大人の恋は責任を伴う
そして俺は先輩の紹介で小さな会社に再就職した。今度も建設業である。
新しい会社での仕事は雑用も多いが中々楽しい。何故かこの会社には死神も寄り付きたがらないようだ。何故なんだろうと思っていたら、会社の裏に小さな祠があった。成程、神様がいらっしゃるのか・・。○○先生の事務所にも神棚はあったが形だけで神様はいなかったからな。神様も座る場所は選ぶのだろう。
小さい会社なので何でもやらされるけど、現場は人手が足りているのか俺の仕事は営業が多くなる。まぁ、営業と言っても前の会社みたいにスーツで客先廻りなどしない。大抵は元請の現場事務所への顔出しだ。そして前の会社で顔見知りになった方もいるのでそうゆうところでは話も弾む。でも中には如何にも建設業然とした人もいるのだ。
あからさまにリベートを要求してくる客もいるし、馬鹿らしいと思える接待も経験した。ピンハネを当然のようにやっている親方もいるし、本当に人間は様々だ。
まぁ、ここいら辺は全部まとめてリューズに丸投げする。リューズはうまい事誤魔化して、アホなおっさんたちを罰する事が俺に不利益になると仲間に言いふらしてくれた。だから死神たちの矛先は全部、アホなおっさんたちに向かう。けっ、おっさんよ、今までのツケを払うんだな。世の中ちゃんと収支はとんとんになるように出来ているんだよ。というか、死神たちもああいうやつらを相手にしろよっ!俺なんかで遊んでないで、ちゃんと仕事しろってんだっ!
さて、俺も社会人になって4年目だ。千里たちは今年で大学を卒業する。千里は就職先をこちらで探すという。俺は嬉しかったがその気持ちを抑えて親御さんたちのところに一度帰るよう提案した。
「佐野輔くん、私はもう成人なのよ。自分の事は自分で決められるわ。」
「うん、まぁそうなんだけどさ。でも千里は大学の4年間、親元を離れていただろう。だからもう少し側で親孝行してもいいんじゃないか?」
「親孝行はどこに居ても出来るもの。佐野輔くんは私がこっちにいるのが嫌なの?」
参った、千里は一旦こうと決めると猪突猛進型である。しかし、そんなに簡単に決められるものなのかねぇ。俺なんか今回は親元すら離れていないよ。これが男女の気持ちの差なのか?
「いや、そんなことはないけど・・。ほら、女の人って・・。」
俺はその先を言えない。言う決心は付いているんだがまだその時ではないと思っているのだ。俺は死神持ちだ。だけど千里を幸せにするにはそんな荷物を背負う訳には行かない。だから俺は死神と決着を付ける。相手は死神だ。これまでは何とか勝つ事ができたが次は決戦である。やつらも総力を向けてくるかもしれない。そうなったら生きて戻れる保証はないのだ。だからまだ言えない・・。
「なぁに?」
「いや、もう少ししたら話すよ。」
「ふ~ん、変なの。また仕事で失敗しちゃったの?」
またって・・、ちょっと千里よ。それって酷くね?
「あーっ、そう言えば夜雲と亜里沙はどうなんだ?夜雲は県の試験を受けるって言ってたけど。」
「うん、そうみたい。あーちゃんはテレビ局だって。」
「ほうっ、アナウンサーか?ってか、あいつ、東京の芸能事務所から声が掛かっていたよな?」
「そっちは断ったみたい。そりゃそうよね。だって夜雲君と離れ離れになっちゃうし。」
「あいつは全国の女子にブーイングを受けるな。宝の持ち腐れだ。」
「まぁ、あーちゃんを見たけりゃ、こっちの県に住みなさいってことね。テレビには映るんだから。」
「採用される事は決定なのか・・。すごい自信だな。」
「だって内々の内定は貰ったらしいわよ。というか、是非ともってお願いされているみたい。」
「げーっ、美人は得だねぇ。まっ、あいつは実力もあるからな、そんなもんか。」
「そんなもんです。だから取り得のない私はもがくのです。」
「千里だって成績は悪くないだろう?」
「うーっ、ぎりぎり中の上くらい・・。あーちゃんたちに勉強を見て貰ってやっとです。」
「まっ、研究所あたりに入るならともかく、実社会では成績はそれ程関係ないよ。大抵は覚え直しだから。結局はやる気のあるやつが伸びるのさ。」
「おおーっ、さすがは社会人っ!言う事が重いです。」
「がははははっ、もっと言って!あっ、パフェのお替りいる?お兄さん、給料が出たから何でも奢っちゃうよ。」
「きゃっ、お大尽ですねっ!ならこのケーキにしようかな。」
「ほいほい、あー、ウエイトレスさんっ!ケーキ100個持って来てっ!」
「多過ぎですっ!あっ、でもおみやげにしようかな?」
「嘘です。勘弁してください。」
「あははははっ。」
うんっ、やっばり千里は可愛いや。
そんな感じで俺は千里に言うのをぐずぐず引き伸ばしていた。でもリューズの報告から、死神たちが俺に関する遊びを終わらせる動きがあると報告を受ける。ほうっ、足掛け43年。やっと諦めるのか・・、てか、お前ら気が長過ぎだっ!どんだけ人の人生で遊びたいんだ!
だが死神が終わらせるという意味は諦めると意味ではないらしい。やつらと俺は因縁がある。やつらも俺に屈して手を引いたとは思われたくないのだろう。つまり、決戦を仕掛けてくるという意味だ。この事は俺に決心を促す。何か死亡フラグみたいで嫌なんだが、言っておかないと絶対後悔するに決まっている。だから俺は次のデートで千里に・・、ぷっ、プロポーズをするぜっ!
さて、決心はしたんだがそこは社会人である。仕事の都合で中々千里と会う事が出来なくなった。会社がウチの規模には不相応な物件を何故か受注してしまったのだ。勿論社内はてんてこ舞いである。俺も休日を返上して駆け回る。あまりの忙しさに俺が前にいた会社が下請けとなって半分持ってくれる事になった。
「おい、久しぶりだな。はははっ、かなりお疲れのようだな。」
前の会社から先輩が出向と言う形で来てくれた。そして俺の顔をみるなりこれだよ。
「先輩っ!ありがとうございますっ!このご恩は1年は忘れませんっ!ですからこれ半分お願いしますっ!」
「おうっ、任せろ!大変なのは初めだけだからな。だけど最初が肝心なんだ。ここで手を抜くと後まで響くぞ。覚悟を決めろよ。なに1ケ月くらいで落ち着くさ。」
そして先輩はぱらぱらと仕様書を見るとあちこちに作業を振り分け始める。忽ち先輩の机にあった書類の山が消えてゆく。さすがは先輩である。俺なんかとは経験している場数が違うよ。基本現場監督は自分で動いちゃいけない。人を動かしてなんぼの立場だ。でもそれって、言うのは簡単だが難しいんだぜ?これは先輩が築いてきた経験と人脈に寄るところが大きい。総理大臣から任命されたからってその気になっちゃった防衛大臣には出来ない芸当だろう。
そして応援を得た俺は、何とか仕事をこなしきり山場を越える。でも何かおかしいとリューズに調べさせたらやっぱり死神の仕業だった。あいつら俺に無理をさせて、心が疲弊したところを襲う魂胆だったらしい。はははっ・・、やつらそんな高等技術まで使えるのかよ・・。でも、俺には先輩と言う強力なチートアイテムがあるからな!大仕事を無事にこなした時の充実感は人間を成長させるんだぜっ!抜かったな、死神どもよっ!お前ら、お遊びで仕事をしているからわかんねぇだろうっ!
さて、怒涛の1ケ月を乗り越えた俺はやっと千里と連絡を取れる余裕が出来た。仕事の方は先輩の言った通り、もはや流れが出来ている。やっぱり何事も最初が肝心だ。すごいぞっ、先輩っ!
さて、今回の事が死神絡みとするとぼやぼやしている時間はない。俺は1ケ月振りの休日に千里をデートに誘う。季節は初秋、山の紅葉にはまだ早い。でも高原ではコスモスが咲き出したそうだ。本当なら花一面の場所で言いたかったが、こればっかりはどうしようもない。まっ、人が沢山居るであろう満開時よりはいいか。
でも天は俺に味方した。いや、リューズが何かしたみたいだ。俺たちが着くと、そこは一面にコスモスが咲き乱れていた。当然千里は大喜びである。よしよし、グットジョブだリューズよ。後で高い骨を買ってやるからな!・・って、リューズは自前で持っているか。すまん、ジョンと間違えた。
「すごーいっ!こんなの初めてだよ、佐野輔くんっ!圧巻だねぇ!」
「ああ、すごいな。俺も初めてだ。」
俺と千里は殆どお客のいない花畑を満喫する。もう見渡す限り花、花、花だ。
「すごいねぇ、何か映画の舞台みたいだよ。これはあーちゃんが悔しがるなぁ。ふふふっ、でも、あーちゃんは夜雲君が側にいればどこでもいいか。」
「そうだな。」
俺はこれから千里に言う事で頭がいっぱいで、中々千里の言う事に気を配れない。言葉少なに相槌を打つだけだ。そんな俺に千里が気を使う。
「佐野輔くん、大丈夫?疲れちゃった?帰りは私が運転しようか?」
「大丈夫だよ、千里が可愛いから見惚れていただけだ。」
「もうっ!急になによっ!花に当てられちゃったの?」
そう言いつつも千里は顔を真っ赤にして後ろを向いてしまう。はははっ、今のはちょっとキザだったか?でも、もっとすごい事をこれから言うから腰を抜かすなよ。
「なぁ、千里。ちょっと聞いて欲しい事がある。」
俺は花畑の真ん中で千里に声を掛ける。大丈夫だ、シチュエーションとしては最高なはずだっ!ここで言わなきゃ男じゃないぜっ!
「なぁに?改まっちゃって。」
「俺、ちょっとやんなきゃならない事があってさ。・・それが終わったら・・。」
俺はそこで言葉に詰まる。ぐわ~っ!昨日あんなに練習したのになんでここで止まるんだっ!俺の意気地なしめっ!
「んっ?」
千里も漸く俺の異常さに気付いたのだろう。神妙に次の言葉を待っている。
「その・・、おっ、おっ、俺と結婚してくれっ!」
がぁーっ!言ってしまったーっ!しかもなんの捻りもないっ!あんなに練習したのにっ!うわーっ、やり直してーっ!
でも、既に言ってしまったのだからやり直しはない。俺は千里の返事をぐるんぐるんな頭で待つ。
「はい。」
千里の返事はそっけなかった。あれっ?もしかしてそんなに嬉しくない?実は嫌だった?いや、千里もテンパっているのだろう。返事をするのが精一杯なのかも知れない。何なんだ?ふたりして赤面して立ち尽くしているって、俺たちは中学生かっ!
だが、千里の返事を理解した俺の頭は喜びを爆発させる。もう、喜びが体の内から一気に湧き上がってくる感じだ!千里、はいって言ったよね?それってOKって意味だよね?お嫁さんになってくれるって事だよね?
「ひゃっほーっ!」
突然俺は千里を抱えて空に掲げる。そのままお姫様だっこで走り出した。
「やったっ!やったぞっ!千里は俺の嫁さんだっ!」
「ちょっ、佐野輔くんっ!危ないって!転んじゃうよっ!」
千里は俺の首にしがみついて振り落ちまいと必死だ。
「誰が転ぶかっ!俺の大切な千里に怪我などさせるかっ!」
そう言いつつも俺は千里を抱え直してぐるぐると回りだす。いや~、千里って軽いなぁ。放したら天まで飛んで行っちゃいそうだ。
そして漸く落ち着いた俺は千里を降ろす。でも回り過ぎたのかふたりとも千鳥足である。
「うーっ、佐野輔くん・・、世界が回っているぅ~。」
「うぐっ、すまん、ちょっとやり過ぎた・・。危ないからちょっと座ろう。」
そして俺たちはコスモスの中に座り込む。千里は俺にもたれ掛かって手を握ってくれた。その手を俺も握り返す。俺たちはそのまま黙ってコスモスを見ていた。そして千里がぽつりと呟く。
「どこにも行っちゃ嫌よ。」
その言葉に俺はビクっと肩を震わせた。千里は何か感じていたのだろうか。俺が死神とやる事を気付いたのか?
「行きやしないさ。ずっと一緒だ。」
「うん、ずっとね。」
これはフラグなんかじゃない。千里の呪文だ。俺はこの呪文に守られている限り負けはしない。負ける訳にはいかないんだ。
こうして俺の一大決心であるプロポーズ大作戦は勝利のうちに幕を閉じたのだった。




