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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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21 極大の異端『第六悪魔』エリクシア




 山麓の森は真っ暗で、木々の葉が空の星を遮っている。

 唯一の灯りである焚き火の焔がゆらゆらと揺れる。


 異常な存在感を放っている悪魔の写本ギガス・グリモアは、いつもと変わらずエリクシアの背後に浮いていた。

 先の話で出た、グリモアのルールを無視しているというエリクシア。

 異端極まる悪魔の中でも格別に異端な存在。

『第六悪魔』エリクシア。


 彼女の不安や戸惑いは、今以て最大級のものとなっていた。

 自分が何者なのか分からない。

 あり得ない存在なのに、どうして自分がそうなのか分からない。

 極限の不安は、指で組んでいる彼女の両手を無意識に震わせていた。


「ひとつだけ、君の正体……血筋について分かっていることが……ある」


 自分は一体何者なのか。

 エリクシアのその疑問に、その不安に、クロが言った。


「わたしの……血筋ですか?」


 エリクシアが顔を上げる。


「教えてください! わたし、ちょっとでも自分の情報が……ほしいです」


 真っ直ぐな眼で言った。

 同じように、シャルラッハとアヴリル、そしてエーデルの視線もクロに集まった。


「……ただこれは、伝えるべきことじゃないって思ってた。伝えても意味は無いし、それでも、悪魔に関わる話になってくる。もしかしたらその不安がもっと大きくなるかもしれない」


 言いづらそうにするクロ。

 むしろ、言いたくないという意思がありありと出ていた。

 言いたくないけど、エリクシアのために言わなければならない。そんな雰囲気だった。

 それを見て、何かを察したシャルラッハが立ち上がった。


「わたくし達は魔物の索敵も兼ねてしばらく席を外しますわ。アヴリル、行きましょう」


「そうですね、分かりました」


「あなたは、知ってるんでしょう?」


 シャルラッハがエーデルに言った。


「うむ」


「なら、わたくしとアヴリルが外せばいいですわね。わたくし達が居たら言いにくい話もあるでしょう。悪魔に関わる話なら尚のこと」


 うんうん、とアヴリルが頷いて立ち上がる。


「シャルちゃん……アヴリルさん……」


 エリクシアが不安そうな顔でシャルラッハ達を見る。


「わたくし達が聞く必要の無い話は聞かなくていい。わたくしは、あなたが何者であろうと友人であることは変わりませんわ。だから安心しなさいな」


 これはシャルラッハなりの優しさだ。

 何が出てくるか分からないエルドアールヴの話だ。

 この世界の真実が残酷なものである以上、エルドアールヴの話は大抵の場合、悪い話が多い。

 もしかしたらシャルラッハ達に聞かれたくないと、エリクシアが思うかもしれない。そういう機微をクロの様子から感じ取り、席を外すという選択をしたのだ。

 しかし、


「ま、待ってください!」


 エリクシアがシャルラッハとアヴリルの手を掴んだ。

 その手はいまだ震えており、不安が大きいことを図らずも伝えていた。


「わ、わたし……シャルちゃん達と一緒に聞きたいです。自分が何者なのか分からない。でも……どんなことでも、みなさんが一緒に居てくれれば乗り越えられると思うんです」


 エリクシアが言った。

 シャルラッハが嬉しそうに「くすっ」と笑った。


「わたくし達も話を聞きますわ」


「はい」


 言って、シャルラッハとアヴリルが元の位置に座る。


「俺も……余計な気遣いだったようだ。エリクシアがそこまで強くなっているとは、正直思っていなかったから」


 言いづらそうにしていたのは、シャルラッハならその意図を察してくれると思っていたからだ。

 この話は他の者には聞かれたくないはずだと、エリクシアのことを思ってやったことだが、余計だった。

 不安に押し潰されそうな時に、一緒に居てくれる仲間がいるのは本当に心強い。


「いい仲間を持ったね、エリクシア」


 クロはそう言った。

 その言葉は特に何かを思ったものじゃなく、自然と出た言葉だった。


「え?」


 と、エリクシアが思わず言った。

 シャルラッハが続く。


「……まるで、自分はその中に入っていないみたいな言い方をしますわね?」


「そうですよ! クロが居るから、わたしはここにいるんですから。他の誰でもない、クロが話してくれるから、わたしは聞いていられるんですから」


「…………」


 言われて、クロは気づいた。

 いつの間にか、ことに。


 誤魔化すように、クロは笑って頷いた。

 なぜそうしたのか、自分でも分からなかった。


「話は全員で聞く、ということでいいかな?」


 話題を戻すように、改めてみんなに聞く。

 表情も雰囲気もわざと真剣なものに変えて。


「はい。お願いします」


 そうしたクロの意図に気づくことなく、エリクシア達は座って話を聞く体勢を取った。

 シャルラッハだけは少し訝しんでいたが、気にせず話を続けた。


「俺が二千年前に飛ばされたのは王国『アトラリア』の王都だった」


 そこでエーデルの先祖、ラグルナッシュと出会った。

 凪の夜だった。

 つまり、クロは初代悪魔がグリモアを喚び出したその瞬間に、飛ばされたのだ。

 おそらくグリモア詩編の力が届くギリギリの範囲。

 それが、グリモア召喚の瞬間だったのだろう。


「初代悪魔はアトラリアの女王だった」


 クロが粛々と言葉にしていく。

 エリクシア達は、初代悪魔がアトラリアの女王だったという事実に驚くヒマもなく、クロの言葉に耳を傾ける。


「彼女がグリモアを召喚した。どうやったのか、なぜそんなことが出来たのか、俺には分からない。ただ、どうしてグリモアを召喚したのかだけは分かった」


「……どうして、ですか?」


 エリクシアが聞いた。

 この世界に災いをもたらす一冊の本。

 異常極まりない、異次元の力を持つ本。

悪魔の写本ギガス・グリモア』をこの世に召喚した理由。


「当時の王国『アトラリア』は敵がいたんだ。『レリティア連盟』っていう巨大な敵が」


「レリティア!?」


 エリクシアとアヴリルが驚いてその名を呼ぶ。

 今自分達が住んでいる世界の名前だ。

 人境『レリティア』。

 魔境『アトラリア』と対を成すように呼ばれるものである。


「当時、レリティアという王国があったんだ。その国が盟主となって、他の国々と盟約を結んで出来たのが、『レリティア連盟』だった」


 それを聞いて、シャルラッハが言った。


「盟約の内容は、打倒・王国アトラリアってことかしら?」


「そのとおり」


「今と、そう変わってませんわね。レリティアとアトラリアの構図は」


 クロが頷いた。

 王国アトラリアとレリティア連盟。

 そして現在の魔境アトラリアと人境レリティア。

 二千年前も今も変わらず、戦い続けている。


「レリティア連盟は強くて、王国アトラリアじゃ到底太刀打ちなんか出来なかった。何しろ世界のほとんどの国がそこに加入していたから」


「世界中を相手にしていたってことですのね。当時の国力差は知りませんが、劣勢は必定でしょうね」


「な、なるほど……」


 難しい話で、エリクシアとアヴリルはついてこれていない。


「ちなみにそのレリティア王国はもう無くなっている。ちょうど魔境アトラリアの『境域』にあるロストレイクって地域がその名残だ」


 魔境アトラリアの『境域』は、グレアロス砦の東にあるアトラリア山脈を越えた先にある。

 次の『深域』に繋がる最後の難所こそがロストレイクであり、とてつもない広さの大平原地帯だ。


「このままでは王国アトラリアは滅ぼされる。そう考えた女王が最後に頼って召喚したのが、グリモアだ」


「……そんな理由が……」


 結局は、人と人の争いだった。

 それが極限まで振り切れて、手を出してしまったのが悪魔の写本。

 そのグリモアから破られたページが詩編であり、その詩編から生まれたのが魔物だった。


「そして、エリクシア・ローゼンハート。

 ここからが、君の正体についてだ」


「…………っ」


 クロがエリクシアのフルネームを呼ぶ違和感。

 それに緊張した面持ちでエリクシアがゆっくり頷く。




「――『初代悪魔』アトラリア女王の名前は、

 アルムリンデ・ローゼンハート・アトラリア」




 その名を聞いた瞬間、エリクシアもアヴリルもシャルラッハですら固まった。

 エーデルだけは最初から知っていたため、ただ静かに聞いている。


「ローゼンハート?」


 シャルラッハがエリクシアを見ながら言った。

 二千年前の王国アトラリアの女王とまったく同じ姓だ。


「ローゼンハートは、王国アトラリアの王族が名乗る姓なんだ。それも、王位継承権を持つ直系のね」


「……………………え?」


 長い沈黙の中で、エリクシアは混乱していた。


「なるほど……あなたが言い渋っていた意味が分かりましたわ。それは言えないですわね。何しろアトラリアの王族ということなら、それはつまり、レリティアの敵ってことですもの。昔も……今も」


 アトラリアの王族。

 そして、それと戦っていたレリティア連盟。

 現在のレリティアの人々は、そのレリティア連盟に加盟していた者たちの子孫だ。


「今話したことが世間にバレたら『魔物の王』だなんて呼ばれて、『悪魔』以上の迫害に遭うでしょうね」


「そういうことじゃな。人はアトラリアという言葉そのものに恐怖する。どうしても魔物を連想してしまうからの。そして、恐怖したものを廃絶しようとする。人は……どうしようもなく愚かな生き物じゃから」


 シャルラッハとエーデルが、クロの懸念を言葉にする。

 クロが言いづらかったのはまさにそれが原因だった。


「……あっ……え……」


 エリクシアは言葉にならない。

 動揺する彼女に、


「大丈夫」


 後ろから優しく抱きしめるシャルラッハ。


「わたくし達がついていますわ」


 ぎゅっと。

 優しく、そして力強く。


「…………シャルちゃん……」


 エリクシアはしばらくそれに包まれて、力強く頷いた。


「ありがとうございます……ッ」


 クロはそれを見て、頬を緩ませた。

 よかった、と。

 シャルラッハやアヴリルが仲間になってくれて、本当によかったと心から思った。


「つまりわたしの正体は……」


「アトラリア王族の子孫だと思う。二千年前、人境レリティアには多くのアトラリア人が移住したから、その時に直系の王族もいたはずだ」


 昔々の話である。

 一夜にして滅んだ王国アトラリアの住人達は、英雄エルドアールヴにより助けられ、人境レリティアに逃がしてもらった。

 おとぎ話に出て来るエルドアールヴ伝説の始まりである。


「エリクシア殿、ひとつ聞いてもいいでしょうか」


 話を聞きながら難しい顔をしていたアヴリルが言った。


「はい。なんでしょうか?」


「エリクシア殿は看守長の奥さんに拾われて養女になったんですよね? それ以前の記憶もないと聞いてます。どうして、ベネトレイトの姓を継がなかったんですか? 何か理由が?」


 普通、養子となればその家族に入り、姓も継ぐことになる。

 しかしエリクシアはローゼンハートを名乗っている。

 アヴリルの疑問も最もだった。


「それ、わたしも気になってノエラに聞いてみたんです。わたしの名前は、わたしが物心つく前に、エリクシア・ローゼンハートだと教わったので」


 エリクシアを拾い育てた、ガラハドの妻のノエラ・ベネトレイト。

 彼女がエリクシアの始まりだった。

 母と呼んでも差し支えない大切な人だった。


「でもノエラは何も教えてくれませんでした。わたしも、ノエラにはそれ以上聞けませんでした。

 だから今回の砦での戦いの後、ガラハドさんのお見舞いに行った時に、思い切って聞いてみたんです」


 皆が頷いた。

 クロもその話は知らない。

 クロがエルドアールヴとしてエリクシアを見守っていたのは、既にノエラに拾われた後だったからだ。

 どうやってノエラがエリクシアを見つけたのか、分からないままだった。


「ガラハドさんも、ノエラに詳しいことは聞けなかったみたいです。でも、当時のその状況だけは教えてもらったみたいで……」


 エリクシアが言う。


「ノエラはドワーフの里の近くにある森で木こりの仕事をしていたんです。当時、自分の子供が亡くなってしまって、何かをしてないと心が壊れそうだったみたいで……それである日、森で仕事をしていたら名前も知らない旅人の女性から、わたしを預かったらしいんです。その時にわたしの名前を聞いたそうです」


「女の人……」


「母親……かしら?」


 シャルラッハの問いに、エリクシアが小さく首を振った。


「分かりません。それ以上はガラハドさんにも、ノエラは話さなかったそうです。ただ、その当時ガラハドさんはノエラがわたしを預かった場所をすぐに確認しに行ったらしいのですが…………」


 そうして、エリクシアは周囲を見渡して、呆然とした。


「…………え?」


 周囲を見つめたまま黙ってしまったエリクシア。


「エリー?」


 シャルラッハが聞く。

 しかしエリクシアは信じられない、と言った風に。

 何度も何度も、周囲を確認した。

 木々を見ながら、エリクシアが恐る恐る言った。


「ノエラが森でわたしを預かった場所は、木々や地面が焼け焦げていて、魔法か何かを使ったかのような惨状だった……と」


 全員が周囲を見渡した。

 木々が焼け焦げている。

 地面の石や土が、同じように焼けている。

 炎の悪魔、『第五悪魔』ルシフェリアが使った力のせいで。

 エリクシアが今言ったような景色が、そこに広がっていた。


「……わたしを産んだお母さんは……」


 エリクシアがグリモアを見る。




悪魔の写本ギガス・グリモア』は、ただいつも通り、

 静かにエリクシアの背後に浮いていた。

 いつものように。

 何も変わらず。

 静かにエリクシアを見守っている。




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