それって神さまとしてどうなの?
俺は忙しい、しかし、マムシとブレードの件で少し疲れた。仕事はまだ全然進んでないがちょっと休憩した方がいいかも知れない。と言う訳で俺はじじいのラノベ設定説明に付き合ってやる事にする。
俺はじじいにコップに注いだお茶を渡し、自分も一口飲む。弁当のおしんこもじじいに勧めた。今日のはナスの浅漬けだ。お袋の浅漬けは美味いのよ。売りに出したら評判になること間違いなしだ。
「で、どうゆうプロットなんだい?」
俺はじじいに聞く。じじいは俺の前に座って浅漬けを齧りながら説明を始めた。
「だからお主は死神に取り付かれておるのじゃ。」
「ほう、それで?」
死神か・・、じじい結構中二の好みを心得ているな。
「やつはお主に幸運を使わせず不運だけを有効にしている。じゃからお主はやる事成す事、全て失敗していたはずなのじゃ。」
「ほぉ~、全部とは凄いな。」
幸運と不運ねぇ。うん、これも定番だな。さてこれをどう料理するのかな?
「本来ならお主は自分の不運を嘆いてとうの昔に死んでいたはずじゃ。じゃがお主がその不運をそれ程気にせんものだからやつも次の手をくだせんかったのじゃろう・・。」
「死神が?死神なのに?なんで?」
俺はじじいの設定の不備を突く。ここいら辺は死神のアイディンティティーに関わるところだからね。ご都合主義じゃつまらんよ。
「確かな事は言えんが、何か仲間内でシバリ設定でもしていたのかも知れん。やつらは時々そんな事をして遊ぶからな。」
「ほほうっ、仕事にかこつけて遊んじゃったんですか。天罰ですな。というか人の命で遊ぶなっ!」
おっと、思わずのってしまった。これは設定だよ、でもなんか自分の身の上のようでムカついた。
「まぁ、最近は人が増え過ぎてやつらも忙しいからのぉ。そんな遊びでもせんとやってられんのじゃろう。」
「全然共感できねぇな。」
「うむっ、しかしやつらのことは別にいい。問題はお主じゃ。やつらの遊びは一種の賭けじゃからな。ゲームが進めば進むほどリスクは上がる。それに対して対価も上がるのじゃ。」
「じいさん、説明不足だ。そこをはしょるとラノベならともかく読み物としては内容が薄くなるぞ。」
「今してやる!黙って聞いておれっ!」
じじいは俺に茶化されたと思ったのか少しばかり声が荒くなる。
「つまりやつらのルールではお前がどの時点で挫折し心を閉ざし自ら命を絶つかを賭けていたのじゃろう。じゃがそれだけではルールとしては片手落ちじゃ。お主にがんばられては胴元しか儲からんからな。しかも胴元とて結局お前が死なんと仕事を完遂出来ないことになる。この場合の処罰は降格じゃ。これはやつらにとっては屈辱ものじゃからな。」
う~んっ、死神たちも降格があるのか・・。まっ、現実の状況と合わせると説明が楽だからな。このくらいの手抜きは見逃してやろう。
「成程、リスクを負わせるんだな。うん、内容がぐっと深くなったぜ。いい設定だ。それで?」
「やつらの一般的なルールでは駒であるお主にも褒美が用意されておる。お主をがんばらせて賭けを長引かせるためじゃな。それが幸福量の倍化じゃ。」
「倍化ってなんだ?幸福って増えるものなのか?それってインフレを起こさないのか?」
「幸福には質と量がある。それは行いによって変わるのじゃ。しかも同じ行いをしてもレベルによって増える量が異なる。お前はやつらが失敗する度にレベルを上げて貰ったのだろう。しかもやつらによってお主が持っている幸福は使われずに備蓄されておる。今やお主の幸福の備蓄量は天国に1万回行けるほどじゃ。」
あーっ、やっちゃった!初心者が陥りやすいインフレ設定。
「出たっ!そこはあんまり吹かさない方がいいぜ。数値は大きい方が喜ぶやつが多いけど、最初からあんまり大きくしちゃうと、下と上の幅が大きくなり過ぎちゃって有り難味がなくなっちゃうからさ。」
「全くじゃ、わしもこんな数値は見たことがないわい。多分、お主歴代の幸運者ベスト3に入れるぞ。」
えっ、それって俺の事なの?しかもいきなりトップランカーかよ!くっ、何故か嬉しくなっちゃうのは俺がアホだからか?
「そうか、判ったよ。中々面白い話だ。でも続きは仕事が終わってからだな。昼になったらまた付き合ってやるから大人しく待ってな。」
そう言って俺は立ち上がる。
「お主、信じておらんな?仕方がない、わしのチカラを見せてやる。驚いてちびれ!」
そう言うとじじいはぶんっと腕を振った。するとどうしたのだろう!なんとあの見るのも嫌になるほど生い茂っていた雑草が一瞬で無くなってしまった。刈り取られたのではない。無くなったのだ!俺はその光景をぽかんと口を開けて見ていた。
「どうじゃ!これで分かったじゃろう!うつけ者めっ!驚いたか?ちびったであろう!がはははっ!これぞ、神のチカラぞ!以後、タメ口は許さんっ!」
俺はじじいの言葉を無視して雑草が茂っていた場所に向かう。確かになくなっている。それどころか小さな葉っぱひとつ残っていない。但し、無くなったのは雑草だけでそこに隠れていた虫や小動物は残っていた。やつらも突然の事にどうして良いか分からずその場にうずくまっているようだ。
「じいさん・・、あんた本物だったのか・・。」
「ぐははははっ!やっと分かったか、痴れ者めっ!神であるわしへの不埒な態度、今ここで償わせてやってもよいのだぞ!がははははっ!」
ここぞとばかりにじじいが高飛車な態度に出る。俺はちょっとムカついたので嫌味を言う事にした。
「俺、死んでないよな?」
「あうっ!あー、その件は何卒ご内密に・・。」
一瞬で大人しくなるじじい。
「その死亡書類ってやつは取り消せないのか?」
「いや、その・・、出来ない事はないのじゃが・・、職歴に傷が付くので・・。」
うわぁ~、こいつ駄目なやつだ。自分の事しか考えてないよ。
「ふ~んっ、となるとじいさんは俺が死なないと微妙な立場に置かれるのか。」
「いや、その・・、びみょ~というか・・、降格になるかも・・。」
「降格ねぇ・・、で当然じいさんとしてはそれは回避したいと?」
「うむっ、天国行きはちと書類検査が厳しいので誤魔化しきれぬが、異世界へ送るのはわしの権限でできるのじゃ。だからお主、助けると思って異世界へ行ってくれぬか?さっきも説明したがお主は死神に取り付かれておる。このままこちらの世界にいても良い事はないぞ?幸福量なんぞ幾ら持っていても使えねば意味が無い。」
「異世界かぁ、いきなりのぶっ飛び展開だなぁ。」
「お主にとっても悪い話ではあるまい?向こうの世界は夢と冒険のパラダイスじゃぞ。女の子たちはみな純粋で素直でかわいい子ばかりじゃ。科学や技術レベルは低く抑えられているが天候は安定しており収穫量は確保されておる。よって常に美味いものが食えるぞ。腹が満たされているから争いもない。」
「あーっ、そうなのか?それじゃ農耕改革ができないじゃん!内政チートが使えないじゃん!」
「お主、天国か地獄かを選ぶ時にわざわざ地獄を選ぶのか?」
「あれ?そう言われればそうだな?わざわざ苦労する方を選ぶ馬鹿はいないか。」
「武や知識だけが、みなの尊敬や畏怖を集める方法ではないぞ。芸術を見よ!今よりずっと知識も技術も低かった時代の作品が何故か持て囃されている。所詮無双などは低文化レベルで他者を踏みつけるちっちゃい行いでしかない。高文化社会とは全てが平等じゃ。そこでは突出した『俺Tuee』は存在しないのだ。」
「えっ、高文化社会では無双できないの?俺Tuee禁止ですか!うわっ、つまんねぇ~!」
「禁止ではない、必要ないのじゃ。みなが平等、みなが幸せ。それがハイスペック高位生物が取り仕切る夢の社会じゃ。」
「夢って・・、全然憧れる要素がないよ。言いたかないけど格差がないと人って満足を得られないのかなぁ。」
「くくくっ、やっと判ったか!お主たちレベルでは本当の幸せなど手にする事は出来ぬのじゃ。なんせ幸せの基準が他者との比較じゃからな。他者より多く持っていれば幸せ。強ければ幸せ。他者を従えさせ命令できるのが幸せ。全く薄っぺらい感情じゃ。」
「じいさん、上からの立場で気持ちよく演説している所を悪いんだが、俺、用事を思い出したから帰っていいかな。」
「あぐっ、いや、すまん・・、ちょっと言い過ぎた。うんっ、人間っていいね!凄いね!可能性の塊だね!だからその実力を異世界で遺憾なく使おうぞよ。ほれ、このチートなんぞ使い勝手がいいと大人気じゃぞ。こっちのアイテムボックスも大人気じゃ。う~んっ、面倒じゃ!全部持って行けっ!」
「いや、じいさんよ。さっきの話じゃチートなんか必要ないじゃん。」
「あっ、あれはひとつの例じゃ。異世界は沢山あるからのぉ。好きなのを選んでよいぞ。わしのお勧めはここかのぉ。」
じじいはそう言って俺に1冊の吊り書きを見せる。そこにはその世界の規模や状況、歴史などが書かれていた。
「うわ~、なんと言うか普通だねぇ。これぞテンプレって感じの世界だ。」
「そうであろう、故に大人気でな。どうする?それにするか?それは大人気じゃからな、もたもたしていると枠がなくなるぞ?」
じじいは詐欺師まがいの手管で俺を煽ってくる。
「しょうがねぇな、分かったよ、行ってやる。但し2年だ。2年経ったらこっちに戻せ。2年あれば書類なんか保管期間が切れるだろう?」
「へっ?2年?」
「できねぇとは言わせないぞ。転生を操れるならそれくらい出来るだろう。」
「いや、それって転生じゃなくて転移なんじゃ・・。」
「文句を言うならやらない。」
「わっ、わかった!それでいいっ!なんとかするっ!」
なんとかなるのか・・。神さまたちのルールも結構いい加減だな。
「俺がいない間はこっちの事はうまくやっておけよ。お袋に心配かけさせたらじじいの失敗をチクるからな。」
「ふんっ、わしを誰だと思っておるのじゃ!」
「早とちりの神さま。」
「うきーっ!口の利き方を知らん小僧めっ!」
そして俺はじじいによって異世界に転移した。持ちきれない程のチートを手にして・・。