神さまだって間違える
しかし、刈っても刈っても雑草たちは減らない。いや、減ってはいるんだが元の面積がでか過ぎて減っている実感がもてない。開始から既に4時間。休まずに刈りまくったが刈った面積より残りの面積の方がまだ多い。しかもこれと同じくらいの耕作放棄地が、後5面もあるんだよね。
俺は草刈機のエンジンを止め昼飯にすることにした。さっきまで背中でぶんぶん唸っていたエンジン音が消えると途端に世界は無音になる。
「音の消えた世界か・・。ファンタジーだなぁ。」
はい、残念でした、ただ単に耳栓をしているだけです。これは兄ちゃんが教えてくれた。騒音はちゃんとケアしておかないと夜中に耳鳴りが気になって眠れなくなるそうだ。
俺は乗ってきた軽トラに戻り、お袋が持たせてくれたおにぎりをパクつく。車があるので家に帰ってもいいのだけど、一旦帰っちゃうと戻るのがメンドイのだ。精神的に・・。やはり俺はクズなのだろうか?
しかし、その時事件は起こった。お袋の握るおにぎりはでかい。なんせ農家仕様だからね。俺の拳をふたつ合わせたくらいあるのよ。それを空腹に物言わせて口に放り込んだら飲み込めきれずに喉に詰まった。俺はどんどんと胸を叩きながら水筒を探す。
だが見つかった水筒は何故か蓋が硬い。その間にも俺の肺は酸素を求めて深呼吸をしようとして失敗を繰り返している。人間とはこんなに簡単に呼吸困難になるものなのか?俺は最後の力を振り絞って漸く水筒の蓋を開けることに成功した。そしてそのままラッパ飲みだ。コップに注いでいる暇などない。ぼたぼた首元にこぼしながら中の麦茶を飲み干した。
「くはーっ!死ぬかと思った。これで死んで異世界転生なんかしたらみんなの笑い者だったぜっ!」
何故だろう、最近の俺の例えはラノベの事例を例にとることが多い。そんなに量は読んでいないんだけどな。例え易いのか?というかお袋、やっぱりおにぎりでか過ぎだよ。あの小さな手でどうやって握っているんだ?
一息ついた俺は、おかずのキュウリの浅漬けをパクつきながらもう一本持って来た水筒のお茶を飲む。今日は暑くなるからとお袋が持たせてくれたのだ。何とも過保護な扱いである。俺、もう24だぜ?お袋にとっては俺や兄ちゃんはいつまで経っても子供なんだな。
「しかし、異世界かぁ~。機械を使ってもこんなに大変なんだから技術の発達していない場所では収穫量を増やすのも大変なわけだ。」
俺は先日読んだ農耕改革モノのラノベの内容を思い出す。あれは改革自体が主題ではないから農業改革はさらっと成功していたけど、現代知識を使ってもやっぱり農業は大変だ。なんせお天道様次第だからな。現代技術を持ってしても曇りの日が続けば作物は実らない。スーパーにモノがなくならないのは物流のチカラだ。
この国が狭い、小さいと言ってもそれは周りの大国と比べればの話で、実際にはとても広いのだ。しかも南北に長いから気候も違う。一部で飢饉になっても別の場所は平年並みの収穫があるのが普通らしい。でも昔は物流がしょぼいから食料を別の場所から運ぶのに時間が掛かりすぎ救えなかったのだろう。しかし今は道路網が正常に機能していれば2日あれば北海道の作物を九州に届けられる。逆もまた同じだ。
「農業改革って言ってもなぁ、俺は農家の次男だけどそんな知識もノウハウもないから役に立てんな。俺は異世界行っても能無しかぁ。」
仮にこの草刈機込みで飛んでも燃料がなければただの長い棒だ。振り回せば武器にはなるかもしれないけど、槍の方が絶対実用的だよ。
「ガソリンってどうやって作ってるんだ?」
自分が知らない事を自問しても判るわけがない。ネットで調べれば判るかもしれないけど多分俺には理解できないだろう。仮に理解できたとしても作ることはできない。それを作るにはやはり別の機械が必要なはずだから。
満腹になって難しい事を考えていたら眠くなってきた。俺は刈ったばかりの草を集めてその上に寝転ぶ。青臭い匂いが鼻をくすぐるがガソリンの排気ガスに比べたら全然マシだ。そして俺は昼寝としゃれ込んだ。
「ああっ、都会のサラリーマンじゃこれは味わえないよなぁ。もしかして俺って幸せなのかな?」
誰に言うともなく呟くと俺は夢の世界へと旅立った。
「おいっ、起きろ!いつまで寝ておるんじゃ!」
俺は皺枯れたじいさんの声で目を覚ます。
「あーっ、なんだ?なんかあったのか?」
見ると俺の前にはじいさんがひとり立っていた。てもここいらでよく見かける作業服姿のじいさんではない。白いだぶっとした服を着た白い髭面のじいさんだ。仮装大会でもあったのか?
「お前は死んだのじゃ!だからこれから天国と地獄のどちらに行くかわしが決めるのじゃ!死後の世界の判定をするのは久しぶりじゃのぉ、腕が鳴るわいっ!」
あーっ、なんだ歳に似合わないラノベ読みのじじいか・・。そうか・・、茶飲み友だちがいないんだな。仕方ない、少し相手をしてやろう。お年寄りの面倒はちゃんとみてやらなくちゃな。でも間違いは指摘しちゃうぜ。いくら芝居とはいえ、リアリティは大切なのだよ。
「じいさん、残念だが俺は死んでないよ。そうゆう設定にしたいならそれでもいいけど、俺もラノベにはちょっと煩いからね。覚悟しろよ。」
「あぁ~?何をほざくか若造めっ!お主は、握り飯を喉に詰まらせて死んだのじゃ!あんだけ悶え苦しんだのに忘れたのかっ!」
何だじいさん、あれを見ていたのか。ほうっ、それをすぐさま設定に取り入れるとは結構やるな。でも俺も天邪鬼だからな、設定の不備を突いて論破してやるぜ!
「じいさん、確かに俺は飯を喉に詰まらせたが、その後水を飲んで事なきになったのは見ていただろう?目の付け所は良かったが死亡フラグとしては些かマヌケだ。あまり奇をてらうと後で伏線を回収するのが大変だぞ。」
「えっ?なに?お主あれで死ななかったのか?わしはてっきりお陀仏すると思って死亡書類を申請してしまったぞ!えっ?死んでないの?何で?それってすごくまずいんじゃないのか?」
じいさんは俺の言葉に慌てる。なんだ見切り発車したのか。馬鹿だねぇ。
「まずいよねぇ、死んでない人間を召喚したら大事だろうねぇ。何たってこの世で一番重要なことだからねぇ。じいさん、誤認召喚で豚箱行き決定だよ。」
「あうっ、待て!今確認するからちょっと待て!」
そう言うとじいさんはどこかと電波で話を始める。いや、じいさんよ、そこは小道具としてスマホでも出した方がいいんじゃね?電波なんて今時流行らないぜ?
「あっ、いえ!こちらで対処しますので・・、はい、大丈夫です!そちらの手を煩わすまでもありません!はい、すいません!何とかしますのでこの事はご内密にお願いします!」
うんっ、じいさん迫真の演技だな。知らない人が見たら通報されそうだ。
やがてじいさんの中では話がついたのか、じいさんは俺に向き直る。
「あーっ、今回の事はこちらでいくつかの手違いがあったようじゃ。しかし、お主が喉を詰まらせたのも事実である。このまま出るとこに出るとそんな紛らわしいことをしたお主も罪は免れん。そこで相談なんじゃが・・。」
じいさんどうやら誤魔化すつもりらしい。ほら見ろ、安易に設定を作るから自分で自分の首を絞める羽目になったんだ。やっぱり馬鹿だねぇ。
「じいさん、聞くだけは聞いてやる。でも1回だけだ。俺も忙しいんでね。」
「そうか、ではお主、異世界に転生せんか?」
じいさんはどこまで行ってもテンプレから外れる気はないらしい。