00.プロローグ
降り注ぐ雨の中。
優しいあなた達は、私を映した瞳を驚愕と絶望に染めて、言葉を途切らせた。
「おいイチカ、嘘だろ……。なぜ、お前が死ななければいけないんだ……?」
煙る世界の中、私を見つめているのは、御伽の国の王子様。
雨で張り付いた緋色の髪を振り払う事もせず、呆然と呟く。
「こんなの嘘です! ねぇ!? 神官長様、そうだと仰って下さい」
そう吐き出して、白く華奢な手が顔を覆う。
ドレスに泥が跳ねるのも構わずその場に崩れ落ちたのは、皆から愛されて育った可憐な花の様なお姫様。綺麗に纏められた髪から飾りが滑り、雨でぬかるんだ地面に落ちた。薄紅色の花弁がゆっくりと泥に塗れ沈んでいく。
「嘘ではありません。イチカ様は最初から全てをご存知でした」
胸元の鎖の先にある印を、折れそうな程強く握り締めそう呟いたのは、この国の神官長。ゆっくりと視線を傾ければ、いつも穏やかな慈愛に満ちた目は、静かに伏せられていた。
「イチカ様! ……っあなたは……っ」
腰に穿いた剣の柄には、鷹に茨が巻き付くこの国の紋章が記されている。堅く握った拳は震えていた。一年間ずっとずっと私を護衛してくれた騎士様。
四人が四人、私に向けた視線の中にあるのは、とても大きな絶望と罪悪感。
小さな命を惜しんでくれますか。
不条理だと嘆きますか。
信仰する唯一の神を冒涜しますか。
言葉も出ない程、悔しいですか。
ならば、なぜ。
一年しかこの世界にいなかった私の為に泣いてくれるのならば、どうしてその優しさを、『イチカ』に向けてはくれなかったのでしょう。
あの時、私を信じて還してくれたなら、心も身体も何だって差し出したのに。
私の世界の中心だった、大好きな『イチカ』。
母親の様な存在にどっぷりと甘えて、ようやくその優しさと同等のものを返せると思っていたのに、あなた達は無情にその瞬間を奪った。
『イチカ』――お姉ちゃんがいたから、私は『あたし』らしく子供のままでいられたのに。
握り合う手の向こうにあったのは、細いチューブ、冷たい手術室にとり残された姉は、どんなに不安だっただろう。もしくはそんな思考すら許されないまま逝ってしまったのだろうか。
あの日、私が召喚されたせいで、お姉ちゃんは死んでしまった。
だから私は、復讐を決めたのです。
大切で大事な人を理不尽に奪われる苦しみを、あなた達に与えましょう。
私の優しい大事な人たちへ。
消えない傷を一生抱えて、罪悪感に塗れ、私の屍を苗床に栄えるこの世界で生きて下さい。
谷底から喚ぶように風の音がする。
役者も舞台も揃った。
――さぁ、幕をあげましょう。