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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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13 意外な再会、あり得ない敵




 一夜明け、馬車を走らせて最寄りの村に立ち寄った。

 ここは村というには規模が大きく、宿屋から武器防具屋、馬車貸しや道具屋、食事処など各種施設が充実している。

 これは商人や冒険者が集うグレアロス砦から比較的近いことが一因で、旅人が立ち寄ることが多いからだった。


「……まいったな」


 村の入口で、クロが地図を見ながら呟いた。

 困ったことになった。

 旅には予想外の出来事は往々にして起こる。

 しかし、それにしても問題が起きるのが早すぎる。


「どうしたんですか?」


 エリクシアが聞いてきた。

 彼女は馬車の外に出て馬を撫でていた。


「何か問題かしら?」


 シャルラッハも馬車から顔を出してきた。


「それが……」


 門番に村に入る許可を貰っていたクロだったが、とんでもないことが分かった。


「この村の先に大きな河があるんだけど、つい先日、そこの橋が壊れたらしいんだ」


「橋が!?」


 橋は通行の要である。

 橋が壊れてしまっては馬車の移動が不可能になってしまう。

 歩きでも荷物がある場合、大きな河では中々難しい。


「ベルが何も言ってなかったから、彼らがグレアロス砦に到着した後に壊れたんだと思う」


「魔物の仕業?」


「いや、門番が言うには魔物が現れた形跡はないらしい」


「ってことは老朽化かしら。古い橋だったものね。それにしても……このタイミングで来たのは運が悪かったわね」


「…………」


「遠回りは?」


「南に行けば他にも橋があるけど、デルトリア辺境を抜けてしまうから今借りてる馬車じゃ契約違反になる。北西に行くと険しい山道があって馬車じゃちょっと無理そうだ」


 東側がグレアロス砦。

 今から向かおうとしていたのが王都に続く西の道だった。

 クロが馬車貸しと交わした契約内容は、王都に続く西の道を使う場合でのみ馬車を使用できるというものだ。

 契約は約束事であり、絶対だ。

 違約金を払えば何とかなる事もあるが、信用は金では買えない。

 そういうところは大事にした方が後々都合が良い。

 永い年月を生きたクロが得た教訓だ。


「つまり……?」


「ここで馬車を手放して北西の山道を歩く。そこから山越えで遠回りをして、予定していた西の道に戻る」


 ルートを変更する旨を話す。

 すると、馬車の中からエーデルが出てきた。


「この馬車は村の馬車貸しに返してもらうんじゃろ?」


「そのつもり」


 馬車貸しは馬車協会というものに入っており、馬車貸し同士で連携している。

 それぞれの地点で問題があった場合、何かと都合してくれるようになっている。


「なら辺境を抜ける用に新しく馬車を借りて、南の橋を渡ればよいのじゃ」


「みんなその考えで借りたせいで、もう馬車が無いらしい。2週間待ちだそうだ。そこまで待つぐらいなら、山道を歩いた方が早い」


「ハァ!? せっかく楽して王都まで行けると思ったのに!」


「仕方ないさ。橋が直るには何ヶ月もかかるから……」


「私は山道好きですよ!」


 アヴリルが言った。

 こういう時、ポジティブな彼女の言葉はありがたい。


「ま、わたくしも山道は別に問題ないですわ」


「お馬さんと離れるのは寂しいですが、私も山道は大丈夫ですよ」


 シャルラッハとエリクシアも問題無さそうだ。


「うぬぬ……裏切り者共め!」


 エーデルは嫌そうだった。

 しかし関係無い。

 普段歩かない彼女だから、たまには山道で鍛えた方がいいだろう。


「とりあえず今日はもうこの村に泊まろう。ゆっくりして、そこから山に向かった方がいい。宿の手続きは俺がやっとくよ。この村のご飯はどの店も美味しいから、楽しんでくるといい」


「よし、ゆくぞ皆の者ッ!」


 美味な料理に目がないエーデルは一瞬で機嫌が直った。


「……クロは一緒に来ないんですか?」


「ちょっと色々聞き込みもしたいから、みんなで行っておいで。ああ、持ち帰りで俺の分の料理も買っておいてくれると嬉しい」


「そういうことなら、行くわよエリー」


「宿はとっておくから、陽が落ちるまでには部屋に戻っておいて」


「ああ、なるほど……グリモアですわね」


 グリモアは夜になると自動的に出現してしまう。

 アレを村人に見られでもしたら騒ぎになる。

 夜はエリクシアには部屋で大人しくしてもらわないといけない。


「エリクシアを頼んだよ」


「任せなさいな」


 そうして一向は、この村で一泊することになった。




 ◇ ◇ ◇




「さて……」


 もう夜になった。

 やることは全てやった。

 馬車を返し、宿の手配もして、エリクシアたちが部屋に入るのを見届けた。

 持ち帰ってくれた料理はとても美味しかった。

 あとは、


「たしかこの辺りに……」


 気になることがあったので、それの確認をする。

 ここは村の外。

 すぐ傍の道端だ。


「……あった」


 クロが道端に落ちていたものを拾う。

 馬車で通る時に、目の端でとらえていた。


 拾ったそれは鉄で出来たロザリオ……のような物体だった。

 途轍もない怪力で握り潰されて、ひん曲がっている。

 さらに、ロザリオの中央が貫かれている。


「やっぱりだ……」


 これは、わざと壊されていると推測される。

 心ない悪人でも、ロザリオを穢して聖国『アルア』にケンカを売るようなマネはしない。

 魔物ですらこんな無駄な事はしない。

 であれば答えはひとつ。

 ロザリオを壊した人物は、聖国も教会も、神をも怖れない異端者。

 こんな罰当たりな事をするのは、レリティア広しといえども、たったひとりしか心当たりはいない。

 悪意や邪念が形を持ったかのような人物――




「――ジズ」




 自分にだけ気づくように、彼が置いていったものに違いない。


「橋を壊したのは……ジズだろうな」


 ということは、この村か、あるいは周辺に、

 警戒を最大限に高め、周囲を散策する。

 村の中は既に調べてある。

 ジズが何かしたとすれば、村の外だ。


「…………」


 しばらく村の周囲を調べていると、人がいた。

 年端もいかない少女が、ひとり。

 ここは村から少し離れた荒れ地だ。

 ちょうど村からも見えない位置にある。

 そんな場所に、こんな幼い少女がいるのは異常だ。


「ここで何をしている」


 少女に声をかける。

 すると、その少女がこちらへ顔を向けた。


「ん?」


 少女は目に包帯を巻いていた。

 腰まで伸びた白い髪は手入れされていないのか、どこか野性的な印象を受ける。

 服は古びた民族衣装で、長いスカートを地につけている。

 そして、スカートで隠れていたが、よく見ると少女は裸足だった。


「そん……な、バカな……」


 思わず、そんな声を出してしまった。

 二千年を脈打った心臓が激しく動き出す。

 少女を見た瞬間、その正体に気づいた。


「――?」


「ひさしぶり、おにいちゃん」


 彼女こそは第四悪魔デオレッサ。

 今より500年前に生きていた、当時のグリモア所持者である。

 水竜ヴォルトガノフと魂を同化し、『始原の魔法』を手に入れた無垢の悪魔。


「……なんで、君がここにいる?」


 動揺を無理やりに抑え込み、努めて冷静に聞く。

 彼女はもう死んでいるのだ。

 死んだ悪魔の魂はグリモアに取り込まれる。

 今はグリモアの中で眠っているはずなのだ。

 それを大禁忌の召喚魔法で呼び起こすのがエリクシアで、先日の闘いではエリクシアの体を介する事でこの世に顕現していた。


 しかし、今そこにいるのはデオレッサという少女そのものだ。

 500年前。

 彼女が亡くなった瞬間をこの眼で見ている。

 滝のすぐ近く、茂みの中に隠れるようにしてデオレッサの様子を伺っていた。

 そして、彼女が父親に殺される瞬間を見た。


 助けようとしたが、魔法の枷にエーテルを奪い尽くされて動けなくなった。

 デオレッサを助けてしまえば歴史を変えてしまうからだ。

 あの時の、心が張り裂けるような悔しい想いは今でも覚えている。

 目の前にいるデオレッサは当時の姿そのものだ。


「なんで、実体がある……」


「今のわたしはエーテルたいなんだよ~」


 エーテルで構成されている体。

 前に水竜ヴォルトガノフが実際のサイズよりも小さめで出現した時と同じようなものだ。

 つまり、意思を持って動く魔法のようなものだ。


「部屋にいるエリクシアのところから抜け出して来ちゃったっ!」


 ペロッと舌を出してイタズラっ娘のように言うデオレッサ。

 しかし納得が出来ない。


「エリクシアが魔法を使ったってことか?」


 悪魔だとバレたら大変な事になると分かっているはずだ。

 エリクシアが村の中で魔法を使うはずがない。


「ううん。わたしが勝手に出てきたの」


「グリモアから、勝手に……?」


「そだよー」


 彼女はとんでもない事を言っている。


「あ、でもそんな自由があるのは悪魔の中でもわたしだけだから安心して」


 デオレッサが近づいて来る。

 目を包帯で覆っているが何らかの方法で知覚しているらしく、その歩みは確かなものだった。


「どういうことだ?」


「わたしはね、無力なの。何の力も無い。今のわたしは人間の子供にさえ負けちゃうぐらい、弱いの。第四悪魔が闘えるのは、おかあさんの魔法のおかげなんだー」


 デオレッサがすぐ目の前に来た。

 彼女の言うとおり、その体を構成するエーテルを観察すると、子供が持つエーテルよりも遙かに弱いものだというのが分かる。


「ほら、わたしに触れてみて」


 デオレッサが背伸びして、顔を触れるように促した。

 言われるままに、その頬に触れた。

 そっと触れないと壊れてしまいそうなほど、デオレッサは儚い存在だった。


「ふふ、優しいね。おにいちゃんの手、わたし好きだな……」


 デオレッサは嬉しそうに口元をほころばせた。


「わたしは無力で、世界に何の影響も与えられない。きっと虫すら殺せない。だから、わたしは存在する事に何の意味も無いの。だからグリモアも、わたしの存在を気にしないの」


「…………」


 つまりこういう事だ。

 存在してもしなくても、どちらでもいい存在。

 だからこそ、グリモアのルールもデオレッサには影響しない。


「おかあさんはダメだった。他の悪魔もダメだった。でもわたしだけは自由にグリモアから抜け出せる。何の力もないからねー」


「…………」


「どうしたの? 怖い顔して」


「…………」


「おにいちゃん?」


「…………」


 答えないクロに少し苛立ったのか、デオレッサが口元をムッと結ぶ。


「ちょっと歩きすぎたから、わたし疲れちゃった……」


 デオレッサが離れようとして、


「――待て」


 それをクロは止めた。


「な、なに? そんなに強く手を握られたら……わたし、壊れちゃうよ」


「誰か来た。

 俺の後ろに隠れてくれ」


 神妙な表情でクロが言う。

 いつの間にか、背後に妙な気配があった。




「さすがエルドアールヴ。隙という隙が微塵も無いですね」




 しゃがれた男の声。

 剣を持った初老の男性だった。

 ゆっくりとした動作で、距離を詰めてくる。


「あなたは……」


「何? おにいちゃんの知り合い?」


「……いや、直接は知らない。でも有名な人、


「だった?」


 デオレッサが首を傾げる。

 クロが頷く。


「俺の記憶違いじゃなければ、彼は『剣豪』レオナルド・オルグレン」


如何いかにも、です」


 男が肯定し、続けて言う。


「しかし……かの大英雄に名を知られているのは、喜び反面、なかなかに面映おもはゆいものです」


「……あなたは、十数年前に、だが」


「如何にも、です」


 剣豪と呼ばれた男は、適度な間合いで歩みを止める。


「デルトリア伯……フリードリヒ・クラウゼヴィッツとの決闘で、死んだはずのあなたが……なぜここに」


『才能殺し』のデルトリア伯。

 その悪名のはしりとなってしまった剣豪。

 当時8歳のデルトリア伯に決闘を申し込まれ、その果てに壮絶な自決をした剣豪こそが、今目の前にいるレオナルド・オルグレンだった。


「屈辱の極みに堕ち、それでも死にきれず、恥ずかしながら冥界より舞い戻って参りました」


 死んだはずの者。

 彼は決して不死ではない。

 しかし、これを実現するすべがあることをクロは知っていた。




「――グリモア詩編・第二災厄、無念の業『屍術』」




 人が死から蘇るなど尋常の力ではない。

 あり得ない。

 すなわちこれは世界の理を逸脱した異端の業。

 悪魔の本――グリモアの災い。


「レオナルド、あなたをここに寄こしたのは誰だ?」


「私に聞かずとも、知っておられるでしょう?」


「……ジズか」


「如何にも、です」


 やはり、あのロザリオはジズが置いたものだった。

 クロと剣豪レオナルドを引き合わせるために。


「あなたを蘇らせたのは……」


「それもまた、私に聞かずとも、知っておられるでしょう?」


「……アルトゥール・クラウゼヴィッツ」


 デルトリア伯の父親。

 グラデア王国方位騎士団・南の団長。

 荒れに荒れて騒乱の真っ只中だった南の土地を制覇した恐るべき騎士団長。

 敵を皆殺しにして勝利し続けた彼の戦名いくさなは『殺戮の軍神』。


 そして、レリティア十三英雄のひとり。

 エルドアールヴと同格の『英雄』だ。


「やっぱり、アルトゥールが詩編持ち……『蘇生者ネクロマンサー』か」


「如何にも、です」


 剣豪レオナルドが腰を落とし、剣の鞘に手を当てた。

 異常なほどの戦気が彼の体からほとばしる。


「これ以上は、問答無用です。エルドアールヴ、そして見知らぬ少女よ。

 いささかの恨みも無いが――あなた方を斬る」


 もはや言葉は意味を為さない。

 闘いは避けられない。

 それは彼のエーテルが物語っている。


「デオレッサ、もう少し後ろへ」


「え? 気にしなくていいのに。

 どうせわたしはすぐにでも消えるような存在だから――」


「――デオレッサッ」


 強い言葉だった。

 怒りの感情が見え隠れする。

 デオレッサはそのことに驚いた。


「存在してもしなくてもいい存在なんかいない」


 それは、クロにはどうしても譲れない一線だ。

 存在しちゃいけないものなんてない。


「俺の後ろでじっとしててくれ」


「う……うん」


 どうでもいい存在なんて、決してこの世にいない。

 だから絶対に、


「絶対に、君を守りきる。

 もう二度と君を、殺させはしない」


 クロ・クロイツァーという一個の魂と誇りと矜持に懸けて。

 もう二度と、悪魔を殺させはしない。

 意地でも、守りきってみせるのだ。




 ◇ ◇ ◇




 どこかで、

――大なく音が聞こえた。




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