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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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26 クロ・クロイツァーVSジズ・クロイツバスター


『最古の英雄』と『冒涜の死神』の闘いは、それがまるで当たり前であるかのように、何の合図も無く自然と始まった。

 荒野に吹く風のように。

 あるいは雨が大地に落ちていくように。

 彼らは再会した瞬間から、それが当然のことだというように闘っていた。


「――――ふッ!!」


 クロが大戦斧ギガントアクスを振り抜く。

 それをジズが片手で受け止める。

 攻撃の衝撃で大気が揺らぐ。

 ふたりを中心とした円形の見えない爆発が周囲に広がっていく。

 荒野の土はヒビ割れ、石と土が飛散していく。


「ゲハハッ」


 ジズは空いたもう片方の手を、クロの眼前にかざす。


「…………ッ」


 一瞬のタメの後、文字通りの大爆発が起こった。

 ジズの手の平から放たれた爆炎が、猛烈な勢いでクロを包んでいく。

 凄まじい熱気が周囲を焼き尽くす。


「魔法!?」


 後ろに下がっていたシャルラッハが、信じられないといった様子で驚いた。

 ジズはシャルラッハやアヴリル、そしてクロやヴェイルの同期だ。

 グレアロス騎士団に入団する際、同じ日に試験を受けた5人。

 シャルラッハがジズと過ごしたのは多めにみても数日ぐらいのものだ。


 ジズはグレアロス騎士団の先輩を再起不能にして牢獄に入れられるその前から、問題行動ばかり取っていて、退団させられるのは早い内から目に見えていた。

 遅刻欠席は当たり前。

 集合場所にはやって来ない。

 およそ常識が通じない異端児。

 罰として謹慎処分になるのは日々当たり前で、そもそもなぜグレアロス騎士団に入れたか疑問になるレベルの問題児だった。

 そのため、シャルラッハがジズと接する機会は極々少なかった。

 牢獄に面会に行っていたクロ以外は、ジズという人物のことを知ることはなかった。


「まさか……魔法使いだったとは……」


 アヴリルが言った。

 しかも今ジズが使った爆発の魔法はレベルが高い。

 高位爆発魔法『燃え盛る爆炎バーンバースト』。

 魔法の技術が高い帝国ガレアロスタの中央魔法学園でさえ、生徒教師問わずこのレベルの魔法を使える者は限られる。


「無詠唱どころか魔法の起点になる名すら呼ばぬとは……」


 エーデルが指を噛みながら冷や汗を流す。

 威力や効果範囲が弱体化してしまうが、魔法の発動も戦技と同じように詠唱を省くことが出来る。

 しかし、魔法は戦技と違って、この自然界で起こった現象を再現するため、発動の起点には必ずその魔法名を言葉で発しなくてはならない。どんな大魔法使いでもこの工程を省くことは出来ない。長い人類史の中で、これが出来たのは唯ひとり。悪名高い暴虐の王『悪辣』のみである。


「ゲハハハッ! その服、便利だよね!」


 炎に包まれたクロを見ながらジズが嗤う。

 同時に、クロが斧槍ハルバードで爆炎を薙ぎ払う。


「エルフの特注だからな」


 クロが火傷すらしていないのは不死の再生ではない。

 魔法発動の瞬間、黒衣の外套で全身を覆い、爆発を防いだのだ。

 クロの衣服は全てエルフ製の特別仕様だ。

 激しすぎるエルドアールヴの闘いのため、せめてという想いでエルフ達が総出で作り上げた一品である。


 糸のひとつひとつに何千人ものエルフがエーテルを練り上げて編み、非常に高純度の魔法精製技術で作り出された極上品だ。

 打撃や斬撃には何の防御力も無いが、その代わりにエーテルの属性攻撃に耐性が

ある。

 焼けず、溶けず、凍らないし感電しない。

 たとえ高位魔法であっても防ぐことが出来る。

 しかしそれでもやはり限界はあるが、この衣服は自動で修復するという特徴が備わっている。


 例えば剣で斬られ破られた時に、クロの能力である『再生』や『治癒』とほぼ同時に、この衣服も元に戻るようになっている。

 これは、形状記憶紡糸と呼ばれるもので、高密度のエーテルで編まれた糸の作用だ。どんなに破れてもほつれても、あるいは燃えてしまっても元に戻る。

 その際には糸に纏わせたエーテルを消費するが、エルフであるエーデルが糸に魔力を継ぎ足すことで回復することが出来る。

 クロが身に纏う衣服は、魔法を得意とするエルフの、最高技術の粋なのである。


「ふ……ッ!!」


 そのありがたさを噛みしめながら、クロはジズに迫る。


「おっと」


 鋭い速度で斧槍を突くが、それを見切ったジズはその素足で斧槍を踏みつけた。

 ジズが踏ん張った地面に亀裂が入り、大地が悲鳴を上げる。

 クロはパッと斧槍から手を放し、片方の大戦斧を両手で持って、ジズの胴体目がけて真横からフルスイングで攻撃する。

 それを素手で受け止めようと、邪悪な笑みを浮かべるジズが構えた。

 瞬間、


「!?」


 大戦斧の軌道が跳ねた。

 水平に行われていた攻撃が、直前で突如跳ね上がったのだ。

 狙いは首。

 この速度で攻撃の軌道を変えられたら、どんな実力者でも防ぎようがない神業。

 まさしく一撃必殺。

 恐るべき斧技の極技を見せつけるが、


「――――ッ」


 その回避不能の首狩りヴォーパルを、ジズはなんと歯で噛み受けるという離れ業で凌いでみせた。

 クロは噛まれた大戦斧から手を放し、間髪を入れず鎖で手繰り寄せた斧槍で以て、ジズを再び薙ぎ払おうと攻撃を仕掛ける。

 しかしジズは大戦斧を口から離し、ぐにゃりとした軟体の動きで異常な背面跳びをしてそれをまた躱す。


 宙に跳んだその隙をクロは逃さない。

 重力で落ちてくるジズに斧槍での攻撃を放った。

 しかしそれもまた、ジズは難なく素手で受け止める。

 今度は宙にいるため踏ん張りが効かなかったのか、斧槍の威力にジズが遠くへ高く吹っ飛んでいく。

 息つく暇も与えず、クロは地面を蹴ってそれを追う。

 対してジズは、空中でぐるりと反転し待ち構える。


「ゲハハッ」


 軽い嗤いを上げて、ジズが片手を開く。

 その5本の指にはそれぞれ、凄まじいエーテルが練られていた。


「…………」


 構わずクロは接近していく。

 斧槍の柄についている鎖を勢いよく引いて、手放していた大戦斧を再び握りしめ、ふたつの武器を構えた。

 ふたりの距離が狭まった瞬間、ジズの攻撃が放たれた。


 火属性の『爆撃の業火エクスプロージョン』、

 水属性の『包み込む泡の渦バブルスワール』、

 風属性の『轟風の鎌鼬サイスゲイル』、

 雷属性の『紫電の落光サンダーボルト』、

 闇属性の『纏わり付く影クリングシャドウ』。


 それぞれの指からの、5属性の一斉魔法発動。

 絶句するほどの高難度、異常難度の魔法行使。


「……はぁ?」


 遠くでそれを見ていたエーデルがそんな声を出した。

 信じられない。

 意味が分からない。

 エルフの王にして大魔法使い、人境レリティアでも指折りの魔法使いであるエーデルヴァインでさえ、ジズの攻撃がデタラメに怖ろしいといった感想しか出てこない。

 魔法研究者が見たら発狂するであろう、複雑怪奇な処理をしなければ成し得ない、5つの魔法の同時発動。

 その全てが高位魔法。

 更には無詠唱どころか魔法名すら発さない発動。


 エーデルの頭の中にハテナの滝が出来上がる。

 アレは本当に人間なのか?

 生まれる世界を間違えたのではないか。

 あんなもの、誰がどうやってもマネし得ない暴挙だ。

 もしあんな5属性の同時発動なんてしたら、エーテルの処理能力が追いつかなくなり頭が焼き切れてしまい、更には精神が死ぬ。

 見ているだけで吐き気がするほどに、ジズの魔法行使は異常そのものだった。

 卒倒しそうになったエーデルは自衛のため、それについて考えることをすぐに止めた。


「ハアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 クロが裂帛の気合いで猛る。

 斧槍を振りかぶりからの激烈な一撃。

 その剛力から放たれる異常極まりない攻撃力が、魔法の勢いを完全に上回った。

 5つの魔法が音を立てて崩れ去る。


「やるねぇ」


 ジズが邪悪にほくそ笑む。

 襲い来る5つの魔法、それをたったひと薙ぎで消し飛ばしたクロもまたデタラメだった。


『最古の英雄』と『冒涜の死神』。

 まさしくこれは、おとぎ話の闘いだ。

 その勢いは更に激しさを増していく。


「おおおおおお…………ッ」


 空中にいるジズに肉薄するクロ。

 魔法を消した時と同じように、斧槍を振りかぶる。

 大きく気合いを溜める。

 対してジズは再び指先に魔法を練るが、


「あっ、間に合わない」


「ハァアアアアアアアアアッ!!」


「わわっ」


 クロの斜め振り下ろしの攻撃がジズに直撃する。

 たまらず防御姿勢に入ったジズだったが、斧槍の勢いに負けて空から地上へと真っ逆さまに叩き落とされた。

 轟音と共に、荒野の大地が大震動を起こす。

 土煙が巻き上がり、ジズが落ちた周囲の地層が盛り上がってクレーターが作られた。


「…………」


 シャルラッハはその闘いの模様をじっと黙って見ていた。

 これはもはや人の闘いの域を超えている。

 クロは当然ながら、ジズもまた英雄クラスの力量だ。

 これが超人の闘い。

 これが人類最高クラスの闘い。

 これが、『英雄』の闘い。


「…………ッ」


 自分の力量ではまだまだそこまでに至らない。

 それを自覚して、シャルラッハは自らの体を抱きしめる腕に力が入る。

 唇を噛みしめる。

 あまりに遠い。

 英雄候補だ何だと騒がれてはいるが、まだまだ全然届かない。


 それは未だ高みの先。

 まるで星を掴むような話だ。

 悔しくて悔しくて堪らない。

 自分の無力さが恨めしい。

 まだそこに至っていない自分自身が情けない。


「……ああ、そっか。そうでしたのね……」


 誰にも聞こえない声で、心の声が漏れる。

 気づいてしまった。


「あなたはずっと、こんな気持ちでいたのね」


 悔しくて涙が出そうなほどの、この想い。

 痛感するほどに、自分の無力を嘆くこの気持ち。

 それは過去のクロ・クロイツァーが味わっていたものと同じもの。

 周囲から嗤われ嘲られ、それでも必死に努力し続けていた彼の過去。


 理解していたつもりだった。

 でも違った。

 自分が同じ気持ちになることで、ようやく本当の意味で気づけた。

 彼はこんなにも、血涙が出そうになるほど悔しかったのだ。


「…………」


 シャルラッハは空の上にいるクロ・クロイツァーを見続ける。

 ギュッと体を抱きしめて。

 感情の爆発を堪えるように。

 ただひたすらに、彼の姿を見続けた。

 そんなシャルラッハの視線には気づかないまま、クロは更に攻撃を続けようとしていた。


「ハアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 空の上から大きく大戦斧を振りかぶり。

 余りあるほどのエーテルを注ぎ込み。

 とんでもない豪速で、地上に落ちたジズへと力の限りに投げつけた。

 斧槍と繋がった柄の鎖は、同じ速度でその長さを伸ばしていき、投擲の速度は止まらない。


 未だ土煙がくすぶる中に、大砲か攻城兵器バリスタのような勢いで、大戦斧が激突する。

 大砲を何千発も一気に着弾したかのような凄まじい威力。

 爆撃のようなそれは、広大な荒野全体はおろかナルトーガ周辺に地震を引き起こす。爆風をも発生させ、先の攻撃での土煙は一瞬にしてかき消えた。


「ふー……」


 そうしてジズの姿が見えてくる。

 激震の攻撃はしかし、ジズには何のダメージも無かった。

 ゆらりゆらりとクロがいる方向へ歩くジズ。


「…………」


 クロはそれを眺めながら、無言で鎖を引いて大戦斧を引き戻す。

 重力に引かれて空から地面へ落下していく。

 足の屈伸だけで落下の衝撃を消滅させたクロは、静かに地面へ着地する。

 すぐ近くの背後には、エリクシアやシャルラッハ達がいた。


「こうやって闘うのは本当に久しぶりだね。さぁ、次は何をしようかな」


 ゆらりゆらりと歩いて来るジズは、まるで子供が次の遊びを考えている風だ。

 まったく本気を出していないのは明らかだった。

 そして、それはクロもまた同じ。


「…………」


 じっとジズを睨むクロは、息切れひとつしていない。


「……ジズ・クロイツバスターは、あいつは一体……何なのですの?」


 シャルラッハが思わず口に出した。


「…………」


 答えに躊躇いながら、

 背後の仲間からの視線を感じながら、クロは言った。


「本当は……」


 少しだけ言い淀んで、しかし続けた。


「……本当は危ないから、ジズのことは言わないつもりだったんだけど、こうなったらもう仕方ないか」


 諦めたような口調でクロが言った。


「特にエリクシアはよく聞いておいて欲しい」


 エリクシアが少し身構えたのを背に感じた。

 後ろは見ずに、みんなの気配だけを感じながら話す。


「今、このレリティアにある災い。

 その全ての元凶は、アイツだ」


 それは遙か昔々のこと。

 グリモアが召喚され、そしてその後。




「二千年前、『初代悪魔』……王国アトラリアの女王アルムリンデの持つグリモアのページを破り、グリモア詩編として十二の災いをこの世に放ったのは――」




 レリティアに撒かれた災厄。

 これのせいで一体どれほどの犠牲が出たのか、もはや分からない。

 グリモア詩編。

 そのひとつひとつが人類を絶滅させるに足る大いなる災い。

 その恐るべき脅威。

 それが無ければ魔物なんて存在しなかった。

 それが無ければこれほどまでにレリティアの人々が苦しむことはなかった。


 それは、どこかの時代で誰かがグリモアを破り、詩編として世に放ったのだと前にエリクシアは言った。

 この世を絶望のどん底に陥れた大罪人。

 その人物こそが、これまで二千年もの間、ずっとエルドアールヴと闘いを繰り広げてきた『冒涜の死神』――




「――ジズだ」




 彼こそがエルドアールヴの宿敵。

不死者アンデッド』と対を成す『虚死者ロストデッド』。

 真の敵。

 彼こそが、クロ・クロイツァーの大敵である『大悪たいあく』。

 魔物よりも、何よりも。

 最も危険で、最も倒さなければならない敵。

 ジズ・クロツバスターである。





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