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20、やさしさ


 お城に戻ってまずした事は、サリーさんに休暇を与える事だった。


 お気遣いは不要です、と恐縮されたけど、ほぼ三ヶ月纏まった休みが無かったので、半ば無理矢理説き伏せ休暇を出した。代わりに来たのはふくよかなのに、どこか神経質な感じの侍女が一人。恐らくあまり人数はいらないと言った希望が通ったのだろう。


 サリーさんが伝えてくれたのか、用事がある時以外は控えの間に待機してくれているので、その気配が気になると言う事はない。ただ時々視線を感じるので見張られている気もした。


 仕方がない。神官長が王に、私が自分が生贄だと知っている事を伝えたとしても何の不思議も無いのだ。逃げ出すかもしれないと警戒するのは当たり前の事だろう。しかし肝心な王といえば戻って来た時くらい出迎えてくれるかと思っていたが、その姿を見せなかった。仮にも救世主と祀り上げた神子に対して随分な扱いだ。……あるいはそれも何か思惑があっての事なのかもしれないけれど。


 今日はサダリさんが改めて護衛の挨拶に来てくれると言うので、侍女さんにはお茶の支度だけ頼み、また控えの間に戻ってもらう。


 王子達と共に神殿に来てくれた時には聞かなかったが、城を出ていく前に蒔いた種がサダリさんの中でどう芽吹いたのか確認しておきたいと思った。


 王城に戻って、改めて王子と比べてみると随分違うな、と思う。

 分かりやすい王子達と掴みにくいサダリさんと。神殿の温室で感じた親しみ――人間臭さのようなものを昨日は感じなかった。読めない表情、手応えのなさに焦りもある。



「――やっぱり王城は落ち着きますね」


 そう言いながら、ワゴンの上の茶器を弄る。


 嘘ではない。三ヶ月生活して慣れたと言っても、ふとした瞬間にあの白い空間は記憶と想いを揺さぶり、白い壁や柱を見て、ここはどこだったか――、と戸惑う瞬間がいくつもあった。好きか嫌いかで言えば間違いなく後者。色の溢れた王城の方が居心地は良い。自分が今、『どこ』にいるのか分からなくなるなんて事はなくなるだろうから。


 正式には護衛は明日からと言う事で、今日のサダリさんはお客様である。紅茶を勧めれば、以前とは違いきちんとソファに座ってくれた。


 侍女さんが用意してくれたのは神殿で飲んでいたハーブティー。やっぱりその独特な苦みは慣れなかったがその香り自体は嫌いではなくなっていた。優しいふんわりとした湯気が部屋を満たして、気持ちを和らげてくれる。


 サダリさんは私から何か言わない限り口を開かない事が多い。ただそれが苦痛だという事はなく、こんな風に残る時間で二人の時間を重ねて行けば、神官長の様に――私は彼の『大事な人』になれるだろうか。


 わざわざ休みの日を潰してまで、神殿に来る位には『イチカ』を気に掛けている。

 それが何によるものか――ただ一人異なる世界に放り出された人間に対しての同情だという可能性はある。ましてや彼は直接帰還を阻んだ人間である。同情なんてみず知らずの他人にも抱ける感情だ。そんな安っぽいものじゃなく、私は、彼にとって唯一無二の存在になりたいのだ。


「ありがとうございます」


 そう言ってサダリさんは軽く頭を下げ、私がカップに口をつけてから、その華奢な取っ手を握る。サダリさんの大きな手の中にある小さなカップはまるでおもちゃみたい。でもさすが騎士というのか、綺麗な仕草で口をつけた。


「……少し今更になっちゃいましたけど、また護衛になっちゃって良かったんですか」


 カップを手にしたままそう尋ねてみれば、すぐに「問題ありません」と返事があった。どっちつかずな返答に溜息が落ちる。サダリさんの目が微かに眇められた。


「私の護衛している間本来の業務が出来ませんし、訓練も出来ませんよね。嫌なら他の人に変わって頂いても大丈夫ですよ。ほら昨日も――」


 そこまで言ってから、物言いた気な視線に気付き、口を閉じる。

 促す様に首を傾げればややあってから、サダリさんはその薄い唇を開いた。


「あなたは、私が護衛ではお嫌ですか」


 ――それこそ、今更、だ。


 すこし間を置いてそっと瞼を閉じ、いいえ、と首を振れば、ではお気になさらないで下さい。と短く返って来た。

 もうこの話は終わったとでも言う様な言い方に、困った様に笑ってみせる。


「……気になりますよ。サダリさん、このままじゃ人生決まっちゃいますよ?」


 わざとらしく首を竦めれば、サダリさんはカップを置くと膝に拳を置き、首を振った。


「あなたが望まない限り、それはありません」


 そう言い伏せられた瞳がまっすぐに私を捉える。微かに眇められたその目の奥には確かに焦がれる様な熱があった。前の世界で見ていたお姉ちゃんに向けられていたものより熱い、好意よりももっと深く秘めやかなもの。


 ――ああ、もしかして。

 その視線に気付いた。


 サダリさんの、曖昧な態度は自分の為じゃない。私の、『イチカ』の為なんだ。自分が何も起こさない事で私に選択肢をくれようとしている。


 あの時、お城を出る時にサダリさんに言った言葉、そのまま私にも当てはまる。団長の『予定』通りなら逃げ場がなくなるのは私も同じ。いやむしろ女という性別故に縛りは多くなる。

 私が曖昧な態度だからこそ、サダリさんもそうなるのだろう。例えば私が――王子や神官長が好きだと言えば、きっと彼はひたすら護衛に徹する。恐らくは、時々垣間見せる自分の気持ちを押し殺して。


 王子のように分かりやすく気持ちを押し付けるだけが愛ではない。


『イチカ』の気持ちをなによりも優先しようとしてしてくれる。


 なんて優しくて、――滑稽な騎士様。



 笑い出したくなるのを堪える。


 けれど、『答え』はまだ用意出来ない。ここで好意を全面に出せば、サダリさんの後ろにいる騎士団長が急速に話を進めようとするかもしれない。それで王子が私への関心を薄めてしまうのも困る。


「サダリさんは優しいですね」


 その言葉に私にその意味が正しく伝わっている事が分かったのだろう。サダリさんは珍しく言い淀むように一度口を開いて――閉じた。


「あなたはまだ若い。未来を考えるのは、儀式が終わって落ち着いてからの方が良いかと思われます」



 私を思いやる残酷な言葉。そもそも私に未来などないと言えば、彼はどんな顔をするのだろう。


 静かにサダリさんがカップを置いた。その小さな音に吸い寄せられるように視線を上げれば、かちっと目が合った。


「併設されている孤児院の子供に危害を加えられたそうですね」


 不意に告げられた言葉に、少しだけ心臓が跳ねた。けれどそれを綺麗に押し隠し、やんわりと微笑む。


「やだなぁ、危害って大袈裟ですよ」

「私がそばにいれば、あなたに指一本触れさせなかった」


「……そうでしょうね」


 頷いて肯定する。彼ならきっと簡単にあの小さな身体を素早く拘束しただろう。……あの時の様に。


「お代わりいりますか」

「いえ」


 込み上げた気持ちの悪さに話題を変えようとすれば、素気なく断られてすっかり温くなったカップに視線を落とす。立て直す様に姿勢を正して、すっと顔を上げた。


「かっこいいですね、サダリさん」


 突然の讃辞に少し驚いた様に動きを止める。私もゆっくりと立ち上がり、サダリさんの大きな身体を計る様に手を回した。


 お父さんよりも厚くて、筋肉質な身体。柔らかなハーブの匂いが服に移っていて、すり、とほっぺたを擦りつける。


「……何のおつもりですか」

「私の世界ではキスとハグは親愛の証なんですよ」


 微動だにしない身体に何度目かの溜息をついて、顔を上げると静かに見下ろすサダリさんの視線とぶつかった。


「この世界では違います」


 表情は変わらないけど、押し殺した声は少し苦しそうにも聞こえた。


「知ってます」


 至近距離で微笑む。

 そっと身体を離して「また明日からお願いします」と頭を下げれば、サダリさんも無言のまま頭を下げた。




* * *



 侍女さんが寝室の扉を閉めたその真横の壁から、入れ違うようにして『賢者』は飛び出してきた。


「んー待て待てナナカ」


 賢者は珍しく焦った様子で、私が眠るベッドまで駆け寄ってくる。


「……昨日来たばっかじゃん」


 その態度も珍しいものだが、それ以上に一日空けずに賢者が来たのも初めてだった。

 シーツを下ろして上半身を起こしてそう言えば、ベッドの脇でぴたっと止まった賢者は、がしっと無造作に頭を掴んだ。


「いやぁそりゃ来るよ、あれはイカン。実にけしからん。むしろお前が生贄になる前に世界が終わるわ」

「……っいたい!」


 ギリギリと遠慮なく手に力を入れられる。


「――マジびびったっつーの。あいつ愛妻家過ぎてマジ引くわー」


 頭の上でぶつぶつ何か言ってるけど、押さえつけられた頭が痛くて、それどころじゃない。


「いたいってば……っ」


 そう怒鳴って腕にぶら下がる様に手に力を込めれば、あっさりと外されて髪の毛をぐしゃぐしゃにされた。


「一体なに!」

「まぁこっちの事情はおいといてよ。男はみんな狼だからな? 遊び半分でからかったらガブッといかれちまうぜ?」


「……別にそれでも良かったけど」


 そう、それならそれで。


 あちこちに散らばった髪の毛を手櫛で整えながら そう言うと、賢者は物凄く分かりやすく嫌な顔をして溜息をつく。


 分かってねぇなぁ、とぼやいた後、静かに見下ろした。


「つぅか身体使ってまで取り込むのはやめとけよ。肉欲絡むとダメージ受けんの女の方だぞ、寧ろ今までので十分だ。鼻面にぶら下げてる状態のがいい」


 どんな悪女、そう思って以前も同じ事を言われたな、と気付く。


「おせっかいだね」


 そう言うと、賢者は鼻に皺を寄せて、「お前は可愛くねぇ」と吐き捨てた。

 そんな賢者の顔が面白くて、私は久しぶりに声を上げて笑った。





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