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15.小さな手2 

 昨日の神官長の説明通り、二人は赤色の屋根の建物に案内してくれた。


 煉瓦作りの小さな門を潜り、レミーに手を引かれるまま裏庭に回れば、白いエプロンを付けたふくよかな四十代の女性が大きな籠を抱えて建物の中に入る所だった。荒く編まれた籠の間から見えたのは何かの葉っぱ。土のついた人参らしき色合いに近くに畑でもあるのかな、と思う。


「テト。今食事の支度してるから、小さい子の面倒見ててちょうだい。……あら。そちらは」


 一旦地面に籠を置いた女の人は、汗を拭いながら私は見て首を傾げた。ちょっと警戒した様な表情に笑顔を作ってから会釈して口を開く。


「お邪魔してすみません。神殿でお世話になってる『イチカ』と申します」


 それ程畏まらずに、失礼にならない位の軽い雰囲気で挨拶する。


「院長、ロウの着替え……」


 顔を上げたと同時に近くの窓から顔を出したのは、神官長だった。胸にはレミーより幼い子供を抱いて、私と視線が合うと驚いた様に淡い新緑の瞳を見開いた。昨日とは違い簡素な衣装に身を包み、無造作に長い袖を捲っている。


「神子様……!」


 その呼び掛けにいち早く反応したのは、レミーだった。ええっ、と子供らしい無邪気な歓声を上げたかと思うと足にくっつくようにまとわりついて「みこさま! みこさま!」と嬉しそうに繰り返す。

 その様子を呆気に取られた様に見ていた女の人が慌てた様にレミーの名前を呼んだ。


「神子様、申し訳ありません! レミー、こちらにいらっしゃい!」


 心の底から恐縮するようにその場で膝をついた女の人に今度は私が驚く。


「みこさま、院長先生だよ」


 言われた無邪気な子供はそれを気にした様子もなく、小さな指をさし紹介までしてくれた。苦笑して私はレミーを抱き上げる。


「院長先生。立って下さい」

「しかし」

「もうすぐ食事ですよね。忙しい時間に来ちゃってすみません。散歩してたら迷い込んでしまったみたいで、この二人に案内して貰ったんです」


 言葉の途中でテトと目が合い、さり気なく笑って見せる。これで約束は守られた事になるだろうか。


「では、すぐに部屋にご案内します」


 子供を抱いたままそう言った神官長様に私は首を振った。


「いえ、どうせ予定もありませんし、暫く子供達と遊んでても良いですか」


 さっきテトに子守を頼んでいたし、手が足りてない印象を受ける。ガスも電気もない食事の用意を手伝える自信は無いけど、子供の遊び相手にはなれるだろう。


「しかし」


 院長先生は私と神官長様の会話に口を挟めずオロオロしている。

 それを視界の端に留めて、申し訳ない、と心の中で謝りながら神官長様の言葉を遮った。


「退屈なんです。遊び相手、と言うか私も童心に返って遊びたいなぁって」


 神官長様は黙り込み真意を探る様に私をじっと見つめた後、院長先生に視線を流した。


「院長先生、宜しいですか」

「え、ええ勿論。こちらとしては大助かりですが、……本当にいいのですか?」


 最後の問いは神官長様では無く私に向けられていた。はい、と元気に答えると、レミーがはしゃいで私の首にしがみついた。


 そのまま抱き上げて、小さなな子供を数人連れて一旦外に出ると、テトは口元に手を置いて「かくれんぼは終わりだ!」とよく響く声で叫んだ。ばらばらとテトより少し小さい男の子や女の子が色んな場所から出て来て、集まってくる。


「この人、だれ」

「新しい先生?」

「みこさまだよ!」


 口々吐き出される質問に私よりも早く答えたのは抱えたままだったレミーだった。口止めしておけば良かっただろうか? 一瞬そう思ったけど、それを耳にした子供達に萎縮した様子は見えない。そうなんだぁ、と口々に頷き、両手はあっと言う間に子供らしい温かな体温で塞がれ、彼等のお気に入りだと言う小高い丘に行く事にした。


「神子さま、かざりひもきれいね」


 到着してすぐ、一番背の高い女の子がお腹のベルトを見た。おずおずと伸ばされた手に、触れていいよ、と言えば小さな指が一際大きな石に触れた。


「かみも、きれいに結ってる。みこさま、じぶんでやったの?」


 また別の子が爪先立ちで見上げてくる。ちょうど木陰だ。無造作に腰を下ろして彼女がよく見える様に少し頭を傾けた。どちらも熱心に見つめて、嬉しそうに微笑む。


 小さくても女の子。何をして遊ぶか相談する男の子とは違い、小さな宝石が縫い止められたベルトや、複雑な形に結い上げられた髪の方が気になるらしい。


「ううん。やって貰ったんだよ」


 幼い頃から髪を結わえてくれたお姉ちゃんや、サリーさんみたいに器用だったらきっとこの子達を喜ばせる事が出来ただろう。

 日に焼けて少し乾いた髪を撫でようとしたら、上手に二つに編んであった。

 まだ小学校に上がるか上がらないかの年齢である。


「あなたも上手に編んでるね」


 心から感心してそう言えば、少女ははにかむように笑った。


「うん! 今日はね、うまく、結べたの!」

「リラもまねして、しんかんちょうの髪もあんだのよ」

「リラ?」

「うん、わたしリラ!」


 抱えてそのまま膝に下ろした一番小さな女の子が、ぷくぷくした柔らかそうな手を上げる。

 四、五歳位だろうか、一際小さいけれど随分おしゃまさんらしい。


「神官長の髪かぁ……確かに編みたくなるよね」


 プラチナの癖の無い真っ直ぐな髪。昔持っていた人形の髪によく似ている。光沢があって艶々で、いつもお姉ちゃんに頼んで三つ編みにして貰っていた。

 慣れた様に幼い子供をあやしていた神官長を思い出す。そう、あれも意外な一面だった。


「……神官長様はよく来るの?」


 子供とはいえ、怪しまれないように何気なく尋ねると、背の高い女の子がしっかりとした口調で話しだした。


「うん、神官長様は先生達が悪い事しないように見張ってるの」


 ナイショ、と潜めた言葉に影は無い。一瞬冗談かと思ったけど、少し離れた場所でこちらを見ていたテトが「院長に怒られるぞ」と少し呆れたように口を挟む。それに赤い舌を出して女の子は言葉を続けた。


「前の院長先生はすごく怖くてね、ご飯くれなかったり、いつの間にか誰かいなくなったりしてたのよ。雨の夜の日にね鎧を来た大人がいっぱいきて、その院長先生連れていかれたの」

「……そう」


 それだけでも何となく何が起きたか察する事は出来る。誰にも聞かなかったが、もしかして奴隷や人身売買の様なものがこの国に、いや大陸にあるのだろうか。

 最低な人間は異世界にもいるらしい。

 心の中で毒づいて相槌を打つ。


「でも新しい院長先生もすぐに辞めちゃったから代わりに神官長様が院長先生になったの。でも一ヶ月位前に今の院長先生が来たから」

 もしかしなくても先程見た女の人が新しい院長なのだろう。


「今の院長は優しい?」


 老婆心が疼いて尋ねれば膝の上に座っていた女の子がくるりと振り向いた。


「うん、でも神官長様とずっと一緒にいられなくなっちゃたから少し寂しい」

「へぇ」


 寝食を共にしていたという事だろうか。神官長と院長業務は大変だろう。むしろあの立場でよく周囲が許したものだ。


「なぁ、遊ぶんじゃないのかよ!」


 話し終わるのを待っていてくれたのか、テトが不機嫌な顔でそう怒鳴る。


「あ、ごめんね。んーと……高鬼でもする?」


 隠れんぼ、高鬼、メジャーな所を考えて見るけど、見晴らしの良い丘で場所が悪いか、と違うものを口にしようとすると、テトの隣にいたレミーが短い距離を駆け寄って来た。


「たかおにってなぁに!?」


 ああそうか。世界が違えば文化も子供の遊びも違う。

 ここでは出来ないけど、と前置いて説明すれば子供達は興味が湧いたらしい、じゃあそれはまた今度、と約束して、影鬼をする事にした。

 一番小さな子の手を引いて鬼役のテトから逃げる。


「いーち、にー……ほら、そんなとこじゃすぐ見つけちまうぞー」


 横着したのかすぐ側の木陰に隠れようとした女の子はぴやっと飛び上がって小屋の後ろへ駆けていく。さっきも思ったけど、テトは良いお兄ちゃんらしく面倒見が良い。すごいなぁ、あの子でもまた十歳位なのに。


 それから暫くしてから、神官長自ら私達を探してわざわざ呼びに来てくれた。


 食事が始まりそれこそ歩けない位の小さな赤ちゃんの食事の給仕を手伝う。

 小さいのに長い間抱っこしてると、結構重い。しっとりしたもちもちの肌とどこか懐かしい匂い。ぐずったらこわごわ抱き上げて高い高いすればあっさりと泣き止んで、ちょっと拍子抜けする。


「……おりこうさんだねぇ」


 口の端を拭って、機嫌よく持たせたスプーンをぶんぶん振って次を催促する赤ちゃんの口にミルク粥を掬って食べさせた。



「みこさまぁ、またね」

「さようなら」


 わざわざ建物の外まで送ってくれた子供達に手を振って、前へと向き直る。隣には神官長様。本殿に戻るついでに送ってくれるらしい。


「では行きましょうか」

「はい」


 軽く舗装された道を通り、その先は恐らくテトが言っていた鉄扉へと出た。神官長が鍵を開けて神殿の中庭へと戻る。モッコウバラに良く似た黄色い小さな花がたくさん咲いている中を進んで、神殿の屋根が見えた所で口を開いた。


「神官長様は優しいんですね。子ども達に聞きました」


 何を、とは言わなかったけれど、すぐにピンと来たらしい。


「お恥ずかしい限りです。身内からあの様なものが出るなどと」


 謙虚だなぁ、と少し残念に思う。正義を振りかざして制裁だと驕ったなら、あなたが信じる神様は、こんな目と鼻の先の悪事すら教えてくれなかったんですね、と笑ってやったのに。


「あの、また手伝いに、というか遊びに来ても良いですか」


 気持ちを切り替えて、そう尋ねてみる。子供達から二日に一度は必ず神官長と食事を取ると聞いていた。せっかく神殿に来たのだから、踊りの時間以外にもこの人との接点が欲しい。


 足を止めた神官長に、私も遅れて足を止める。振り向けば困惑した様な――孤児院で会った時と同じ表情を浮かべていた。


「やはり若い方には退屈でしょうね。護衛付きなら街に出ても構いませんよ」

「……人が多い場所は苦手なんです」


 迷惑ですか? と、率直に尋ねれば、神官長は苦笑して首を振った。


「いえ、子ども達もとても懐いていましたし、正直人手不足なので助かります」


 確かに見るからに大人が少なかった。院長を入れて三人、残る二人も六十はとうに過ぎている女性で力仕事はかなり辛そうだった。


「それに、テトが……珍しく懐いてましたね」

「そうですか?」


 神官長の言葉に首を傾げる。

 小さいけれどしっかりしたリーダー役の男の子。どちらかと言えば「こんな事も出来ないのかよ」と、苛々させていた気がするが。


「あまり大人とは会話してくれないのですよ。一年程前に母親を病で亡くしていてね、……少し口は悪いですが良い子なのです」


 確かに少し生意気だな、と思う事はあったが、ある意味年相応に子供らしいとも思った。恐らく院長にも「神子様になんて口を!」と、叱られていた事をフォローしているのだろう。


「テトは色々教えてくれるし私にとっても頼りになる存在です。じゃあまた明日宜しくお願いします……あ」


 顔を上げた拍子にふと目の端に白いリボンが映った。


「三つ編みされてます」


 指差してくすくす笑うと、神官長は顔を傾けた。綺麗な髪の真ん中で編んだ髪の束が現れる。


「リラですかね。本当にいたずらが好きな子で。困りました」


 子供の名前もきちんと覚えているらしい。淋しいと言っていたあの子には少なからず好かれているようだ。

 髪をほどくのかと思えば掬って迷うように見下ろす。小さな子どもが一生懸命編んだ三つ編みをほどく事を躊躇しているのだろう。少しくたびれたリボンはそれでも綺麗なレースだった。恐らくはとても大事にしているもの。


「髪に触れても構いませんか」

「え……? いえ、大丈夫ですよ」


 自分で解けないと思われたと考えたのだろう、苦笑して神官長さんはリボンに手を掛けるその手の上から自分の手を重ねて押し止めた。


 黙ったまま私は自分の髪を纏めていた髪飾りを外す。


 手櫛で纏めると私は三つ編みごと一つにして後ろに流した。

 他の神官さんも長髪の人は纏めたり編んだりと様々な髪型をしている。下ろしていなければならない、なんて規則は無いだろう。


「私の髪飾りなんですけど、飾りも無い控え目なものですから、男性でもおかしくないと思います」

「なぜ……」

「解きたくないのかな、って思って。お似合いだと思います」


 神職に就いているせいか中性的な雰囲気を持つ神官長だったが、髪を一つに纏めると尖った顎や肉の薄い頬が出て男性らしさが表に出る。


 私の言葉に、神官長は驚いた様に軽く目を見張ったあと、頭から手を離してふわりと微笑んだ。


「……ありがとうございます。明日お返ししますね」


 そうか、そう言えば明日から手習いが始まる。


「はい。お待ちしています」


 それからは孤児院の子供達の話を聞きながら送って貰い、部屋の前でその背中を見送った。





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