表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/56

00.プロローグ




 降り注ぐ雨の中。

 優しいあなた達は、私を映した瞳を驚愕と絶望に染めて、言葉を途切らせた。



「おいイチカ、嘘だろ……。なぜ、お前が死ななければいけないんだ……?」


 煙る世界の中、私を見つめているのは、御伽の国の王子様。

 雨で張り付いた緋色の髪を振り払う事もせず、呆然と呟く。


「こんなの嘘です! ねぇ!? 神官長様、そうだと仰って下さい」


 そう吐き出して、白く華奢な手が顔を覆う。

 ドレスに泥が跳ねるのも構わずその場に崩れ落ちたのは、皆から愛されて育った可憐な花の様なお姫様。綺麗に纏められた髪から飾りが滑り、雨でぬかるんだ地面に落ちた。薄紅色の花弁がゆっくりと泥に塗れ沈んでいく。


「嘘ではありません。イチカ様は最初から全てをご存知でした」


 胸元の鎖の先にある印を、折れそうな程強く握り締めそう呟いたのは、この国の神官長。ゆっくりと視線を傾ければ、いつも穏やかな慈愛に満ちた目は、静かに伏せられていた。


「イチカ様! ……っあなたは……っ」

 腰に穿いた剣の柄には、鷹に茨が巻き付くこの国の紋章が記されている。堅く握った拳は震えていた。一年間ずっとずっと私を護衛してくれた騎士様。


 四人が四人、私に向けた視線の中にあるのは、とても大きな絶望と罪悪感。


 小さな命を惜しんでくれますか。

 不条理だと嘆きますか。

 信仰する唯一の神を冒涜しますか。

 言葉も出ない程、悔しいですか。

  

 ならば、なぜ。

 一年しかこの世界にいなかった私の為に泣いてくれるのならば、どうしてその優しさを、『イチカ』に向けてはくれなかったのでしょう。


 あの時、私を信じて還してくれたなら、心も身体も何だって差し出したのに。


 私の世界の中心だった、大好きな『イチカ』。

 母親の様な存在にどっぷりと甘えて、ようやくその優しさと同等のものを返せると思っていたのに、あなた達は無情にその瞬間を奪った。

 『イチカ』――お姉ちゃんがいたから、私は『あたし』らしく子供のままでいられたのに。


 握り合う手の向こうにあったのは、細いチューブ、冷たい手術室にとり残された姉は、どんなに不安だっただろう。もしくはそんな思考すら許されないまま逝ってしまったのだろうか。



 あの日、私が召喚されたせいで、お姉ちゃんは死んでしまった。



 だから私は、復讐を決めたのです。

 大切で大事な人を理不尽に奪われる苦しみを、あなた達に与えましょう。



 私の優しい大事な人たちへ。

 消えない傷を一生抱えて、罪悪感に塗れ、私の屍を苗床に栄えるこの世界で生きて下さい。


 谷底から喚ぶように風の音がする。




 役者も舞台も揃った。


 ――さぁ、幕をあげましょう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ