな困惑もお見通しだとでも言う様に、アルジルは笑いながら服の跡が付いたデモンの顔を撫でた
「任務終わったからデモン何してるかなー?と思って見たら俺の部屋で寝てるんだもん。
ビックリして全力で帰ってきちゃったよ」
軽く話すアルジルに安心しつつ、デモンはある事を思い出した
「(っそうだ!訓練!)」
訓練前に本を返そうとアルジルの部屋に来たのにそのまま寝てしまった
大失態だと急いでリュゼの元に向かおうと体を動かすと、驚いたようにアルジルが正面から抱きしめた
「え?どうしたのデモン?何か緊急?」
「(訓練の予定だったの!ジルエットに怒られる!!)」
厳しい訓練で有名なリュゼだが、今まで自分が怒られたりした事はない
初めてでも容赦ないリュゼがサボりをほおっておくハズが無いと、デモンはアルジルの腕の中で暴れた
「ちょ、待ってデモン!リュゼには言ってあるから大丈夫!!」
その言葉を聞いてデモンは暴れていた体を止めた
「デモンはいつも休めって言っても休まないから丁度いいってさ。だから謝りに行かなくても大丈夫」
優しく笑うアルジルの顔を見てデモンは体から力を抜いた
長年同じ仲間でもリュゼの怒りは出来る事なら浴びたくない
「……にしてもデモン、起きてすぐ考えるのがリュゼって酷くないかい?」
ハッとしてアルジルの顔を見ると少し拗ねたように眉を寄せていた
「(…………ごめんなさい、トゥース)」
「いや、少し子供っぽい事を言ってしまったね」
まいったなと眉を下げるアルジルを見ると、寝る前に考えていた事を思い出した
「で?何で俺の部屋で寝ていたの、デモン?」
心底不思議そうにデモンに尋ねると、デモンは顔を真っ赤にした
「え、あ、デモン?」
「(…………会いたかったの)」
心の声だがアルジルにははっきり聞こえ、目を大きく見開いた
「俺に、会いたくて…?」
「(借りていた本を返すだけのつもりだったんだけど……トゥースの匂いがしたから安心して…………)」
「で、寝ちゃったんだ」
こくんと首を縦に振るデモンを見て、アルジルは何て可愛らしいんだと感動していた
デモンは普段感情を表に出すことが少なく、普通の人より感情を知らない
そんな彼女が自分に会いたいと、匂いに安心すると言ってくれた
こんな嬉しい事が他にあるだろうか
「俺も任務が終わってすぐデモンに会いたくなって急いで帰ってきたよ
同じだね、俺達」
「(…………そうね)」
恥ずかしそうに赤くなるデモンを見つつ、アルジルは心の中で一つの決心をした
「(絶対に……どんな事があっても………デモンを守ろう……)」
愛するものを絶対に守り抜くと誓い、照れるデモンを優しく抱きしめる
「ただいま、デモン」
「(……おかえりなさい、アルジル)」