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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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15 死者は灰に、不死の心に積もっていく




「――『望郷の景は雨飛沫。死生のみぎりこそ我が夢の果て』――」




 空に高く舞った『剣豪』レオナルド・オルグレン。

 その戦技詠唱が夜の空に轟いた。


 生涯と死後を剣に捧げた男が、己が剣技の果てとまで語った戦技。

 その剣の切っ先に、彼の全闘気が集中していく。

 渦巻きのように、あるいは竜巻のように闘気が激しく唸る。


「あれが、剣のおじさんの……」


 クロの後方にいるデオレッサが呟いた。

 レオナルドの姿を、その見えない目で凝視する。

 彼の切札。

 その真を見定める。

 デオレッサは自分で無力だと言ったが、決して無知ではない。


「つよいね」


 デオレッサが言った。

 それに同意しながらクロが頷く。


「強い」


 あれは尋常じゃない。

 闘気――エーテルの集まり方が普通じゃない。

 エーテルの量もさることながら、その質が途轍もない。

 アレは研ぎ澄まされた刃物のように錬磨されたエーテルだ。

 その熟練の粋から繰り出されるであろう『戦技』は、もはや極まっていると言っても過言ではないだろう。


「ねぇねぇおにいちゃん、もしかして剣のおじさん空に浮いてる?」


 デオレッサの言うとおり、明らかにレオナルドは空に浮いている。


「戦技『空渡そらわたり』。

 空の上で足をつく技だ」


 高等エーテル技『水渡みずわたり』の更に上位。

 空を飛ぶのではなく、空を歩く業。

 足元にエーテルを固め、宙空に微かに存在するエーテルに絡ませ、空を自在に歩く移動・体幹術であり、使い手には滅多に会うことは出来ないほどレアな業だ。


 これを存命中の人間で使えるのは『レリティア十三英雄』の一部と、エーデルぐらいしかクロは知らない。

 その希少性と難易度の高さから、『空渡』はもはや戦技の域だ。


「おにいちゃん、勝てるの?」


「ああ」


 デオレッサの問いに、短く返事をした。

 負けることなど許されない。

 自分が負けてしまえばデオレッサはもちろん、村にいるエリクシア達をも危険に晒してしまう。


 ふたつの武器を握りしめる。

 逃げることなど許されない。

 レオナルドの本気を受けて立つと言った。

 その言葉に二言は無い。

 正々堂々受けて立ち、そして打ち破る。

 それがエルドアールヴだ。


「――――ッ!」


 そして、上空にいるレオナルドが大きく動いた。


「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 長い一喝。

 尋常ならざるエーテルを纏った剣を何度も突く。

 速い。

 その剣速を惜しみなく使い、何度も何度も宙空に向けて剣を突く。


「……あれはッ」


 レオナルドの狙いがハッキリと分かった。


「……『刺空』かッ!」


 マーガレッタが使う『斬空』と並ぶ戦技『刺空』。

 文字通り、空を刺す。

 斬撃を飛ばす『斬空』と同じく長大な間合いを誇り、目に見える範囲のもの全てを貫く、飛ぶ刺突――『刺空』。


「……?」


 しかし、様子がおかしい。

 飛んで来ない。

『刺空』で放たれたエーテルの刺突は、宙空で止まっている。

 まるで、狩りの瞬間を静かに待つ肉食獣のように。

 止まったままの『刺空』はおびただしい数になっていて、数百か、下手をすれば数千単位になっている。


「ふふふ……」


 レオナルドが笑う。

 ここからだ。

『刺空』は前準備に過ぎない。

 彼は戦技を完成させたと言った。

 それはつまり、新しい戦技を編み出したということで。

 ならば歴史上に使い手が多数存在する『刺空』は彼の切札の全てではない。




「戦技『刺空』――」




 レオナルドが剣を天に掲げた。

 今度は彼の体中からエーテルが迸る。

 やがてそれは大きく広がっていき、


「……ッ!」


 その信じがたい光景をクロは目にする。

 雨が降る。

 今夜は雨雲なんてなかった。

 今も雨雲なんて存在しない。

 なのに、雨が降る。


「魔法……!?」


 デオレッサが驚いた。

 レオナルドのそれはたしかに戦技だった。

 なのに、魔法と同じ現象が起こっている。


 魔法とは、過去にこの世界に起こった自然現象の再現である。

 雨が降るなんて魔法としか考えられない。

 しかし、レオナルドのアレは明らかに戦技だった。

 こんなことは、クロが生きた二千年で一度たりとも見たことが無い。


「来い、レオナルド・オルグレン」


 だが、エルドアールヴ。

 未知の敵など腐るほど相手にしてきた。

 常識を覆すような怪物と闘ってきた。

 異常なほどの経験値。

 今さら知らない何かをされて驚くような生半可な覚悟で闘いに臨んでいない。


 極限まで研ぎ澄まされた冷静さで、レオナルドのそれを看破する。

 戦技は人が成し遂げる想いの結晶。

 それは武器であり得ないことを成し遂げるもの。

 あるいは体術で尋常を逸脱する力を発揮するもの。

 こうなりたい。

 こうしたい。

 そういう人の想いが形になって実現するのが『戦技』だ。


 魔法は魔力で起こすもの。

 戦技は闘気で起こすもの。

 それの全ての元はエーテルという生命力や精神力。

 つまりは大本を辿れば魔法も戦技も同じと言える。


 であれば魔法に近い何かを起こすことも戦技にはあり得るのだ。

 逆もまた然り。

 理論上は、だ。

 戦技と魔法、それらをまたぐのは容易じゃない。


 だが、このレオナルド・オルグレンという剣士はそれらを完全に乗り越えた。

 死亡と蘇生という異様な経験をした彼だからこそ、それが実現できたのだ。




「――奥義『篠突しのつく』」




 かくして、レオナルドの夢の果てが現実に降臨する。

 降り出した雨はやがて激しさを増し。

 宙空に漂っていた『刺空』を取り込み、雨自体が絶命必至の刺突として大地に落ちていく。

 これにて『魔法剣』が完成する。

 降り注ぐ全ての雨が、その無数の一滴一滴が、絶大な威力を持つ『刺空』。

 局地的規模の連続大破壊が、戦技『篠突』の正体だ。

 絶対に相手を殺す業。

 恐るべき魔業。

 凄まじき剣技。

 これを『魔剣』と称さずして何と言うか。


「――――ッ!!」


 不死殺し。

 この『魔剣』はそれに値する。

 体の全てを粉々にしてもアンデッドであるクロは生き残り再生する。

 しかし、再生する肉体を必要以上に攻撃され続ければエーテルの尽くが散らされてしまう。

 そうなれば『エーテル切れ』は必定。

 不死者であるクロを殺すと言ったのは伊達でも酔狂でもない。




「――『人の夢は儚きか。断じて否』――」




『刺空』の雨が届く前に、クロが詠唱を終える。

 そして、この戦技の元々の使い手であるマーガレッタのそれとは違う、しかし似たものを発動させる。




「戦技『斬空』――我流『血雨チサメ』」




 大戦斧ギガントアクス斧槍ハルバード

 ふたつの武器を大きく交差させ、空に向けて振り抜いた。

 途轍もない速度と威力で、落下してくる篠突く雨を弾き飛ばしながら、そのままレオナルドを切り裂いた。


「ぐッ……ッ」


 大きく鮮血が弾け、レオナルドが苦悶の声を出す。

『空渡』の維持が難しいまでの深手を負い、血の雨を降らせながら落ちていく。

 そして、同時に刺空の雨がクロに襲い掛かる。


「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 気合一閃。

 降って来る絶死の雨を打ち払っていく。


「く……ッ!」


 想像以上に雨の一粒一粒が重い。

 まるで巨岩を弾いているような感覚だ。

 それほどに、刺空の威力が凄まじいのだろう。

 幸いなことに雨が落ちて来る範囲は狭く、デオレッサには向かっていない。


「く……ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 スガガガガガガガッ、と。

 連打する重激音を鳴らせながら、刺空の雨を弾いていく。


「……ふ、ふふ」


 そのエルドアールヴの動きを見ながら、自由落下していくレオナルドが笑った。

 そして、そのまま大地に頭から激突した。


「……まいりましたね。これだけ……生涯最高の業を披露しても……あなたには届かないのですね……」


 しかし、レオナルドは生きている。

 リビングデッド。

 簡単には死ねない体。


「ハァ……ハァ…………」


 そして、こちらは不死。

 アンデッド。

 絶対に死なない体。

 レオナルドの『篠突』によって、クロは体中が血塗れになるほどの重傷を負っていた。

 手や足、肩などが貫かれている。

 5分か、10分か。

 どれほど刺空の雨を弾き続けたか、もう時間の感覚すら分からない。


「何てことですか……『篠突』の半分以上を弾いたとは。とんでも……ないです。まったく……想像以上ですよ……あなたは……」


「ハァ……ハァ……」


 クロは何とか致命傷だけは避けていた。

 それを見たレオナルドは、


「この勝負……あなたの勝ちです」


 自らの敗北を認めた。

 重傷は負ったがクロに致命傷は無い。不死というアドバンテージが無くとも、レオナルドの『篠突』を防いで見せたのだ。


「私の方はグリモアのエーテルが消し飛ばされたようで……どうやら完敗のようです。エルドアールヴ、やはりあなたは……凄まじい」


「しかし」とレオナルドは言った。


「不思議な気分です。我が生涯の全てを懸けた攻撃を防がれて、返り討ちにされて。悔しいはずなのに、晴れやかな気分になってしまっています……」


「レオナルド……」


「ああ、そんな顔をしないでください。私は敵ですよ?」


「…………」


 自分が今、どんな顔をしているのか分からない。

 ただ、彼を助けることが出来ないのが、悔しくてたまらない。

 敵として倒すしかなかったのが、悔しくてたまらない。


「エルドアールヴ、ひとつ……私に勝った報酬として、アルトゥール大公について、お教えしましょう」


 レオナルドは仰向けに倒れたまま、言った。


「アルトゥール大公は『死んでしまった英雄』を蘇らせています。私のような半端者ではなく、本物の英雄を……です」


「…………」


 とてつもない事を聞いた。

 考え得る限り、最悪だ。


「リビングデッドは……アルトゥール大公の『軍』は、強大です」


「……ああ、でも……」


「ええ。あなたは負けない」


 レオナルドが言った。

 確信を持ったような声で。


「…………どうやら、限界のようですね」


 レオナルドの体が、さらさらと音を立てて白い灰になっていく。

 遺体は灰へ。

 大気へ、大地へ、その体は自然界の中に溶け込んでいく。


「アルトゥール大公の詩編は、無念を抱いて死んだ者が蘇る」


「無念を……」


「私は、もう……当初の無念は果たしました。あなたには負けてしまいましたが、それでも……最高の闘いだった」


 にこりとレオナルドが笑う。

 憑きものが落ちたような表情だった。

 きっと、この優しい顔が、彼の本来の顔なのだ。


「レオナルド……」


「ただひとつ……無念があるとすれば……」


 レオナルドが言う。


「これから強大な敵と闘う定めを持ったあなたと、

 共に闘えないのが……無念です」


 本当に残念そうに。

 真っ直ぐクロの瞳を見て、そう言った。


「レオナルド、あなたはさっき自分のことを半端と言ったけど、それは違う。

 あなたは本当に強かったよ」


「ふふ……エルドアールヴにそんなことを言われるなんて……剣士冥利に尽きますね」


 レオナルドはもう体のほとんどが灰となって、後は顔の半分ほどになっていた。

 もうすぐ彼は本当の意味で死ぬ。


「レオナルド、命の海で、また会おう」


「ふふ……古い惜別の言葉ですか。では、私も……」


 もうほとんどレオナルドの姿は無くなっていた。


「エルドアールヴ、どうか、どうか……ご武運を」


 それが、彼の最期の言葉だった。

 風が吹く。

 灰となったレオナルドの名残は全て、夜の闇に紛れて見えなくなった。


「わたしも……死んだ後に、何かできることが、あるのかな……」


 ポツリと呟いたデオレッサの言葉が、

 いつまでも、いつまでも、クロの耳に残った。





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