表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/153

25 切っても切れない運命の黒い糸



 ナルトーガの街より馬車で約3時間。

 馬車の轍が続く一本道を進んでいくと、土色一色の荒野が広がっている。

 ここは元々肥沃な土地だったが、大昔の農作が失敗してしまい大地が枯れてしまったという苦い歴史がある場所だ。

 今はただの道として使われている荒野。


 その道の途中で、一台の馬車が横たわっている。

 昨日盗賊に襲われたキャラバンの馬車だ。


「…………」


 クロはその馬車を念入りに調べていた。

 この馬車の下に盗賊の死体があったそうだ。

 今はその死体は回収されている。

 死体を放っておくと鳥などの様々な動物が寄って来る。それに釣られて魔物も寄ってきてしまうため、ナルトーガの自警団が即座に動いたのだろう。


「どうじゃ? エルドアールヴ」


 馬車には近づかないようにしているエーデルが言った。

 エリクシアやシャルラッハとアヴリル、そしてここに案内してくれたテッタとアンナもまた、この馬車からは離れている。


 これはクロの指示だった。

 何しろこの馬車は不吉だ。

 何があるか分からない。

 毒沼がそこにあったとして、喜んでその中に入ることは無い。これはそういう類いのものだった。


「思ったとおりだ」


 馬車から目を離さずに、クロがそう答えた。


「……やはりか?」


「間違いない。この邪念を俺が間違えるはずがない」


 クロとエーデルの会話。

 それに引っかかったのはシャルラッハだ。


「……死神? いま、死神って言ったの?」


「うむ」


 エーデルが頷く。

 それに対してアヴリルが困惑した。


「死神って……えっ? まさかあの死神ですか? おとぎ話の?」


「そうじゃと言っておる」


「…………」


 口をポカンと開くアヴリル。

 言葉が出ないようだ。


「死神……って、何ですか?」


 エリクシアが聞いた。

 無理もない。

 彼女はドワーフの里で育ち、その後は極力人と関わらない生活をしていた。


「……『冒涜の死神』。

 わたくし達みたいな戦士の間にのみ伝わる、大昔からの忌まわしい伝説があるの」


 シャルラッハがエリクシアに説明する。

 人と人との争いや、魔物と人の戦闘中に、突如として現れる災いの化身。

 戦場にいる者をみなごろしにする化物。

 理不尽なまでの暴力で、冒涜的に命を蹂躙していく怪物。

 誰もその姿を見たことが無い。

 なぜなら生存者は皆無だからだ。

 しかし、確かにいる。

 あり得ない力で殺された戦士達の遺体や、その戦場の壊れ具合。

 事実を集めていくと、そういう存在がいないと理屈に合わない証拠が多数あった。

 理解できない存在。

 姿の無い殺戮者。

 戦士達の間で噂され、忌まわしき伝説とまで言われたその化物。


 曰く、戦場の命を根こそぎ奪い取る怪物。

 曰く、それに出逢ったら命は無い。

 曰く、死の象徴。

 曰く、絶望の権化。

 あるいは聖国の聖者曰く、悪魔の使い。


「そんな伝説が……」


 エリクシアが自分の体を抱きしめる。

 怖気が走ったのだろう、それを抑えようとギュッと腕で自分を包み込んだ。


「……でもそんな、アレはおとぎ話ですよね?」


「む? いやいや、そなたらの前にもいるではないか」


 疑い深いアヴリルに、エーデルが言う。


「死神と同じく、おとぎ話の中に登場するエルドアールヴが」


 全員がクロを見る。

 当の本人は地面の痕跡を調べている。


「あっ……そ、そうでした……」


 そう、彼女らの目の前にいる人物こそ、二千年前より戦い続けていた古の戦士。

『最古の英雄』だ。


「エルドアールヴ伝説、そしてそれと対になる冒涜の死神伝説。光と闇、表と裏。つまり本当に、のですわね? 死神が……噂ではなく、本当に」


「うむ。さすがにわらわは見たことが無いがな」


「……まったく、どうなっているのかしら、このレリティアは……」


 愚痴るシャルラッハ。


「…………」


 後ろの方で、テッタとアンナが唖然としていた。

 あまりにも自分達の世界と違いすぎる話だった。

 彼女らはナルトーガの街を守る自警団だ。

 そして、打倒デルトリア伯を掲げていたガラハドの依頼を受けて動く情報提供者だった。

 魔物や犯罪者と闘う力はあるが、それはしかし一般人の域は超えられない。

 そんなテッタとアンナからすれば、エルドアールヴや冒涜の死神の話なんてものは住んでいる世界が違う、雲の上の話だった。


「…………ッ」


 そんな中、馬車近くの地面を調べていたクロが立ち上がる。

 背にクロスさせていた大戦斧ギガントアクス斧槍ハルバードを手に持って、構えた。


「どうした?」


 何事かとエーデルが聞く。


「失敗したな……俺ひとりで来るんだった。まさか本人がここに戻っているとは思わなかった」


「へ?」


「そういえば、昔から予想や予測なんてお前には関係なかったな。お前は、いつもその斜め上をいく」


 クロが言う。

 その声色は力強く。

 凄まじい怒気を帯びている。


「ゲハハハハハハハッ!!」


 すると、クロの声に反応するかのように、そんな不快な嗤い声が聞こえた。


「……この、声は……ッ」


 シャルラッハが周囲を見渡す。

 しかし、自分達以外には誰もいない。

 あるのは荒野が広がっているだけだ。


「ああ、ああ。おはよう!」


 ボゴンッ、と地面の土が盛り上がる。

 倒れている馬車から少し離れた場所だ。

 そこから手が、足が、白い髪の頭がもそもそと出て来た。


「……やけに地面からお前のエーテルを感じると思ったんだ」


「いやぁ、ちょっと道に迷っちゃってね。しょうがないから目印があるここで寝てたんだよ」


 土から出てきた枯れ木のような少年。

 一見しただけで異様な容姿だった。

 顔や頭、そして全身が土にまみれているが、それを叩き落とす仕草すらしない。


「……ジズ」


「ひさしぶりだね、クロ。元気だった?」


 クロは武器を構え、憤怒の色で睨む。

 ジズは両手を大きく広げ、嬉しそうにクロを見つめる。

 両者正反対の反応だった。




 ◇ ◇ ◇




 同時刻。

 グレアロス砦から南方に進んだ森の中。

 その深い森は、この辺りの住人からは不吉の森と怖れられている場所だった。


「ヒィ……ヒィ……」


 疲れ切った呼吸でフラフラになっているのはフランク・ヴェイルだ。

 クロと砦で別れの挨拶をした後、彼はすぐにここにされた。


「死ぬ……マジで死ぬ……」


「うるせェな! さっさと歩け!」


 前を歩くのは英雄ベルドレッド・グレアロス。

 ヴェイルをここへ連れて来た張本人である。


「なんで……こんなところに……俺が来なきゃいけねェんだよ……」


「特訓だ特訓。ぐだぐだ言うんじゃねェよ。見ろ、着いたぜ」


 森が開けた。

 そこには廃墟の遺跡があった。

 ボロボロに朽ち果てた建物の残骸。

 石畳の道があったのか、ところどころにその痕跡が残っている。

 森に飲まれようとしていた古い遺跡。

 それが、ベルドレッドの目的地だった。


「ここは……おいおいおい……デルトリア辺境生まれじゃねェ俺でも知ってるぞ」


「ほぅ。やはりここは有名か」


「当たり前だろうが! ここは……『悪辣』の城跡じゃねェか!!」


 悪辣。

 その言葉が意味するのはたったひとりの人間だ。

 昔々、五百年ほど前に現れた王。

 魔法を極め、魔導の王として怖れられ、悪逆の限りを尽くした暴君である。

 親から継いだ国を、自らがその手で滅ぼした狂王だ。

 おぞましさの極致。

 人を人とも思わない残虐な所業。

 そのあまりの極悪非道ぶりに、後の世では『悪辣』と呼ばれることになった。


 やがて悪辣は、英雄エルドアールヴに討たれることになる。

 しかし悪辣の恐怖は後の人々の記憶の中に残り続け、その後、非道な悪人は『悪辣の再来』と呼ばれるようになった。

 デルトリア伯もまた、才能殺しの件から、影で『悪辣の再来』と呼ばれていた。


「くそぅ……まだ昼だってのに、薄気味悪ィな……」


「くくく、怖ェのか?」


「うるせェなクソジジイッ! なんだってこんな所に来たんだよ、クソッ!」


 フラフラのヴェイルには気にもとめず、ベルドレッドが奥へ奥へと歩いていく。

 仕方なくヴェイルも後に続く。


「この辺りで冒険者が何人も殺されたって話があってな。それだけならまだ魔物に殺されたかもしれねェって思ったんだが、ちと妙でな……」


「妙?」


「話によると、殺された冒険者のひとりは中々強ェやつで、上級ぐれェならひとりで倒しちまう実力者だったんだと」


 上級を倒せる実力となると、グレアロス騎士団で言うと隊長格だ。

 突撃隊長や防衛隊長など、看守長のガラハドもこの中に含まれる。

 彼らを殺せるような魔物なら、準特級か、あるいは特級ぐらいしかいない。


「つまり、そんな怪物みたいな魔物がここにいるって……?」


「そうなるだろうな。ここらの魔物は大抵は中級か上級なんだが、何しろこの前のこともある」


 ベルドレッドが言っているのはグレアロス砦防衛戦のことだ。

 特級の魔物だったウートベルガ、そしてヴォゼが現れたこと。

 水竜は特別として、特級の魔物がグレアロス砦近くに現れたのは、1200年前の『朱眼のグリフォン』グリュンレイグ以来だった。

 つまり、それぐらい滅多に無いことだ。

 異常事態の連続。

 災いの芽は早めに摘んでおいた方がいい。

 ベルドレッドが警戒して、自らがここに来たのはそういう理由からだった。


「……外れだ。いや、当たりか」


 ベルドレッドが言った。

 悪辣の城、その廃墟。

 おそらくは玉座があっただろう場所に、揺らめく影があった。


「な……なんだありゃ、魔物か?」


 ヴェイルがベルドレッドの後ろに隠れた。

 全身に怖気が走るような危険な雰囲気があった。


「魔物じゃねェ。予想は外れたな。だが、冒険者を殺したってやつは、アレだ」


「魔物じゃない?」


「ありゃ思念体だ」


「思念体?」


「うるせェな、いちいち聞くんじゃねェよ面倒くせェ!」


「ええ……」


 ヴェイルが苦虫を噛みつぶしたような顔をした。


「なら俺を連れてくるんじゃねェよ……クソジジイ」


「チッ」


 ヴェイルの文句に、ベルドレッドが舌打ちする。


「思念体ってのは、思いがそのまま形になったもんだ」


「思い?」


「……恨みや妬み、怒りや悲しみ。そういう負の感情は、エーテルとして場所にとどまることがある。邪念って言うんだが、それが形を持つことが極稀にある」


 面倒そうに説明するベルドレッド。


「普通なら大したことは出来ねェ。ちょっと声を出すとか、物を少し動かすとか、姿をチラッと見せたりすることしか出来ねェんだ」


幽霊ゴーストみたいなもんか?」


「おう、そういうことだ!」


「……普通なら、って言ったか?」


「ああ、アレは違う。アレはヤベェぞ」


 意外と説明に興が乗ったのか、ベルドレッドはニヤリと口を歪める。


「ヤバい邪念は人を呪う。思念体もまた同じ。魔物でもよくあるが、人も人を呪うことがある。その中でもアレは別格だ」


 背中に担いでいた大剣の鞘に、ベルドレッドが手に当てる。


「お前下がってろ。間違っても前に出るなよ、マジで死ぬぞ」


「頼まれても出ねェよ……」


「ありゃ特級の魔物と変わりねェ。ビリビリ感じるぜ。思念体でこの強さ、バケモンだな。さすが『悪辣』ってわけだ」


 ベルドレッドの言葉に、ヴェイルが反応する。


「えっ、アレが『悪辣』なのか!?」


「500年も経った今になって、何でコイツの思念体が出てきたか知らねェが、ありゃ『悪辣』本人だ。勘だがな」


「勘かよ!?」


 ヴェイルが後ろに下がりながら続けて言う。


「……勝てるのか?」


 ヴェイルが心底不安そうに言った。

 ベルドレッドが雄々しく答える。


「テメェ、俺を誰だと思ってやがる」


 闘えるのが嬉しいのか、口端を歪めて笑う。

 強い相手を求めていたのか、彼は豪快に笑う。


「オレァ、英雄だぜ?」




 ◇ ◇ ◇




 同時刻。

 クロはジズと相対していた。


「あれあれ~? ねぇねぇ、クロ。どうしてだい?」


 ジズがクロとは別の方向を見ながら言った。


「……何がだ」


「どうして、また仲間が増えているんだい?」


「…………」


 クロは答えない。

 ジズはゆっくりとした動作で、その方向に歩いていく。

 ゆらりゆらりと上半身を揺らしながら、不気味な歩き方だ。


「あっ、いたいた。グリモアの気配がするね。君がそうか」


 途中で立ち止まる。

 痩せた手を叩いて、エリクシアを見た。


「ひッ……」


 そのギョロっとした真っ赤な魚眼に射すくめられたエリクシアは、恐怖と悪寒に震えた。


「君が、噂の悪魔かァ……」


 ニタリ、と。

 ジズが嗤った。


「――ジズ」


 クロがジズに向かって言う。


「それ以上、そのコ達に近づくな」


「…………」


 睨む。

 その真っ直ぐな瞳で。


「近づいたら、どうするんだい?」


「お前を殺す」


 ジズの質問に即答した。


「ゲハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 ジズはその返答に対して、下卑た嗤い声を出した。


「そりゃ怖いや。殺されたくないから、残念ながら下がるよ」


 そう言って、ジズは一歩、二歩と下がった。

 そこに、


「――――ッ!!」


 クロの大戦斧の攻撃が放たれる。

 一瞬でジズに近づいてからの、大戦斧の強撃だ。

 遠慮容赦ない一撃。

 当たったら即死は免れないであろうそれを、


「おっと」


 ジズは片手で、余裕の表情で受け止めていた。




 ◇ ◇ ◇




 クロのその一撃は、ふたりの間の空気を爆散するほどの威力で、周囲に凄まじい衝撃波を起こしていた。

 その衝撃と風圧はエリクシア達の元まで届いており、彼女らを吹き飛ばしていた。

 しかし、飛ばされながら見事に反応したのはシャルラッハとアヴリルだ。

 シャルラッハがエリクシアとエーデルを抱え、アヴリルがテッタとアンナを抱えて、衝撃を逃しながら背後に跳んだ。


「……クロイツァー殿は、相当に余裕がないように見えますが……」


 ふたりを地面に下ろしながら、アヴリルが言った。


「まぁ、わたくし達がこう動くことを計算に入れてたとは思うけれど……それでも随分と乱暴な方法を取ったわね」


 ジズへの攻撃は、エリクシア達との距離を空けるための一撃だったのだろう。

 とんでもなく強引なやり方だ。

 クロにしては珍しい。

 それを即座に理解して適切な対応をしたシャルラッハとアヴリルもまた優秀だ。

 シャルラッハもエリクシアをゆっくり地面へ下ろし、もう一方のエーデルを放り投げた。


「いだ……ッ! く、キサマ!」


 どしゃっと地べたに転がされたエーデル。


「あら、ごめんあそばせ」


「ぐぬぬぬッ! もっとわらわを労らんか!」


「さて……距離は離れたけれど、どうする気なのかしら」


 エーデルの文句を無視して、クロの方を見るシャルラッハだった。




 ◇ ◇ ◇




「…………」


 背後の様子を把握しながら、クロはジズを真正面から見据えていた。

 クロの一撃を片手で受け止めたまま、ジズが話しかけてくる。


「あれあれぇ? ちゃんと離れたのに攻撃してくるなんて酷いじゃないか。ぼく、聞き間違ったかな?」


「離れようが離れまいが関係無い。お前は殺す。を考えたら、言うまでも無いだろ?」


 辛辣なクロの言葉を聞いて、ジズがまた「ゲハハ」と嗤う。


「酷いなぁ、クロ」


「酷いのはお前だ、ジズ」


 クロとジズ。

『最古の英雄』と『冒涜の死神』。

 神話やおとぎ話で伝わるそれぞれの伝説。

 光と闇。


 切っても切れない運命の糸。

 互いがそれを手繰り寄せるかのように、

 ふたりの闘いが始まろうとしていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ