16 倒さなければならない本当の敵
『剣豪』レオナルド・オルグレンとの決闘から一夜明け。
クロ達は村を出発して山道を歩いていた。
「ふんふんふんっ!」
音符が出そうなぐらいウキウキしているのはアヴリルだ。
最前列を歩き、一向を先導している。
人狼である彼女の鼻で魔物の気配を探りながら進んでいた。
獣の血がそうさせるのか、山に入ったアヴリルはとても活き活きしていた。
「ご機嫌ね、アヴリル」
次に続くのはシャルラッハ。
心なしか、彼女もどこか楽しげな様子だった。
おそらく体を動かすこと全般が好きなのだろう。
ここまでの道中、魔物と遭遇した時に動くのはシャルラッハだった。
アヴリルが魔物を発見し、そしてシャルラッハが即座に始末する。
そのコンビネーションは完璧に近く、この辺りに出る魔物程度ではまったく相手にならない様子で、欠片ほども危なげのない道中だった。
「はっ……はっ、ほっ……ほっ」
ここまで数時間近くぶっ通しで歩いたためか、三番手を歩くエリクシアは少し息が上がっていた。
「大丈夫?」
最後尾で、背後からの急襲を警戒しているクロが声をかける。
道は石や落ち木が多く、登りや下りの坂を何度も通っていた。
普通の人なら体力の消耗は激しくなるような道だ。
「は、はい。このぐらいなら、まだまだ行けます」
ほんの少し額に汗を滲ませながら、エリクシアが言った。
どうやらそれは本当のようで、まだまだ体力を残しているのが見てとれた。
さすが冒険者として3年間生活していただけのことはある。
「うぅ……しんどい。わらわはもうムリじゃ……エルドアールヴよ、肩に……」
よろよろと歩くエーデルがギブアップ宣言をする。
体の小さい彼女にしてはかなり頑張った方だ。
途中、何度も「ムリ、つらい」という言葉を吐いていたが、その度にシャルラッハから挑発され、ムキになってここまで自分の足で歩いてきた。
しかし、彼女の様子を見るに今は本当に限界のようだ。
「ほら、エーデル」
彼女の近くまで行って、肩に乗りやすいように屈む。
「た、助かる……」
すると、もそもそとクロの体をよじ登る。
クロは背中に武器と大袋の荷物を担いでいるのだが、その隙間の上に、エーデルが横になった。
「……器用なことを」
「ああ……疲れた……」
そしてそのままクロの肩を掴んで眠ってしまった。
すやすやと、安心した子供のように。
赤ん坊の頃から変わらない姿がそこにあった。
「まったく……」
苦笑いをする。
懐かしい、とクロは思った。
泣き止ますためにおんぶしたり、抱っこしたり。
まだエーデルに可愛げがあった頃だ。
今では悪知恵がついてしまい、手に負えない事が多い。
「あら、疲れ果てて眠ってしまったの?」
「そうみたいだ」
「ふぅん」
シャルラッハがこちらにやって来る。
そしてエーデルの寝顔を眺めながら、
「へぇ……意外と眠っていたら可愛いのね、王さまは」
エーデルの、エルフ特有の尖った耳を触って楽しみだした。
「む……むぅぅ……むにゃむにゃ……」
寝苦しそうにするエーデル。
それを見て「くすくす」と笑うシャルラッハ。
そんな何でもない幸せな光景を見て、クロも笑った。
「ほどほどに、ね」
「ええ、そうね。起きてしまったら、また面倒ですもの」
シャルラッハがエーデルの耳を触るのを止めた。
「それで、あなたはどう見ますの? アルトゥール大公のことを」
そして今度は、昨夜の話をしてきた。
「…………」
クロは少し考えて、答えた。
「間違いなく、敵だと思う」
「それは人類にとって? それとも、グリモア詩編を集めるわたくし達にとって? どっちかしら」
「両方だ」
即答する。
「昨日クロイツァー殿とデオレッサ殿を襲ったのはリビングデッドになって蘇った例の『剣豪』でしたっけ」
今度はアヴリルが会話に入る。
「正直、色々話がブッ飛びすぎて混乱してますよ。死者が蘇るなんて……」
「まぁ……そうだろうね」
あれから、レオナルドを倒してから、みんなが泊まっていた部屋に行った。
危険が無いかの確認と、何が起こったかの説明のためだ。
まずみんなが驚いたのはデオレッサの存在だった。
それもそのはず、突然クロが見知らぬ少女を連れて来たからだ。
しかも目に包帯を巻いた、明らかに怪しい少女をだ。
「わたしは、デオレッサがグリモアから自由に外に出られるって事が驚きでした」
「デオレッサには俺も驚いたよ……」
ひと目見てエリクシアだけは彼女がデオレッサだと気づいた。
気づいたが故に混乱するエリクシアだったが、当の本人であるデオレッサは「つかれたから寝るね」と言って、グリモアの中に戻ったのだ。
そのため、全てクロが説明する羽目になった。
英雄アルトゥール・クラウゼヴィッツがグリモア詩編を持っている事。
その詩編の能力が、死者を蘇らせる『蘇生者』の力がある事。
それを使って『剣豪』レオナルド・オルグレンを蘇らせた事。
そしてレオナルドに闘いを挑まれた事。
ジズに関する事以外は全て話した。
「多分だけど、アルトゥールはグラデア王国を乗っ取る気なんだと思う」
クロが言う。
しかし、シャルラッハがそれに疑問を投げかける。
「でも、アルトゥール大公は『英雄』よ? そんな事をする意味があるのかしら」
英雄には地位と名誉が例外なく与えられる。
それは想像を絶するもので、王国の英雄ともなればグラデア国王とも対等に意見することが出来るほどだ。
そして今は国王が病に伏せっている。
そのため、王国の英雄は事実上、グラデア王国のトップに座しているのと同じと言っても過言ではない。
「グラデア王国の英雄が、今さらグラデア王国を乗っ取って何のメリットがあるの?」
シャルラッハの言うとおりだ。
意味が無い。
つまり英雄となった時点で最初から、常識的な範囲でなら好き勝手が出来る立場だ。
王国議会などの貴族達がいるのはいるが、そんなものは本気になれば力と名誉でねじ伏せることだって出来る。
他国の英雄であるエルドアールヴがそんなことをしたら大問題になるが、アルトゥールはグラデア王国の英雄なのだ。
「アルトゥールは野心を持っていた」
「野心?」
「そう。俺は彼の若い頃を知っている。酷く野心に燃えた目をしていたんだ。そういう人らは独特の目つきをしているものだから」
「…………」
シャルラッハは納得がいかない様子だったが、
「若い頃のアルトゥールは、デルトリア伯に似ていた。やっぱり、親子ってのは似てくるものなんだろうね」
「ああ……なるほど」
それで理解した。
デルトリア伯の目的は、このレリティアの支配者になることだった。
そんな野心。
アルトゥールも同じ考えなのだとしても不思議ではない。
アルトゥールの影響があってこその、デルトリア伯だったのだから。
「野心っていうのは時が経っても関係なく燃え燻るものなんだ。だから、今もアルトゥールは狙ってる。メリットだとかそういうのは関係ないんだよ。ただそうしたい。そうしなきゃいけない。理屈じゃないんだ。彼らにとっての、野心ってのは」
「理屈じゃない……」
こくり、とクロが頷く。
そして話を続けた。
「おそらく、アルトゥールはこのグラデア王国の人々を殺して蘇らせて、自分の兵にする気だ。レリティア全土と闘うための戦力として」
「……ああ、まさに『殺戮の軍神』です、ね……」
アヴリルが言った。
アルトゥールの戦名になったその行為。
それはまさしく詩編を使うための準備だったのだ。
「…………」
おそらくと言ったが、クロは確信している。
アルトゥールはもう人の心を持っていないのだと。
だから己の野心のために、人の命など簡単に消し去ることが出来てしまう。
なぜなら、ジズがいたからだ。
ずっと前、アルトゥールが若い頃から、ジズは彼の道化として傍にいた。
そこまで長い間あのジズと一緒にいたのなら、もはや毒されていると考えた方がいい。
あまりにも危険すぎるから、シャルラッハ達には言わなかったが。
ジズは『人類の敵』だ。
アレは人の皮を被った化物だ。
おそらく、魔物よりも凶悪な。
ずっとずっと、彼と闘ってきた。
ずっとずっとずっと、怖ろしく永い間。
話したくもないほどに。
思い出したくもないほどに、アレは悪意ある『死神』だ。
「――倒さなきゃいけない」
それは一体、誰の事なのか。
クロは言わなかった。
「つまり予定は変更せず、追加する形ですわね。
エルフィンロードに行く道中、予定通り王都に寄って、そこにいるアルトゥール大公から詩編を奪うってことかしら」
「そうしよう。
出来れば事を大きくしたくはないから、闘わずして詩編を奪うのが最善だ」
言って、クロは思った。
そんなことが出来るのだろうか、と。
嫌な予感だけが、大きく膨れあがっていくのを実感した。




