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9 すべてのはじまりの日

 アトラリア山脈の麓には森があった。

 山脈を下りてきた魔物はまずこの森で休み、グラデア王国の領土へと向かってくるという寸法だ。


 森を抜けてこちら側に来ると、今度は見渡す限りの草原が広がっている。

 草原は土地の高低差が大きく、大小さまざまな丘が点在していた。


 これらの丘は、グレアロス騎士団の後方班の姿を隠すにはちょうど良かった。

 草原を見渡せる丘の上で待機しているのはクロたちシャルラッハ班。

 山脈側から吹き付ける強風が草原を撫でていく。


「せっかく髪をセットしたのに、台無しですわ」


 揺れる黄金の髪を手で押さえつけながら、シャルラッハが頬を膨らませた。


「……」


 クロは黙っていた。

 ここに来る途中も髪型を気にしていたので「なんのためにセットしたの?」と聞いたら頬をつねられた。

 なぜ怒っているのか分からなかったので「戦がはじまるのに髪をセットしてもしょうがないじゃないか」と反論したら足を踏まれた。


 同じ失敗はしない。

 ここは黙っているのが正解だ。


「いたッ、なんで蹴ったの!?」


「何か言いたそうな顔をしてましたから」


 今日のシャルラッハは不機嫌だった。

 いつもなら後ろから頬を撫で回してきたり、子供のようにじゃれついてきてたのに。

 女の子はよく分からない。




 早朝からはじめた戦の支度を終えて、数時間の進軍を経て、ここアトラリア山脈の麓まで来た。

 目的は、アトラリア山脈の麓に集まった魔物の群れの殲滅。


 先行していた偵察部隊からの情報では、群れの規模が想定以上に大きく、そして広範囲にわたっていたため、全部で北東、真東、南東と3つの隊に分散しての陣取りとなった。

 それぞれの隊の距離は30kmケームほど離れている。


 シャルラッハ班が組み込まれたのは、真東の隊だった。

 最も安全だといわれる隊だった。

 それもそのはず、この隊を指揮するのはグレアロス騎士団の副団長。

 副団長はグレアロス砦のなかで最も強い騎士だ。なにしろ、グラデア王国が誇る東の騎士団のナンバー2である。これで安全じゃないわけが無い。


 シャルラッハ班に課せられた命令はふたつ。

 ひとつは、後方で戦の様子をただ見守ること。

 ふたつ目は、伝令の役目。

 この戦に勝利した場合、他の隊へ報告すること。そして万が一、敗戦になった場合は即座に他の隊と合流し、それを伝えることだった。




「はぁ……」


 シャルラッハは戦闘に参加できなかったことに、未だに納得がいっていない様子だ。丘の上から見える眼下の草原をやる気の無い目で見下ろしている。

 今日機嫌が悪いのはこのせいだろうか?

 でもそれとはまた違うような気がする。なにか、こちらに対して納得いかないものがあるような、そんな感じ。心当たりはまったく無い。

 不機嫌さがこちらへ飛び火しないよう、シャルラッハから目をそらす。


「ああ……憂いた表情をしたシャルラッハさま、最高です。この光景を絵にして額で飾れたならどれほどの……くっ、なぜ私には絵の才能がなかったのかッ!」


 常にシャルラッハの後ろにいるアヴリルは相変わらずだった。

 灰色の毛並みは今日もふさふさで、しっぽを嬉しそうに左右に振っていた。


 今、クロたちは後方で待機という命令をちゃんと守って実行している。

 目の前にはアトラリア山脈が一望できる。

 右前方から左前方まで、眼前の地平線すべてをこのアトラリア山脈が埋め尽くしていた。山脈の向こう側、魔境アトラリアを見ることは当然できない。


「どれどれ……」


 片手式の望遠鏡をクロが覗く。


「どうだ、見えるか?」


 すぐ隣にいるのはヴェイル。

 その真面目な声色から、極度に緊張しているのが分かる。


「うん、バッチリ」


 望遠鏡で覗いた先は、麓の森からすぐ近くの草原だ。

 グレアロス騎士団、真東の隊が陣取った場所。

 シャルラッハ班がいる丘を背にした状態で、これよりはじまる戦の準備をしていた。


 この近隣の魔物は基本、夜に動くことが多い。

 今は昼。

 ちょうど正午を過ぎたごろだ。


 山脈を下りてこの辺りに集まった魔物の群れは、麓の森のなかに潜んでいる。

 偵察班の情報ではオークを筆頭に集まった群れ。

 やつらを草原におびき出すのは簡単だ。

 こうやって森の近くに陣を敷き、ただ居るだけで向こうは襲ってくる。


 魔物は人を殺す。

 好んで人を食すことはほとんど無い。

 ただ、人を殺す。

 そのためだけに存在しているといってもいい。

 なぜそうなのかは分からない。

 どうしてそんな生物が生まれたのかも分かっていない。

 古代王国アトラリアの滅亡と同時期に現れたことで、アトラリアの何かに関係しているのだろうと考古学者や生物学者の間では日々議論の対象となっている。


 しかし、騎士団の人間からすればそんなものは正直どうでもいい。

 そこに、自分たちが守るべき王国民の脅威がある。

 それだけで、騎士団が闘う理由は十分だ。 




 草原に陣取っている騎士団の隊は、副団長を合わせて20名。

 馬に乗った騎兵が5名に、歩兵が15名の構成だった。副団長は指揮官なのにもかかわらず、なぜか歩兵のなかにいる。普通なら馬に乗って部隊の指揮をするのだろうが、どうやら定石にとらわれない人らしい。

 それぞれが思い思いに戦闘の開始を待っていた。


「ッ! 魔物が出てきた」


 しばらくして、森から1体のオークが草原に現れた。

 それを皮切りに、次々と魔物が姿を見せる。

 丘の上で待機しているクロとヴェイルに緊張が走る。


「あら? おかしいですわ。魔物の数が多すぎますわ」


「偵察班の情報では、真東には30体前後の群れとのことでしたね」


 シャルラッハの言葉に、アヴリルが即座に答えた。

 彼女らの言うとおり、草原に現れた魔物は明らかに数が多い。


「倍以上いるじゃねェか……。

 30体の群れが北東・真東・南東にそれぞれいるんじゃなかったのか? 偵察してからそこまで時間は経ってねェはずだが、魔物の群れってのはそんな短期間に一気に集まるもんなのか?」


「いいえ。魔物が群れを成すのは30体程度が限界と言われています。それ以上ですと、仲間同士のいさかいが起こって群れが成り立たなくなる……というのが一般論です」


 魔物との戦闘経験が豊富なアヴリルがそう言った。


「魔物も仲間割れを起こすんだ?」


 少し意外だった。

 なんとなく、魔物同士では争いはないのだろうと思っていた。というより、そんなことを考えもしなかった。


「争う理由は、どの個体が群れの上位に立つか……という理由かと思われています」


 魔物も人類と似ているんだね、とはさすがに言えなかった。


「つまり、これほどの規模の群れを率いるボスがいるってことですわね?」


 シャルラッハが立ち上がった。

 その表情は愉し気だ。まるで子供が新しいおもちゃを手に入れたかのよう。


「シャルラッハさま。ワクワクなされているところ申し訳ありませんが、きっと我々の出番は無いと思われます。なにしろ、副団長殿がいらっしゃいますので」


 アヴリルの言葉に、シャルラッハがぷくーっと頬を膨らませた。

 けれどなにも言い返す言葉がなく、そのまま元の位置に行儀よく座った。


「…………」


――本当にそうなのだろうか。


 昨夜のジズの言葉が頭をよぎる。

 闘うことになるさ、という言葉。


 正直、今の今までアレはジズの妄言なのだろうと思っていた。

 もしくは、おどけた冗談で自分を脅かすためにそんなことを言ったのだろうと。

 

 けれど、この丘に到着してから不安は増すばかり。

 嫌な予感。

 魔物の数が多いのもそうだ。

 今日は何かが違う。

 そんな漠然とした不安。


「――はじまったぞ」


 ヴェイルの小さな呟き。

 それと同時に、魔物の雄たけびが草原に高く響いた。


 森から出てきた魔物は、騎士団の陣へと一気に突撃してきた。

 興奮の極み。魔物らしい動き。人を見れば殺さずにはいられない性。

 数百エーム離れているここからでも、その殺意は肌につくほどのものだ。


 群れの主軸になっているのは50体ほどのオークの集団。

 イノシシのような下牙を生やし、肉食獣のようなギラギラした瞳を光らせて、筋骨隆々な腕で粗雑な武器を振り回している。

 どう見ても、普通の人には倒すことはできないであろう強靭な生物だ。

 これが中級の魔物。

 下級とは一線を画す強敵。


 オークの周囲には獣型の魔物がいた。下級の魔物で、種別は多種さまざまだ。

 ワシに似た鳥型のものや、ブタともイヌともいえない異様な四足獣らが唸り声をあげている。

 これらの数はかなり多く、100匹に届くだろうか。 


 クロは今まさにはじまらんとしている眼下の戦場を眺める。

 味方の隊と魔物の群れが一気に距離を詰める。


 魔物との命掛けの闘い。

 ほんの少しの油断が生死を分かつ殺し合い。

 緊張の一瞬。


「…………」


 ごくりとツバを飲み下す。

 騎士団に入ってから3ヶ月。

 魔物討伐をこの目で見るのは今回がはじめてじゃない。さすがにこの規模の集団戦ははじめてだが、上官や先輩たちが魔物と闘う場面を見る機会は何度もあった。

 闘いが始まる瞬間というものは、どうしようもなく胸がざわつく。


 まだ予備兵のクロは討伐に参加できない。

 オークを1対1で倒せない今の自分が闘いに参加したとしても、みんなの足を引っ張るだけだ。


 いまのように、丘の上から戦場を眺めているのは訓練の一環だった。

 集団戦の空気というものを肌で感じて理解していくという段階だ。

 本当に、遠い。


「――――」


 クロがそんなことを考えている間に、とうとう闘いがはじまった。


 先陣を切った兵の剣と魔物の牙がかち合って、鋭い高音が草原に響き渡った。

 次いで、けたたましい魔物の吠え声と勇ましい味方の咆吼が混ざり合って、鬨の声となって戦場に轟いた。


 日々訓練してきた兵たちは、活躍の舞台に喜び勇んでいた。

 オークのこん棒を盾できっちりと受けて、すぐに剣で反撃。

 闘いに慣れているうえ、油断も一切ない。

 危なげのない闘い方。

 ひとりひとりの練度が高い。

 それもそのはず、グラデア王国に名を馳せる東の騎士団の正規兵――そのなかでも少数の精鋭たちだ。

 想定以上だったとはいえ、この程度の数の魔物に押し負けることなどあり得ない。

 20人の精鋭は、誰ひとり欠けることなく魔物を切り伏せていく。


 戦況は、またたく間に騎士団優勢。

 なかでも目につくのは、誰よりも敵深くに突撃している騎士だった。

 功を焦った愚か者が先走ったわけではない。


「……すごいな。副団長」


 そんなクロの呟きは、真横にいるヴェイルに聞かれていた。


「当然だろ? 今、このグラデア王国で最も『英雄』に近い騎士さまだぜ」


「うん。本当に、強い」


 丘の上から見るとよくわかる。

 猛烈、という言葉がしっくりくる。


 副団長の突撃は、まるで木の葉を散らすような旋風だった。

 風と見紛うほどの素早さで、魔物を次から次へと相手取り、間髪を容れず薙ぎ倒していた。

 なるほど、たしかに馬に乗っていたらあの機動力は出せない。なにしろ、馬より素早いのだから。シャルラッハも闘いになればあんな感じなのだろう。


 副団長と魔物の戦力差は一目瞭然だった。

 オーク程度の魔物が何体束になっても相手にならない。

 おそろしく強い。


 今もっとも英雄に近い実力を持った騎士。

 まだ22歳という若年ながら、4年前に騎士団へと入団し、そのたった〝4年〟で副団長の座まで駆け上がった女傑。

 その類い希なる実力を王国に認められ、騎士号を叙勲された平民出の出世頭。

 それが、グラデア王国・東の騎士団、副団長。

 マーガレッタ・スコールレインという麗人の騎士だった。


「…………」


 ぎゅっとこぶしを握りしめた。

 激しく、憧れる。


「なぁクロイツァー。アレが、英雄になるべくしてなれる人間だぜ」


 視線はこちらに向けず、ヴェイルは言う。

 真剣な声色だった。


「…………」


「噂だが、あの人は剣をはじめて握ったその日にオークを仕留めたらしいぜ。オークの1匹すらタイマンで倒せない俺らとは違う種類の人間だ」


「……わかってるよ、ヴェイル。言いたいことは、わかってる」


「……そっか。なら……いいんだ」


 今、副団長と共に闘っている正規兵は精鋭だ。

 いうなれば戦闘のプロフェッショナル。

 文字通り、死にもの狂いで辿り着いた長年の努力の成果があの強さだ。

 しかし、それすら副団長の強さとは大きく開きがある。あり過ぎる。

 予備兵の自分からすれば、遙か遠い高みの存在。

 そして、理解してしまっている。


――自分はアレに届かない。


 山の頂上にある花は手に取れても、空にある星には手が届かない。

 アレはそういう類いのものだ。


 努力を重ねれば、たしかに誰しもが騎士団の精鋭になれる可能性はあるだろう。

 だが、副団長は別格だ。

 その強さは努力ではどうにもならない域にある。

 天才の領域。

 シャルラッハ・アルグリロットと同じ領域にいる、他を隔絶した才の持ち主。


 先ほどのヴェイルの言葉の続きは「どうせ届かないんだから、無駄な努力はしないほうがいい」と言いたかったのだろう。おせっかいなヤツだ。

 そして、ありがたい、とも思う。

 どう頑張っても届かないのであれば、早々に見切りをつけるしかない。


 英雄に憧れて、そうなろうとする者は例外なく死んでいく。

 無謀な闘いをするからだという。

 自分の才能を信じて、そしてそれに裏切られたとき、人は絶望からの逃避で、おどろくほど無茶な行動に出てしまうものらしい。


 英雄とはそもそも、誰にもできない、できるはずもない奇跡を何度も起こした者のことを言う。

 その武勇を記したものが英雄譚だ。


 クロは、『最古の英雄』エルドアールヴの活躍を記した書物のほとんどを〝丸暗記〟している。

 思い返すと、どの逸話も危険極まりない絶望的な状況で、それらを力技で打ち砕いていた。

 しかしそれは、普通の人間であれば死に直結する行為に他ならない。


 そしてクロ・クロイツァーという人間は、副団長やシャルラッハのように、英雄になれるような才能を持つ者ではなく、才能無き人間――持たざる者である。

 英雄のマネゴトなどしてしまったら、その次の瞬間に絶命するのが目に見えている。

 英雄という概念は、甘い誘いであり身を破滅させる悪魔の罠だという言葉もあるぐらいだ。

 それが現実だ。




「待て、魔物の動きが変だぞ? クロイツァー、確認してくれ」


 唐突にヴェイルが言った。

 それは騎士団優勢の闘いが続き、魔物の群れがようやく半分の数になったときだった。

 あと少しで魔物を殲滅できる、そう思いかけた……そんなときだった。


「どこ?」


「一番後ろの方にいる魔物だ。なんか動きがおかしい。どうだ? 望遠鏡無しじゃよく見えねェ」


 ヴェイルが急かす。

 望遠鏡で眼下の戦場を確認すると、鳥型の魔物が1匹、こちらへ体を向けていた。


「……ッ」


 鳥型の魔物は翼を大きく広げると、一気に羽ばたき上昇する。

 その高度は自分たちの居るこの丘より更に上。

 上空から、猛禽類に似た鋭い視線をこちらへ投げかける。


「あの鳥の魔物、こっちに来る!」


 射貫かれたような感覚だった。

 下級とはいえ魔物。

 人類に向けてくるその殺意は尋常なものじゃない。


「あら、不測の事態ですわね。これはもしかしなくても、闘ってもいいのかしら、アヴリル?」


 シャルラッハが立ち上がる。

 細身の剣をすらりと取り出した。

 相手の返答を聞く前に、彼女はすでに答えを出していた。


「はい。この場合は何ら問題ないかと」


 アヴリルは苦笑して、シャルラッハのそばに控える。

 余裕。

 何度もこんな現場に遭遇したのだろう。

 彼女ら2人の表情に一切の焦りはない。


「――――――――」


 そんな2人の戦意に激昂したのか、甲高い鳴き声を発しながら、鳥型の魔物が猛烈な速度で降下してくる。


「来たぞッ!」


 ヴェイルが叫ぶ。

 シャルラッハとアヴリルが迎撃態勢に入った。

 少し遅れて、クロも同じく片手斧ハンドアクスを構えた。

 しかし、


「……え?」


 猛速度で突撃してくる魔物、その途中で、

 魔物の体が、空中で突然、半分に裂けた。

 赤い血が飛散する。

 絶命した魔物の体が2つになって、猛烈な速度のままあらぬ方向へ墜ちていく。


 まるで後ろから横薙ぎに斬られたかのような不可思議な現象。

 当然、魔物の背後には誰もいなかった。


「なんだ、今の……」


 まるで魔法。

 風の魔法ならあり得るが、そもそもが騎士団に魔法使いは存在しない。

 つまり、これは――


「――副団長の戦技、『斬空』ですわ」


 とまどうクロの疑問に、シャルラッハが不満そうに答えた。


「……ざんくう?」


「ええ。その名のとおり、空を斬る。わたくしとは正反対の、遠距離から斬り伏せる剣撃ですわ」


「はい……? どういう原理でそんなことできんだよ……わけわかんねェぞ」


 ヴェイルが冷や汗を流しながら言う。

 副団長の武器は剣だ。

 紛うこと無き騎士の剣。

 その間合いは剣の届く範囲だけのはずで、彼女は今、丘の下の戦場で戦っている。それが、こんな遠距離の敵を斬り伏せることができるなんて、いったいどういう理屈なのだとヴェイルが言う。


「戦技『遠当とおあて』の応用ですね。斬撃に闘気をのせて、その切れ味を保ったまま遠くに撃ち放つ剣技です。おそらく副団長殿ほどの実力者なら、目に見える範囲ならそのすべてが剣の間合いでしょう」


「……なんだそりゃ、無敵じゃねェか」


 ヴェイルが半笑いになった。

 自分も同じような表情をしていただろう。


「……ふん。獲物、横取りされちゃいましたわ」


「まぁまぁ、シャルラッハさま。元々が彼女らの闘い。副団長殿は任務を果たしただけですので」


 不機嫌そうなシャルラッハと、それをなだめるアヴリル。

 そして、その横でホッとしているヴェイル。

 そんな3人を見て、クロは思った。

 誰も傷つくことが無くて良かった、と。

 ジズの予言染みた言葉が当たらなくて良かったと、心底からそう思った。


 このまま闘いは滞りなく終結するだろう。

 騎士団の完全圧勝。

 100や200程度の魔物でも、彼ら精鋭の相手にはほど遠い。

 これで今回の魔物討伐は終了だ。

 今日もまた、何も変わることなく1日が過ぎて、また明日も変わることなくやってくる。


「ん?」


 一安心しているなかで、視線を感じた。

 なんだろう、と思って望遠鏡で戦場を覗いてみると、


「え……?」


 目が合った。

 青みがかった淡い色の髪をしたヒュームの女性。

 その相貌は凜としていて、どこか氷のような冷たさを感じる。

 美しいのに、冷たい。

 きっと彼女は氷の刃だ。

 おそらくは、この場で誰よりも強く、誰よりも英雄に近い存在。

 それは先ほどのとんでもない剣技を見せつけた騎士。

 副団長、マーガレッタ・スコールレインその人だった。


 偶然に目と目があったということじゃない。

 彼女は意図的にこちらを見ていた。

 こんな遠くを、向こうは望遠鏡も使わずに?

 勘違いか?

 次代の英雄になるであろう期待の星、シャルラッハを見ていたのではないか?


――いや、違う。


 確信できた。

 彼女は明らかに、クロ・クロイツァーを見ていた。


 慈愛に満ちた視線。

 普段の冷たい印象とはまったく別の、

 こちらの心が穏やかになるような、そんな優しい目をしていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] んー、戦技が使える馬とかいないのかな?エーテルが全ての生き物に流れてる力なら、そういう馬が居てもおかしくないし、騎士団長とかはそういうのに乗っててもおかしくないと思うけど。
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