ここからが本当のやり直し
いやはや今の俺って最高の人生を送っているんじゃないの?千里とも寄りを戻せたし、親友と呼べる友達も出来た。でもそれに胡坐をかく事は出来ないな。死神の事を抜きにしても人生って落とし穴だらけだからね。
そんな俺も今年から社会人だ。就職先は県内でも有数の建設会社である。まぁ、そうは言ってもあくまで県内ではと言う事で、スーパーゼネコンなんかには足元にも及ばない。だけどそれだけ地元にはどっしりと根を張っている。県が発注する物件なんかでは、頭はスーパーゼネコンに譲っているが実質的に工事を仕切っているのはウチの会社だ。
そんな会社の土木部門に俺は配属された。と言っても所詮は高卒、やることは使いっ走りだ。一応、土木重機関係の資格は取ったけどまず運転することはない。初めこそスコップ片手に穴掘りもしたけど段々書類整理と写真取りが日課になった。本当に土木工事って写真が多いのよ。なんせ、埋めちゃうとちゃんと工事をしたのか確認出来ないからね。一枚でも撮り忘れていたら大変だ。埋めたところを掘り起こして撮る事になる。ちゃんとやってあってもだぜ?どんだけ土木業者って信用がないんだ?
まぁ、金を払う側からしたら当然なんだろうけど、高校を卒業したばかりのペーペーには疑問符だらけだろうね。俺は2度目だからそこら辺は判っているからあれだけど、同期のやつにはきついらしい。そらそうだ。学校では赤点さえ取らなきゃ何とかなったけど、社会では常に100点を要求されるからな。99点は0点と同じなんだ。1枚の写真がないだけでやり直しを喰らう。報告書を受け取ってさえ貰えないんだ。
まぁ、これは公共工事の場合で民間からの受注だともう少し融通が利く。でもどんな仕事でもベースは100点を目指す。それが会社ってやつだ。けれど土木系って殆ど公共工事なんだよね・・。
「どうだ、仕事には慣れたか。」
工事現場の事務所で、俺が写真の確認をしていると先輩が缶コーヒー片手に声を掛けてきた。俺はお礼を言って受け取る。
「まぁ、ぼちぼちです。」
「お前、普通科出なのに飲み込みが早いな。実家が土木系なのか?」
「いえ、農家です。まぁ、似ていると言えば似ていますけど・・。」
「そうか、まっ、一旦覚えちまえば後はルーチンワークだ。最初はきついだろうけどがんばれよ。」
「はい、ありがとうございます。」
「で、そんなお前を見込んで頼みがある。」
「何でしょう?」
「お前の同期の後藤な。ちょっとこの仕事に悩み出した気がする。そこでちょっと話し相手になってやってくれ。別に引き止めろとは言わない。ただ1回の挫折でせっかく就いた仕事を止めてしまうのはやつに取っても良い事ではないからな。」
「はぁ。」
「本来なら俺が面倒を見なくちゃならないんだが、お前ら未成年だからさ。酒の席に呼ぶ訳にもいかない。と言う訳で明日あたり誘ってやってくれ。仕事は他のやつに回すから。」
そう言って先輩は1万円札を俺に渡す。これで後藤と飯でも食えと言う事だろう。
うんっ、確かに後藤は悩んでいた。俺との休憩中も愚痴が出ている。でもその原因は仕事内容というより人間関係だ。なんせ作業員のおっちゃんたちは一癖も二癖もあるやつらばかりだからな。仕事上の立場としては俺たちが上なんだが、基本的に命令ではなくお願いする感じなのだ。そして、おっちゃんたちはそんな俺たちをからかう。
向こうにしたら単なる冗談なのだろうが、こっちにしてみれば板ばさみだ。これは神経が擦り切れる。だから俺が話を聞いてやっても根本的な解決にはならない。でもこんな事は誰しも経験することだろう。この業界だけの事ではないはずだ。だから結局は本人が強くならなくちゃならないんだが、これが一番難しいんだよな。運動や勉強なら、やればそれなりの成果が出るもんだけど人間関係に最適な答えはない。あの時、うまくいったからと言って次もうまくいくとは限らないのだ。
次の日、俺は後藤を誘って話を聞いたが、後藤は既に決心していた。ならもう俺には言う事はない。それは後藤の人生だ。後藤が自分で考え決めたのなら周りがとやかく言う事ではない。やり直すなら早いにこした事はないからな。
だが、世間の風は冷たいぞ。半年持たずに離職したやつを見る目は厳しいのだ。俺は前に嫌と言うほど経験しているからな。でもがんばれよ、俺たちは若いんだ。つまり可能性の塊なのさ。ここでの経験は糧になるはずだ。挫けず前を向いて歩ってくれ。
まぁ、新人が辞めてしまうのは会社にとっては織り込み済みの事でもある。どうせ来年になったらまた新人が入ってくるのだ。3年目辺りで辞められるとちょっとキツイだろうけど、新人なんて使いっ走りだからな。気にするのは上司くらいだ。査定に響くからな。
そして俺を含めた何人かが最初の試練を乗り越え残る。だが、そんな俺にも仕事に疑問を感じる事件が起きた。
その日、俺は先輩の指示で除草の仕事に向かった。除草と言って笑ってはいけない。これも立派な仕事なのだ。道路脇にある分離帯や街路樹の伐採などをやっている人たちを見たこともあるだろう。あれは放置すると事故に繋がる場合があるのだ。だが今回の仕事はちょっと毛色が違った。向かった先が個人の家なのである。まぁ、個人から依頼があればそれはそれで立派な仕事だろうけど、今回の発注元は国だ。つまり公共事業として処理されるのだ。
個人の家の庭を除草する公共事業は既にある。それはある危険物質を取り除く為に行なわれている。しかし、それは地域が限定されている。俺が向かった先はその範囲には含まれていない。しかし、業務上の処理はその公共事業として扱われていた。
俺はその事を先輩に問い質す。
「あーっ、まぁ、そうだよな。実はあの家ってあるゼネコンの幹部の実家らしいんだ。」
「それって・・。」
「うんっ、建前上ではウチの会社が自主的にやった事になるだろうけど、実際は圧力があったんじゃないかな。まぁ、言った本人にしてみれば軽く言ったつもりなんだろうけど、言われた方はそうは取れないよな。」
「大丈夫なんですか?書類が残りますよ?」
「危ないよな、既にこの事業では国の抜き打ち監査で何件も挙げられている。まぁ、大抵は書類上の水増しなんかだけど今回のやつは見つかったら笑い者だ。」
「そこまで判っていてなんで・・。」
「仕事ってやつは結局人間の繋がりなんだ。どの仕事をどこに振り分けるかなんて担当者の匙加減だろう?土木系はどこも技術的にはどんぐりの背比べだからな。抜きん出た技術でも持っていない限り、仕事を取る為にこうゆう事もするのさ。」
「それにしても今回のはやり過ぎなのでは?」
「それはお前が当事者だからそう感じるだけだ。会社の上のやつらなんか気にもしていないよ。まぁ、ちょっと鈍感になっている気らいはあるがな。」
「バレたらマスコミの餌食ですね。」
「こんなのは今更だよ。構造計算を誤魔化すことに比べたら可愛いもんだ。」
「ああっ、そんな事件もありましたね。」
「まぁ、飲み込めないかも知れないがこんな事もあるんだなと心にしまっておけ。今回の事はお前に任せた俺の責任だ。お前が悩む必要はない。」
「はい、判りました・・。」
全く、大人の世界ってやつは生活が掛かっているからきれい事ばかりは言ってられない。それでも釈然としないのは俺がまだ若いからか?いや、俺ってもう自称人生経験年齢45歳なんだが・・。
しかし、先輩の言う通りこんな事は序の口だった。俺は建設会社に就職したはずなんだが、2年目になったら何故か政治家の秘書みたいなことをやらされたよ。何なの、これって?




