理不尽との戦い
「あーっ、すまないんだが明日からお前、○○先生のところに手伝いに行ってくれ。」
「はっ?」
俺は先輩からの指示が一瞬の見込めなかった。
「○○先生って・・、あの国会議員の?」
「ああ、今までは営業から人を出していたんだが、今回は増員を頼まれたらしくてな。」
「増員・・、ああっ、選挙の手伝いですか。でも選挙ってまだ先ですよね?」
「そうなんだが、あの先生この前講演会でポカをやらかしたからな。失言の尻拭いに躍起なんだ。だから今の内から地固めをしておきたいんだろう。全く、自分のケツくらい自分で拭いて貰いたいもんだよ。って、お前に言っても仕方ないか。」
「はぁ・・。」
「やる事は営業の小泉が指示を出す。期間は多分半年くらいだな。社内的には明日からお前は営業部付きとなる。まっ、息抜きと思ってやって来い。結構、政治の裏辺りを見れて面白いかもしれんぞ?あははははっ。」
「はぁ・・。」
と言う訳で俺は次の日、本社の営業部に顔を出した。いや~、スーツなんか着るのは入社式以来だな。
「本日付けで技術部からこちらに転属になった上条 佐野輔ですけど、小泉さんってどなたですか?」
「ああ、君が上条君ね。小泉は○○先生の事務所にいるから君もそっちに行って頂戴。あっ、これあなたの新しい名刺ね。」
営業部の窓口にいた女性はそう言って俺に事務所の地図と名刺を差し出す。
○○先生の事務所に着くと中ではみんな電話中だ。20台はあるだろう電話全てに人が付き、どこかに電話をしていた。俺は入り口付近にいた女性に名前を告げ、小泉さんを呼んで貰う。しばらくすると奥からそれらしき男性がやって来た。
「君が上条君か、私が小泉だ。よろしくな。早速だが一緒に来てくれ。仕事の内容は車内で話す。」
「はぁ・・。」
俺は言われるまま車に乗り込んだ。
「まっ、私たちはあの事務所の中では個人としてお手伝いしている事になっている。但し、社内的には営業という立場だ。ちょっと戸惑うと思うが理解してくれ。」
「はぁ・・。」
小泉さんの説明はちょっとあやふやだがはっきり言う事が憚られるのだろう。まぁ、同じ会社の仲間とはいえ会ったばかりだからな。選挙協力なんていう微妙な事をしていると慎重になるのだろう。
「私たちは会社の顧客を廻って挨拶がてら今回○○先生のやらかした失言の謝罪をして廻る。気持ちは込めなくていいから一緒に頭を下げてくれ。」
「はぁ・・。」
「今回の件が沈静化したら次は攻勢に移る。対立候補のちょっとしたミスを大々的に広げたり、相手が喜びそうな政策をぶち上げて誘導する。まっ、ちょっとグレーな事もするけど法律的にはセーフな範囲内だから悩むなよ。」
「はぁ・・。」
小泉さんはいきなり俺にジャブを噛まして来る。まぁ、小泉さんから見たら俺なんてまだ20歳の小僧だからな。心配っちゃ心配なんだろう。まぁ、俺は荷物持ちと人数合わせだ。基本、小泉さんの後ろで小泉さんが頭を下げたら一緒に謝るだけだ。自分の責任じゃないのに頭を下げるなんて若いやつらには理解できないだろうけど、大丈夫さ、小泉さんっ!俺って自称人生経験年齢46歳だからっ!あんたより人生経験は無駄に長いよっ!
まぁ、取引先に関しては概ね良好な反応があった。そりゃそうだ、相手から見たら俺たちって仕事の発注元の社員だもん。下手な事は言える訳がない。でも、自治会や金銭の繋がりが薄い人たちからは苦情も出た。
「あんたら、いくらしがらみがあるからってあんな事をポロっと言うやつなんか応援するんじゃないっ!どんなに繕ってもあれがあいつの本性なんだっ!恥ずかしいと思わんのかっ!」
うんっ、このじいさんここぞとばかりにがなり立てやがる。でも小泉さんは低姿勢だ。
「はい、この度の事はまことに持って不用意でした。その場の勢いとはいえ、関係者の方々に不快な思いをさせた事に○○も痛く後悔しております。あの言動には驕りが在った事はいがめません。ですが、この事により○○は目が覚めたのです。副大臣の地位を辞し、いち議員として初めて立候補した時の使命を思い出しました。今後は国政に命を掛ける所存であります。何卒、もう一度○○に機会をお与えください。あの者の培ってきた経験はこれからの国政に必要となるはずです。」
そう言って小泉さんは土下座した。わーぉ、土下座かよっ!慌てて俺も続く。これにはじいさんも慌てた。
「いや、まぁ、それは判っているんだ。そうだな、あんたにそこまでされちゃ仕方がない。いいだろう、だけど今回だけだぞ。」
「はっ、ありがとうございますっ!そのお言葉、必ず○○に伝えますっ!」
小泉さんはその後、じいさんとちょっとだけ世間話をして車に戻った。勿論お土産を置いてくるのも忘れない。因みにこのお土産は世間話の流れの中でウチの会社からと渡したのであって、決して○○から送られたものではない。小泉さんはそこら辺までちゃんと計算して会話をしていた。かーっ、すごいね。世間話のところから話を聞いた人なら絶対疑問を持たないよ。
「すごいですね、あそこまでやるんですか?」
「はははっ、びっくりしたか?突然ですまなかったな。でも営業なんかやっているとあんなのは序の口さ。あのじいさんなんかいい方だ。人間優越感を覚えると暴走するやつもいるからな。かさにかかって更に攻撃してくるやつもいる。だからケースバイケースだ。」
「ああっ、そんなニュースもありましたね。お客様は神様だろうって勘違いしたやつの話。でもそんなやつは言葉ではきれい事を言っても、実際は票を入れてくれないんじゃないですか?」
「そんなのは織り込み済みさ。市議なんかの規模の小さい選挙だと1票の取りこぼしは痛いが、国政選挙は全体の雰囲気が大切なんだ。今回のボカで○○はそこら辺の数値を落とした。ムーブメントってやつは動かないと定着してしまう。だから私たちがこうして動いている姿勢を示すのが大事なんだ。」
「はぁ、そんなもんなんですか・・。」
全く、選挙というやつは魔物だ。ニュースで報じられている事なんか表面だけである。裏ではこんな地道な底上げがされているんだ。勝てば官軍とは言っても、矢面に立って戦う兵隊は大変だぜっ!
その後は、小泉さんの指示で俺もあちこち走り回った。まぁ、普通は20歳そこそこの俺が出向いても相手にされないから基本お使いレベルではある。小泉さんもそこら辺は判っているから面倒なところには行かせない。
だが、死神のやろうは小泉さんの上をいった。例の草むしり疑惑をマスコミ関係者にリークして今回の選挙と絡めてきたのだ。会社は事態が議員に飛び火するのを恐れて俺を○○の事務所から外す。でもマスコミの追求があるから技術部にも戻せないのだろう。結局、俺は社内に机を与えられ昼行灯みたいな立場になってしまった。
実際の矢面に立ったのは先輩だが、当事者として俺にもマスコミからの取材が来る。会社を通したやつは会社がシャットアウトしたが、どこで調べたのか俺のスマホに直接掛かってくるのだ。
そして俺は社内で孤立してしまった。先輩は時間が経てば元に戻ると言ってくれたがやっぱりつらい。結局俺は会社に辞表を出した。上司は引き止めてくれたが、俺の考えが硬いと知ると新しい環境で再出発するのもいいだろうと言ってくれた。
まぁ、今回の事は死神のせいだからな。つまりは俺のせいだ。俺が離れれば死神もこの会社に纏わり付かないだろう。この会社にはそんなに酷い人はいなかった。結構、居心地が良かったんだけどな。だからこそ、俺の為にこんな事になったのは気が引けた。
うんっ、やっぱり死神とは決着を付けなくちゃ駄目だな。俺を怒らせたツケはでかいぞっ!首を洗って待っていろよっ!




