27 絶望賛歌――オーバーチュア――
「ぼくと遊んでる途中なのに他の人と話すなんて、妬けちゃうなぁ」
ゆらりゆらりと近づいて来るジズが、ニタリと嗤う。
子供のような言い方に、ゾッとするような悪意ある笑み。
ジズがこういう顔をする時は、大抵の場合とんでもないことをやらかす前兆だというのをクロは知っている。
「ん~……」
ジズが腰を落として唸った。
その右腕は左腰付近に構えられており、まるで腰につけた刀に手を添えているかのような格好だ。
そして、
「……やっ!」
その腕を振り払う動作をした瞬間、見えない何かが飛んで来る。
空気を切り裂くような高音だけが、荒野に響く。
「…………ッ」
迫って来る不気味な音。
クロは胸元までヒザを上げていて、見えない何かが最も接近したその時、その足を一気に踏みつけた。
途端、ガラスが割れるような音が周囲に響く。
ジズの放った攻撃を踏み割ったのだ。
「……ま、まさか」
「ざ、『斬空』ッ!?」
アヴリルとシャルラッハがそれぞれ気づく。
ジズが放ったのが、戦技なのだということに。
副団長のマーガレッタが使うそれと全く同じ、戦技『斬空』だった。
『斬空』は、剣撃を目に見える範囲全てに広げる、剣技の極地のひとつである。
群を抜いて才能溢れるマーガレッタ・スコールレインでさえ、それを会得するのに苦労したはずだ。
それをジズが使った異常さに、
「魔法使いじゃなかったの!?」
シャルラッハが戦慄した。
戦技と魔法は、その根源こそ同じくエーテルを使ったものだが、基本的には別のものとされている。
戦士は戦技を使い、魔法は魔法使いが扱う。
それが当たり前。
戦士が魔法を使うことなんて滅多になく、その逆もまた然り。
なぜなら別の才能がいるからだ。
武器や体術を極限まで極める戦技の才能と、かつてこの星で起こったことのある現象の再現という魔法の知識を会得する才能では、方向性が全く違う。
肉体派か頭脳派ぐらいの違いがある。
「ジズは魔法も戦技も両方使う。
本人がその気になれば、あいつに出来ないことは多分、無い」
クロが言った。
一同が唖然とする。
「デルトリア伯と……同じ……」
シャルラッハが言った。
まるでそれはグラデア王国始まって以来の天才と同じだと。
デルトリア伯の才能は異常だった。
実際に、レオナルド・オルグレンの剣技やガラハドの魔法を一度見ただけで自分のものにしてしまった『才能殺し』。
ジズもまた、デルトリア伯レベルの珠玉の才を持つ者なのか、とシャルラッハは言ったのだ。
「いや、ジズの才能はそこまでじゃない」
しかし、それをクロは否定する。
「あいつのアレは……『詩編』の副次作用みたいなものだ」
「……『グリモア詩編』」
聞いていたエリクシアが呟く。
「そのせいで色々出来るんだ」
「一体……どんな『詩編』を」
エリクシアが問いかけたその時、
「今は、ぼくがクロと遊んでるんだよ……? どうして君達だけがクロと楽しそうに喋ってるんだい……?」
ゆらゆら歩いていたジズが、突然走る。
彼我の距離が狭まっていく。
ジズに何かされる前に、クロは大戦斧と斧槍を構え、
「――――ッ!!」
一気にその距離を詰めた。
「あっ、待ってよクロ」
ジズの懐まで入り込み、大戦斧でその首を刎ねようとするが、ひょいと攻撃を避けられる。
「君の後ろに隠れてる、そのコ達に用があるんだよ」
「させるか」
斧の連撃を叩き込む。
何が何でもジズをエリクシア達に近づけてはならない。
ジズは歩く災厄だ。
一体何をするのか見当もつかないが、間違いなくロクなことにならない。
「ゲハハ……距離を離す気だね。どうしてぼくが近づいちゃダメなんだい?」
クロの連撃を素手で受けながら、ジズが言う。
ニタリと嗤いながら、その丸い魚眼を見開く。
ふいに、その視線が後方に注がれる。
「なぁんで、あんな弱いコ達と一緒にいるんだい?」
エリクシア、エーデル、シャルラッハ、アヴリル。
そしてテッタとアンナ。
ひとりひとりに視線を向けながら、「ゲハハ」とジズが嗤った。
「クロってさ、わざわざ足手まといを作るの、好きだよねぇ……?」
その言葉を聞いたクロが、大振りでジズの頭に仕掛ける。
しかし攻撃は避けられ、逆にクロの頭にジズの回し蹴りが命中した。
「……ッ」
大砲の弾が当たったかのような強烈な一撃に、クロの体が仰け反った。
やせ細ったその体から繰り出される体術は、もはや人の領域を遙か超えている。
「ゲハハ! ほら、後ろのコ達を守るために気を取られてさぁ、ぜんぜん実力を出せてないじゃないか」
◇ ◇ ◇
今、あの男は何を言ったのか。
「――――――――」
足手まといと、そう言ったのか。
「…………ッ」
ギリッと歯を噛み鳴らす。
シャルラッハ・アルグリロットは、その手の挑発には実力を以て応えてきた。
女だから、子供だから、親の七光りだから。
あらゆる偏見による煽りは、全てその実力ではね除けてきた。
そうして口だけの凡愚を黙らせてきた。
「ああ、ああ。そこの金髪のコのことは覚えているよ。だってほら、ええっと……そう! 『雷光』だったっけ?」
これはクロ・クロイツァーとジズ・クロイツバスターの闘いだ。
クロの様子からしておそらくは因縁の相手。
これはつまり、一対一の決闘だ。
自分が横から手を出すなんて騎士道の流儀に反するものだった。
「ねぇクロ、前から思ってたんだけどさ、あの『雷光』って技――」
しかし、今。
ジズはそれを簡単に踏み越えて来て、自分を足手まといと煽ったのだ。
「――攻撃に使うより、逃げる時に使った方が効率がよくない?」
ブチッ
仮に、もし仮に。
堪忍袋というものがあるのなら。
その緒がブチ切れる音が全員に聞こえたことだろう。
シャルラッハは音を置き去りにしてジズへ特攻した。
これほどの屈辱は無い。
これほどの憤慨はそうそう無い。
「――『光あれ。暗黒を照らすは一条の栄光』――」
ひとつ地面に足をついて、詠唱を口にする。
ふたつ地面を踏みしめて、更に加速する。
みっつ地面にエーテルを爆裂させ、全力全開の『雷光』をその身に体現する。
「ま、待てシャル――」
クロの制止はもはや耳に届かない。
シャルラッハにとって、『雷光』とは誇りそのものである。
英雄の技。
先祖代々からアルグリロット家に伝わる秘伝の極技。
始祖が編み出し、子から子へと受け継がれたこの『雷光』。
天賦の才を持つ始祖が使う戦技を、子孫が会得するのは並大抵のことではなかった。
ある者は人生の大半を懸けてようやく会得し。
ある者は死の間際まで特訓を繰り返し、しかし叶わなかった。
ある者は才の無さを嘆き、子に全てを託した。
それぞれの代で『雷光』を受け継ぐために、一体どれほどの苦渋を味わったことだろう。
それでも、アルグリロットの人間は、誇りあるそれを継ぐために心血を注いだ。
継いだ者、継げなかった者。
それぞれ結果はどうあれ、一族の全員がそれを求めたのだ。
アルグリロットの本家は『雷光』を受け継いだ家に引き継がれる。
たとえば分家から『雷光』使いが生まれ、その時の本家から『雷光』使いが現れなかった場合には、その分家が本家に格上げされる、かなり特殊な世襲制なのである。そのことから、『雷光』がどれほどアルグリロット一族の中で重要視されているのかがよく分かる。
父である『英雄』アレクサンダーが『雷光』使いの当主で、シャルラッハはアルグリロット本家の一人娘として生まれたが、次期当主としては確約されていなかったのだ。
しかし、シャルラッハ・アルグリロットは希代の天才だった。
生まれてから3年が経った頃に、父親の『雷光』を見よう見まねで習得した恐るべき神童だった。
その時からシャルラッハは分家の人間から尊敬と嫉妬の目で見られることになるのだが、彼女本人はそれに慢心せず腐らず、次期当主として己の本分を全うしようと研鑽を続けていた。
アルグリロットの『雷光』使いに恥じない振る舞いを。
3才という若輩ながら、他の全てを蹴落として未来の当主としての座を欲しいがままにした彼女は、アルグリロット一族全ての人間に心から認められるために日々尽力していた。
シャルラッハが戦闘に対して、強さに対して異様に貪欲なのはそのせいである。
それほどに、シャルラッハにとって『雷光』とは大切な誇りだった。
魂の矜持と言ってもいい。
始祖シャルリオス・アルグリロットが、1200年前にグリュンレイグとの闘いに参加した際、英雄エルドアールヴの強さに魅せられて、それに並ぼうとして後に編み出したのが『雷光』だ。
魔物の脅威に暗い影を落としていたグラデア王国を、その『雷光』によって照らしたその偉業。
誰よりも速く。
何よりも鋭く。
先陣を切って突撃していく攻撃の究極形。
それこそが『雷光』の華であり、あるべき姿であり、求められたものなのだ。
「戦技『雷光』――」
目の前の男は、その全てを嘲り嗤った。
言うに事欠いて、敵に怯えて尻尾を巻いて逃げる『逃走』に使う方が良いなどと、侮辱極まりない暴言だ。
到底許せることじゃない。
それを知っているアヴリルもまた、ジズの発言に激怒し、主君を嘲笑った不貞者に誅を下すため、シャルラッハの後を追って突撃していった。
「ゲハハハッ」
ジズは嗤う。
向かって来るシャルラッハを見て、その『雷光』の輝きを見て、なお嗤う。
シャルラッハを止めようとしたクロを、無詠唱の土魔法『真理の土塊』の腕で捕まえる。
「く……ッ」
シャルラッハの後ろで、クロがそんな声を出す。
しかし、今のシャルラッハにはそんな声も、周りのどんな動きも見えていない。
目の前の男を倒す。
アルグリロットの全てを、始祖から連なる全ての人間を侮辱したジズという狼藉者にそれ相応の報いを受けさせるために、全力全開の『雷光』で以て疾走した。
「――――『閃光疾駆』ッ!!」
最速の『雷光』で踏み込みながらの刺突。
それはまるで暗闇を照らす閃光の如く。
岩や鉄すら穿ち斬る、防御回避不可の一撃必殺。
『雷光』と『斬鉄』を組み合わせた二重戦技。
即ち、シャルラッハが持ち得る最高威力の『戦技』である。
「ゲハハ」
それを、
一族の想い全てを懸けたその一撃を、
「……なっ……」
ジズは人差し指のたった一本だけで、
「ほらね、こんな程度の威力しか無い」
シャルラッハの細剣の先端を、受け止めた。
「そん……な」
戦技『止水』ではない。
これはそんな繊細な代物じゃない。
ただの力。
それだけで抑えられた。
しかも、余裕がなければこんなピッタリと突進が止まるはずがない。
突進していく勢いを力任せに止められた結果、細剣を握るシャルラッハの指が折れていく。
あまりの心的衝撃に、体感時間が極限まで圧縮されて、何もかもがゆっくりと感じた。
ジズの怖気の走るようなその嗤い。
口端が歪んでいくそのサマを、シャルラッハは唖然としながら見ていた。
「……ッ……ァ……ッ」
ジズの蹴りが、脇腹にめり込んでいく。
エーテルの防御を突き破り、そのまま肋骨をへし折っていく。
ベキバキベキ……という音が、骨伝導で耳に届いた。
骨を折られ、そのままジズの蹴りが体にめり込んでいく。
死ぬ。
本能で、シャルラッハはそう感じた。
しかしそこに、クロが割って入った。
おそらく普段ならシャルラッハにはその動きは見えなかっただろう。
体感速度がゆっくりになっている今だからこそ、エルドアールヴのその動きを細かいところまで理解できた。
自分の横腹の半分近くまでめり込んだジズの足。
このまま蹴りだけで上半身と下半身が千切れてしまうと確信していた。
そのジズの足を、クロが蹴り止めたのだ。
それだけではなく、ジズの足をはね除けた。
九死に一生。
ギリギリの瀬戸際で、シャルラッハは両断による死を免れた。
「――――ッ……ァ……」
しかし、ジズに蹴られたその威力はそれだけでは収まらず、体は何の抵抗も出来ないまま、まるで埃のように吹き飛んでいく。
「アヴリルさんッ!!!」
クロが叫んだ。
後ろから突撃していたアヴリルが、その声に我を取り戻して、シャルラッハの体を支えて衝撃を殺していく。
シャルラッハを抱えて、ズザッと地に足をつけるアヴリル。
「ガフ……ッ」
シャルラッハの口から、大量の吐血が溢れた。
「シャルラッハさま……ッ!」
「ゴホッ……カハッ……ハッ……ハッ……」
シャルラッハが呼吸をする度に血が溢れてくる。
目が霞む。
激痛が体中を駆け巡る。
血が気道に入って、うまく呼吸が出来ない。
「ぁ……ガハッ……ハッ……」
「ああ……なんてこと……シャルラッハさま……ッ、しっかり……ッ」
心配するアヴリルの声。
しかし、今はアヴリルに抱えられたままではいられない。
シャルラッハはアヴリルの肩を手で押さえ、立ち上がろうとする。
このままではいられない。
自分の最高威力の技を軽く止められて、『雷光』をバカにされたままで、こんな屈辱を受けたまま寝てなんていられない。
「ハッ……ゼェ……ハッ……」
血が滲んだ呼吸音。
苦しいなんて言ってられない。
痛いだなんて口が裂けても言わない。
行かなければ。
闘わなければ。
こんな。
これほどの屈辱はかつて味わったことが無い。
「シャルラッハさま……」
アヴリルの悲痛な声。
彼女もまた、シャルラッハの気持ちが痛いほど分かっている。
だからこそ、シャルラッハの動きを止められない。
「わた……くしは……、まだ……ゴボッ……」
口からも鼻からも血を流して、それでもシャルラッハは立ち上がろうとする。
こんな辱めを受けて、ただで済ませるなんて、そんなお淑やかな女じゃない。
「ゴフッ……ハァ……ゼェ……このままじゃ……済ませない……ッ」
ガクガクと足を震わせて、座り込んだその足を立てていく。
呼吸を整える必要なんて無い。
どうせ今は血が気道を塞いでいてマトモな呼吸なんて出来やしない。
気合いで体を動かしていく。
脇腹が痛むが関係無い。
体を動かそうとする度に、口から滝のように血が溢れるが関係無い。
その碧眼で、自分に屈辱を与えたあの男を睨む。
クロ・クロイツァーと激しい戦闘を繰り広げている。
ここまでジズの嗤い声が聞こえてくる。
「ぐッ……ゼェ……ゼェ……ゲホッ……ッ」
屈辱からの怒りだけで、その足を無理やりに立たせていく。
一矢報いてやらなければ気が済まない。
あのニヤけた不快な顔に、この細剣を喰らわせないと気が済まない。
「ゼェ……ゼェ…………――――――――」
しかし、そんなシャルラッハに、更に追い打ちをかけるような光景が目の前に広がっていた。
呼吸が止まる。
信じられないものを見る。
屈辱なんてものじゃない。
この、今の気持ちを言葉に表すなんて不可能だ。
「――――――――」
ジズが、あの男が。
『雷光』を使った。
それも、クロの攻撃を避けるために。
嘲るように、逃げることに、使った。
「ゲハ」
シャルラッハが見ていることに気づいたのか、ジズが口端を酷く歪める。
そして、次に続く言葉を、
シャルラッハは確かに聞いた。
「ほらやっぱり、逃げるのに便利だねぇ、この技」
それはまるで歌のように。
「攻撃なんかに使うべきじゃないんだよ」
おぞましい絶望の曲を奏でる歌詞が、ジズの口から放たれた。
「便利だから、もらうね? 『雷光』」
ジズの口端が歪みに歪み、
千切れていた頬と裂けた口端が繋がった。
「――――――――」
目の前が真っ暗になった。
『雷光』は騎士の矜持だ。
誇りある英雄の技。
一族の皆が皆、それを求めて血の滲むような鍛錬をしていた。
シャルラッハもまた、それを知っているからこそ、自分の生まれに感謝していた。
この技で皆に認められる。
この技で王国の民、そしてレリティアに住まう人々を助けるのだと。
自分こそが先陣を切って敵を仕留める切り込みなのだと。
そう信じて疑わなかった。
「あ…………」
シャルラッハのヒザが崩れ落ちる。
それまで必死に持ちこたえていた気力が消えていく。
泥沼の中に入ったような気分だった。
足から腰へ、腰から胸へ、胸から顔へ。
それは纏わり付いて離れない暗い泥。
それは絶望という名の泥だ。
息が出来ない。
体が動かない。
誇りは穢され、怒りも殺された。
恥辱と屈辱の果てに、シャルラッハはとうとうその場にへたり込んだ。
「ぁ……」
ああ、ダメだ。
シャルラッハはギリギリで保っていた意識で必死に心の中で叫んだ。
目の端に、溜まってしまった弱さの証拠。
ダメだ、ダメだ。
これを流したら。
もう、自分はダメになる。
ここでそんな無様を晒してしまったら、もう二度と自分は闘えない。
それだけはダメだ。
嫌だ。
「……ぁぁ……」
目の端に溢れてくる。
やめて、やめて、やめて。
お願いだから。
それだけは、やめて。
いやだ、いやだ、いやだ。
お願いだから、言うことを聞いて。
「…………ぅ」
体が言うことを聞かない。
その弱さの証明は、目の端に溜まり溢れそうになっているソレは、
シャルラッハの想いとは裏腹にとどまることがなく、
やがてその碧眼からこぼれ落ちる――
「ジズ――――――――ッ!!!」
その瞬間、
激烈極まるクロ・クロイツァーの怒号と共に、シャルラッハが無意識にしたまばたきによって、流れることなく弾けた。
「お前が『雷光』を口にするんじゃないッ!!」
真っ暗になっていたシャルラッハの目の前が、パッと明るくなった。
クロ・クロイツァーがここまで激怒している姿をこれまで見たことが無い。
「その戦技は騎士の誇りだッ! それはお前が使おうとして使えるような代物じゃないッ!」
その憤激を体現するかのように、クロの攻撃が苛烈さを増していく。
「その戦技は、シャルリオスが誰かを救うために編み出した想いの結晶だッ! それを子や孫が必死になって守った彼らの誇りそのものだッ!」
斧槍と鎖を手に持って、まるで鎖鉄球のようにグルグルと回す。
鎖の先にある大戦斧が轟々と音を立てて凄まじい速さで回転する。
重さと遠心力が兼ね備わったその威力の凄まじさは、触れた大地が削り取られ、ジズでさえ焦って逃げるほどだ。
「お前が使っているのは、ただ足にエーテルを溜めて爆発させて移動するだけのものだッ! それは『雷光』じゃないッ!」
大戦斧に打ちのめされて、ジズが仰け反ったところに、クロが更に攻撃を仕掛けていく。
「戦技『雷光』は騎士の正道だッ! お前や俺みたいな邪道が使えるような代物じゃないッ!」
怒りの怒濤は、激烈にジズを攻め立てる。
速さはそれまでのものとは隔絶しており、強さは烈火の如く激しさを増していく。
「想いの結晶こそが『雷光』だッ!!」
それを見て、聞いて、シャルラッハは不思議な想いを抱いていた。
クロの言葉が心に響いてくる。
それまでの屈辱への怒りが消えてしまったかのように、心が静かになっていく。
そして生まれて始めての想いが芽生えていることに気づいた。
クロ・クロイツァーが、自分の怒りを背負って闘っている。
そして、それを許している自分がいる。
自分の気持ちを、他者に預けること。
溢れるほどの想いを、誰かに託すことを。
自分の全てを、相手に任せること。
そんなことが出来る相手が存在するなんて、思ってもいなかった。
「クロ・クロイツァー」
シャルラッハが託して、言う。
「そいつを――ぶちのめして」
◇ ◇ ◇
「――『水の滴りは絶え間なく、涓滴岩を穿つ』――」
シャルラッハの想いが聞こえたのか、
クロがジズの腹に大戦斧の強打を入れる。
「うッ……ッ」
たまらずジズが呻く。
更にもう一発。
ズドンッ、という重苦しい音が響く。
「オウッ!?」
「――『樵の詩は絶え間なく、巨木さえも打ち倒す』――」
逃げようとするジズの肩を片手でガシッと掴み、固定する。
そしてもう片方の手は、握りしめた大戦斧を大きく振りかぶっている。
「――戦技『薪割』」
「ま、待ってクロッ!
さすがにそれはぼくも死んじゃうッ!」
ジズの制止を聞く間もなく、
クロは三発目の大戦斧を叩き込む。
「――『樵の一撃』ッ!!!」
これこそがクロの『固有戦技』。
攻撃すればするほど威力が倍加していく特大威力の戦技。
あまりにも特異なそれは、他の誰にもマネできない。
凄まじいその威力は、ジズを容易に吹っ飛ばす力がある。
しかし、クロの強烈な握力により、ジズの右肩を掴んで離さないため、吹き飛ぶ力がそこに集約された。
それにより、ジズの右肩が根元から引き千切れていく。
だがそれでも収まらない威力の奔流は、なおジズを吹っ飛ばすに足る。
「あぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ」
右腕を根元から千切られたジズは、錐もみ状になってブッ飛んでいく。
やがて何度も地面に打ち付けられたジズは、顔から地面に突っ伏していた。
「ゲフッ……ゴブッ……」
ジズの口から大量の吐血。
クロの攻撃が直撃したジズの腹は、内部はもうメチャクチャになっているだろう。
肋骨はおろか、胸骨やその臓腑に至るまで、壊滅的なダメージを受けている。
滝のような吐血をしながら、しかし、ジズが立ち上がる。
「ひ……酷いじゃないか、クロ。
ぼく達、トモダチでしょ?」
右腕も無くし、瀕死の重傷を負ったフラフラのジズがそう言った。
そんな言葉に対して、
「死んでないじゃないか、嘘つきめ」
クロは真顔でそう言った。




