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後日談2⑧


 それから同じく立ち上がった神官長様と一緒に子供達と合流する。

 片づけを手伝いながら神官長様は視察に行った地方の特産物の果物の話をしてくれて、季候が似ているからここでも育つかもしれない、と教えてくれた。


 この辺りの市場では出回らないものなら良い収入になる。今年は豊作で新しく入ってくる子供達は随分減ったが、この先どうなるか分からない。勿論神殿や貴族の寄付があるが、貯蓄は多いに越した事は無い。


 それを干したものをお土産として後で部屋まで届けてくれるらしい。

 勿論子供達の分もあって既に院長に渡している――と神官長様が言った瞬間、子供達から歓声が上がり、道具や草を片付ける手が早まったその現金さに神官長様と顔を見合わせて笑う。確かに砂糖がまぶされたドライフルーツは美味しく、滅多にない贅沢なおやつだ。



 サリーさんは一足早く神殿の部屋へと戻ってしまったので、途中まで送ってくれた神官長様にお礼を言って部屋に戻ると、アマリ様が来ていて驚いた。


 いつもなら前もって手紙で約束するか、もしくは当日でも先触れの類はある。神官長様と話している間にサリーさんはいなくなっていたので不思議に思っていたが、神殿からアマリ様が来たと連絡を貰ったのかもしれない。あたしに伝えなかったのは、気を遣ってくれたのだろう。


 控えめなノックをして部屋に入ったものの何やら話に熱中しているらしく、アマリ様はともかくとしてサリーさんも珍しくあたしが戻ってきた事に気づかないようだった。身分差があるから座ってはいないもののアマリ様のすぐ脇で熱弁を奮っていた。


「やっぱり私はサダリ様ですわね!」

「そうね、残念だけどお兄様では」


 カップに口をつけてアマリ様は溜息を漏らす。カップから上げた視線の途中であたしの存在に気付いたらしい。アマリ様は、あら、と小さく呟いて、にっこりと微笑んだ。


「お帰りなさい、ナナカ」

「きゃっ! ナナカ様」


 がちゃっとお代わりを用意していたらしいサリーさんが食器を鳴らす。

 悪いことをしたかな、と思いつつ「大丈夫ですか」と尋ねると、サリーさんは少しバツの悪そうな顔をした。


「大丈夫です。お戻りに気付かず申し訳ありません」

 と、恐縮して頭を下げる。


「サリー、ナナカにも私が持ってきたお茶を淹れてあげて」

「はい。ナナカ様、アマリ様が隣国から贈られた珍しい茶葉を持ってきて下さったんですよ」

「わざわざ持ってきて下さったんですか」


 先触れする時間も惜しいくらい美味しい、もしくは変わった茶葉なのだろうか。そう尋ねると、アマリ様はちょっと申し訳なさそうに苦笑して首を振った。


「まぁそれもあるけれど、報告があるの。……私、正式に隣国に嫁ぐ事になったのよ」

「え?」


 一瞬何を言われたのか理解出来なかった、嫁ぐ、と反芻しようやく理解してアマリ様を見つめる。


「とは言っても二年後ですけれど。立太子と同時に婚姻を結びたい、と親書があったのよ。これから忙しくなるからもうこんなに頻繁にはこちらに来られないでしょう? だから今のうちにナナカと友情を深めておきたいと思って。突然押しかけてごめんなさいね」


 確かに突然来るなんてアマリ様らしくないと思ったけれど、そういうことだったのか。

 それが王族としての責務だと、当然のように受け入れるアマリ様に尊敬と少しの壁を感じる。

 ナナカ? と呼ばれて我に返ればいつのまにか俯いていたらしい。顔を上げればアマリ様は穏やかに微笑んでいた。


 何か言わなくては、と思って、「おめでとうございます」と呟いた。けれどもやっぱり何かピンと来なくて再び口を開く。


「喜ばしい事なんでしょうけど、寂しいです」


 正直にそう言えばアマリ様は微かに目を見張ってから口角を上げた。いつもの無邪気なものではない、女性らしい優しい微笑み。


「……ありがとうナナカ。きっと私そういう言葉が聞きたかったのね。自分でも約束もせずに留守に押しかけるなんて非常識だと思ったんだけど、どうしても会いたかったの」

「みんな口に出さないだけで、そう思っていますよ」


 アマリ様の朗らかさと明るさは堅苦しい王城の中でひときわ輝いていた。我儘だけれど度を過ぎることはなく憎めない、そんな可愛らしい王女がいなくなる事をきっと侍女さんやお城の関係者は寂しいと思うだろう。


 サリーさんも言葉を発する事無く、けれど少し心配そうにアマリ様を見つめている。

 しんみりした空気を破ったのは当本人であるアマリ様だった。


「それでね! 私あと一つだけ心残りがあるのよ」


 本題を思い出した、とでも言うように両手を打ち鳴らしてあたしを見る。

 彼女の心残りなら取り除いてあげたい。


「何ですか?」


 すぐにそう尋ねたあたしにアマリ様は意外な問いを口にした。


「ナナカは誰が一番好みなの?」


 思ってもみない言葉に思わず固まる。


「アマリ様、そんな情緒のない聞き方はどうかと思いますわ」


 今日はアマリ様の侍女がいないせいかサリーさんの口調は少し砕けたものだ。


「好み、って男性に対しての好き、とかですか」

「それ以外に何があるの」


 眉根を寄せてアマリ様はずいっとあたしの方に顔を近付けた。

 少し迷って口を開く。


「と言うか、……あたしが好きとか恋とかそういうの、していいのでしょうか」


「――はい?」


 同じ言葉が重なった。どうやらサリーさんまで驚いたらしい。

 一向に破られない沈黙に気まずくなって、あたしは言葉を続けた。


「ほら、あの、一応元神子だし、還俗するにしたって結婚して子供を残していいものか……それ以前に自分の生活だけでいっぱいいっぱいかな、と」


 何だ下手な言い訳みたいだな、と思いながらちらり二人を見ると、目を瞬かせていたサリーさんがすごい勢いであたしの目の前に立ち身を乗り出した。


「だからサダリ様の事避けていらしたのですか!?」

「……気付いてたんですか」

 分ってはいたけれどアマリ様の前で言われるとかなり気まずい。


「普通に恋の駆け引きだと思っていました!」


 きっぱりと吐き出された言葉に唖然とする。言うに事欠いて恋の駆け引きとは随分買い被られたものだ。けれど無理やりねじ込んだ予定に何も言わずに協力してくれたサリーさんの理由がここにきてようやく分かった。彼女の性格なら嗜めるか理由を聞いてくるはずだから。

 けれど何だか嫌な雰囲気である。


「これは問題ね」

 あたしとサリーさんとのやりとりを聞いていたアマリ様が、ふむ、と頷いた。


「あのナナカ様、私が言うべき事ではないですけれど、サダリ様はもともと」

「あら駄目よサリー。サダリを甘やかしては」


「しかし」

 サリーさんは明らかに不満気な表情でアマリ様を見た。


「どうして私達がサダリの応援をしなければならないのよ。ナナカがこう思っているって事はサダリの認識不足だわ。……私の立場的にはまだお兄様を応援したいしね。まぁ本音を言えば私が出て行くまでに片をつけて欲しいけれど」


「しかしナナカ様はまだ成人されておりませんわ」

「私もそうよ」


 なんだか二人で盛り上がっているので、サリーさんが途中まで用意してくれていたお茶を自ら淹れる。

 最初の頃こそ自分ではさせて貰えなかったけれど、神殿から出た時に出来なければ困るから、と基本的に自分の事は自分でやらせて貰えるように頼んでいたので、サリーさんはちらりと見ただけで何も言わなかった。あたし付きの侍女としては未だに納得出来ないらしいが、ここは気付かない振りをしてお湯を注ぐ。

 少し変わった香りだけど爽やかな香りがする。紅茶というよりはハーブだろうか。 


 それにしても、二人とも元気だなぁ。

 久しぶりに外で長い時間草引きをしていた事もあり、カップをテーブルに置きソファに落ち着いてしまえば眠気が襲ってくる。


 それから暫くして落ち着いたらしい、というかいつの間にか傍観者に徹していたあたしに気付き呆れた視線を向けてくる二人。勿論議論の中心は自分だと分かってはいるけれど、今は深く考えたくない状況だ。

 素直に聞けば王子とサダリさんどちらがいいか――みたいなお話なのだろうけれど、さっきも言った通り、自分にそんな資格があるとは思えない。


 じとりとした恨めし気な視線に、あたしは困って愛想笑いを浮かべる。どうやら無駄だと思ったのか、アマリ様は、はぁっと大きな溜息をついた。空気が変わった頃合いを見計らってあたしはアマリ様に尋ねた。


「アマリ様、今度王城に行っても構いませんか」

「え? ええ、歓迎するけれど……」


 大丈夫? とアマリ様の視線が気遣わしげに細められた。確かにあまり目立ちたくないし、一度行った時の様に貴族達に絡まれたりするのは遠慮したい。


「……出来れば人目を避けて、王子に会いたいのです」


 来て貰うのはさすがに目立ちすぎるし、忙しい王子には酷だろう。

 あたしの申し出にアマリ様は少し驚いたように目を見開いた。何か言いたそうに開いた口は結局言葉を紡ぐ事無く静かに閉じられた。ややあってから小さく溜息をつき、独り言のように呟く。


「そうね。もういい加減にしなくては」


 微かに耳に入った言葉に曖昧に微笑む。

 ……きっと、あたしが王子に言うであろう内容を察したのだろう。


 仕方ありませんわね、と続いた声は苦い。

 

「日程を調節して改めて手紙を送りますわね」


 アマリ様は真面目な顔になり、近い内に、と言葉を重ねて約束してくれた。





2013.08.08

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