21、四季
SS寄せ集めみたいな感じになってます。上からお姫様、王子、神官長、騎士
□Escape reality01 ; 始まりの春
「神子様、これ隣国のターセルのお菓子ですの。食べてみませんか」
いつものように午後のお茶に誘われ、緑に囲まれたアマリ様専用のお庭での事だった。アマリ様の趣味だと言う黄色や白や水色の可憐な小さな花が咲き誇る。人工的に作られた川には、小さな噴水があり、その水瓶を持った石膏の女神の面差しはアマリ様によく似ていた。
アマリ様が視線を投げただけで近付いてきた侍女さんがお皿から上品に取り分けてくれる。
綺麗に一口分に切られたクッキーの様なそれを口に含むと、ジンジャークッキーの様な独特な辛さがあった。この世界では初めて食べる味。
「……変わった味ですね」
個人的にはあまり得意ではない。苦手だとも嫌いとも言わず当たり障りのない感想を呟いてはみたが、表情に出てしまったらしい。
不思議な程真面目な顔をして私を見ていたアマリ様は、その言葉に深く頷いた。
「やはり神子様もそう思われますか? 私も週に一度は食べる様にしているのですけど、どうしても苦手で」
「そうまでして食べなきゃいけないんですか?」
何となく、嫌いなものは嫌いと天真爛漫に言って跳ねのけそうなお姫様である。苦手だけど定期的に食べると言った言葉を疑問に思って尋ねると、こくり、と頷いた。
「ケサの実は、隣国の特産品ですわ、お菓子はもちろん薬にもなるのです。嫁ぐ国の特産品ですから、王妃が食べないなんて国民に示しがつきませんでしょう?」
――嫁ぐ?
この砂糖菓子の様なお姫様が?
「私王太子と産まれた時から婚約してますのよ」
侍女さんに私のお茶のお代わりを頼む傍ら、何でもない様に続けるお姫様。
「アマリ様は、その、王太子様を見た事あるんですか」
「絵姿では何度かありますわ」
「……嫌じゃないんですか」
私の言葉に、アマリ様はきょとん、と首を傾げてみせる。不思議そうな表情をしてその桃色の柔らかな唇を開いた。
「嫌、ですか……? そうですね、そんな風に考えた事ありません。王族としての務めですから」
お姫様の鈴を転がす様な甘い可愛らしい声に、胸の深い場所に埋めた何かが、カタと動いた気がした。
「……んで……」
「何か仰いまして?」
私の様子に首を傾げて見せる、その仕草は酷く幼い。だから分からなくなる。
本当は。
「……いいえ。ご立派だなぁって」
そう言って感心した様に微笑む。
そして、さり気なく胸を押さえると、二度と動き出さない様に胸の奥の深い場所にそれを押し込めた。
□Escape reality02 ; 過ぎた夏
こちらの夏は向こうの世界よりも過ごしやすく、教えられて初めて気付いた。
それでも抜けるような空は吸い込まれそうに深く、青い。
珍しく日差しの強い日、私は王子の鍛錬を見学しに来ていた。
「今日は少し暑いな」
少し時間がある時は木陰に入り他愛無い話をする。この頃はこんな風に話題を振ってくれる事も多くなっていた。
「そうですね。でも殿下は涼しそうで羨ましいです」
さすがに鍛錬の時は、金糸の房が縫い付けてありそうないつもの重い上着は脱ぎ、簡易なシャツ一枚である。
その言葉に王子は自分の格好と私を見下ろして、小さく笑った。
「そうだな。私には耐えられそうに無い」
私が今身に付けているのは、シンプルながら同色の刺繍が入ったドレスである。裾は勿論首元も手首まで長いレースで覆われている。
「お前はともかく、アマリや貴族令嬢の姿を見る度に、男で良かったと思う」
確かにアマリ様はいつも正装しているような豪華さだし、王子が目にする貴族の令嬢も王城と言う場所柄、言わずもがな、だ。豪華な装飾が重なる分重く分厚くなるのは必然である。
「ドレスの下もコルセットとか重ねてますもんね。私の世界では考えられません」
少し考えて、同意する。が、どうやら異性の前で、その中身事情を話すのはタブーらしい。コルセット、の辺りで眉間に皺を寄せた王子は、むっつりと黙り込んだ後、では何を着るんだ、と尋ねてきた。
「ドレスはイベント……何かの式典の時位ですね。あとはスカートだったり、普通にズボンもはきますし」
「ズボンまで履くのか」
目を丸くした王子に、私は微笑んで頷く。
「ああ、これ位短いスカートも普通にありましたね」
視線を落として自分の太ももの真ん中に手を縦にして切る。それを追いかけた王子は、一瞬の空白の後、ぎょっとしたように目を剥き視線を上げた。
「……っなんて品のない! まさかお前も着ていたのでは無いだろうな」
それどころか、チューブトップやタンクトップ、ショートパンツなんて当然のお国柄なんて言えば、この純情な人はなんていうだろうか。
「……さぁどうでしょう」
意味深に微笑んで見せると、王子は耳まで赤くさせて思いきり私から視線を逸らした。
□Escape reality03 ; 落ちた秋
秋の実りを感謝する収穫祭の賑やかさから切り離された空間で、私と神官長は長い間向き合っていた。
二人の間にあるのは木製の分厚い盤。ぼんやりと過ごす私に、神官長は忙しい合間を縫ってチェスの様なこの世界のゲームを教えてくれた。
少し重い駒を掴んだまま、ぐっと唇を引き結ぶ。
ちらりと顔を上げれば、そこには穏やかな笑みを湛えて私を見つめる神官長と目が合った。
「おや、もう終わりですか」
「……そういう言い方をするって事は、何か手があるんですよね」
ぐぅ、と唸って再び盤上に視線を落とすと、神官長は、つ、とその長い指を動かした。
「ええ、こちらの――」
「っあ、待って下さい! 自分で考えます!」
まだ降参した訳じゃないです、と続けて駒をぎゅっと握り締めて、盤上を睨む様に見下ろす。そんな必死な私に神官長はくすくすと声を立て軽やかに笑い、その白い手を膝の上に戻した。
「神子は何にでも一生懸命ですね」
呆れた様な感心した様な複雑な言葉に生返事をして、忙しなく頭の中で駒を動かして、神官長の次の一手を予想する。
ここに置くと、きっと神官長がそこに。
ダメだ。じゃ、ここは――
「っあ!」
閃いた場所。もう一度神官長の手を頭の中でシミュレーションする。自然に浮かんだ笑みのまま、慎重に駒を置いた。
「これ、こう……ですね」
間違いない、と胸を張って神官長を見れば、神官長は少し顎に手を置き、それかららしくなく悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「良い手ですね。しかし」
黒い駒が意外な程攻めて、白い駒が弾かれる。
「あ」
「私の勝ちですね」
悔しい。
一度も勝った事は無いけれど、こうして向かい合って戦略を練って思考に浸る時間は好きだった。
「近い内に負かせてみせます!」
「ええ、お待ちしてます」
ふわりと微笑む神官長に、私も同じ様に笑ってもう一度駒を並べ始めた。
□Escape reality04 ; 冬、閉ざされる
少し湿った葉っぱの上を歩いて、空を見上げる。白く吐き出した息が瞬く星を少し隠して、それが晴れたと同時に満点の星が瞬いた。
「こんな所にいらっしゃったのですか」
「ああサダリさん、見て、星が綺麗」
後ろから掛かった声に、はしゃいでそう声を掛ける。今日は赤い月が随分細い。そのおかげで空は元の世界の様に黒く、たくさんの星を輝かせていた。
「冷えます。早くお戻り下さい」
サダリさんはそう言って自分の外套を脱ぐと、見かけにそぐわぬ丁寧さで私の肩にそっと掛ける。裾が地面につきそうで、大丈夫です、と断れば、溜息をついたのが白い息で分かった。
「本当に大丈夫ですよ? 私の世界の冬はもっともっと寒かったですから」
しかしそう言葉を重ねてもサダリさんは一向に受け取ろうとはしない。いくら鍛えているといってもこのままではサダリさんが、風邪を引いてしまいそうだ。
ここの所、日課となっていた夜の散歩を諦めて部屋の方へと足を向ける。
目の前をひらひら粉雪が舞った。
「積もるかなぁ」
手のひらで受けとめると、すぐに溶けてしまうそれをまじまじと見つめていると、サダリさんが真面目な口調で尋ねて来た。
「雪がお好きですか」
「うん。雪が降ると冬って感じだし、クリスマスがあるから」
「……クリスマス、ですか」
微妙に外したイントネーションに苦笑して頷く。
「私がいた世界の――お祭り、かな。みんなで美味しいもの食べて、家族や友人とプレゼントを贈り合うんです」
キリストとか聖者とか説明するのも面倒で、適当に嘯いた。
私の説明に納得したのか、そうではないのかわからないまま、サダリさんは静かに問い掛けて来た。
「何か欲しいものがありますか」
「え? 何かくれるの」
思わず驚いて振り返れば、サダリさんは微かに目を眇めて、「手に入るものなら」と答えた。
その真面目な口調に、少し笑って首を振る。
「残念。私サダリさんから貰うもの決めてるんです」
「……何でしょう」
「儀式が終わったら教えてあげます」
「それでは 、クリスマスとやらの贈り物になりません」
「いいの」
あなたがこうして気に掛ける大切なもの――
『イチカ』を貰うから。
私に付き合って赤くなった鼻。
指先で触れてちょんっと突けば、ものすごく苦く嫌な顔をされたので、声を上げて笑ってしまった。
A Dream of Dreams ;
そして春に還る。




