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想定通りの大混乱

王都に、というより私達が泊まっている宿に師匠とレイさんがやってきた。勿論、転移術で。


「おう!弟子よ、久しぶりだな」


何故か2日ぶりの再会を異常に喜んでいた。

私はジャンクスさんから教えてもらったことを伝えると、師匠はそうか、と微妙な顔で行ったけど、その後自分が与えた影響によって人々の暮らしが魔術を使えない、不便なものになったのだと気づいたからか悪い笑顔で笑っていた。レイさんは何故か疲れた顔でそうなんだ〜とだけ言って、また疲れた顔でため息をついた。


「よし。じゃあ戴冠式に行くか」

「くれぐれも、分かってるよね?」

「魔術の使用を制限されている人の代わりに花火の1発でもあげてやれということですね?」

「うわぁ〜!楽しみ!」


レイさんは疲れた顔で棒読みである。ほんとにどうした。




「すごい人……こんなに王都には人が居たんだ!」


私は思わず田舎丸出しの言葉を口にした。

大きな城の門の下。大勢の人々が集まっていた。皆、この国を治める王の戴冠式を見守ろうと、集まってきたのだ。

城の上部にはベランダのようなものがあり、おそらくそこで王が誰かに冠をつけてもらうのだろう。


「……」

「今日は王都の人にとっては、見逃せませんからね」

「戴冠式かぁ〜……うぇ、人に酔いそうだな」


師匠の眉間にシワが寄っている。頼むから変なことはしないでくれよ。あっ、師匠がニヤッて笑った!絶対なにか企んでる……。それと、レイさんやっぱりかなり疲れてる。師匠との2日間で、何があったのかな。


突如、トランペットの音が鳴り響く。

周囲の人々は、一斉に話すのをやめてその音を聞く。城のベランダが開き、二人の人が出てくる。一人は、上等そうな服を着た、背の高い煉瓦色の短髪の男。もう一人は、そう、まるで今朝会ったジャンクスさんみたいな、というか、髪の色と目の色と服以外はまんまジャンクスさんじゃないか。なんだあれ。双子?ジャンクスさんは茶髪で茶色の目だったのに対し、金髪になっている。ちなみに目の色まではどれほど目を凝らしても見えない。


さらに目を凝らして見てみると、というか、そんなに凝らさなくても魔術が使われているような感覚がある。

あれはジャンクスさんで、髪の色などを変えているのだ。人の良さそうな微笑み(それも遠すぎてあまり見えないけど)は、今朝のような豪快な笑顔ではなく、どこか紳士的だ。


どんな戴冠式かというと、普通の戴冠式だった。

このときばかりは魔術を使うようで、拡声された声が都中に響いている。王がどんなことを言ったのかというと、まあ、その、あんまり覚えていない。

その横で控えているジャンクスさんに夢中だったから。


「ねえ、ファンさん」

「どうしました?」


私は小声でファンさんに話しかける。


「あの金髪の男の人、今朝会った人だ」

「えっ、そうなんですか?何故王に冠を授けるような人物が……」

「というか、あの人はどういう立場なの?」

「どういう立場なのでしょうね」


ファンさんをジト目で見るしか出来なかった。

師匠に聞いてみても、なぜそんなことを聞くんだと言ったが、結局分からないみたいだし、レイさんは……うん。今朝よりは少しだけ生き返ってる。


ああいうのって、常識なんじゃないのか。誰が王様に冠を授けるんだ誰が!なんで知らないんだそんなこと!私も知らないけどさ!


「まあ、この後は盛大なパレードがあるようですし、折角ですので楽しみましょう」

「はぁっ?お前ら、……俺らの役目はなんだ」

「えっ、このお祭りを楽しみに来たんじゃないの?」

「一発、かます……」


レイさんがどこか遠い目をしていた。が、その言葉を口にした瞬間普段のレイさんに戻って、かますぞーっとニコニコ笑顔になった。かますんかい。

それと師匠の笑顔がそろそろ人を殺せるレベルになってきた。危険物をしまってください。


「そうと決まれば……」

「やるんですか?」

「かますぞ〜」

「待ってよ!……って、あっ……」


私は思わず声を上げた。


師匠が手を挙げた時、遠くから何かが人混みを掻き分けてくるのが分かった。それは遠目から見てもよく分かるヴァイオレットの……。


私は自分の胸の鼓動が驚くほど早くなっているのに気がついた。額や背中からの冷や汗が止まらない。心做しか、涙も溢れてきそうだ。

一体なぜ、あのヴァイオレットを見るだけでこんなことになってしまうのかが分からない。しかし、私は確かに、こんな症状が出てくるくらいあの色が嫌いなのか、それとも、あの髪色を持つ彼が嫌いなのか。


何れにしても、私は彼に会ってはいけないのだ。

何故こちらに向かっているのかは分からないけど、こんな距離であの人を見ただけでのうだから、きっと近くで見たら体内の水分の枯渇で、さらに心臓が口から飛び出て死んでしまうに違いない。


「おいっ」


気づいたら、私が一発大きな花火を打ち上げていた。




広場は大混乱だ。


王とジャンクスさんは騎士に連れられて早々に城の中に入っていった。広場での混乱を避けるために配置されていた騎士は上を見てぽけーっとしている。美しかろう。隣でいた人々すらなにがどこから起こったのかもよく分かっていないようで、突然あがった花火の大きな音で驚き、恐れ、戸惑うばかり。火で怪我をした人も少しは居たのだろう。端にいた人から次々に散っていった。


そんなに怖かったかな。ごめんね、皆さん。綺麗な花火で場を盛り上げようと思っただけなんだよ?……なんてね。でも、あのままだとこっちに話しかけてきそうだったから。


そんな、人がいなくなってしまった広場に、残っているのは、残っているのは……。

彼だ。


逃げ惑う人々によって、先ほどの位置から動けていないようだ。こちらをじーっと見ている。3人の背後、私だけが、彼を見ている。

しかし、私はお前に会いたくないんだよ。


どうも、声を掛けようか迷っているようだった。顔の造形も、あまり見つめては行けないような気がするから、髪色に合わせたヴァイオレットの服と、その動作を見る。


おそらく、記憶を無くす前の私の知り合いだろう。彼が何者かは知らない。過去に私を捨てた人かもしれないし、私に何か酷いことをした人なのかもしれない。

ただ、そんなことはどうだっていい。


逃げなきゃ。


「ファンさん、帰ろ?」

「えっ、もう帰るんですか」

「そうだそうだ。こんなとこに居たら花火一発じゃ済まなくなるからな」

「お祭り……」

「祭りなんか家でも出来るだろ」

「いや、家だとムードが無いでしょ」

「そういうもんか?」


私達は、ファンさんの転移魔法で帰宅した。





殆ど誰も居なくなった広場に、ヴァイオレットの髪と黒の瞳、髪色と同色の服を纏った男が一人、膝をつき、その瞳からは涙が溢れていた。


「くそっ……!あの子に……僕はっ……」


悲痛な叫び声をあげた彼が呼ぶ名前は、


「ヴァルガ……」


どうしようもない感情を、一人硬い床に殴りつけた。

愛しい人。共に過ごした、二度と戻らないと分かっていても、手を伸ばしてしまう。伸ばしてはいけないと分かっていても、それでも止められない。


激しい後悔、彼女が居ない寂しさ、悲しさ、辛さ。


彼は一生悔い続けるだろう。

先程声を掛けなかったこと。

無理矢理にでも連れ戻さなかったこと。

いつまでも。


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