石を纏いし女
ガーゴイルの群れと破壊式会社デストルクシオンの社員達が戦っている街の中、二人の男達が会話していた。一人は銀髪の壮年の男性。もう一人は褐色の肌をており、サングラスを掛け髭を生やした壮年の男性。銀髪の男はやや大袈裟な挙動をしながら話す為にサングラスの男は少々……いや、かなり苛立っていた。
「何故でショウ……何故、今日はガーゴイル達がこんなにもバイタリティーに溢れているのか……。どう思いマスか? マイブラザー。」
銀髪の壮年男性の問いにサングラスの男は溜め息混じりに答える。
「仕事中に、いやそのマイブラザーってのはやめて副社長と呼んでもらえないか、社長。」
この二人は破壊式会社デストルクシオンの社長と副社長だった。銀髪の壮年の男性、デストルクシオン社長は副社長の態度にやや困った顔をしていた。
「……奴ら、ガーゴイルは本来単独で行動をする筈だ。それをこんなに群れて暴れるなど、裏で操っている奴がいるんじゃあないか?」
サングラスの壮年の男性、副社長がそう答えると社長は静かに頷いた。
「これは……少し厄介な事になりマーシたね。奴らが操られているのなら、彼女達に易々と壊されているだけでは無いのでショウ。」
社長は少し不安気に空を見上げ、その様子を副社長は眉間に皺を寄せて見ていた。
一方。街の広場の中、無数のガーゴイル達を破壊していったロカはあまりの数の多さに疲弊していた。
「く、石コロどもが……ハァ、次から次へと……!! 何体いるんだよ!」
壊しても壊しても次から次へと襲って来るガーゴイル達によって体力を徐々に奪われていくロカ。いや、ロカだけではなく他の社員達も限界が近かった。ただ一人、ガーゴイルへの憎しみが強いブロンセを除いては。消耗していく社員達を見てガーゴイル達の無機質な表情がどこか笑っているように見えた。
「単なる石共が笑ってるなよ……ハァ、その笑顔も今から一つ残らず壊させて……クッ、貰おうじゃないか……!!」
ロカは歯を食い縛りつつ、手放しかけていたハンマーを強く握り締め構えた。
「壊す! 壊す! 壊すっ! お前ら一体残らず、粉々に破壊してやるよっ…!!!」
ガーゴイルの群れに自棄になったロカが特攻していった。何体も何体もガーゴイル達を破壊していく、そんなロカの表情はどこか邪な笑みを浮かべていた。まるで壊すこと自体を楽しんでいるかのように。……本人もそれに気付いておらず、ひたすらガーゴイルを破壊し続けた。そして――
「……あー、少し夢中になり過ぎたかな。昔の嫌なコトも思い出すなんてな。」
大量のガーゴイルの残骸の中、ロカは倒れていた。体力を使い果たしてもう一歩も動けないようだった。そんなロカを嘲笑うように、ガーゴイル達はまた次から次へと現れて包囲していく。
「ハハハッ、これまでかー。ま、いいか。どうせ、アタシは……」
ロカはそのまま目を閉じた。そして、ロカにガーゴイル達は飛び掛かったその瞬間――
「させませんっ!」
突然の一人の女性の声にロカはハッと目を開けた。そこには見窄らしい格好をしつつもどこか美しさと気品を感じさせる女性が立っていた。その女性は「ハジャルさん、お願いします。」と口にすると、周囲の散らばったガーゴイルの破片がその女性の頭上にいた発光体“ハジャル”の周囲に集まっていく。そして破片の集合体は石でできた巨人の上半身のような姿に形成していった。女性を守るように纏われた石の巨人は喋った。
「では行くぞマースよ。巨大になるのは久々だから加減が上手くできん、上手く操ってくれ。」
「問題無いですよ、全て破壊していきましょう! 一体残らずに!」
謎の女性マースは、戦う構えに入った。すると石の巨人はマースの動きと連動し、同じ構えをした。
「でやああああああああああっっっっ」
マースが叫び、前方に拳を突くとそれに呼応して石の巨人は拳をガーゴイル達に向かって突いた。ガーゴイル達は一瞬にして粉々になっていき、その破片は石の巨人がどんどん取り込まれていった。ガーゴイル達を破壊していく度にどんどん石の巨人は巨大化していった。そしてその様子を呆然と見ていたロカは「何なんだよコレ」と思いつつ意識を失った。
「マース、そろそろだ。」
周囲の高層の建物よりも巨大化したハジャルがそう言うとマースは頷いた。
「でも、まずはこの御方を安全な所に移しておかないといけません。」
「放っておけ、先程の戦いを見るに其奴は自分の命が惜しくない愚か者のようだからな。」
ハジャルの辛辣な言葉にマースはムッとし頬を膨らませて怒った。
「ハジャルさん、駄目ですよ?そんな言い方をしたら! この御方は街と住人を守るために身を犠牲にしてガーゴイル達と戦ってそれを云々かんぬん云々かんぬん云々かんぬん云々かんぬん云々かんぬん云々かんぬん――」
「だァっ、分かった分かった! 早く安全な場所へ移してやれ!……奴らは儂達に完全に気付いた。そろそろ――」
「ええ、本気で私達を殺しに掛かってきますね。例えば今の貴方のように巨大化して…!」
疲弊しきった社員達は突然背を向けて走り去っていくガーゴイル達に困惑をしていた。
ガーゴイルを憎み、そのスコップで次々と抉り斬っていったブロンセ。
「逃がすか、ガーゴイル共め…!」
ガーゴイル達を倒すのに夢中で迷子になって余計な体力を消耗していたティエラ。
「何スか一体…!? 何なんスかあ!? まあ、助かったけど…………」
そして、ロカと同じく体力を使い果たし倒れていたイエロ。
「これは、逃走……というよりは……街の広場に集まって……いって……何をするつもりですの……? と、いうか広場に何か巨大な何かが……あれは一体……」
イエロが見たもの、それは巨大化したハジャルだった。街のどこからも見える石の巨人に街の住人やデストルクシオン社の社員達も戸惑いを隠せない。デストルクシオン社の社長と副社長を除いては。
「あれは……ゴーレム! ゴーレムじゃあないデースか……!? ついにこの島に来てくださったのデースね。」
石の巨人、“ゴーレム”を見て興奮する社長を尻目に副社長は言った。
「奴が……、“石の巫女”が来たか。永く待たせてくれるもんだ。島の外の人間はこれだから困――」
愚痴を突然止めた副社長にどうしたのかと社長が聞くが、石の巨人の方を見ると聞かずともその理由を察した。
「ホワイ!? 馬鹿な!」
「どういう事だ!? 石の巨人がもう一体…いや、奴らは……。」
副社長の思った通り、突如現れたもう一体のどこか禍々しい見た目の石の巨人。それは広場に集まったガーゴイル達の集合体だった。
そして街の広場。マースとハジャルはガーゴイル達の集合体と相対していた。
「ふん、下劣で下等な石共めがそれは儂の真似のつもりなのか?」
「甘いですよ、魔の石達よ。そのようなに集まっても巨体に見せても所詮は烏合の集です。寧ろ、的が一つに搾れるようになって楽になりました。では――」
ガーゴイルの集合体がハジャルに襲い掛かる。大きな足音が立たれる中、マースは右手を掲げ拳を握るとそのまま降り下ろし言った。
「アディオスです!」
その瞬間、ハジャルの勢い良く降り下ろされた石の腕に“叩かれた”ガーゴイルの集合体の頭部はヒビが入る。その後も容赦なく石の拳で殴られ続け“砕けた”集合体の頭部から紫の光を放つ石が現れた。ハジャルはその紫の石を両手で抉り取り握り潰し始めた。すると集合体の身体はまるで苦しんでいるかのようにもがき始めるが、マースはそれに構わずハジャルにその石を壊すよう指示を送り続けた。
ガーゴイルの集合体は苦しみながらも両手を使い紫の石を奪い返そうとする。……が、手があと少しで届くという所で紫の石は握り潰され完全に“壊された”。
集合体の動きはピタリと止まり、その後間もなくボロボロと“崩れ”ていった。それと共にハジャルとマースが形成していた巨大な石の巨人ゴーレムはまるで塵のように消えていった。
「石の巫女としての御勤め、完了でございます。」
マースは目を瞑り空を見上げ、そう言った。