予想しきれない
「あら、お帰りなさい」
「ふう…。」
「はあ…。」
ひとまず撤退してきた。宿の玄関だ。オーナーのおばさんがたまたまそこにいて、私たちに声をかけてきてくれた。
「お疲れね。何かあったのかい?」
「ああ…何か変なものに絡まれたんだ」
あの男のことだろうか。変ものとはかわいそうに。だけど、なるほどそれ以外に言葉で表せない。
「それは大変だったわね! ゆっくりお休みなさいな!」
「いや、これからまだやらないといけないことがあるの。ありがとね、おばさん」
「あらまあ、そうなの? よくわからないけど、若いうちの苦労は買ってでもしろっていうしね! まあ頑張んなさいな!」
宿のおばさんの声援を受けて、私たちはスラムへ。”やらなきゃいけないこと”をやってしまわないといけない。
タルグだ。彼に会わなければ。しかし、そう簡単に見つかるだろうか。
広いスラムの中で、しかもほとんど同じ髪色の人しかいないのだ。彼が他と違う決定的な外見的特徴といえば、少しばかり顔が凶悪だという点だ。私としたことが、連絡を取る手段を考えていなかったとは。待てよ。ラリズならなんとかできるかもしれない。
「ラリズ」
「わかっている」
おお! なんというたのもしさ! 久々に彼のことを見直した気がする!
ラリズは目を瞑った。数秒後、タルグがダッシュでこちらに走ってきた。かなりなりふり構わぬ様子だ。ラリズが何をして、タルグが何をされたのかはわからない。だが結果的に無事再開できたのだから万事OKだ。
「はあっ、はあっ」
「で、どうだ?ほかの皆には声をかけたのか?」
まだタルグの息も整わぬうちにラリズは彼に話しかける。仕方がないことだ。事は急を要するのだ。
ちなみに、私たちがいるのはスラムだが、あたりは誰もない。まるで皆に避けられているかのようだ。生活感は丸見えなのに誰もいないとなると、まるで廃村に迷い込んでしまったかのようだ。つまり何が言いたいかというと、一人では絶対来たくない。
「かけ、た、けども! お前ら暴力的だし魔術使うしで皆怖がって誰もうなずかねえよ!さっきもなんか騒ぎ起こしてたみたいだったし!」
タルグの凶悪な顔が更に歪んだ。さっきのを見られていたのか、誰かから聞いたのか。はて、そんなに近い場所で起こした騒ぎじゃなかったけどな? まあ確かに、こんな見ず知らずの変な奴らにいきなり解放してやるからついてこいなんて言われて喜んで首を縦に振るのは脅されたやつかよほどの馬鹿だ。
「えー?なんで?悪い条件じゃないと思うけどなぁ…。仕方ないよね、どうする?ラリズ」
「んー、じゃあお前だけでいいや。タルグ」
ラリズはタルグの方を見て、口の端をあげて見せた。
「お前の髪色、いいと思うぜ」
「えっ、俺!?っていうか、この色は本来の色じゃねえし!もっと濃い色だし!」
タルグは案外嬉しそうである。よかったよかった。
「というわけで、お前は今日から俺らの仲間だ。光栄に思えよ」
「わーいわーいタルグが仲間になったわーい」
「…」
なんとも言えない顔でこちらを見つめてきた。
そして、ラリズはなんとかタルグの髪色を元に戻し、宿に引きずりながら連れてきた。もちろん宿代は払った。タルグも私たちの仲間になれて嬉しそうだ。
「くそっ…もう関わりたくないって思ってたのに…」
…嬉しそうだ。
「何はともあれ、仲間になったんだから自己紹介だ」
小学生か。
時刻は午後3時。時が過ぎるのはあっという間だ。この短い時間に自分を説明するための言葉がいくつも増えた。どこまでが本当かはわからない。
先程アルガルドと名乗った男。私の育て親だと名乗った男。それが本当なら、私は5歳まで孤児院にいて、必死に勉強した2年間にあの男と過ごしていたというわけだ。
しかし疑問に思うのは、一旦手放した、いや捨てた私を何故彼が連れ戻そうと躍起になっているのかという点だ。
町で、それも人前で騒ぎを起こしたのも何か目的があってなのか。ただ私を連れ戻したいだけなら、他にいくらでも方法はあったはずだ。
森の中でも町の中でもラリズや私は魔術を使えない訳では無い。攫うにしても条件は一緒なのだ。何を企んでいるのか分からない。
「私の名前はヴァルガ・ヘイディスト。年齢は秘密。7歳までの記憶が無いわ。でも瞬間記憶能力を持ってるの。おかしな話。自在に魔術を操れるわ。ラリズには7歳で出会って今に至る、こんなかんじ?」
ラリズが続けて自己紹介を始めた。
ラリズの自己紹介にはタルグも驚いているようだ。それはそうだ。誰がこんな場所に、しかも自分の目の前に、人口を4分の1に減らした男、フェアウィッチの厄災を起こした魔女が座っていると思うのか。夢にも思うまい。
「驚いた…。いや、ヴァルガが、あ、ヴァルガって呼ぶぞ?ラリズって呼んでるからまさかとは思ったんだが…。で、フェアウィッチ様が今度は魔王に…」
驚きの表情だ。そしてお前はそのフェアウィッチに捕まったんだよ。今更後悔しても遅いからね。
「あ、俺の自己紹介な。タルグだ。あんまし言うこともないね。最初に話したこと以上のことは俺の人生には起こらなかった。ありふれた人生だったよ。お前らに目をつけられたのが運の尽きだ。くそっ。やっぱりお前らかよ…本当に最悪だ…」
最後に呟いた言葉は上手く聞き取れなかった。まあいいや。タルグが仲間になった!凶悪な顔は何かに使えるかもしれない。
それはそうと、アルガルドだ。あいつは何もかも知ってそうな雰囲気を出している。情報は知りたいけど会いたくない。ただただ気持ち悪いからだ。(外見はただの美青年だが、私の計算だと若くても40歳だ)以前感じた、何か”会ってはいけない”感のようなものは大分薄れている。
「よし、タルグよ。これからどうすればいいと思う?」
「俺かよ!」
全身全霊の叫びである。