王都へ
その日は、夏によくある大雨の日だった。
私も、師匠もファンさんもレイさんも家の中で、ぐでーっとしていた。
そんな雰囲気だと、無駄話に花が咲いてくる。皆、口だけ動かして指1本ですら動かさない。この辺りに年齢を感じる。外見は4人ともそう変わらないけれど、私だけが実年齢と同じ外見だ。
「俺はなー。人の営みを見てると、何故だか無性に腹が立ってきて仕様が無いんだよなー」
師匠も間延びした話し方で、非常にだらしが無い。
いや、師匠が人の営みに腹が立つ理由なんて分かってるだろ。てか、師匠も人だろ。私も人だし。
「分かりますよぉー。人というのは、毎日毎日、働いてばかりで、抱えなくてもいい悩みまで抱えて、本当に愚かですよねぇー」
ファンさんも間延びした話し方。珍しい。
というか、人は毎日働いてるけど、貴方達は毎日遊んでるよね。会ったときにやってた門番はどうした?クビになったの?
「僕らみたいに楽天的に生きればいいのにねっ!そういえば、今度王都で新しい王のなんとか式ってのがあるみたいだよー」
貴方達は楽天家すぎだと思うよ。
王のなんとか式か。なんの式だろう?戴冠式かな?
というかその情報どっから持ってきたの?
数年続いた王冠合戦が、ちょっと前に終戦して、新しい王が就任するのか。
まあ、どうでもいいよね。こんな森の中に住んでいる私達には、全然関係ないよね。
「へぇ。ちょっくら挨拶にでもいくか」
「いいですね。派手に行きましょう」
「ドカーンといっちゃうの?」
「いやいや、1発かますのは不味いでしょう」
この人たちは、新しい王の晴れの舞台に1発ぶちかます気満々らしかった。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけならいいと思うけど…。どうなるかが想像も出来ない。
「良いじゃねぇか。ちょっとくらい。暇だしな」
「雨だと、することないですよね」
「いっつも外で遊んでるからねっ!」
「じゃあー。ちょっと見に行ってみます?」
三人の顔に花が咲く。
やったー!と小躍りしそうな表情だ。
正確な戴冠式の日程は分からないため、王都の見学も兼ねて、私とファンさんが数日王都で宿をとることになった。
師匠は何をしでかすか分からないし、エルフなら魔法でいちいち転移しなくても情報のやり取りができる。1人は私、1人は師匠につく方がいい。じゃんけんで買ったファンさんが私に付いてくることになった。
エルフはエルフの国にしか居ないため、ファンさんは特徴的な尖った耳を魔法で隠していた。
「では、まずは1週間お願いします」
そう言って、ファンさんがお金を宿のおばさんに出す。
宿のおばさんはとても気さくな人で、でも、ファンさんの美しい顔に見とれていた。私にも話しかけてくれて、ファンさんとの関係を聞かれた。予め、私たちの関係は恋人同士ということにしておいたから、そのように話すと、若いっていいねぇ、と言われた。兄弟ということにするには似ていなさすぎるし、いい大人になって、一緒に行動するのも疑わしい。叔父と姪にするにも、なぜその2人で行動するのかということになる。私がもう少し幼ければそれでも通ったと思うけどね。その場合、親と子供でもよかった。
この際、市なども見てみようと、外に出てみる。もちろん、ファンさんも一緒に。
ファンさんが綺麗すぎて、かなり注目される。隣に私みたいなのが居ては、さらに注目されるだろう。
さり気なく距離を開けると、不思議そうな顔で手を繋がれた。はぐれると悪いからいいんだけどさ。
「とても活気づいてますね」
「人が沢山居て、なんだか楽しいです!」
「なにか食べませんか?」
「なにか、なにかー……。ええっと、適当なお店に入りましょうか」
「女の子なら、ああいうのは如何ですか?」
ファンさんが指さしたのは、可愛らしい軽食屋だった。パンケーキや、おしゃれな飲み物が売っているらしい。
中に入ると、女の子ばかりだった。
何故か視線を感じる。あっ、そうか。ファンさんの顔が美しすぎるのがいけないのか。かなりコソコソと話されている。店員も、顔が赤い。
誰もが私と立場を代わりたいと思っているのだろう。私も、そんな顔で睨まれるのなら立場を代わりたいよ。
「人は、された側の気持ちも考えずに、ジロジロと見てくるというのは本当だったんですね」
「そうだね……ファンさんの国では、そんなことないの?」
「僕の国では、何か特徴的な外見をしている者を見たいという気持ちがあっても、それを押し込めることが礼儀となりますね。礼儀的無関心というものです。彼らにも、それを是非学んでいただきたいものです」
「じゃあ、ファンさんもこんな大勢の人達に注目されることは、なかなか無いんですね!」
「そうですね。少なくとも僕の国では」
エルフの国では、無関心を装うのが礼儀なのか。じゃあ、綺麗だなってぽーっと見つめてたことが度々あったけど、それも迷惑だったよね。ちょっと反省しなきゃな。
今の会話を聞いていた周囲の女の子たちが、一斉にファンさんから視線を外したのはちょっと面白かった。
「そういえば、ファンさんとレイさんって、かなり仲が良いですよね?」
「はい。レイとは幼なじみで、同学年で、最低限の教育を受ける施設でずっと行動を共にしていました。成り行きで仕事も同じものに就くくらいには仲がいいですよ」
「最低限の教育を受ける施設ですか?」
「ええ。僕達の国では、あまり頭の中に詰めすぎないということに重点を置いて教育が行われます。その施設を出てから、まだ勉強したい者は勉強するもよし、そのまま仕事に就くもよし、といった感じです。殆どはそのまま仕事に就きますけどね」
「へぇー。そうなんだ。そういえば、ここのところ毎日私と遊んでいるけれど、仕事って大丈夫なんですか?」
ちょっと気になっていたことを聞いてみる。
そうだよね。最初にあった時門番してたもんね。仕事用の制服着てたもんね。でも今は毎日私のところに遊びに来ている。楽しいから良いけど、この人達は大丈夫なのだろうか。仕事を放り出して来ているのは、流石に無いと思いたい。
ファンさんは笑いながら言った。
「ああ、あのときは門番をしていましたが、僕とレイの仕事は、本来はエルフの国に防御壁を張ることなんです。今でもたまに交代で門番の仕事もしてますよ。ヴァルガちゃんと遊ぶようになってからは、大抵夜に門番をさせて頂いていますけど」
2人の仕事の秘密を聞いたところで、パンケーキが出てきた。分厚くて、しっとりふわふわだ。甘くて、とても美味しい。白いクリームと、赤い果実が載っていた。
ぺろりと平らげてしまい、これからどこへ行こうかと話し合う。
戴冠式の情報は、中央広場で張り出されているだろうと思うので、中央広場に行こうという結論に至った。
店を出て、中央広場に行く途中で、珍しいものが沢山あったので、いくつかファンさんに買ってもらってしまった。
だって、王都だもん。仕方ないよね。こうして田舎者は都会に搾取されるんだよね。
「戴冠式、8月20日に執り行う。王城広場にて」
「2日後ですね。どうしましょう?」
「どうせなら、もう少し王都を見て回りたいなー」
「そうですね、ではレイに連絡だけしておきましょう」
「お願いします」
王都には、見るべきたくさんの場所がある。
立派な王城、珍しいものが沢山売っている市、輝く青い海、そこを走る大きな船。
なかなか来る機会のない王都を観光してみたいと思うのは自然なことだろう。
「じゃあ、海でも見に行きますか?」
「行きたいです!」
私は、海を見るのは初めてだ。
ここは第2の王都。前の王都より東側にあって、海に近い。前の王都からは、少なくとも1週間は歩かないと、もしくはもう少し短い日数馬車に乗るか馬に乗るかしないと海は見れなかったらしい。
ファンさんが私の手を引いてくれる。
なんだか、懐かしい気がする。前にも、こんな風に、誰かに手を引いてもらったことが────。
「ほら、ここからでも見えますよ。……ヴァルガちゃん?どうしました?」
「えっ、いえ、あっ、本当だ!本当に真っ青ですね!」
「僕も、自国から出てまで海を見に行くということはしなかったので、見るのは初めてです」
「っーー!早く行きましょ!」
何か思い出せそうな気がしたけど、多分どれだけ考えても無理な気もしたから、少し遠くに見える青い海に触りたくて、ファンさんの手を引いて駆けた。
ちょっとだけ戸惑った風にしていたファンさんも、私と一緒に走ってくれた。危ないですよ、とか言って。
傍から見たら、仲の良い恋人同士に見えるのだろうか。
「すごいですよ!貝!貝!」
「何故貝にそんなに興奮してるんですか……」
「カニです!えいっ!」
「ちょ、投げないでください!カニが可哀想でしょう!」
「海って、すごく青いですね!綺麗!」
海で興奮していたら、時間があっという間に過ぎて、気がついたら夕日が見える頃になっていた。
私達は、砂浜に座って、夕日を眺める。
白い砂浜に、赤い光が反射している。
先程まで青かった海が、赤と黒に染まる。
とても幻想的だ。
「ねぇ、ヴァルガちゃん」
「はいはい」
「ヴァルガちゃんは、記憶が少し欠落してるんですよね?」
「ええっと、そう、だけ、ど……」
ファンさんの顔を見ると、夕日に照らされて、赤く見える。真面目な顔で、私を見てる。だから、言葉が詰まってしまった。
「本当に、記憶が無いんですよね?」
「残念ながら」
「もしかしたら、ヴァルガちゃんはラリズ様を殺すために送り込まれた刺客かもしれないですね」
えっ……。私が?師匠を殺すための刺客?
ファンさんは、冗談は言わない、と思う。言ったとしても、こんな笑えなくて、リアルな冗談は言わない。
「考えてみてください。いろいろと話がおかしいです。ヴァルガちゃんは、ラリズ様と同じ、原子の魔女のような存在で、記憶を消されて、あの森に捨てられた。しかも、神ですら書き換え不可能な魔術で。そんな魔術をかけるくらいヴァルガちゃんが邪魔なら、そんな面倒なことをしなくてもよかったはずです。それが、あえてあの森を歩かせた」
「でも、私は、師匠が助けてくれなかったら、死んでいたのに」
ファンさんは眉を下げて、腕を組んだ。
「そうなんですよ。一体、どうして人間嫌いになってしまったラリズ様が、ヴァルガちゃんを助けると確信を持てたのか。そして、どうして記憶を消したのか。どうやってそのような高度な魔術を作ったのか。いくつか問題はありますが、事実ヴァルガちゃんはラリズ様に拾われて、こうして不老の魔術によって時が止められている。……こんな上手い話を疑わないラリズ様はきっとあまり考えるのが得意では無いのでしょうね」
ファンさんはニコリと笑った。
でも、師匠が私を疑うということは、私が家を出ていくということ?師匠に殺されるということ?ファンさんは、それでいいの?そうなったとしても、良かったの?
私は、ずっと師匠とファンさんとレイさんと一緒に居れて楽しかったし、幸せだったのに。
というか、なんでこんな話をするのだろう。どうだったとしても、私の居場所はあの家にしかないし、私の世界には、師匠とファンさんとレイさんしか居ないのに。
「いろんな可能性があります。僕が今1番可能性があるのが、これだと思っただけです。えっとですね、不快に思ったのなら、笑えない冗談だったと、思っていただきたいです」
そう。可能性の一つだ。
でも、やけに現実味がある。確かに、いろいろと出来すぎているのだろうか。私の存在は。師匠の馬鹿さ加減に漬け込んだ、誰かの、私を使った作戦なんだろうか。
「もし、私が、覚えていないだけで、本当に師匠を殺すために此処に居るのだとしたら、ファンさんはどうします?」
ファンさんはなんて答えるだろう。
なんて答えたとしても、もう私はファンさんを離すつもりは無いけれど。
「もちろん、ラリズ様を殺してヴァルガちゃんを攫ってしまいますよ。僕は毎日ラリズ様に会いにあの家に行ってるのではなく、ヴァルガちゃんに会いに行っているので」
あの家、師匠の家なんだけどね。
お茶目にウインクをするファンさんは、いつものファンさんだった。軽そうで、遊んでいそうで、でも優しい。ユーモアに富んだ人。
この7年間を疑った私が馬鹿だった。
私もウインクして、じゃあ、その時は一緒に生き残りましょうね、と、きっと師匠と本気で対立したら絶対出来ないことを言ってみた。
ユーモアは、大事。
でも、分かった。伝わった。ファンさんは、何があっても私の味方であると、私に言いたかったんだ。考えうる中で、最悪の可能性を示して。確かに、私は最近よく自分は何なんだろうと考えていた。それを敏感にファンさんは感じ取っていたのかな?これだからモテる男は。
でも、大丈夫だと思うよ。もし、私が全部思い出して、過去の私が師匠を殺すためにあの森に行ったとしても、きっと、今の記憶が私の行動を変えると思うから。
ファンは敬語ですが常にニコニコ(ニヤニヤ)していていかにも軽そうな、胡散臭い感じです。