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閑話<1>誰より悪辣な正義の王子

すみません!追加しました(読まなくても支障はないです)


「今何と仰いましたか」

 信じられない言葉が耳から入って脳に届くまでたっぷり数十秒掛かった。

 三段高い場所にいる緋の絨毯の先にいる王の顔は、厳しい程に真面目で、一瞬聞き間違いかと耳を疑った。


 体調の芳しく無い王に代わり、国境近くの鉱山への視察を終え報告したその席での出来事だった。


「まさかあんな世迷い言を?」


 乾いた唇を舐めて、とっさにそう尋ねる。王のそばにいた宰相が眉を顰めて、たしなめる様に私の名前を呼んだ。


「――失礼致しました」


 反射的に頭を下げる。けれども既に議会で承認済だという手渡された書面を見て、ますます理解出来なかった。


 召喚に掛かると言う他国から呼び寄せる魔術師の人件費、今は失われた魔力が込められていると言う遺跡の発掘。書類に書かれた数字は莫大なもので、来年度の全ての予算を大きく超えている。


 これだけあれば続く水害のせいで止まっている水路や街道の整理、雨に強い作物の品種改良の研究にだって費やせる。

 それをいるかどうか分からない神子を召喚する為に使うと?


 確かに神子が世界を救う――話はこの世界の、特に信仰の強いこの国では誰もが知る神話である。しかし前回召喚がなされたのは千年前。


「――は」


 呆れの様な驚きの様な嘆息が口から漏れた。

 鉱山への道行きに見た人々は、痩せた土から小さな作物を収穫していた。輸入に頼りきりではあるが、無い訳では無く、このままではいけないと、民は既に知っているのだ。それなのに。



「神子さえ現れれば、全てが安寧になります」

「人一人に何が出来ると言う!」


 既に隣国から破格の対応で迎え入れた一人であろう同席していた魔術師が、ローブの下から覗く嫌に黄みがかった瞳を私に向けた。

 何を言っているのか、と言うよりは明らかに格下の人間を見る傲慢な瞳だった。


「王子ともあろう者が何と言う言葉を」


 細波の様な呟きが部屋中を満たし、王のとりなす様な咳払いに静けさが戻った。


「王子、あなたには信仰が足りない様ですな。これは国を挙げた一大行事です。子供の様な事を仰らずあなたも協力なさいませ」

 大国の王子に対するものとは思え無い程の不遜な言葉。王も宰相も何も言わず同意する様な静寂が耳に痛い。


 ――国一番の頭脳と呼ばれ城の崇拝を集める宰相。いずれも精鋭と呼ばれた高官達のぴくりとも動かない表情。

 質の悪い冗談だと、思えない酷く重苦しい空気が部屋を支配した。


「話はこれで終わりだ」

「父上……っ」


 はっと我に返って王を見上げる。宰相の手を借り、立ち上がった王は小さく痰の絡んだ咳をするとゆっくりと振り返った。


「しばらく部屋で謹慎を命じる。くれぐれも早まった真似はしないように」


 こちらを一瞥して、立ち上がった王の背中に向かって呼び掛けるが、王は振り向く事なく緋のカーテンの向こうに消えた。


 得体の知れない恐怖にも似た感情を抱えたまま、侍従に言われるまま自分の部屋に向かう。

 教師役は宰相の弟にあたるツュオーレ伯、足が悪い為に政治の第一線には立ってはいないが、先進的な考えを持ち、物事をあらゆる角度から柔軟に見るなり事の出来る自分が認める――数少ない人物である。


 半ば機械的に話を聞き、時々書き付けて一時間程した所で、年輪の様に深い皺が刻まれた横顔を見つめた。


「何ですかな」


 すぐに気付いた先生は、ペンを置いて自分を見る。注がれる穏やかな灰褐色の目に安堵して口を開いた。


「先生も神子が現れさえすれば、土は肥え作物は実り争いの無い平和な世になると思いますか」

「突然何を仰います」 


 書類から顔を上げた先生の――その表情に安堵した。やはり先生も、この召喚の馬鹿馬鹿しさに気付いていらっしゃる。


 勢い込んで王への嘆願を連名で持ち掛けようとした瞬間、先生は穏やかに微笑んで口を開いた。


「当然ではございませんか」


 聞き訳の無い子供を諭す様に、テーブルの上に置いていた手にそっと皺だらけの手が添えられる。


「王子もこの千年に一度の希少な儀式に生を受けた事を感謝なさいませ」


 怒鳴りつけようとした言葉を、ぐ、と手をきつく握り締めて堪えて、飲み切れなかった言葉が口の中に苦く広がった。


 ――先生は、この国は、この世界は、歪んでいる。


 何故自分達が生まれ育ち生活し呼吸するこの世界を、何の縁も無い得体の知れない人間に任せる事が出来るのか。


 どれ程立派な人間であろうが、所詮人間。出来る事などたかが知れている。


 謹慎はいい隠れ蓑になった。反省し神子について勉強する――と言えば、侍従も先生も儀式や神子について記された蔵書を運んで来てくれた。


 時間が許す限り蔵書を漁り、神子について調べた。

 全てが若い妙齢の娘であり、性格も人となりも実に様々だった。儀式までの一年で国庫の半分を空にした強者までおり、一層印象が悪くなる。しかし共通するものは確かにあった。皆それなりに容姿は整っており、稀に魔術を使えたりする者もいるらしいが、大抵は平凡な娘だった。



 それが――神子と言うだけで、王に次ぐ地位を与えられる。鉱石は徐々に採掘量が減りその為色々な部署の予算は削られたと言うのに、神子にだけは破格と言われる程の予算が既に組まれている。


 ――今ならまだ間に合う。


 必死に、その馬鹿馬鹿しさを訴えても相手にされず、逆に直前まで反対していたせいか、召喚の立ち合いは許されず、自分とは別の意味で好奇心の強いアマリと共に部屋に閉じ込められた。


 かくして自分の見えない場所で召喚された神子は、想像通り、いやそれ以下だった。

 自分とさほど変わらぬ身長。振り乱した髪が張り付いた項は青白く、折れそうな程細い。

 

 ――こんな狂人にこの世界を任せると言うのか! 


 くすぶり膨らみ続けた苛立ちは、ただひたすらに帰郷を望む女の細い声に、堰を切った。


 睨むでもなくただ呆然とこちらを見る深くぽっかりと空いた様な黒い瞳がいつまでも脳裏にこびりついて離れなかった。





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