異世界転生絶対に許さないマン。
世は正に空前絶後の異世界転生時代。今生に不平不満を持つ人々は、異世界の管理者の手引きによって次々とその魂を異界へと導かれていく。
その状況を良しとしないこの世界の管理者は見込みのある者を鍛え、異世界転生の実行者である異界の使徒を迎撃する任を与えた。
大都会の摩天楼の屋上に立ち、街を眼下に収める者こそその一人!!
無駄なく鍛え上げられた鋼の肉体!!
赤都銀を基調としたスーツに顔を隠すかっこいいフルフェイスヘルメット!!
その名も異世界転生絶対に許さないマン!!
異世界転生絶対に許さないマンのブレスレット型通信機が点滅して音を発する。スイッチを押して異世界転生絶対に許さないマンは応対する。
「こちら異世界転生絶対に許さないマン」
『許さないマンさん。東京都××の○○に異世界反応です。種別はトラックです』
「了解した。現場に急行する。あとオペレータさん。私の名前は異世界転生絶対に許さないマン。略さないでもらいたい」
異世界転生絶対に許さないマンはオペレーターに訂正を要求する。そこに怒りなどの感情は無いが、はっきりと口調で相手の耳にしっかりと届く様に言った。
彼の同僚には異世界転生絶対に許さないマジシャンガールに、異世界転生絶対に許さないサイボーグ、異世界転生絶対に許さないライダー、異世界転生絶対に許さないレンジャー、そして異世界転生絶対に許さないロボなどがいるので紛らわしいのだ。
それに彼はこの仕事と名前に誇りを持っている。省略されるのは好きじゃない。
『はい。分かりましたマンさん』
通信を一方的を切られた。
「やれやれ。つれないお嬢さんだ」
肩をすくめると異世界転生絶対に許さないマンは飛翔した。
***
森・比企雄、34歳11か月と26日、中卒のニートでついでに引きこもりである。あと数日で厚生労働省の定めるニートの定義から外れ、ただの無職となる。
趣味はネットゲーム、年金受給者である両親からせしめるたお金を使って課金プレイをしている男だ。それに対して罪悪感は特にない。心の奥底にはあるかも知れないが、自身の状況に対する不安と社会への逆恨み、成功者への妬みと我が身可愛さで覆い隠され、本人も自覚していない。
空気を読むことが苦手で、かつ間の悪い彼はその悪い意味で純真な乙女の様に傷つきやすい心のせいで高校時代に虐められて引きこもり、現在に至る。
収入と口座が無くクレジットカードが作れ無かった彼は月に一度、課金の為に最寄りのコンビニへと赴く。
人に見られると言う事を全く意識しない彼の格好は一見して不潔そうである。よれよれのシャツに伸び放題の髭、そして寝癖を直さない髪にはフケが付いている。自信の無さを表すかのように猫背で縮こまり首位の視線を絶えず気にしている。
人に会わない様に彼は何時も夜を選んで外出している。
そんな彼に熱い視線を注ぐものが一人いた。
「今回の標的は此奴か」
道路を挟んで向こう側のコンビニの駐車場、その運転席に座る壮年の男性だ。彼こそが異世界の管理者の使徒である。彼に殺された者はこの世界の因果から外れ、異界の管理者の元へとその魂が運ばれる。
彼はこの道のベテランであり、この世界の管理者が対抗策を打ち出す前の最初期からこの仕事に関わって来た。
彼は待つ、比企雄がコンビニに入り、課金を終え、再び出て来るのを。
数分が経過し、比企雄がコンビニの前の信号機の前に立つ。そして、信号が青に変わるのを待つ。
信号が青に変わる。
その瞬間にアクセルを踏みハンドルを切る。異世界製の特別なトラック。それは物理法則を超加速を持って比企雄に向かう。
トラックのバンパーは特別製だ。衝撃を殺す為の素材では無く鋼鉄製で、衝撃を殺さず車体の質量を跳ねられた相手に確実に伝えられる仕様だ。
トラックは比企雄のいた場所を通り過ぎる。
おかしい。今まで何度も感じ、馴染んだ筈の感触が無い。
「手応えがねえ……だと!?」
「はっはっはっ!!」
夜の街の男の笑い声が響く。
***
何がどうなっているのか。全ては一瞬の事で比企雄は事態を上手く理解できていなかった。
トラックが近づいてきたと思ったら、筋骨隆々で子供向け番組のヒーローが纏う様なスーツに身を包んだ男の小脇に抱えられていたのだ。
少し先に停車したトラックから顔を出した運転手は顔を歪めて問う。
「てめえ!! 何者だ!!」
「私の名前は異世界転生絶対に許さないマン。君達の敵だよ」
名乗った異世界転生絶対に許さないマンは比企雄を乱雑に放り投げる。トラックから距離が開くように。
受け身など取れる訳の無い比企雄は無様に転がり、擦り傷などを負うが命に別状はない。
「異世界転生絶対に許さないマン……だと?」
異世界転生絶対に許さないマン、ネットで実しやかに語られる存在。異世界転生する寸前の人の元に現れてそれを邪魔して帰ると言われる存在。比企雄もその存在を聞いたことはあったが与太話の類と信じていなかった。
「さて。異世界からの侵略者よ。この私が来たからにはもうお前の好き勝手にはさせない」
「ちっ」
トラックの男は盛大に舌打ちをすると、トラックを発進させる。異世界転生絶対に許さないマンから逃げる様に。
「待ってくれ!!」
異世界転生絶対に許さないマンが現れたと言う事は異世界転生が行われる筈の場面だったと言う事だ。この場で異世界転生させられそうな人間は、比企雄しかいない。即ち、異世界転生絶対に許さないマンが現れなければ比企雄は異世界転生をしていたのだ。
比企雄はトラックに手を伸ばす、がそんな事でトラックは止まったりはしない筈、であった。
「逃がすか!!」
超加速で発進したはずのトラックが横からコンテナが凹む程の衝撃を受けて転倒する。それは為したのは勿論、異世界転生絶対に許さないマンだ。彼の任務の一つには異世界から送り込まれてくる使徒の抹殺も含まれている。
「ボスにはこっちで騒ぎは起こすなって言われてるんだがよ!!」
トラックの運転手、否、異世界からの使徒は逃げきれないと悟ると、自身の中にあるスイッチを切り替える。
運転手の姿が消える。そもそもトラックに最初から運転手など存在しなかった。壮年の男の姿はトラックが生み出した偽装用の立体映像に過ぎないのだ。
「トランスフォーメーション!!」
掛け声と共にトラックが変形してく。その工程は一瞬、眼にも止まらぬ速さだが、異世界転生絶対に許さないマンから見たら明確な隙であった。
「ふん!!」
異世界転生絶対に許さないマンの手刀によって左腕になる筈であった部分が捥げて、地面に落ちる。異世界転生絶対に許さないマンは様式美よりも実利を取る男だ。変形の時間を待ってやるはずがない。
「てめえ……」
異世界の使徒は変形し人型となる。しかし、左腕は既に根元から捥がれ、体の至る所が損傷し、スパークしている。異世界転生絶対に許さないマンは左腕を捥ぐ途中でも連撃を加えていたのだ。
戦いは異世界転生絶対に許さないマンの圧倒的優勢であった。
異世界の使徒は胸に備え付けられたバルカンを放つ。アスファルトが砕け、礫となって舞い上がるも異世界転生絶対に許さないマンには掠りもしない。
異世界転生絶対に許さないマンが地面を蹴って接近する、異世界の使徒はキックで迎撃するも紙一重で交わされ更に、カウンターのパンチで右足に大穴が空き、バランスを崩して倒れる込む。
手に備え付けられたキャノン砲の標準を異世界転生絶対に許さないマン合わせる前に、右腕ごと手刀で切り落とされる。
満身創痍、異世界の使徒は、両手と片足を破壊され、もはや満足に動く事すらできない。
「さて。君は何処の世界の差し金かね?」
「誰が言うか!!」
胸部バルカン砲の放つも、弾が地面に着弾した時には既に異世界転生絶対に許さないマンの姿は無く、姿を捕捉した時と同時に異世界の使徒の左足が宙を舞った。
異世界転生絶対に許さないマンは止めを刺す為に異世界の使徒に歩み寄って行く。二者の間に人影が割って入った。比企雄である。
「待ってくれ!! あんた。異世界転生を司ってるんだろ。だったら俺を殺してくれよ!!」
比企雄は十数年ぶりに大声を出して。異世界転生絶対に許さないマンを背に、異世界の使徒へと言った。
「俺はもうヤなんだよ。こんな糞みたいな世界で生きるのはよ!! だから、あんたの世界に連れて言ってくれよ!!」
比企雄は思いの丈を異世界の使徒へとぶちまけた。誰かに対して自分の意見は言ったのは何年振りだろうか、そう考えると比企雄は目頭が熱くなってくる。
戦闘が終わりギャラリーが集まって来る。遠くからサイレンも聞こえる。
「君」
異世界転生絶対に許さないマンは比企雄の肩に手を乗せる。
「なんだよ!! お前に俺の何が分かるってんだよ!!」
目の前の超人はきっとその圧倒的な力で恐れを知らずに生きて来たのだろう、と比企雄は思った。胸の内から黒い感情がこみあげて来る。自分には無いものを持った人間に対して、羨ましさで気が狂いそうになるのだ。
そんな比企雄に対して異世界転生絶対に許さないマンは首を横に振ってから答える。
「邪魔だ。どきたまえ」
「えっ」
異世界転生絶対に許さないマンは比企雄の首根っこを掴むとそのまま道端へと放り投げた。真面に受け身を取れなかった比企雄は頭こそ打たなかったものの、体中を打撲し転がる。からだの彼方此方に擦過傷が出来、節々も痛い。
「さて。止めの時間だが、何か言いたいことはあるかね?」
異世界転生絶対に許さないマンは死に体の使徒に言葉をかける。敵の遺言を聞く、それは彼の趣味の一つであった。
「なあ。俺の創造主はよ。別に、アンタの世界のリソースを喰い潰そうって訳じゃねえんだよ。魂の適材適所ってところだ。此奴はこの先、生きていても恐らく碌な人生を歩まねえ。それは此奴にとってその親御さんに誰も幸せにはならねえ。だったら――」
「異世界転生絶対に許さないビーム!!」
使徒の言葉を遮り、異世界転生絶対に許さないマンの掌から放たれた光の玉は使途を焼き尽くした。
彼の趣味の一つは相手の遺言や断末魔を途中で遮る事である。
「そ、そんな」
爆散した使徒の残骸を見て、比企雄は茫然自失となる。
そんな比企雄を尻目に異世界転生絶対に許さないマンはブレスレット型の通信機を起動させる。
「任務完了。これより帰還する」
『反応の消失を確認しました。ご苦労様です。異世界マンさん』
「何度も言う様に。私の名前は――」
通信が途中で切断される。
「やれやれ。つれないお嬢さんだ」
「待ってくれ!!」
飛び立とうとしてた異世界転生絶対に許さないマンを引き留める。
「なあ。あんたヒーローなんだろ? だったら。責任をもって俺を殺してくれよ!!」
「私は異世界転生絶対に許さないマン。ヒーローではないさ。それに、仮にヒーローであったとして。何故、それが君を殺害する責任を負うことになるのか。理解に苦しむのだが」
「俺はあんたが彼奴を殺さなければ異世界に転生できた!! そうすれば俺は幸せになれたんだ!! 俺を不幸のままにした責任とれよ!! 取ってくれよ……頼むから」
ふっ、と異世界転生絶対に許さないマンは馬鹿にしたように鼻で笑うと、嘲笑うかのように比企雄に告げる。
「そんな死にたければ自分で死ぬばよかろう? そこのコンビニで縄でも買って首でも吊ったらどうだね?」
「ふ、ふざけるな!! どうしてくれんだよ!! お、俺の異世界転生を!!」
「異世界に行く前に現世で頑張ったらどうだね? それに今、この世界で文句ばかり言って何もしない者は他の世界に行っても変わらないと思うがね。それではさらばだ。もう二度と会う事は無いだろう」
異世界転生絶対に許さないマンはそのまま飛び去って行った。
相手が美少女や社会的に高い地位を持っていたり、何らかの専門分野に置いて第一線で活躍する大人達なら長時間の立ち話もやぶさかではないが、異世界転生絶対に許さないマンの目の前にいたのは34歳11か月と26日の職歴なしのニート(賞味期限間近)のオッサンである。
そんな人間には誰も興味を抱かないし、お近づきになりたいとも思わない。現実は非情である。
「くそう。くそおおおおお!!!!!!」
道端で蹲って大声で叫ぶ比企雄が職質されたのはこの3分後のことである。
次回予告!!
異世界転生絶対に許さないマンの手によって異世界転生の魔の手から免れてしまった比企雄!!
そんな彼は47歳の誕生日に堪忍袋の緒が切れた両親に殺されてしまう!!
死んだ彼の魂は異世界の神っぽい土下座幼女に出会う!!
遂に!! 遂に!! 念願の異世界転生か!!
歓喜したその時!!
謎の美少女が土下座幼女神を殺害してしまう!!
一体彼女の正体は!?
次回「異世界転生絶対許さないマジシャンガール登場」