この受験には人生が掛かっている
そんなこんなで、充実した夏休みを堪能した俺たちの次の目標は受験である。まぁ、俺は就職組なんで関係ないんだが千里がこっちに来れるかが掛かっているからな。
とは言ってもやはり本人たちに比べたら、本気度において温度差があるのはいがめない。後から聞いた話では俺の知らないところでこんな会話がなされていたそうだ。
「もしもし、千里?どう、進んでいる?」
「う~ん、びみょぅ。模試の成績はそこそこなんだけど、私って本番に弱いからなぁ。」
「どの口が言っているの?佐野輔に告白した時なんてぶっつけ本番だったじゃない。」
「えへへっ、いや~、あの時は本当にテンぱりました。実はあんまり覚えていません。」
「でも、結果は出せたんだから今回だって大丈夫よ。こうゆうのは日頃の実績がものを言うんだから。」
「うん、まぁ判っているんだけどね。でも、中々ポジティプな想像ができなくて・・。考え出すとどうしても落ちたケースを想定しちゃうの。」
「そん時は佐野輔のところに転がり込みなさい。玲奈さんより早く上がり込んじゃえば、お兄さんたちふたりっきりの生活がし易いんじゃないの?」
「もうっ、人事だと思ってっ!あーちゃんの方こそ大丈夫なの?英語、苦手なんでしょう?」
「ああっ、あれってわざとだから。夜雲が英語得意でさぁ、教えて貰うためにわざと点数を落としていたんだもん。」
「うわっ、でたよ。とんだ策士だ。」
「だって彼より点数が良いと嫌がられそうじゃん。私は1歩後ろを歩く女なの。」
「3歩じゃないんだ・・。」
「そんなに離れたら他の女が寄ってくるから駄目よ。あー、モテる男の彼女は大変だわ。ねぇ、千里。」
「ううっ、佐野輔くんだって・・、かっこいいんだよ?」
「はいはい、そうね。どちらかと言えば大人びているかな。鏡にメッセージなんてキザよねぇ。」
「でへへへっ、あーちゃんでも、羨ましいでしょう。」
「私はもっといいやつを何れ貰うからいいの。それじゃ長くなったから切るわ。また明日ね。」
「うんっ、おやすみ。」
こいつら全然余裕なんじゃねぇの?いや、緊張をほぐす為の馬鹿話なのか?でも俺と夜雲の会話もこんなもんだな。やっぱり、気を置けないやつとの会話って楽しいや。
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そしてその日、全国の受験生が自分の人生を賭けた試練に立ち向かった。課題はみな平等である。後は相手より上の成績を示すだけだ。その為の鍛錬は続けてきた。試験とは、言わばこれまでの自分の努力を披露する場である。この日、この時の為に努力した。後は実力を示すだけである。
今回の試験は手段であって目標ではないけど、この壁を乗り越えなくてはあの丘の向こうに進むことは出来ない。仮に進めたとしてもその向こうにもまた新たな壁があるのだろう。そこで歩みを止めたらそれまでである。
今回が最後ではない。ひとつの課題をクリアしてもまた新たな難問が立ち塞がるものだ。しかし、まずは目の前の敵を倒さなくてはならない。この敵を迂回することは出来ないのだ。
さぁ、戦士たちよ立ち向かえっ!この戦いに助っ人は現れない。自分の力のみで勝ち取らねばならないのだ。栄光とは生き残った者の頭上に輝く。その事を信じて己が全てを持って臨むのだっ!
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合格発表の日、俺は千里の代わりに番号を確認しに行く。合格通知自体は千里の家に郵送されるので、わざわざこの為だけに千里が来るのは交通費の無駄だ。というか落ちてたら本当に無駄じゃん。いや、千里が落ちるわけ無いんだけどさ。
「よう、久しぶり。何だお前、顔が真っ青だぞ。」
「いや、何だか朝から胃がきりきり痛くて・・。食中毒かな。」
夜雲は俺の顔を見るなり心配してきた。そう言えばお袋も俺が出かける時に、何か言いたげだったな。
「あなた、自分の事は平気なのに千里に関しては全然耐性がないわね。」
「うるせぇ・・、自分じゃどうしようもないからこそ、つらいんだょ・・。」
亜里沙めっ、最近は、夜雲のいるところには必ずこいつがいるな。そのお膳立てをしてやったのは俺なんだからもっと優しくしろっ!
「そう、ならぐずぐすしていないでさっさと済ませましょう。結果さえ判れば忽ち解決するんだから。」
「あっ、いや、もうちょっと心の準備が・・。」
「ぐずぐずしていたらそれだけ長引くわよ。さっさと確かめてお茶にしましょう。千里だって連絡を待っているんでしょ?」
何でお前は受かっている事前提なんたでよっ!その自信はどこから来るんだっ!
「あーっ、もしもの時は何て言ったら・・。」
「もうっ!ウザいから千里の番号教えなさいっ!私が見てきてあげるわっ!」
「いや、これは俺が確認しないと・・。あーっ、腹がいたい・・。何か吐き気もして来た・・。」
うん、まさかここまで酷い事になるとは思っていなかった。足なんかまるで力が入らない。立っているのがやっとといった感じなんだ。掲示板を見た時なんか目が霞んできたからな。俺の脳は、そんなに現実逃避をしたいのか?お前は千里を信じていないのか?
いやっ!信じているさっ!でもそれとこれは別だっ!それだけこの結果が俺たちに取って重要だってことなんだっ!
そして俺は千里の番号を探す。
あった・・。千里の受験番号はあっさりと見つかった。あったよ!ありやがったっ!あったぜーっ!
途端に俺の体は平常を取り戻す。俺はすぐさま千里に連絡する。
「千里かっ!あったぞっ!合格していたっ!」
「ほんとう?」
「本当さっ!当たり前じゃないかっ!合格だっ!」
「ほんとうに本当?」
「本当だってばっ!お前の番号だっ!」
「・・、よかった。うれしい・・。」
「おめでとうっ!千里っ!本当にがんばったなっ!」
「うんっ、うぅっ、ありがとう・・。」
千里は電話の向こうで咽び泣く。多分、お袋さんが近くにいるのだろう。おめでとうと言う声が電話越しに聞こえた。
「よっしゃーっ!合格だっ!やったー!」
俺は千里が聞いているかどうかも気にせず電話に向かって叫び続ける。
「上条君?」
突然電話の向こうから問い掛けられる。千里は既に俺を上条とは呼ばない。となるとこの声はお袋さんだ。
「はい、佐野輔です。」
「千里ったら泣いちゃって話せそうにないの。だから一旦切るわね。落ち着いたらこちらから掛け直させるわ。」
「あっ、はい。判りました。それじゃ、あっ、おめでとうございます。」
「ええっ、ありがとう。これも上条君のおかげね。そっちに行ったら仲良くしてあげてね。」
「はいっ!」
俺が電話を切ると夜雲と亜里沙が後ろにいた。
「よう、そっちはどうだった?」
「あらあら、千里と比べてそっけないのね。勿論合格していたわよ。」
「ほう、そいつは良かった。なら、お茶でも飲んで乾杯するかっ!」
「うわ~、こいつ本当に私たちの事なんか心配していないわ。」
「はははっ、それだれ信頼されているんだよ。どれ、ここら辺は込むから町まで出よう。」
夜雲が取り成してくれて亜里沙は漸く矛を収める。まぁ、亜里沙だって一番の感心ごとは夜雲の合否だったはずだ。だからあまり人の事は言えないぞ。
その後、ファミレスでお茶をしていると千里から電話が来た。先程と違って大はしゃぎである。
「佐野輔くんっ!どうしよう、本当に合格していたよっ!」
千里はどうやらネットでも確認したらしい。こらこら、俺よりネットを信用するのかっ!お前って現代人だなっ!
「当たり前だっ!信じていなかったのか?」
「だって、佐野輔くんの事だから、落ちていても受かっていたって言いそうだもの・・。」
それは俺が優しいからか?それとも不謹慎者という意味か?どちらにしてもそんなすぐばれる嘘なんかつくかってぇの!
「ところであーちゃんと、夜雲君は?」
「あーっ、夜雲は受かっていたが亜里沙は挙動不審で落ちた。」
「えーっ!」
ぱこんっ。
亜里沙の平手が俺の頭に決まる。だから冗談だっうのっ!
「はははっ、嘘だよ。亜里沙も合格していたさ。代わるか?」
俺は亜里沙にスマホを渡す。途端に亜里沙の夜雲自慢が始まった。そんな亜里沙の言動に夜雲は全然動じない。いやはや、慣れってすごいね。俺は千里に脇でこんな事をされたら小さく縮こまっちまうぜっ!
そして俺たちは晴れて高校を卒業した。俺の次のステージは荒波吹きすさぶ社会人エリアだ。俺は前回めたくそに叩き潰されたけど同じ失敗はしないぜっ!待っていろよ!大人たちっ!未来の担い手様のお通りだっ!・・いや、やっぱりお手柔らかにお願いします。はい、私まだまだ子供ですんで・・。




