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後日談2⑰

お付き合いありがとうございました!

 サダリさんを待たせている以上、久しぶりのお風呂といってもゆっくり楽しむ訳にもいかない。


 少し残念に思いながらも、大急ぎで髪と身体を洗う。そして用意していた新しいワンピースに着替えて、髪の水分を布で拭いながら浴室を出た。


 サリーさんに見られたら確実に怒られそう……と思いながら早さ重視でおおざっばに手を動かす。


 そのまま早足で寝室を横切って、応接間へと戻った。言葉通りサダリさんはいない。戻ってきてもらおうと、廊下に繋がる扉の取っ手に触れようとしたその時、話し声が耳に飛び込んできた。



「ーーから、それでいいじゃん」

 あれ、この声……

 取っ手に触れる少し前に気付いて動きを止める。

 扉越しに聞こえたのは、先程別れたリースさんの声だ。男の人にしては少し高くて、よく通るから聞き間違える事はない。

「……」

 次に答えた声はサダリさん。こちらは低すぎて聞き取れず内容は分からない。

 恐らく戻ってきたリースさんとサダリさんが何か話をしているのだろう。


 サリーさんは一緒じゃないんだよね?


 彼女がここにいたなら、とっくに部屋に入って身の回りの世話をしてくれているはずだ。

 数年ぶりの家族の再会で積もる話もあるだろうし、リースさんだけ一足早く戻ってきたのかもしれない。


 もちろん二人の会話を立ち聞きするつもりはないけれど、サリーさんの事は気になる。


 部屋の内側からノックするのもおかしいかな、と、ぶつかる事がないようにそっと扉を開けて顔を出した。


「あの、サダリさん……」


 そんなあたしの気配には気付いていたらしく、ちょうど向き合う位置で目があったリースさんは軽く片手を上げて笑顔を見せてくれた。


 軽く会釈して何となくサダリさんに視線を向けると、ばちっと目が合った。身長差のせいで見下ろされる形になって、ーー何故か思いきり眉間に皺を寄せられた。


 さっきと同じ、と妙な既視感を覚える。……いやさっき以上にこれは。

「……」

 不機嫌……?

 誰が見ても分かるくらいにサダリさんの表情は、固い――を通り越して、失礼ながら怖い。


 ……もしかして待たせすぎてしまっただろうか。自分的にはかなり急いだつもりだったんだけど。


「サダリさん、あの、お待たせしてすみませんでした。中にどうぞ」


 そう謝ってみてもサダリさんの表情は変わらない。

 不安になりつつも、とりあえず話は部屋に入って貰うのが先だ。日も傾きつつあるし暖房の入っていない廊下は、少し出ただけなのに足元から冷えてきた。


「あ、すぐに出ますので」


 あたしの言葉に、リースさんが首を振る。

 そしてあたしを見て、それからサダリさんに意味ありげな視線を向けた。


 対するサダリさんは、リースさんに向き直ってしまったので表情は分からないけれど、背中からも不機嫌なオーラが出ている気がする。明らかに不快指数が上がっているけれど、リースさんはからかうような表情を止めない。


 ……何だかよく分からないけど後で謝りますから……!


 心の中で叫んで、あたしはこれだけは、と気になっていた事をリースさんに尋ねた。


「あの、サリーさんはどうするって言ってましたか? まだ家にいるなら今日はそのまま泊まってくれても大丈夫ですって伝えて貰えませんか」


 あたしの言葉にリースさんは、何故か破顔してサダリさんの肩を軽く拳で打った。そろりと見上げたサダリさんの顔はもう凶悪と言っても差し支えないようものになる。完全に置いてけぼりの状況。この二人の間に何があったのだろうか。


「ナナカ様ならそう仰って下さると思ってました。やっぱり久しぶりの再会のせいかお互い離れがたい感じがびしびし伝わってくるんですよねぇ。なんか他人の私から見ても居心地の良い家でしたよ。で、私も良かったら泊まらないか、って仰って下さいましてお受けしようかと思っているんです。その方が明日の朝、サリー嬢の送り迎えも楽になりますし」


 サダリさんから発せられる不穏なオーラもなんのその、リースさんはいつもの軽い調子でそう言った。

 サリーさんが泊まるのは勿論構わないけれど、リースさんも?


 人の良い笑みを浮かべるリースさんに確かに彼の人好きのする明るい性格ならそういう事もあるのかな、と納得する。

 なんだかんだとしっかりもののサリーさんと楽しいけどちょっとお調子者のリースさんは、言い合いになる事も多いけれど相性は良さそうに見える。


「そうなんですか。サリーさんとリースさんが良いならそうして下さい」

「それは、」

「もちろんサリー嬢も了承済です」


 何か言いかけたサダリさんの言葉を遮り、リースさんは笑顔をあたしに向けた。


「で、問題は部屋に置く護衛なんですよね。ナナカ様、婚約もしてるんだしサダリが同じ部屋でもいいですよね?」

「……え?」

 何気なく付け足された言葉に一瞬思考が止まった。


 サダリさんと同じ部屋。

 同じ……

 リースさんから発せられた言葉の内容が理解出来なくて固まっていると、すぐ側から重い溜め息が落ちてきた。


「……だからそれは出来ないと」


「へぇー春っつってもまだ寒い季節だしここの廊下大理石で底冷えするよな。部屋数多いし、むしろ部屋に入っちゃった方が守りやすいし、窓だって三つもあるじゃん」


 正論なのだろうサダリさんが少し言葉に詰まる。あらかじめ知っていたのだろうか正確な間取りや窓の数まで知っていたのは不思議の一言に尽きる。


「ならばお前が戻ってくればいい話だろう」

 しかし必死で絞り出したのであろう言葉は「無理!」と、リースさんに一刀両断にされた。


「サリー嬢の親父さんに超気に入られちゃったし、弟君達も懐いてきちゃってさぁ……。すぐ戻ってきて、って言われてるんだよね~。自分的にもサリー嬢可愛いし仲良くしときたいんだよ。なにお前ってば自分は幸せなクセに親友の恋路邪魔する気?」


「え?」


 不意をついた告白に思わず驚きの声を上げてしまう。

 今の言い方ってリースさんがサリーさんに気があるってことだよね?

 確かにリースさんがサリーさんに話しかける事は多かったし、さっきだって率先してサリーさんの荷物を運んでいた。

 でもいつからそんな、と、詳細を尋ねようとしようとすると、廊下の向こうからカートを引く車輪の音が聞こえて来た。


「あ、仕事早いなーさすがお高いだけの事はある。夕食も中で取れる様に手配しといたいたから、久しぶりに二人でゆっくりして下さい。残りの二人にも伝えておくし。……明日ちょっとくらいなら寝坊してもいいからな」


 ぽそり、と最後に付け足した言葉はサダリさんへのものだったけれど、それほど小さかった訳ではないので、あたしにもばっちり聞こえた。


 ……それは、えーっと……

 赤くなる頬を隠したくて視線を落としたのと同時に、ごつ、と鈍い音がした。

 慌てて顔を上げると、そこには仁王立ちするサダリさんと床にしゃがみ込むリースさん。


 両手で頭を押さえて涙目でサダリさんを睨むリースさんに、どうやらあの鈍い音はサダリさんがリースさんを殴ったらしい。


「ってぇえええ……!」

 呻き声を上げながら涙目でサダリさんを睨むリースさんに、サダリさんは眉間に皺を寄せたまま顎を動かした。


「うるさい。もう行け」


 そうリースさんに吐き捨てると、その脇を抜けて二人のやりとりに驚いて立ち止まってしまっていたらしいメイドさんに近づいていった。二言三言話しサダリさんはカートを引き取って戻ってくる。


 残されたメイドさんはあたしに向かって頭を下げて元来た廊下を戻っていった。リースさんも一通り恨み言を呟いた後、すくっと立ち上がる。


「じゃあまた明日、戻ってきますね」


 なかなか立ち直りが早い、というよりは演技だったのだろうか、と疑うくらいけろっとしているリースさんに半ば呆れながら頷いた。


「……あ、はい……あの、サリーさんによろしく」

「はい。伝えておきます」


 しっかりと頷いて踵を返すとカートを引くサダリさんの方へ向かう。もう一度殴ろうとしたらしいサダリさんの拳をひょいっとすり抜けると、ひらひらと手を振って角を曲がってその背中は消えた。


 ……何だかんだと、仲いいんだよね……

 二人とも体格がいいからその一挙一動の迫力に驚いてしまうけれも、本人達からしてみればじゃれあいと同じようなものなのだろう。

 サダリさんはその背中を睨んで溜息をつく。

 それからあたしの方へと振り返り「失礼します」とワゴンを部屋の中に入れた。

 えっと、結局サダリさんは部屋に詰める事になったのかな……?


「部屋に戻りましょう」


 促されるまま部屋の中に戻る。

 途端に漂ってきたスパイシーな匂いに、今まで意識していなかったお腹の虫が騒ぎ出す。そういえば昼に携帯食をつまんだだけだったと思い出して、こくりと頷いた。

 すぐに食事を始めるのかと思いきや、サダリさんはワゴンをテーブルの端まで運んでから、あたしに向かってソファに座る様に促した。


 あれ……? 食べないのかな。

 首を傾げながらも素直に従うと、サダリさんがじっとあたしを見つめていた。ますます首を傾げているとサダリさんがは少し間を置いて口を開いた。


「食事の前に髪を乾かして下さい」

 ……忘れてた。

 慌てて首に掛かっていた布を抜き取る。まだ乾ききっていない毛先が首筋に張り付いて思わずその冷たさに首を竦めた。

 髪が乾いてないことを指摘された恥ずかしさは勿論ある。けれど首にタオルも相当ひどい。

 改めて自分がどんな格好でいるか気付いて顔が熱くなる。こんな恰好でサダリさんやリースさんの前に出てしまった。言ってしまえば女らしさの欠片もない。ついさっき慎ましさについて考えていたのにどれだけ学習しないのか。 


「……すみません。見苦しくて」


 慌てて手を動かす。

 こんな事をしている間に料理が冷めるのではないか、と心配になる。ワゴンの料理は布がかかっているから内容は分からないけれど量からすれば多分二人分はある。一緒にサダリさんも食べるのだから出来るだけ美味しい状態で食べて貰いたい。

 早く、と気が急いてがしがしと乱暴にタオルを動かす。

 ドライヤーがあればいいのに、なんて言っても仕方の無い事を考えて焦れば焦るほどなかなか乾かない気がする。


「……てもよろしいですか」


 焦っていたせいか布越しのせいか、投げられた問いが聞き取れなかった。


「え?」


 聞き返せばいつの間にかそばに来ていたサダリさんが、ソファの背中越しにあたしの手からタオルを引き抜いた。空っぽになった手が濡れた髪をすいて慌てて顔を上げる。


「自分がやってもよろしいですか」


 ぽかん、と見上げて言われた言葉を反芻する。

 自分がやっても? ってそれはサダリさんが、……髪を乾かしてくれるって事? 

 付け足された言葉をやようやく理解して慌てて首を振る。


「だ、大丈夫です! あ! あの、待ってもらうのも悪いし、良かったら先に食事を取って」

「……護衛が主人より先に食事を取るなどありえません。それよりせっかくの綺麗な髪が傷みます」


 言葉尻で太い指が毛先を撫でる。少し遠慮がちな動きだったけれど首筋に近かったせいでくすぐったさにぴくっと身体が揺れた。


「っ……ほんとに大丈夫です。あの、すぐ終わりますから!」


 突然の行動や綺麗な髪と言われた言葉に狼狽し、振り返ってサダリさんの手にあるタオルを取り返そうとするものの、ひょいっと上に持ち上げられてむなしく指が宙をかく。負けじと次は反対の手を突き出すとそれも躱された。


「……猫みたいですね」


 笑いを含んだ言葉に、言葉を失う。怒って、ない? それは良かった、けど。


 我ながら子供っぽい……


 顔に熱が集まって萎れるようにソファに座り込むと、上からタオルが降って来た。そのまま丁寧に髪の水気を拭われる。あまりに流れるような動きで結局そのまま動くことが出来なくなってしまった。


 サリーさんほど器用ではない、でも驚くほど丁寧なその指が微かに肌に触れるたびにむずむずしてしまう。

 続く沈黙に耐えられなくて、思いつくままに口を開く。


「すみません。あたし基本的に大ざっぱなんですよね。サリーさんに叱られてばっかりで気も利かないし、さっきも」


 そこまで言って口を噤む。

 ……失敗した。自ら墓穴を掘ってどうするのか。


「先ほど……何かありましたか」


 静かに問いかけてくるサダリさんに膝の上で拳を握る。


「いえ、あの」


 口の中でごにょごにょ言っては見るもののどうやら誤魔化されてくれないらしい。サダリさんは再び同じ言葉を繰り返してきた。

 ああもう、と小さく溜息をついて、ちらりと茶器を流し見る。


「お茶を淹れましょうか、って聞いてくれたじゃないですか……でも。あの、婚約者なら、自分が言うべき言葉だったなって」

「なぜですか」

「だって……そういうの普通は女の人の仕事じゃないですか」


 この世界では特に、だ。位が上になるほどそれは顕著。


「正直分かりかねます。それがここの給仕の仕事ですし、あなたが自らする事ではないでしょう」

「給仕とか、じゃなくて、……その、だって結婚して家にいるならそれは奥さんの仕事かなって」


 そう言った途端サダリさんの動きが止まった。


「サダリさん?」


 またおかしな事を言ったかとタオルを持ち上げてサダリさんを見ようとすれば手の動きが再開される。今度は少し乱暴で思わず小さな悲鳴を上げればサダリさんがはっと我に返ったように手の動きを緩めた。


「申し訳ありません」

「……あの、何か」


 失礼な事を言ったか、と尋ねればサダリさんは小さな、ともすれば聞き逃すほど小さな声で呟いた。


「そうですね。お茶も……あなたが淹れてくれたならきっと美味しいでしょう」


 不機嫌にも聞こえるぶっきらぼうな口調。怒っているのではなくて、照れているのだ、とちらりと見えた赤い首筋に胸がきゅっとなる。


「れ、練習します……!」


 嬉しくなってほぼ反射的にそう言えばサダリさんは、「楽しみにしています」と珍しく柔らかな微笑みを浮かべて答えてくれた。


 長い時間を掛けて髪を乾かして貰い、結果少し冷めた食事を二人で取る。


 冷めた、と言ってもスパイシーな味付けのおかげか美味しく、二人きりだというのに食は進んだ。


 普段あまりしゃべらないサダリさんの口数が多かったからかもしれない。普段に比べたらあたしもよく喋ったと思う。少しだけ話した事があるお互いの両親や好きな事、あたしはお姉ちゃんの事とそして自分がいた世界の事。


 全て過去形で語る事が出来た自分にも驚いて確かに未来に向かっている。少しずつ近づく約束に今はもう後悔も後ろめたさもない。この世界で過ごした優しい時間は確かに心を癒した。

 食事も済み、日も落ちて外の喧噪も大分収まってくる。

 ふと、リースさんの別れ際の言葉を思い出してしまった。


『ちょっと位寝坊しても構わないからな』


 ……サダリさん怒ってたけど、否定はしなかったよね……。

 空っぽになった食器をワゴンにのせながら、ちらりとサダリさんを窺うと、「外に出しておきます」と残りの皿も器用に重ねて一度扉を開けて、すぐに戻ってくる。


 窓から吹き込む風がカーテンを膨らませてぼんやりと曇りがかった赤い月が、ちらりと顔を見せる。風が強い、と呟いたサダリさんの大きな手がカーテンを掴んで、鍵を締めた。


「何か飲みますか」

「いえ、もう……」


 高まる緊張に部屋のあちこちを移動してしまう。

 そんなあたしを見かねたサダリさんは一人落ち着いた様子で名前を呼んだ。


「ナナカ様。明日も早いですし、そろそろ横になられてはいかがですか」

「っはい!」


 しまった。声が上擦った。

 明らかに調子の外れた返事にサダリさんは目を丸くする。ああ、穴があったら入りたい。これではあたし一人が意識しているだけじゃないか。


 顔を伏せれば、小さく笑われた気配がした。

 わざわざあたしが座った正面に回ったサダリさんが膝をついて顔を覗きこんできた。


「そんなに緊張しないで下さい。……今日あなたを抱くつもりはありませんから」

 最後だけ声を落としてサダリさんはそう言った。


 今日あなたを抱くつもりはありませんから。


「え、あ……、……そう、ですか」


 反芻して、出てきたのはそんな、間抜けな言葉。

 はい、と繰り返し頷かれて、見透かされていた羞恥心に顔が熱くなる。


 これは、かなり……死ぬほど恥ずかしい。一人でその気になって意識していた、とか……

 恥ずかしさに俯いていると、サダリさんはすっと立ち上がった。


「しかし今日はお言葉に甘えてこちらで控えさせて頂きます」

「っ、それはもちろん」 


 花冷えのこの季節あの寒い廊下で一晩過ごさせるわけにはいかない。

 リースさんの言う通り、一緒の部屋にいるほうが護衛しやすいだろう。


「じゃあ、毛布持ってきますね」


 立ち上がって寝室から持ってきた毛布を手渡す。

 思ったよりも大きくて重くて倒れ込むような格好になってしまった。サダリさんの性格から遠慮されるかな、と思ったけれど、今回は素直に受け取ってくれた……その瞬間、ふと指が触れた。その上から握り込まれる。


「村に着いて落ち着いたら――結婚しましょう」


 毛布越しに掛けられた言葉は淡々としていた。

 その言葉は二回目で。

 あ、と気付いて問いかけた。


「やり直しですか?」

「……そうですね」


 こくりと頷いて、するりと指に何か通された。

 それは左手の薬指、小さな宝石が花びらの形に配置されていて角度によって色が変わる。それはサダリさんの目の色にもアマリ様や王子の髪の色にも神官長様の穏やかな目の色にも、お姉ちゃんとあたしの目の色にも、迎えに来てくれたあの草原の緑の鮮やかな色にも。


 この世界の色――反射的にそう思った。


 確かに軽い気持ちでこの世界にはないエンゲージリングの習慣を話した事はあった。それもまだあたしが『イチカ』を演じていた随分前に、ただの話題の種として。


「これ……」

 覚えていてくれた。

「受け取っていただけますか?」

 一瞬言葉に詰まって、でも、次の瞬間には勢いよく頷いていた。


「……良かった」

 今更、なのに、ほっとしたように笑ったサダリさんの表情が可愛くて愛しくて、胸が痛い。


 大真面目に求婚をやり直してくれた事も、何もかも。



「村の生活にすぐ馴染めたらいいですね」


 新しい生活は不安だけれど、サリーさんも、もちろんサダリさんがいるから大丈夫だと思える。


 早く一緒になりたい、と素直に言えなかったあたしにサダリさんは、珍しいほどきっぱりと「大丈夫です」とうけおった。珍しいな、と顔を上げると、サダリさんはふっと目を眇めて口の端をつり上げた。


「私もそれほど我慢がききませんから」


 毛布ごと抱き寄せられて、額に温かいものが触れた――次の瞬間には離れていて、至近距離にあるサダリさんの顔。数秒後にキスされたのだと理解した。


 唇に触れて、その熱さに気付いて慌てて俯く。

 そのせいで余計に顔が熱くなってしまった。

 サダリさんとキス、してしまった。


「しっかりお休みください」


 いたずらが成功したような珍しいサダリさんの小さな笑い声が鼓膜を優しく擽る。


 いつかとは真逆の突然の口づけで、窺うように見下ろすサダリさんの顔がどうしようもなく、可愛くて、恥ずかしくて、愛おしくて。


「お、おやすみなさい!」 


 ばっと目を反らしていたたまれなくなってその場から逃げ出す。

 再び小さく笑われた気配がして、そのまま寝室に入って寝台に飛び込んだ。

 唇から顔全体に血が巡って、きっと真っ赤になっているだろう。溢れる感情のまま子供の様にじたばたと手足を動かしてしまう。


 ひととおりそうして。気持ちを落ちつけて深呼吸する。

 どうしてこう、いちいち子供っぽい反応をしてしまうのか。

 サダリさんもよくこんなお子様と結婚しようなんて……


「……」

 ああ、でも……結婚式までは、しないのか。

 なんだか真面目なサダリさんらしいと思う。


 隣の部屋の気配を伺うけれど物音一つしなくて、息を潜める。


 今、何を考えているのかな。

 そっとシーツを押し上げて扉の下から漏れる明かりを見つめれば、時々揺れるのが分かる。毛布を渡したけれどどうやら横になるつもりはないらしい。


 せっかくだしもう少し話せば良かったな……。

 隣の気配が気になって、結局眠ることができたのは明け方近く。


 ついでに、翌朝早くに戻って来たサリーさんが、あたしの寝不足で充血した目を見るなり誤解してサダリさんに掴みかかったのは、また別の話である。



 後日談 完結




◆おまけの一幕


リース:「だぁああああ! このヘタレ! 俺が何のためにサリー嬢に張り飛ばされたと!ヽ(#`Д´)ノ」

サダリ:「余計なお世話、……では無かったな。怒鳴って悪かった。お前のおかげで求婚をやりなおす事が出来た。感謝している」

リース:「……ちょ、やめろよ、お前が素直とか気持ち悪い! ……結婚式には呼べよ! 酔いつぶしてやるから!(*´ω`)」


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新婚編の二話はもうちょっと手直してムーンで更新予定です。(サダリが多分報われ……r)




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