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後日談

一気に完結まで更新しました。目次に戻って17.奇跡の行方2からお願いします

◆サダリ視点になります。


 騎士寮の自分の部屋の扉を開けた途端、聞こえた声に身構え――溜息をついた。


「お仕事お疲れさーん」


 視線の先。明らかに気持ちなど籠もっていない軽い口調で労いひらひらと手を振る男は、我が物顔でサダリの寝台に腰を下ろしていた。


 自然と自分の眉間に皺が寄るのが分かる。

 正直深夜まで及んだ仕事の後に、あまり見たいとは言い難い顔である。つい先程ようやく申請が下りた休暇に上を向いていた気分が一気に下降した。


「賢者殿」


 微かな非難を込めて目の前の男の通称を呼ぶ。


 本来の名前もナナカから聞いて知ってはいるが、自分がそれを呼ぶ事は許されていないだろう。彼は曲がりなりにも神席にある存在である。


 しかし彼とは因縁浅からぬ仲ではあるが、何故持ち主――つまり自分の了承を得ずに部屋にいるのだろう。


 いや、彼を自分の常識で当てはめて考えようとする事自体無意味かもしれない。そもそも最初に会った時から掴み所の無い存在だったのだ。今更愚問である。しかしせめて。


「……ブーツを脱いで頂けませんか」


 白いシーツの上に遠慮なく乗せられた足に視線を向ける。

 シーツの交換を含めた部屋の掃除は本来従騎士の仕事だが、平民出身であるサダリは身の回りの世話など必要無いと断っていた。


 本来それ程マメでは無い自分は、同室のリースに言われて気付く事が多く、今朝も嫌味を言われながらシーツを取り替えたばかりだったのだ。

 賢者は一瞬きょとんとして目を丸くした後、喉の奥で一度笑ってから「悪かったな」と、素直に胡坐を組んでいた足を床に下ろした。


 しかしどうやら手遅れだったらしい。外の酷い雨のせいだろう、白いシーツにくっきりついた足型に溜息をついた。


 賢者から視線を外し、濡れた外套を脱いで扉近くの椅子の背に引っ掛けると改めて部屋を見渡す。

 部屋には自分より一足早く戻ったはずのリースの姿は無く、賢者のなんらかの力により、強い雨が窓を叩くこんな天気に外に放り出されたとしたら聊か気の毒である。


「……同室の騎士がいたはずですが」

「ああ。可愛いお姉ちゃんとウマイ酒飲める店紹介してやったんだよ、二時間もすりゃ戻って来るんじゃね?」

「……」


 あなたは神では無く寧ろその対極にいる存在の縁者ですか、と問いたくなる言葉を飲み込む。しかしそんな店に赴くリースもリースである。


 そんな表情が顔に出ていたのだろう。賢者はますます愉快そうに笑みを深めてサダリを見ていた。

 一体この人は何がそんなに楽しいのか。凡人である自分には一生理解出来そうにない。


「それで何のご用でしょうか」


 早々に考える事を放棄しそう訪ねたサダリに、賢者はまぁ座れよ、と黒い外套から手を出し寝台近くの椅子を勧める。

 まるで自分の部屋かの様に振る舞う賢者に微かに苛立ちを感じつつも大人しく腰を下ろした。濡れた前髪から滴る雫に気付き、無造作にかきあげてから言葉を待つ。


「いや、ナナカもとりあえず成人するまでは神殿に世話になると了承したし、お前どうするつもりなんだろうって」

「……どうするとは?」

「俺が聞いてんだけど?」


 賢者は俺の問いに顎を逸らしてそう言い、薄く笑った。眇められた彼女と同じ黒い瞳がちっとも笑っていない。


 そもそも賢者が自分の元に訪れるなんて彼女の事以外無いのだ。むしろ良い機会か。尋ねたい事もあり、彼女の保護者らしい彼に自分の気持ちを告げておくのも良いかもしれない。


 ――以前の言葉から察するに、自分は賢者と繋がっているらしい彼女の姉に良い印象を持たれていない。

 確かに仕掛けて来たのは彼女とは言え、挑発に乗り柔らかで甘い唇を執拗な程貪ったのは自分自身だ。


 ましてや相手はどんなに成熟して見えても未成年。――あの無邪気なアマリ姫と同じ。



 そこまで考えて一瞬にして重くなった胃を押さえる。



 田舎の両親が知れば、きっと泣きながら詰られるだろう。真面目な父が問答無用で叩き斬ろうとするその場面までリアルに想像出来る。

 しかし、言い訳が許されるのならば自分は少女愛好家では無い。


 惹かれたのは年齢でも容姿でも無く、彼女自身が一番初めに見せた向こうの世界――いや今なら分かる『イチカ』への一途な想い。


 薬を嗅がされても乱暴に落とされても、必死で意識を保とうとする彼女の痛々しい程の必死さが、強烈に心に残り、日々を過ごす内に、恐らくは隠し切れなかった本来の彼女の欠片も自分の心の奥に降り積もっていった。


 彼女が王子やアマリ様に見せた包容力や慈愛溢れる言動では無く、そこに垣間見せる危うさや、弱さ。それから気まぐれな我儘の後に一瞬見せる申し訳無さそうな表情。


 それら全てを繋ぎ合わせれば、きっと『ナナカ』になるのだろう。そしてその全てを――愛しいと思う。



「成人を迎え彼女に想う者がいなければ結婚を申し込むつもりです」


 真っ直ぐに向き合い、自分の気持ちを告げる。賢者はそんな自分の言葉に少し鼻白んだ。


「いや、お前らしいけど。余裕あんのか無いのか微妙な答えだな」


 ……確かにそうなのだろう。

 まず一番に願う事は、あの痛々しい程真面目な彼女の幸せ。そして彼女は若い。これから似合いの年回りの男を好きになる可能性は高い。


 過去を取り戻す事は出来ない。違和感に気付きつつも、結局は騙された愚かな自分が彼女のそばに相応しいとは思っていない。しかし、彼女の苦悩も後悔も弱さも知る人間は少なく、だからこそ自分が守りたいと思った。きっとこれからも、何かあれば自分を押し殺して無理を重ねようとするだろうから。



「じゃあ、団長の養子云々っていうの断るんだな」


 賢者の言葉に、そんな事まで知っているのかと呆れ半分で頷いた。


「ええ、元々そのような器ではありませんから」


 これからどうするのか――賢者が尋ねた所、ナナカは、王城や神殿ではなく街に住み一般市民として暮らしていきたいと答えたらしい。


 しかし神殿に滞在していた時期の礼拝にほぼ毎日顔を出していたのでそれなり顔を知られている以上それは些か難しい注文だった。


 けれど黒髪黒目は珍しく無い事と、今の年齢からこのまま表舞台に出ず数年過ごせば印象も変わり片田舎なら叶う可能性もある。


 例えば数年後、彼女の希望通りになるとして、サダリが騎士団長などになれば会いに行く事すら困難になり、逆に悪目立ちする事になるだろう。

 そもそもサダリ自体自分には過ぎた話だと思っていたし、断る理由も探していたので問題は無い。幸い、元騎士という肩書きがあれば両親が住む田舎の自警団には歓迎されるだろう。


「ふぅん、大体わかった。じゃ俺行くわ」


 聞きたい事はもう聞いた、とばかりに唐突に寝台から立ち上がった賢者にはっとして自分も立ち上がる。この世界で唯一ナナカの世界を知る賢者に聞きたい事があった。


「お待ち下さい。一つ聞いても宜しいですか」

「ん?」

「ナナカの世界では、結婚を許される年齢は幾つなのでしょう」


 一瞬止まって視線を泳がせる賢者に意味が通じなかったのかと言葉を重ねた。


「……東方の国のように特に決まってはいないのですか? ならば成人する年齢でも構いませんが……」

「っあー……、はいはい。悪い今一瞬頭に金切り声響いて聞こえなかったわー。あ、成人! 成人な? えーっと、二十歳だな、酒もこの年齢からって法律で決まってる。あと五年だ。頑張れよ」


「五年」


 思っていた以上に長い。思わず呟いた言葉に賢者は初めてサダリに対して同情する様な視線を向けた。


「……お前にも同室の兄ちゃんに紹介してやった店教えてやろうか?」

「結構です」

「堅物だねぇ」


 賢者は肩をそびやかせして、扉に向かう。どうやら今日はきちんとそこから帰るらしい。招かざる客だったが一応見送るべきかと、その後ろに付くと、賢者はくるりと振り返った。


「明日休みなんだってな? 神殿に顔見に行くんだろ」

「……ええ。許可が必要でしたか?」


 目の前の男は一応彼女の保護者である。げんなりして問えば賢者は、いいや、と首を振った。


「ちょっと良心が疼くから一個だけイイコト教えてやる? ナナカは本が好きなんだよ。この前市場に神官と見学行った時に物欲しそうに見てたぞ」


 本? 確かに以前も賢者はそう言っていた。これその時見てた本のメモな、とサダリの手の中に紙を押しつけて、賢者は扉を切る様に手を動かすと空間を跨ぎ唐突に消えた。


 ……結局扉からは帰らないらしい。いちいち紛らわしい事をする。


 手の中の紙をポケットに入れて、サダリは重い身体を寝台に横たえようとして動きを止めた。

 目の前には足形がくっきりついたシーツ。


 そのまま無言でシーツを剥ぐとリースの寝台のベッドのシーツも引き剥がし、その上にくしゃくしゃのままシーツを放り投げる。そして自分の寝台に戻り適当に掛け直すとようやく身体を横たえた。


 シーツの冷たさに苛立ちが少しだけ収まり、ポケットの紙を開く。

 料理の本に歴史の本、植物図鑑……若い娘らしい物語とその種類は雑多である。


 これだけ細かいのは、もしかしたら賢者が自分で買い与えようと思っていたのかもしれない。不本意ながら賢者に感謝するべきか――。


 明日の朝はいつもより早く起きて古本屋に寄っていこう、そう思ってサダリはメモを丁寧に折りたたみ、ポケットへとしまいこんだ。








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