11.夢見る
今日もお姫様とお茶をして、お喋りして一緒に過ごした。
大きな窓の向こうの白い空、雲が多いのに日差しは春を過ぎた様でやや強い。
白磁に金のラインが入った上品な食器、色鮮やかな花が彩りを加えて、香ばしい焼き菓子の匂いが鼻を擽る。
レースとリボンに包まれた可愛いお姫様に、時々王子様が加わって、まるで童話の世界の中にいるようだと思う。
そして夜がやってきて。
「……またですか」
少し呆れた様な低いゆっくりとした声が暗い部屋に響く。
扉の向こうで聞こえた声に、やっぱり、と首を竦めてソファに向かおうとした足を扉に向けた。
いつの間にか足元は毛足の長い絨毯に変わっていて、一歩踏みしめる毎にふわりふわりとした感触にますます現実味が遠ざかっていく。
冷たいノブを回して顔を出すと、苦い顔で私を見下ろすサダリさんと目が合った。眇められた瞳は苦いと言うよりは困った色合いが強い。
「一緒にお茶でもしませんか、私の騎士サマ?」
苦笑交じりにそう問えば、サダリさんは予想通り「お断りします」と、答えた。
「意地悪ー」
くすくす笑いながらそう言う。何だか困ったサダリさんの顔が酷く滑稽だった。楽しい、と感じるのは、サリーさんが寝る前に持って来てくれたブランデー入りの紅茶のせいか。
サダリさんは小さく溜め息をついて、静かに小さな子供に言い聞かせる様に真面目な声で続けた。
「……あなたも年頃の女性です。深夜に男を部屋に招き入れるなどと噂が広まればあなたに傷が付きます」
ああ、うっとおしいと思われてる訳じゃないらしい。良かった。
「そっか、サダリさんにお嫁さん来なくなるもんね」
「……何故私の話になるのです」
「裏を返せばそういう事かな、と」
「私の事はいいのです。――年相応の常識を備えて下さい。無邪気さは時に奔放に見られます」
真面目に諭す言葉に、いい人なんだろうなぁ、と思う。
ごめんね、許してあげられなくて。
「じゃサダリさんにお嫁に貰ってもらおうかな」
無邪気に笑ってそう言ってみる。
今度こそ絶句したサダリさんは、しばらくしてからようやく口を開いた。
「身分が違います」
ふぅん、と頷いてみる。
冗談の中に真面目な何かを滲ませて、私はぐっと身体を近付けた。
「裸見たくせに」
にやっと笑ってくるりと身体を返す。
はだけた手術着を掴んだのはサダリさんだ。見ていない訳も無い。まぁ小娘の裸なんて興味はないだろうけど――揺さぶられれば上々だ。少しの間でも馬鹿な発言が頭を占めればいい。
顔を見ずに後ろ手に扉を閉める。
半ば予想してた通り閉めた扉からは、ノックも声も聞こえなかった。
* * *
寝室に戻り顔を上げた瞬間、赤い夜が黒い影に遮られた。
「順調だなぁ、よっ魔性の女」
窓枠に手を掛けて振り向いたのは、あの、最初の日に現れた――賢者と、名乗った男だった。
相変わらずの神出鬼没振りに眉をひそめた。
「……うるさい」
不快を隠さずにそう吐き捨てて、ベッドへと向かう。
この男が人間でも天使でも悪魔でも興味なんてない。
重い身体を引き摺って冷たいシーツに横たわる。
「なァ、ひっでぇ顔色してんなぁ、ちっとは寝なきゃ『イチカ』になれねぇぞ」
そうね。
お姉ちゃんは人一倍綺麗にして、いつもきらきら輝いてた。
息を吸って、吐いて。
息を吸って、苦しくなって吐いて。
吐いて、吐いて。苦しい。
部屋の中の酸素が薄くなったみたいに、うまく肺の 中に空気が入ってこない。
嫌な汗が全身から吹き出して、死にたいくらいに苦しくなる。
頬を冷たい手が撫でる。大きな手はそのまま唇を塞いで、やんわりと押さえ込まれた。
暗い、黒い。ジラジラする瞼の裏の赤さが気にならない。身体が重い。――静かに深く、沈んで、落ちて、堕ちていく。
「ん、おやすみ、――ナナカ」
心地よいまどろみに引きずられて意識が逃げる様に遠くなる。
誰かに向ける笑顔が自然に優しくなる程、心のどこかは冷たく凍って、
粉々に砕け散る瞬間を夢見てる。