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 閑話<4>塩っ辛い砂糖菓子のお姫様

本日二話更新しています。前話からどうぞ。



 ――大好きな人に嫌われる事が、こんなに悲しくて辛いなんて知らなかったのです。




 泥に塗れたドレスに、神殿の扉の前で控えていた侍女が目を丸くし駆け寄って来る。

 お兄様は父上を追い掛け既にここにはおらず、私はお父様の親衛隊に取り囲まれ、周囲の状況を窺う事すら出来ずにここまで連れて来られた。サダリと神官長はよく分からない。


 遠くで吼える様な怒鳴り声が聞こえた気もしたけれど、親衛隊は振り返る事すら許してくれなかった。


 どうされたのですか、と気遣いがちに掛けられた言葉に、泣きたい気持ちになって首を振った。


「いいの! 放っておいて!」


 そう言って肩に掛けられようとした柔らかな上掛けを振り払う。

 怯んだ侍女に構わず足を踏み出そうとすれば、目の前には――神子様の侍女がいた。ぎくりと身体が強ばる。


 私の侍女と同じく柔らかな上掛けをその胸に抱え、神殿の入り口に控えている華奢な影。

 忙しなく視線をさまよわせるその姿にいたたまれなくなって、目を伏せて唇を噛む。


 ――どんなに待ってもあの方は戻らないのに。

 思わず心の中で呟いた言葉は、無性に白々しいものになった。唇を強く噛みしめその健気な姿から逃げる様に、控えの部屋へと駆け込んだ。


 部屋の中に待機していた侍女も有無を言わせず追い出して扉を閉める。寝台の縁に手を掛けると、途端に力が抜けた。そのまましゃがみ込んで俯く。


 ひやりとした床に、今朝戯れに覗き込んだ崖の深さを思い出し、戦慄いた唇を押さえた。


 なぜ、なぜ――どうして。


 底の見えない深い闇の向こう、イチカ様は、……違う、私が慕っていたあの方は、風に散った花びらの様にいっそ優雅に落ちていった。


 私の理想の『お姉様』。いつも穏やかな笑みを湛えて、お兄様にも嫌がられる私の長話に嫌な顔一つせずに耳を傾けてくれた。


 思い起こしてみれば、巧妙に演じていても不自然な仕草は、幾つかあった。あれほど近くにいたはずなのに、ただの気のせいだと、見抜けなかった自分の愚かさが腹立たしく恥ずかしくて、そして――悲しい。


『アマリ様は偉いですね』


 例えばあの時、泣きそうに歪んだ表情の意味を尋ねれば、こんな結果にはならなかっただろうか。

 ――過去に戻れるのならば、やり直したい。それが無理ならこのまま溶けて消えてしまいたい。


 ごめんなさい、ごめんなさい。

 本当は憎まれていたのに疎まれていたのに、気付かずに自分の理想ばかり押し付けて満足していた。その裏で押し殺された感情を知ろうともしなかった。





 * * *




 突然目の前に立っていた『賢者』と名乗った男は、神子様に面差しがとてもよく似ていた。だからかもしれない、お世辞にも丁寧なんて言えない言葉も素直に『事実』だと受け入れられたのは。


 全てを語った賢者と呼ばれた男は、少し疲れた様に溜め息をついた。

 それぞれあの方と交流のあった四人が四人黙り込んだままで、私が最初に感じたのは、罪悪感とそれから――あの方の傷ついたであろう心。


 彼女の復讐は成就した。


 私達は彼女が作り上げた偽りの『大事な存在』を失い打ちひしがれた。けれど、彼女だって同じ。

 むしろ失った『イチカ』の行動を浚う事でいつまで忘れられず、傷付いた傷を自ら広げていくような一年だったはずだ。


 そしてあの方は、神子ですらなく。


 けれど憎んでいたこの世界を、その命と引き換えに救おうとしたのは事実。

 ならば私は王族として彼女に感謝を捧げなければいけないのではないだろうか。



「――神々の世界に行けば、『あの方』に会えるのか」


 しんと静まり返った部屋にサダリの声が響く。


「お、騎士。イイねぇ、その諦めてない感じ。……アイツはなもうすぐ帰ってくるよ」


 何気なく付け足された言葉に、一瞬にして空気が変わる。驚きと戸惑いと、希望。


「生きてらっしゃるのですか!」


 反射的に叫んだ言葉の後にじわじわと喜びが生まれ広がって行く。


「まぁな。身体は回収したし、本物のアルジフリーフの神子――あいつの姉が生きる事を熱望してる。アイツベタ惚れだから意地でも叶えてやるだろう」

「どこにいらっしゃるのですか」


 謝罪をして感謝を捧げて、その後、もしあの方が許してくれるのならば――今度こそ本当の。




「あいつは――」




 賢者が告げたのは、国境近く、緑の他に何もない様な場所だった。





あとラスト一話+一話になります。

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