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俺って守られていたんだなぁ

さて、2歳を過ぎ漸く俺は体のコントロール権を手に入れた。というか赤ん坊の時は脳の活性化が早すぎて俺の方がその変化に追い付いていけなかったらしい。今でも気を抜くとあっさり持っていかれるが、視覚と聴覚からの情報だけはコマ落ちなく取り込めるようになった。


しかし、ここまでで、俺も判ったことがある。それは俺って守られていたんだなぁと言う事だ。自分で言うのもなんだけど俺はそんなにかわいくないよ。でもお袋は全身全霊で俺を愛してくれた。おかげで兄ちゃんの嫉妬がすごいのよ。ある時なんか俺を河原に引っ張り出して捨てたもんね。勿論お袋に見つかって兄ちゃんはこっぴどく叱られた。う~んっ、兄ちゃん、気持ちは判るが止めてくれ。


まぁ、お袋も兄ちゃんの気持ちを判ったのかその後は俺だけを溺愛する事はなくなった。お袋の中では俺も兄ちゃんも同等に扱っていたつもりなんだろうけど、子供の兄ちゃんにそれを理解しろと言うのは酷だもんなぁ。おかげでお袋が俺を愛でる時は兄ちゃんも一緒に撫でられることになった。


でも、兄ちゃんよ、兄ちゃん俺より5歳も年上だぞ?もう、小学生だろうに恥ずかしくないのか?どうも兄ちゃんはお袋に甘いと思ったが、実はこの時の体験が尾を引いていたのか。兄ちゃんは昔から近所でも有名なママっ子だったもんな。


しかし、俺が覚えている一番昔の記憶は5歳くらいからだ。それを思うと今この瞬間を追体験できるのは幸せだ。ばあちゃんも何かにつけて俺を構いたくてあれこれ手を出してはお袋に叱られているし、じいちゃんなんか隙あらば畑に背負って行こうとするからな。これは兄ちゃんの時もやらかしたらしい。お袋が親父にぐちっていたよ。


そしてとうとう運命の日がやってきた。そう、俺は5歳のある日、川で溺れたのだ。この経験がトラウマになって俺は川に近付くことが出来なくなった。勿論水泳なんか論外である。その日俺はひとりで川に遊びに行ったらしい。前日に兄ちゃんと一緒に行って楽しかったのが忘れられなかったのだろう。兄ちゃんは学校に行ってしまったから俺はひとりで冒険の旅に出かけたのだ。


しかし、5歳児の記憶など当てにはならない。俺は川は近いと思ったらしいが実際は遠かった。歩けども歩けども川に着かない。だが疲れて道端でしょげているとどこからか水の音が聞こえる。俺はその音に誘われるように草むらを掻き分け奥に進んだ。


するとそこには目的の川に注ぐ小さな小川があった。大人になってから見たら本当に小さな川だったのだが5歳の俺にはそこが目的の川に見えたらしい。しかし、前日に兄ちゃんと遊んだ河原は川べりに石がごろごろしていて川はその中心をゆっくり流れていた。その記憶が5歳の俺を誤らせた。目の前の小川は川幅は狭いが水量はあった。そしてなにより川岸からすぐに川になっていた。夏場の雑草により川岸はよく見えない。1歩近付いた次の瞬間、俺は川に落ちていた。そしてそのまま流される。


俺は多分必死になって岸の草を掴もうとしたと思う。でも如何に5歳児の体重でも草如きでは支えきれない。結局俺はどこまでも流される事になった。さすがは俺である。死神に幸運を取り上げられているだけの事はある。


しかし、運とは自分だけが持っているものではない。その時いきなり俺の前に飛び込んで来たやつがいた。5件隣の後藤さん家で飼われている犬のジョンだ。ジョンは俺の叫び声を聞いて駆けつけてくれたらしい。その後、騒ぎを聞きつけた後藤さんちのじいさんが、小川の中でジョンに咥えられている俺を小川から引き上げてくれた。俺はただただ怖くて泣きじゃくっていたらしいが、何故かジョンがブルブルっと体を震わせて水を飛ばしていた光景だけは覚えている。


その後、ジョンはお袋から上等の骨を貰えたらしい。そのせいかあいつは死ぬまでお袋にじゃれていたな。死んだ時もお袋は自ら穴を掘ってジョンを埋めてやったそうだ。もっともこれは後から親父たちに聞いた話だから俺は見ていない。まぁ、子供なんてそんなもんだろう。自分のことだってよく覚えていないんだ。


今から思えば俺はやっぱり守られていたんだな。いや、俺だけじゃない、みんながみんなを守っていたんだ。だから今度は大人になった俺がみんなを守らなくちゃいけない!・・いけないんだけど何で俺、5歳児なんかやっているんだ?


まぁ、今はその事はおいて置こう。問題はこれから起こることに対しての対応である。昔はともかく、今の俺は違うぜ!自称人生経験年齢31歳だからな。川なんかに落ちてたまるかっ!


その日俺はひとりで家にいた。いや、ばあちゃんはいたけど部屋にはいない。庭で草むしりをしている。なるほど、これは退屈だ。特に昨日の川遊びの記憶があるからな。行きたくなってもおかしくない。だが、俺はこの体のコントロールをほぼ掌握している。子供の本能なんかには負けないぜ!


俺は靴を履いて外に出る。勿論川になど行かない。ただ暇なので虫でも取って遊ぼうと思ったのだ。じっとしていては川に行きたい衝動ばかりが募ってしまう。これは精神上よろしくない。そしてこの行動は俺にご褒美をくれた。


なんとこんな真昼間の時間にでかいクワガタが裏の木にいたのだ!しかし惜しむらくは今の俺の背丈では届かない。俺は周りを見渡した。そしてはしごを見つける。それはアルミ製で軽く、5歳児の俺でもなんとか動かせるものだった。俺は何とかはしごを移動させ木にかける。そして見事クワガタをゲットした。だがお馬鹿な俺はこの時両手をはしごから離してしまう。そして何を思ったかそのまま走りだそうとした!


全く、5歳児の行動は判らない。自分で登っておきながらそれを忘れるか?俺は自然の法則に乗っ取り地面目掛けて落下する。しかし、手にしたクワガタは離さない。大した優先順位だ。その落下距離およそ2メートル。頭からさえ落ちなければ何とかなるか?


しかし、俺はやはり守られていた。なんとばあちゃんが下敷きになってくれたのだ!俺は落下した恐怖ではなく、ばあちゃんにぶつかった事におののき泣き出した。そしてその声を聞いて畑にいたお袋が駆けつける。


その晩、俺はお袋や親父にしこたま怒られた。まぁ、ばあちゃんは腰をちょっと打っただけで大事には至らなかった。それどころかあんまり親父たちが俺を叱るもんだから逆に親父たちに説教を始めてしまった。お前たちも昔はあんなだったんだとか、私はまだ若い!年寄り扱いするなとか親父たちはぐうの音もでない。


それを見て5歳児の感覚しかないもうひとりの俺が泣き出す。もう、ごめんなさいの大合唱だ。釣られて兄ちゃんまで泣き出す始末である。


こうして俺の子供時代のエピソードは幕を閉じた。すまんなジョン。骨はお預けだ。

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