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未来へ

そして俺は今日も草刈りにせいを出す。もっとも昔と違って今は会社が休みの日しか手伝えないけどな。今日も暑くなりそうだ。きっとお袋が握ってくれた塩おむすびがうまいぜ!


残念だが千里にはまだあの味は出せまい。でも、千里もがんばっているからね。うんっ、ちょっと味見をし過ぎるのか、最近ふくよかになったよな。ちょと熱っぽいって言っていたし大丈夫だろうか。お袋は笑って心配ないって言っていたけど・・、心配だ。


そんな俺の前にひとりの老人が現れた。俺はこいつを知っている。

「よう、じじい、久しぶりだな。こっちに戻って来てから一回も顔を出さないから、おっちんだのかと思っていたぜ。」

「ふんっ、わしは忙しいのだ。お前だけを相手にしている訳ではないからな。」

「何だ、俺以外でも失敗していたのか?じじい、あんた神さまの才能ないんじゃないか?」

「誰が失敗しただっ!元はと言えばお前がまぎわらしい事をするからじゃ!」

じじいは相変わらずノリがいい。冗談に決まっているじゃん。久しぶりだから軽い挨拶さ。


「まっ、それは置いといて今日はなんだ?さすがに2度は同じ事をしないぞ。せっかく戻って来れたんだからな。死神のやろうたちとは大変だったんだぞ!死ぬかと思ったぜ。」

「ふんっ、自業自得じゃ!上位神の計らいがなければ、お前は今頃死神たちの蹴鞠として遊ばれておったわっ!」

う~んっ、それはまたシュールだな。まっ、サッカーよりはマシか?


そう、あの死神との死闘の後、こと切れた俺の前に上位神さまがご降臨なさったそうだ。そして俺のチートを取り上げて、且つ、俺の魂と体を再生してくれたらしい。死神たちは真っ青だったらしいぜ?そらそうだ、何たって俺とのいざこざは業務内容に含まれていないからな。どんな罰を受けるか戦々恐々だったろう。


だけどまぁ、神さまも部下には甘いらしい。俺の幸運を全世界に降り分ける仕事を罰として課す事により、今回の事を有耶無耶にしたそうだ。う~んっ、神さまも結構適当だよな。幸運の配布は俺が提案した事なんだけど・・。それって罰になるの?


まぁ、俺としては生き返らせて貰えたので何も言えないけどさ。何にしても俺は千里の元へ帰ることが出来た。死神たちも俺を対象とした賭けはご破算にしたみたいだし、全ては結果オーライだろう。そしてこのタイミングでのじいさんの訪問だ。これは何かあるんだろうな。


「なら何よ?お中元でも持って来たのか?」

「いや、お前のやり直し期間が終了したんでな。ちょっと書類にサインを貰いに来た。」

やり直し期間?ああっ、成程、確かに初めてじじいと会ったのもこの年頃の事だったな。しかし、やり直しかぁ。やっぱりこの転生はじじいが仕組んだものだったのか。


「・・、そんなもんがあるのか。神さまも実は大変なんだな。よしっ、どこにサインするんだ?さっさと終わらせて飯でも食おうぜ。じじいにも半分わけてやる。お袋の浅漬けはうめぇぞぉ。」

俺は作業を切り上げてじじいを促し昼飯にすることにした。だがじじいは動こうとしない。


「実はな、これにサインするとお前はわしの事を忘れる。というか前回の人生の事も忘れる。勿論、異世界の事もだ。前回の記憶を元に回避したもろもろの事も、全て前回の記憶ではなく自分で考え行動した事に改変される。」


俺はじじいの言葉にちょっとだけ動揺する。忘れる?あの事やあの事を全部忘れてしまうのか?川に落ちて泣きじゃくった事や、兄ちゃんと一緒にいたずらしてお袋にしこたま怒られた事や、夜雲の悔し涙や先生のビンタの痛さを全部忘れてしまうのか?確かにあれは辛い記憶だけど俺の宝物でもあるんだぞ?


「そうか・・、ならサインは飯を食ってからにするか。」

俺は、お茶と塩おむすびをじじいに渡す。今回のおむすびはお袋に言って小さくして貰った。故に4個ある。まぁ、それでもコンビニのおにぎりに比べたらふたまわりはでかいけどね。


俺とじじいは刈り取った草の上で塩おむすびをパクつく。おかずがあるから塩分は控えめだ。

「もし俺がサインをしなけりゃどうなるんだ?」

「別にどうもならん。このまま前回の記憶を保持したまま生きてゆくことになる。」

「じじいは?」

「・・、別に。ちょっと面倒な事になるだけじゃ。」

「そうか・・。」


前回の記憶を保持したまま生きてゆく。それは俺にとってかなり有利なことだろう。実際、その情報を元に色々な面倒を避ける事ができた。だがそれって生きるという意味ではどうなんだろう。失敗した者にとっては、やり直しは確かに魅力的だ。全てを投げ打ってもやりたい事かも知れない。


でも、やり直せる事に慣れてしまったら・・、多分魂が死ぬ。人生とはリセットボタンを押してやり直すゲームとは違うのだ。やり直せないと思う気持ちが行動に制限を掛け、または決心を固くさせる。故に成功した時の喜びもひとしおなのだ。つまり感動である。


気持ちに動きがなくなれば、それはただの肉の塊でしかない。とてもじゃないが人間とは言えないだろう。やり直しとはそんな危険性も含んでいる。最善手だけを指して勝つAIに人々は感動しない。驚きはするだろうけど心は動かないのだ。


しかし、俺は幸運にもうまくやれた。これ以上を望むのは身の丈に合わないはずだ。

「まっ、記憶チートもここまでと言う事だな。残念ながら俺くらいのチカラでは世界から戦争もなくせなかったし、精々幸運をちょっとお裾分けするだけだった。そう考えると、ここいらが潮時か。」

「これからの人生はお前自身が切り開いていくことになる。」

「構わないさ、元々そうゆうものだろう?」


「死神はまだお前を諦めておらん。隙あらば容赦はしないはずだ。」


「そうらしいな、でもやつらに目を付けられているのは俺だけじゃない。なら俺もそいつらと条件が一緒になっただけだ。多分、そいつらは死神のことなんか知らずにがんばっているはずだ。俺だって負けていられない。必ず勝ってみせるさ。」

「そうか・・、そうじゃな。」


じじいはそこで少し間を置いた。何か言いたいのだろうけど言えないのだろう。まっ、こいつも神さまと言っても下っ端だからな。宮仕えは大変だ。


「2度目の人生はどうじゃった?」

「へっ、楽勝さ。記憶があるってのはある意味チートだからな。じじいだって見ていたんだろう?全て順調、今じゃ俺は人生の勝ち組だぜ。」


「これからはチートは使えんぞ。」

「じじい、人生ってのは流れに乗れるかどうかで変わるんだよ。初期ブーストが掛かったやつと失敗したやつじゃ、同じ事をしても成果が違うんだ。勿論成功したやつもどこかで失敗すれば地に落ちるだろう。でもそれが社会さ。成功ってやつは安泰ではないんだ。歩みを止めたら後からくるやつらに追い抜かれる。それが嫌なら歩き続けるしかないのさ。」

俺は親父が録画していた時代劇の主題歌をパクって言ってみる。さすがは戦争で価値観がガラっと変わった後の時代に作られた歌だ。重いぜ!


「そうか・・、そうじゃな。」


「もう、会えないんだな?」

俺はじじいから受け取った書類にサインをする手を止め確認する。


「そうだ。」

「じじいも俺を忘れるのか?」

「いや、それはないが、わしも忙しいからな。何れは忘れるじゃろう。」

「そうか、ならお別れだ。達者でくらせよ。じいさん。」

そう言って俺は一気にサインを済ませる。次の瞬間、書類とじいさんは消えていた。

「けっ、全く余韻もなしかよ。情緒もへったくれもないな・・。」

そう思った次の瞬間には俺もじいさんを忘れていた。




「う~んっ、小さいとはいえさすがに4個はきつかったな。腹がぱんぱんだ。」

佐野輔は片手で腹を叩きながらお茶を一口飲む。その時、頬を一筋の涙が零れ落ちた。


「あれ?何だ?なんで俺泣いているんだ?ヤベっ、消毒かなんか目に入ったか?」

そう言って佐野輔はタオルで目をこする。記憶は無くなったが魂はまだ覚えているのだろう。だがそれも何れは忘れられるはずだ。


「さて、飯も食ったし昼寝でもするか!よしっ、今日は異世界に行ってむふふなハーレム生活を満喫するぜっ!ごめんな千里、でもこれって妄想だからっ!俺は千里一筋だからっ!」

佐野輔は草地にごろんと寝転がり次の瞬間には眠りついていた。佐野輔は夢の中でなら、異世界に残してきた彼女たちに会えるのだろうか。果たして夢から覚めた時にその事が現実に体験したことだと思い出せるだろうか。それは起きてみないと判らない。


佐野輔は時間の流れの先頭に戻って来た。これからは助けとなる記憶はない。でもそれが普通である。みな先の見えない暗闇を手探りで進んでいるのだ。確かに先は見えないが、その後ろには歩いてきた過去が確かにある。そこまで進んできた経験を糧としてみんな先に進むのだ。


未来は必ずやってくる。過去はひとつの道しかないが、未来は幾万の道に分かれている。どの道を行くかは人それぞれ。


佐野輔の未来もまた彼が自分で決めて行くだろう。


-完-

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