美容のために
「ねぇ、レイさん」
「ななななな、何かな、ヴァルガちゃん?」
「どうしたら私、もっと可愛くなれるかな?」
「ええっ!?」
今日は、ファンさんは用事があるようで、レイさんだけだ。今何をしているかというと、家の周りに植物(花)を植えて、師匠の荒んだ心を滑らかにしよう大作戦だ。詰まるところ、私が家の周りに花が欲しいだけなんだけど。
最近は、ファンさんとレイさんともすごく仲良くなってきて、こんな砕けた話し方も出来るようになってきた。本当は、もっと敬わなければいけないくらい、2人は長く生きているんだけど。見た目が同じくらいになって、やっぱり親近を覚えてしまうんだよね。
この前2人の年齢を聞いたら、笑いながら無言を貫いていた。あれは怖かった。私、分かってるよ?2人が、千歳は越えてること。おじさんだなんて思ってないよ?
「そんな、どうしたの、いきなり?ラリズ様になんか言われた?」
「逆です!何も言ってくれないんです!」
この前、前に買ってもらった青のパフスリーブのワンピースが入らなくなった時も、ぷぷぷ、だっせぇって笑ってたし、新しく可愛いワンピースを、ファンさんが見繕って、エルフの国から持ってきてくれて着てみたときも、馬子にも衣装だなって言っていた。腰まで伸びた髪を切って、肩の下くらいまでしたときも、ふーんって言うだけだったし、どれだけ可愛いヘアアレンジをしても、私を見て3秒くらい止まるだけで、何かを言ってくることもない。
私に魅力が足りないからだよね!?
「レイさんは、毎日なにかしら努力してるって前に言ってましたよね」
「ま、まあ、僕は、肌が荒れやすいから毎日手入れは欠かせないし、体型を保つために朝走ったりしてるけど……」
「ぜひ教えて欲しいの!」
そういう私を、レイさんはジト目で見る。
「それって、ラリズ様のため?ラリズ様に可愛いって言ってもらいたいから僕にそんなお願いするの?」
「えっ、別に、師匠に悔しい思いをさせたいだけだよ?」
「へ?」
「私は、師匠に、今までこんなに可愛い子供を可愛い可愛いと言ってこなかったなんて、って、自分がいかに愚かなんだと思わせたいの。師匠は愚かだからね」
「はぁ……」
「私だって、そこまで……うん。そこまで直視できないほど醜いわけではないと思うの」
「そんなことないよ!ヴァルガちゃんは、可愛いんだから!」
こうしてレイさんは、いっつもお世辞を言ってくれる。私はちなみに、自分では中の上くらいだと思っている。世の中にはお世辞を言うのも嫌になるような人も居るらしいからね。私に関しては、まず、色素がドギツい。髪は赤!目は黒!服は青!肌は白!もっと、こう、金糸に、アクアブルーの瞳……とか、薄いピンクの髪に、琥珀色の瞳とか、色素が薄い方がいいのに。私に似合うかは別として。
その点師匠はとっても素晴らしい外見だ。白い髪に、金の瞳。あんな風になりたい。
「でも、ヴァルガちゃん、肌は綺麗だし、スタイルも良いし、あっ、これ、セクハラかなぁ……?」
「セクハラ……?私、師匠より綺麗な人は見たことないの!だから、そんな自分に見飽きてる師匠は私を見てもなんとも思わないんだと思うの!ねえ、レイさん?」
「いや……ヴァルガちゃん、ラリズ様は確かに美しいけど、その隣に立っても違和感無いくらいに可愛いよ?」
「もぅーーー!!!」
そうじゃなくて!!!
そういうのはいいからと、まずはパックのやり方を教えてもらう。花を家の周りに植えるのはまた今度にした。
転移術でレイさんの家に連れていってもらった。恥ずかしいからあんまり見ないでって言ってたけど、けっこう綺麗な家で、家具とかは薄緑と白とグレーで統一されていた。
洗面台でレイさんにご教授いただく。
パックを作る時に必要なのは、
①はちみつ
②お湯
③牛乳
④キュウリ
で、キュウリは半分に切って、半分は絞って、半分は固形のまま顔に乗せる。
①~③は普通に混ぜて、いい具合にする。いざ、顔に。
「んぁっ」
「ど、どう?」
「ふぁっ、冷たいっ」
「ヴァルガちゃん、もうやめようよ」
なんかレイさんが言っているけど、見ないふりをする。私は本気なのだ。しばらく顔に塗っていると、諦めたように手伝ってくれた。
「うぎゃっ!」
「もうちょっとだからねー」
「こ、このまま、どのくらい?」
「5分くらいかなー?」
5分だと?この、上を向いた体勢で、5分も待てない!
むりぃっ……と私が言うと、手を引いてくれて、ソファーに横にならせてくれた。レイさんの膝を枕にさせてもらう。
レイさんは、蜂蜜色の髪と瞳で、まんまるの目と、少しクルっとした短い髪をしている。本当に、優しそうで、王子様みたいな人だ。顔の造形も整っているし、でも、彼は彼なりに努力をしてるんだよね。
「ぷっ」
「な、なに?」
「今のヴァルガちゃんの顔って、結構面白いんだよ」
知ってた?とばかりにクスクス笑うレイさん。
確かに、顔に白っぽい液体を塗りつけて、その上にキュウリを薄くスライスして乗せている私は、さぞ滑稽だろう。
私は恥ずかしくて、早く5分経ってくれと願うばかりだった。というか、そんなキラキラスマイルを私に向けないで!私の顔が熱くなるから。
そして5分経って、洗い流すと、肌が綺麗になった気がした。これが、パックの効果!素晴らしい!
そして、私は毎朝、レイさんから教えてもらった運動もした。ファンさんも巻き込んで。師匠は何やってんだ?という顔をしていたけど、見てなさいよ!
1ヶ月後……
私は鏡を見る。
肌は多分、前より綺麗になったし、足も腕も綺麗に筋肉が僅かについて、前より細くなった。13歳くらいから出てきた胸は、依然として大きいけど、一般的に胸は大きい方がいいらしいから、まあ、良いのだろう。
「ファンさん、レイさん」
「うん、ヴァルガちゃん、頑張ったね」
「前のヴァルガちゃんも、どこに出しても誇れますけどね。誰かのために努力するということが、素晴らしいことです。それが何故僕の居ない間に始まって、かつ僕の為じゃないということに不服ですが」
「?ファンさん、今何か?」
「いいえ、ヴァルガちゃん、頑張りましたね」
絶対何か言った気がするけど、何か言った?と聞いて、いいえ何もと返されたら、それからどれだけ何を言ったか聞いても答えてくれないのだ。
ファンさんから服が手渡される。
キャミソールタイプの薄手のワンピース。いつも通り、青い。そういえば、もうすぐ夏になる。最近はかなり暑くなってきた。
「ありがとうございます!ファンさん!」
「いいんですよ。ほら、ラリズ様に見せて来てください」
「はいっ!」
私は早速もらった服に袖を通して、師匠の所に走っていく。どんな反応をするかが楽しみだなー。なんて。
今回は似合ってるとか、なんとか言って、褒めてもらえるかなとか。
「師匠ー!」
「なん………だ、どうした!?」
師匠はワナワナと顔を赤くして震えている。
そうか、そこまで私が美しく思えるのか。もう私は満足だ。そんなに震えて、なんだか可哀想になってくる。私は勝利を確信した。勝負事ではないし、師匠はそんな認識を私がしていることにも気が付きそうにもないのだけれど、勝った。私が。
ふっと笑って踵を返そうとしたとき、
「待て」
「わわわ」
腕を掴まれた。
な、何!?変態!?
と思ったけれど、全然違った。
「なっ、何だその服は!薄い!いくら夏だといっても、その服は、ファンが許しても俺が許さねぇ!おい、ファンはどこだ!」
きっと師匠はファンさんが変態だと思ってる。
すごい形相でファンさんに会いに行ってしまった。そしてなんだか険悪な話し合いになっている。
私はピラリと自分が着ている服を持ち上げて、布の確認をする。薄いかなぁ……?
レイさんが、私を見つけてこっちに寄ってくる。
「ヴァルガちゃんー。ラリズ様ったら、照れ隠しにファンに怒鳴りに行ったね!」
「あれは、照れ隠しなのかな?」
「そうだよ!あと、はい、これ」
レイさんから手渡されたのはペチコートだった。裾にフリルがついていて可愛い。
「薄すぎかなーって思って、ファンも買っておいたんだよ。夏になると、汗もかくから、それ着てた方が快適だよ」
「ありがとうございます!」
なんだか師匠のいつもと違う1面が見れて、いい日だった。