初めてのお仕事
忙しなく多くの人達が行き交い、多くの騒音を立てる鉄の塊が走るセントロ城下街の流通団地。そこでマースとロカ(と、ハジャル)が仕事に向かう為に必要な騒音を立てて走る鉄の塊と、なかなか来ないもう一人の同僚を待っていた。
「初めてのお仕事、緊張します。」
マースが緊張のあまりそう言うと、ロカは微笑みマースの肩にポンと手を置く。
「初めてのことに緊張しない人間なんてこの世にいないさ。いや、少しはいるけどさ。緊張する内は失敗なんて少ないさ。いやでも一度や二度……どころか人は必ず失敗もするか。まあ……、要は気楽に気楽に!」
励ましてるのか疑わしい激励をするとロカはマースの肩をバシバシ叩いた。
「ひゃうっ! はい、ありがとうございます。頑張ります!」
「おう、頑張ろう。」
そのやり取りを見ていた発光体は「大丈夫なのか、この赤毛の先輩は……」とボソリと呟いたが、その赤毛の先輩に睨まれたので口笛を吹いて誤魔化した。誤魔化せてはいないが。
そんな中、遅れてやって来た者の賑やかな声が聞こえてくる。
「せ、先パーイ! 後輩ちゃ~ん! あ、あとハジャルくんも~! 遅れてスイマセーン!」
遅れてやって来たのはティエラだった。どうやら名札が外れてしまい、それを必死に探していたらしい。
「おはよ。ギリギリセーフだね、まだ迎えは来ていないよ。」
「よ……良かったっス……!」
そんな息切れが激しいティエラにマースは礼儀正しく挨拶をし、ハジャルはティエラのくん付けをした呼び方に戸惑いを隠せないでいた。
ティエラも来て暫く経った後、迎えの騒音を立てて走る鉄の塊が社員達の目の前で停まる。
「ヘイ、レディー達お待たせ! あ、君は話に聞いたゴーレム使いの新入社員かい? ボクはデスクワーク兼運び屋担当のオロだぜ! ヨロシク!」
走る鉄の塊に付いた窓から顔を出したのは端正な顔立ちの優男だった。そんな男をマース以外は微妙な表情をして見ていた。マースはいつも通り礼儀正しく挨拶をすると、ロカが割って入りマースに言う。
「コイツに迫られたら大声で叫びなよ?」
「ちょっとロカ! ボカぁ、そんな君が想像してるようなことはしないよ!?」
実際、ロカが想像したようなことはしているのだがそれはまた別のお話。
マース達は騒音を立てて走る鉄の塊に乗り込むと目的地へと向かって行った。
マース達が仕事現場へ行く十五分前――
「では、新入社員マースよ、お前には早速ガーゴイル退治の仕事を任せたい。痒い所に手が届くようになった以上、痒い内に掻くのだ。」
そう言い、マースに仕事内容が書かれた紙を渡すのはサングラスを掛けた副社長アンバル。
「あ、ハイ!仕事ですね。やり遂げます。」
「成果を期待している。遅刻をした赤毛の先輩や遅刻をしそうな白髪の先輩が何かをしでかしたら 遠慮無く言え、即刻然るべき処分を与える。」
「え、そんな……――」
マースが二人の先輩を擁護しようとしたが副社長はスタスタといって行ってしまった。マースは少しモヤモヤしたまま仕事内容が書かれた紙を読む。
【人工島の東エリア、イスキエルダ草原にて数体のガーゴイルと三体一組で暴れる牛型のガーゴイルを確認。至急これらを撃破せよ。】
仕事内容を確認したマースは立ち上がり支度を始めようとする。すると、マースに二人の先輩が近付いてきた。
「早速、一緒に仕事だなマース。」
「後輩ちゃーん! いきなり組めるなんて嬉しいっスよ! 期待してるっスよー。」
「君は人に期待できるほど偉くは無いだろう。」
「ううっ……」
マースは二人のやり取りを見て笑みを浮かべ、「先輩方、宜しくお願い致します。」と深々とお辞儀をした。
暫くした後、騒音を立てて走る鉄の塊は目的地に入る門へと到着。マース達は鉄の塊から降りると運び屋のオロに礼を言い、見送った。オロは三人と一体の発光体に激励した後、煌めくオーラを纏わせながら走り去って行った。
「さ、さっさと仕事をこなしてしまおう。」
武器のハンマーを持ったロカの言葉にマースと武器のツルハシ二刀流を持ったティエラがコクリと頷いた。
ロカが門の前の警備員に話をし、警備員は近くにガーゴイルがいないことを確認した後に門を開けた。
ギギギイイィィイイイイイ……と、鈍い音を立てて開かれる門。マースは緊張のあまり、ゴクリと唾を飲み込みながらも意を決して中に入って行った。三人と一体の発光体が入って行ったのを確認すると、門はまた鈍い音を立てながら閉じられた。
暫くの暗く広く長い通路を通って行くと、光が見え外に出た。そこは――
「わあ……空気が、街とは全然違います。」
そこは見渡す限り広大で自然に溢れた草原だった。マースは同じ人工島なのにまるで数分で異国に来たかのように驚いていた。
「ビックリしただろ?この島はね、真ん中を含めて五つのエリアがあるんだ。ここはイスキエルダ草原と言って、東にあるエリアだ。開発に必要な資源を手に入れる為に造られた四つのエリアの内の一つだよ。」
ロカの説明にマースは関心したが、ティエラは疑問を呈する。
「先輩!あと一つあるっスよ。ほら、地下のスブム――」
言い掛けたティエラの口をロカはバッと塞いだ。
「モガ……」
「ハハハ! 地下? そんな所は存在しないよ、それよりも仕事だ、仕事仕事仕事!」
知られたくないことのように隠すロカは静かにティエラの耳元でコソリと話す。
(あんな場所、マースは知らなくて良いんだ。絶対に……!)
どこか必死にそう言うロカにティエラは恐怖を感じブンブンと激しく頷いた。その様子を見てマースは首を傾げ、ハジャルは何かを思っていた。
「あっ、そうだ! 先輩! アレやらないと!」
「ん?ああそうか。マースもアレは知っとかないとな。」
先輩の二人が突然思い出した“アレ”に、マースはまたもや首を傾げ聞いた。
「あの、アレとは一体何なのでしょう?」
「ああ、社訓だよ。」
「社訓?」
聞き慣れない言葉にマースは続けて聞こうとするとティエラが言った。
「まあ、言わば仕事前の気付けみたいなモンっス! やると気合いが入って良いっスよー?」
「ああ、アタシも最初は面倒だったけど、もうなんかやらないと落ち着かないんだ。洗脳されちゃったのかなあ。」
それを聞いてマースは目を輝かせていた。言わずとも「是非、唱和したいです!」と表情が言っていた。ロカは社訓の内容を丁寧に教えた。
「んじゃ先輩! 社訓の唱和お願いするっス!」
ティエラの言葉に頷き、コホンと咳き込むとロカは社訓の唱和を始める。
「我が社は第一に!」
「敵を叩き!」
「我が社は第二に!」
「敵を砕き!」
「我が社は第三、第四に!」
「敵を壊し!」
「我が社は第五に!」
「敵を崩す!」
「破壊式会社デストラクシオン、今日も宜しくお願いします!!」
「お願いします!」
社訓の唱和を終えると三人はガーゴイルを探す為に先へと進む。これらのやり取りを見てハジャルは「これ、必要なのか?」と呟き、三人の後を付いて行った。
三人と一体が広い草原をしばらく進んで行くと、数体のガーゴイル達が屯していた。
「今回の仕事内容の敵ですね。」
「ああ!」
「数体……って聞いたけど、多く見えるのは気のせいっスか?」
三人はガーゴイルに対して各々の武器を構えた。すると三人の存在に気付いたガーゴイル達は臨戦態勢に入った。
「ガーゴイル共!苦しまずに壊れたければ大人しく壊されなよ!」
ロカは武器のハンマーで次々とガーゴイルを壊して行く。すると、一体逃げようとするガーゴイルが現れた。
「ティエラ!」
「オッケーっス!逃がさないっスよ!」
ティエラが逃げようとするガーゴイルに追い付き二つのツルハシで穿ち破壊した。しかし――
「先輩! 大変っス!」
焦るティエラにロカはどうしたのかと聞く。するとティエラは震えながら答える。
「やっぱり数体なんかじゃ無かったっス!数えきれないガーゴイルにいつの間にか囲まれてますよ!」
「マジか……!」
衝撃を隠せないロカ。だが、そんな衝撃もガーゴイル達をゴーレムで一瞬で叩き潰していたマースを見て消えた。
「問題、無いよティエラ。アタシらには頼れる最終兵器ちゃんがいるだろう!」
「! そうか、そうっスね。もう大量のガーゴイルの群れにビビる必要無いっスね…!」
ティエラは恐怖を打ち払った。そしてマースに向かって大声を投げる。
「後輩ちゃあーん! あ、あとハジャルくんも聞いて~!」
ティエラの大声にマースとハジャルは気付き反応した。
「ティエラさん!? どうしたのでしょうか!?」
「またハジャル“くん”か……」
ティエラはそのまま大声で周囲に大量のガーゴイル達が迫っていることを伝える。すると状況を理解したマースはコクリと頷き、周囲のガーゴイルの残骸を集めゴーレムを巨大化させる。
「よし、やれマース。やってしまえ!」
ロカの言葉を合図に巨大化したゴーレムで無数のガーゴイルの群れに向かって行くマース。
「援護はウチらに任せるっスよ!」
「はい、お願い致します!」
マースとハジャルは巨大ゴーレムの力で次々とガーゴイル達を破壊していく。
取りこぼし逃げようとするガーゴイル達はロカとティエラによって追い討ちをかけられ破壊された。
「あと数対! 残らず破壊致します。」
すると残った数体の前に街に現れたガーゴイルように合体する。その姿は棍棒を持った狂暴な亜人のような姿になった。
「往生際が悪いですね。」
「ふん、魔の石共も芸が無いこと……――」
しかしその亜人のガーゴイルは街に現れた巨大化ガーゴイルよりも強かった。俊敏な動きで巨大ゴーレムを翻弄し手を出させず、その隙を狙ってジワジワと嘲笑うかのように攻撃してくる。
「この雑魚風情が、悪足掻きしおって小賢しい!」
「くっ、一筋縄では行かない様ですね……!」
その様子を見たロカとティエラは急いでマース達の元へと駆け付ける。
「手強いようだな!」
「加勢するっスよー!」
駆け付けた二人。すると亜人のガーゴイルは二人に視線を向け攻撃対象を変更する。
「逃げるのか!? この、待て貴様ぁ!」
向かって来る二人に亜人のガーゴイルは棍棒を構えて迎え打つ。
「先輩!」
「ああ、せーので避ける!」
二人が迫った瞬間、亜人のガーゴイルは棍棒を横に振るう。その猛攻を二人は何とか躱す。
「……っ、行けティエラ!足を狙え!」
「了解っス!」
ティエラは隙ができたガーゴイルの足元へ駆け込みその両足を二つのツルハシで穿つ。バランスを崩しかけ片足立ちになったガーゴイルに今度はロカが攻撃を仕掛ける。
「追加攻撃だっ!」
鈍い音が響き、亜人のガーゴイルは完全にバランスを崩し倒れる。
「今っスよ後輩ちゃあーん、ハジャルくんもー。」
その声にマース達は反応し、ゴーレムに拳を構 えさせる。
「くん付けをやめんか白髪娘!」
「トドメ、お刺しさせて頂きます!」
巻き込まれないように逃げる二人。そして亜人のガーゴイルに巨大な拳が降り下ろされるとガーゴイルは鈍い音を立てて完全に叩き潰された。潰された後に少し紫色の光が漏れたが、それもすぐに消え去った。
「ふう、まさかの予定外だな。」
「また、魔石達……ガーゴイル達が私に引き寄せられたみたいですね。」
「まあ、でも後輩――マースちゃんとハジャルくんがいれば楽勝っスよー!」
「くん付けをやめ――」
ハジャルくんがティエラのくん付けに意義を唱えようとしたがマースが話を続ける。
「今回のガーゴイル達は強かったです。残りの、牛型のガーゴイル達も恐らくは……」
少し不安そうになるマースにロカは励ますように言った。
「さっきのアタシ達の初めてとは思えない連係を見ただろう?何も問題無いさ!さ、残りを破壊するぞ。」
そんなロカの言葉に不安を完全には打ち払えはしなくても希望を感じるマースは「はい!」と強く返事をした。
――一方、三体の牛のガーゴイルが潜む“筈”の森、そこには一体の影が荒い鼻息を上げる巨大な影が目を赤く光らせていた。