夜の終わりに
ガーゴイル達の破壊が終わり、人工島に朝が来る。市民達は寝る間を惜しんでガーゴイル達によって荒らされた街の復興作業をしており、釘を打つ音や愚痴をこぼす人達の会話等で溢れかえっていた。
そんな街中の広場のベンチに気絶したロカが横になっていたが、朝の光と賑やかさでようやく目を覚ました。
「んあ……うるっさいなあ。……あん?」
目覚めたロカは目を点にして驚いた。目の前に、一人の女性が本当に目の前という近さで顔を近づけていたからだ。
「あら、御早うございます。気が付いたのですね。」
「お、おわあ…!?」
ロカは驚きのあまり飛び上がり、ベンチから転げ落ちた。
「あらあら、危ないですよ。」
そんなロカに手を差し伸べる女性。ロカはその顔をよく見た時に自分が気絶する前、石を操りガーゴイル達を圧倒した者だったことを思い出した。
「君はあの時の……」
そう呟きながら女性の手を取り、ロカは立ち上がった。
「あ、そうでした。自己紹介がまだでしたね。私の名前はマースと申し上げます。以後、お見知り置きを。」
そのマースと名乗る淡い桃色の髪をした青い瞳の女性にロカは少し見とれていた。
「あ……あ、ああ。アタシはロカって言うんだ。よろしく。助けてもらんたんだよな?礼を言っとくよ、ありがとう。」
お互い自己紹介を終えると二人は軽く握手した。するとそんな二人の中に謎の発光体が割って入ってきた。
「全く、もっと誠実に礼を言って欲しいものだな。お前らがもっと上手くやっていれば儂ら本気を出すことなどなかったのだからなあ。」
そんな喋る発光体を見てロカはまた目を点にした。
「何だコイツ……」
「ハジャルさん! 駄目ですよ。彼女達がいなければそもそも私達が来島する前にこの島は壊滅していたのですから! ……あ、こちらはハジャルさんと言って私の頼れる相棒です。」
そう然り気無く紹介されてもロカは全く、目の前のハジャルという存在に戸惑っていた。あと偉そうな態度にやや苛ついていた。
「……しかし君はかなり強いな、アタシらの立場がなくなっちゃうよ。」
ハジャルをスルーし、マースと会話を続ける。ロカの言葉にマースは少し困った顔をしながら言った。
「いえいえ、そんな。大量の魔石達を倒せたのは合体して一つになったからですし……」
「マセキ? ガーゴイルのこと?」
聞き慣れない言葉にロカは疑問を呈した。マースはコクリと頷く。
「あ、私がいた国ではそう言う名称なのです。ここではガーゴイルと仰るのですね。覚えました。」
「私がいた国…って、へーえ。君、島の外から来たのかい?」
ロカが驚くとマースは「はい」と答えた。そうして会話を続けていると無視されているハジャルが我慢の限界で怒った。
「おい、お前ら! さっきから儂を無視しおって! 一番の功労者は儂だろう! 一番気になるのも儂だろう!? 儂を気にしろ!」
そんな怒れる発光体にロカは「いたの?」と冷たい態度で接し、更に怒れる発光体に火を付けた。
「貴様、石の力を持ってして灸を据えてやろうか?」
「ハハン。やってみせろよ、全部打ち返してやるからさ!」
二人のやり取りを見たマースは微笑んで「もうあんな仲良しになって羨ましい」と思いながら見守っていた。
「ああ~っ! 先パーイ、やっと見付けたっスよ!行方不明だから心配したんスよ?!」
「行方不明になっていたのはティエラ、アナタじゃなくって?」
ロカ達の所へ白髪の元気な女性と青い髪をしたキツめの女性がやってきた。
「おっ、ティエラにイエロか。無事だったみたいだな。」
「いや~、無事で良かったっス!飲みに行けなかったのは残念! 飲みに行けなかったのは非常に残念っスけど!」
明らかに残念そうでない、寧ろ酒を奢ることにならなくて喜んでいる。そんなティエラにロカは意地悪な顔をして言う。
「へえ、なんかそうは見えないけど? ま、仕方ないね。んじゃツケで頼むよ。」
その言葉にティエラは笑顔のまま固まった。そんなティエラを押し退けて今度はイエロがいつも通りに絡んできた。
「無事でしたみたいね、ロカ。でもねガーゴイルは私の方が倒しましたわよ! このドリルでゴリゴリと…! アナタなんかよりも大量にね。」
「いやあ、アタシは気絶しちゃってね。よく覚えてないんだわ。」
ロカの言葉にイエロはドキリとした。自分も同じく気絶していたからだ。
「お、オホホホホホ! 気絶するなんて情けないわねぇ~! 今回は私の……勝ちねっ!」
イエロは自分を棚に上げた。そんな中、イエロは見慣れない女性に気付く。
「ねえ、ロカ。そこのお方は何方なのかしら?」
その言葉にマースはハッとし、慌てて自己紹介をしようとする。が、その時ある男が高いテンションで乱入して来た。
「我が社の皆サァーン! お仕事お疲れ様でェーシタ!」
その男は破壊式デストラクシオンの社長だった。軽い足取りでやって来る社長に向かってマースは驚きと喜びの表情を浮かべて声を上げた。
「ミネラル先生! お久しぶりですございます!」
すると社長も高いテンションを更に上げて声高らかに叫ぶ。
「オー、マースさぁん! 此方こそ、久方振りなのデース!」
二人は固く握手するとお互いの再開を喜んだ。そんな二人を見てロカ達三人は状況を理解するのに困難していた。
(二人は知り合いだったのか……てか、先生??)
(いったい、あの女性は何者なんですの!?)
(社長、ミネラルって名前だったんスね~…)
そんな中、存在を無視されていた発光体……いや、ハジャルが溜め息混じりに社長に話をかける。
「おい、ミネラル。奴等が戸惑いに満ちた表情をしているぞ。さっさと説明をしてやったらどうだ?」
「ハジャルさんもお久しぶりデースネー! 相変わらず無愛想なのは戴けマセンネー、もっとスマイルしなきゃ――」
「いいから早 く 説 明 せ ん か」
怒られてションボリした社長はコホンと咳き込むと、またいつものテンションになり説明を始めた。
「えー、皆さん。これは明日の朝会で説明するつもりだったのデースが、今説明を始めたいと思いマース。」
社長が説明を始めようとした瞬間、ティエラが手を上げた。
「ハイ!」
「はい、ティエラさーん?」
「ブロンセさんがまだ来てないですが、いいんでしょうかね?」
確かにブロンセはまだこの場にいなかった。が、社長は笑顔のまま首を横に振って言った。
「ブロンセさんとは、さっきここへ来る前に会ったのデースが、彼女はやることがあるようですのでここには戻って来まセーン。では、話を戻して……」
社長はマースの両肩を掴み、皆の前に押し出し言った。
「さ、自己紹介をお願いしマーシタヨ。」
マースはかしこまり、改めて自己紹介を始めた。
「皆様、初めまして。私はこの人工島の外から参りました、マースと申し上げます。以後、お見知り置きを。あ、そして此方はハジャルさんと申します。私の大切な相棒です。共に宜しくお願い致します。」
丁寧な自己紹介を終えた後、社長が説明を始める。
「皆さんはもう気付いてると思いマースが、昨夜現れたガーゴイルを破壊した巨大な石の巨人ゴーレムの正体は彼女達なのデースよ。」
その説明に気絶していたロカ以外の気絶しかかって薄ボンヤリと石の巨人を見ていたイエロ、遠巻きに見ていたティエラが驚いていた。
「彼女はゴーレム使い……“石の巫女”と言われる戦士なのデース!」
社長の説明で更に驚く三人。そしてロカは思ったことを質問した。
「社長、それでそのゴーレム使いは弊社と何か関係が?」
それを聞いた社長は「その質問を待ってました」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、テンションを上げて叫んだ。
「彼女達は、明日から我が破壊式会社デストラクシオンで共に戦う新しい仲間! つまり、新入社員デース!」
「皆様、御迷惑をお掛けするとお思いますがどうか後輩として宜しくお願い申し上げます…!」
マースがペコリと礼儀正しくお辞儀をするとそこへティエラがすっ飛んできた。
「どもっス!ウチはティエラって言うスよ!いや~、早くも後輩ちゃんができるなんて嬉しいっスね! もし何か分からないことあったら何でも聞いていいっスよー! ウチが先輩として色々教えてあげるっスから!」
いきなりハイテンションで迫ってくるティエラに物怖じせずマースは笑みを浮かべた。
「ウフフ。ティエラさん、元気いっぱいですね。ナンダカ此方まで元気になるみたいです。どうか宜しくお願い申し上げます。」
マースの礼儀正しさ、先輩と言われる快感にティエラは悶絶するティエラ。そんなティエラを押し退けてイエロがマースに近寄る。
「ぐあ、イエロ先輩ちょ――」
「言っておきますけど、ティエラは頼っちゃいけませんわよ?あ、ワタクシの名前はイエロと申し上げますの。」
自己紹介をするイエロにマースは「宜しく」と握手を求めるとイエロは拒否をした。
「いいこと?ロカやティエラはアナタを甘やかすでしょうけど、ワタクシはそうも行かなくってよ!?ゴーレム使いだかなんだか知らないけど新入社員の内はバシバシと――」
ロカのように因縁を植え付けようとするイエロを今度はロカが押し退けた。
「ちょっとロカ! まだ話が――」
「悪い! コイツはいつもこうだからスルーしてやってくれて構わないよ。」
「イエロさんですか、あの人ともなんだか仲良くできる気がしますね。」
「え?そうか?」
ロカが真剣に疑問を抱いてると、マースは笑って言った。
「ええ、きっと…! ロカさんも、改めて宜しくお願い申し上げます。」
「ああ。」
二人がそうやり取りする中、ロカがマースに出会ってからのある“違和感”を口にした。
「なあ、マース……」
「はい?」
「君、ちょっと臭うよ……」
「え!?」
二人のやり取りに気付いたハジャルがそのことについて言及した。
「そう言えば、マースはもう二週間は風呂に入っていないからなあ……」
その情報を聞いたロカは驚き、声高らかに叫んだ。
「い、今すぐにでも風呂入れ!」
「いえ、それが……私、家が無くて……宿に泊まるお金もまだ……」
「ハァ? つまりホームレスかよ……」
呆れるロカに更に追い討ちをかけるような言葉が社長から出る。
「ロカさん、お願いがあるのデースが……」
「……何ですか。何ですか?……まさか。」
「彼女、アナタのお家に泊めてあげてくだサーイ。社長命令デース! 絶対デース! お願い、しましたヨー?」
残酷な願い、もとい命令を聞いたロカは叫んだ。その叫びは復興に勤しむ音や喧騒と言った街中の音を掻き消して人工島全体に響いたのだった。
それらの様子を物影からコッソリと覗く者がいた。その者はブロンセだった。ブロンセはマースに懐疑的な視線を向けて睨み付けている。
そんなブロンセに背後から一人の男が近寄って来た。ブロンセはその気配に気付き「誰!?」と振り返る。
「あの女が気になるようだな。」
その男は褐色の肌にサングラスと髭と言った屈強な壮年男性。破壊式会社デストラクシオンの副社長だった。
「……アンバル副社長。」
「奇遇だな。俺も奴は疑わしい。」
「何のことでしょうか?」
「まあ、そう隠す必要はない。」
副社長に察せられたブロンセは諦めたように思っていることを口にした。
「私は、あの女がガーゴイルを操っていると疑っています。それをあんなにアッサリと弊社に引き込むだなんて……」
眼鏡をクイッと上げブロンセが言うと、副社長もサングラスをクイッと上げて言った。
「なあ、お前は今の会社の甘いやり方には疑問を持っているだろう?」
副社長の言葉にハッとしたがすぐに冷静になり言った。
「副社長。一体何を?」
「今のままでは、ガーゴイル共を仇討つことなどできない。だが、今の甘い社長を“不運な事故”で失えば――」
「副社長っ!!」
副社長の不吉な言葉に思わず叫ぶブロンセ。そんなブロンセに溜め息をつき副社長は言う。
「夫と子供の仇は討ちたくないのか?ブロンセ。」
その言葉を聞いたブロンセは忌まわしい過去を思い出す。そして表情は徐々に憎しみに満ちた。
「……考えておけ。俺はいつでも待っている。」
副社長は去って行った。一人残ったブロンセは武器のスコップを強く握り締めた。