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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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11 晴れやかな旅立ち




「よし」


 蒸し暑い厩舎きゅうしゃの中で、クロは一息ついた。

 馬車の確認はとどこおりなく終わった。

 手綱は壊れていないか。

 馬の調子はどうか。

 車輪の欠けた部分はないか、等々。

 随分と時間はかかったが、馬車貸し屋は良いものを寄こしてくれたようで、何の問題もなかった。


「これはまたずいぶんと大きい馬じゃな」


 時間も良い頃になって、エーデルが現れた。

 昨日新しく買ったのだろう、旅用の黒い外套を華麗に着こなしている。


「これぐらい力のある馬じゃないと俺の武器を運べないからね……」


 槍斧ハルバード大戦斧ギガントアクス

 超重量武器であるこれらを運べる馬は限られてくる。


「馬車ごと買ったのかの?」


 馬の尻をポンポンと触りながら、エーデルが聞く。


「まさか、借りたよ。次の街までだけど、それでも旅がちょっとは楽になる」


「まぁ、わらわはお主の肩に乗るから歩きでも問題はないがの」


「戦闘中まで乗るのは勘弁してほしいけど……」


 やれやれと思いながら、多少のワガママを許してしまうぐらいにはエーデルに甘くなってしまう。

 何しろ、彼女の一族にはずっと世話になっていた。

 親友ラグルナッシュから始まり、歴代の族長、そしてエルフの里が国となって国王と名が変わり、そして今に至る。

 ずっとエルドアールヴの影の支えになってくれていたエルフの一族には、感謝してもし足りない。


「他の3人は?」


「ここにいますわ」


 シャルラッハとアヴリル、そしてエリクシアが後ろからやって来る。

 グレアロス騎士団の遊撃として、そして悪魔の監視という建て前でこの旅に同行する。

 相当に危険な目に遭うことは必至だが、彼女とアヴリルの熱意とベルドレッドの強引な手法でやむにやまれず頷かされた。

 とは言うものの、こちらとしては戦力が増えるのはありがたい。

 彼女達なら、いざとなった時にエリクシアを安心して任せることが出来る。


「クロイツァー殿、荷物は後ろでいいですか?」


「人が寝転べるぐらいは広いから、適当に積んでくれていいですよ」


 この馬車は荷馬車だ。

 ちょっと奮発して借りたので、ほろが張ってあり、日差しや雨風を避けることが出来る。

 大柄の馬とはいえ、ここまで大きい馬車だと速度は出ない。

 しかし、出発ぐらいはゆったりと景色でも見ながらのんびり行こうと思い、これにした。

 これからの旅路を考えると、それぐらいの贅沢は許されるだろう。


「ふぅん。ずいぶんと大きな馬ですわね」


「あ、それはついさっき、わらわが言ったぞ」


「……あなたと同じことを言ってしまったのは、とんでもない屈辱ね」


「なんじゃと!?」


 と、いつもどおり衝突しているシャルラッハとエーデル。

 その後ろで「ふふふ」と微笑んでいるエリクシア。


「本当に2人共仲が良いですね」


「よくないですわ!」

「よくないのじゃ!」


 まったく同じタイミングで否定する2人に、またも「ふふふ」と微笑むエリクシアだった。


「みんな同じような外套にしたのか」


「ええ。可愛い色を、とは思いましたけれど、やっぱり揃えた方が、気分が出るものでしょう?」


 5人全員が、黒い外套だった。

 細々こまごました装飾の部分は少し違うようだが、パッと見は同じように見える。


「えへへ、クロとお揃いです」


 エリクシアが嬉しそうに言う。

 全員揃えたというのは、自分も例外ではないらしい。

 エルドアールヴの黒い外套に合わせて買ったようだ。

 正直、仲間感が一気に出て、ちょっと嬉しかった。


「地図は……あるな。食料も水もある。馬用のも大丈夫。薬は……全部あるな。

 よし、準備は出来た」


 馬の手綱を握り、後ろを見る。

 エリクシア、シャルラッハ、アヴリル、そしてエーデルの顔を見る。


「行こう」


「はい!」


 手綱を引き、馬を歩かせて厩舎を出る。

 この厩舎はグレアロス砦の西門の近くにある。

 門を出てすぐ旅立てる場所だ。

 少しだけ暗い厩舎から、日の当たる場所へ。


 すると、大勢の人が厩舎の周囲に整列していた。

 こちらの姿が見えた途端、ピタリと雑談が止まる。

 静けさが広がる。

 これほど多くの人がいるのに、静寂に包まれている緊張感。

 いや、緊張というよりは期待からの静寂だろうか。


「これは……」


 人がいるのは知っていた。

 ここは西門のすぐ傍で、人通りが多い。

 おそらくグレアロス砦で一番の人集ひとだかりができる場所だった。

 だから人の気配が異常に多かったのに対して何の疑問も持っていなかったのだが。


「ほぅ、ベルドレッド大公め、やりおるの」


 エーデルが笑みを浮かべる。


「随分と粋なことをしますのね」


 シャルラッハもその意味を理解したのか、静かに微笑んだ。


「旅立ちとしては最高のものですね」


 アヴリルもまた、人々の意図を知ったらしい。


「え? え?」


 エリクシアだけが、意味も分からず動揺していた。


「行こう」


 もう一度、歩みを促す。

 人垣の間、馬車道をゆっくりと歩む。

 人々は、こちらの行動を静かに見守っている。


「あ、あの……クロ、これは一体?」


 エリクシアは不安そうだ。

 人々に敵意が無いのは分かっているだろうが、たしかにこれの意図が分からないと不安にもなるだろう。


「大丈夫。すぐに分かる」


「……?」


 エーデルは国王だ。

 シャルラッハは貴族で、アヴリルはその従者。

 自分はエルドアールヴとして、何度もこういう体験をしている。

 エリクシアだけは、これまでの立場から考えるとあり得ないことだ。

 なぜならこれは、


「皆の者ッ!

 この砦を守った戦士達の旅立ちだッ!!」


 自分達の門出を祝う、グレアロス砦の大集会である。

 ベルドレッドの言葉の号砲を経て、静まり返っていた大衆達が一斉に騒ぎ出す。


「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


「気をつけていけよッ!」


「元気でなッ!」


「ありがとな!」


「頑張れえええええええええ!」


 熱く、そして温かい言葉の嵐。

 西門に集まった多くの人達が、それぞれ思い思いに応援してくれている。


「――――――――」


 エリクシアはキョトンとして、その赤い眼をまん丸にしている。

 無意識だろう、こちらの外套の裾を控えめにキュッと掴んでいた。


「ベル」


「砦の恩人達にゃ、これぐらいはしないとな。

 まぁ、気持ち良く旅立ってくれや」


 ベルドレッドが豪快に笑う。


「ああ、ありがとう」


「よ、よぉ……クロイツァー」


 大柄のベルドレッドの肩には、なぜかヴェイルが担がれている。


「ど、どうしたんだ? そのケガは……」


「ちょっとな……」


 ボロボロの衣服は、壮絶な特訓をしたかのような痕。

 自分で歩けないほどに疲弊している様子だった。


「まさか……」


「まぁ……そういう事だ。と、とにかく……俺が気を失う前に、言っておかないとな」


 ヒィヒィと息切れしながら、ヴェイルが言った。


「――また会おうぜ、戦友」


 そんな、言葉を。


「ああ――また会おう、戦友」


 交わす。


「…………」


 そして、ガクッとヴェイルの顔が下がった。


「ヴェ、ヴェイル!?」


「くくく、お前に今の言葉を言うためだけに意識を保ってたみてェだな」


「ベル……」


「ま、起きたらまた地獄の特訓だ。くくく、いいヒマ潰しを手に入れたぜ」


「無茶はするなよ、とは言えないか……」


「よく分かってんじゃねェか」


 ベルドレッドは特訓で手を抜くような人間じゃない。

 やる時は徹底的にやる男だ。

 これからヴェイルの身に地獄のような日々が続くのは間違いない。

 だがしかし、それを耐え切った時。

 ヴェイルが見違えるぐらいに強くなっているのもまた、間違いない。


「同志クロイツァー」


「エルドアールヴ」


 今度はマーガレッタとヴィオレッタが話しかけてくる。


「気をつけてな」


 優しい声で、マーガレッタが言った。


「はい。そちらも、お気をつけて」


 彼女には色々と世話になった。

 ヴィオレッタと再会できて、本当に良かった。


「エルドアールヴ。砦のことは任せてくださいね」


 やや涙声で、ヴィオレッタが言う。


「頼んだよ、ヴィオレッタ」


 彼女にも世話になった。

 ずっと縁の下で支え続けてくれた。


「王さま、エルドアールヴをあまり困らせないようにしてくださいね」


「わ、分かっとるわ! 最後の最後まで、キサマは……まったく」


「泣かないでくださいよ……こっちまで、しんみりしてしまうじゃないですか」


「な、泣いてないのじゃ!」


「はいはい」


 エーデルとヴィオレッタ。

 主従の関係だったが、歳の近い同性同士で仲が良かった。

 ある意味、シャルラッハとアヴリルのような関係に近い。

 お互い、離れるのは寂しいのだろう。


「いいか? キサマはわらわの従者じゃ。ちょっと離れるとはいえ、それは変わらんのじゃからな!」


「……はい。分かってますよ、王さま」


 横を見るとシャルラッハとアヴリルが、兵士達に話しかけられていた。


「シャルラッハさま。特別任務、どうか頑張ってくださいませ」


「ええ。あなた達も、変わらずこの砦を守ってちょうだい」


「アヴリルさまも、どうか、ご武運を」


「ありがとうございます。頑張ってきますね!」


 グレアロス砦三強女傑の二角である彼女達。

 ふたりは砦に赴任してきてまだ三ヶ月しか経たないが、兵士や住民にとっては憧れの的だ。

 そんな彼女達を激励する言葉や、応援は、一際大きいものだった。

 そして、


「エリクシア」


 ガラハドが前に出てきて、エリクシアに近づいていく。

 すっと手を出して、エリクシアの頭を撫でた。


「わっ」


 慣れていないせいで力加減が分からないのだろう。

 不器用だったが、それはたしかに愛情が感じられるものだった。


「クロイツァーから離れるんじゃねェぞ。コイツなら何があってもお前を守ってくれる」


「……はい!」


「あと……」


 少し話し辛くしながらガラハドが言う。


「ドワーフの故郷は滅んじまったが、ワシがいるここがお前の故郷だ。いつでも帰って来い。ワシはいつでも、ここにいる」


「ガラハドさん……」


「はは……まぁ、ろくに父親らしいこと出来なかったワシが今さらって感じだが」


 そのガラハドの言葉を遮るように、




「――




 エリクシアが、そう呼んだ。

 それは初めてのことで、きっと相当な勇気が要ったことだろう。

 ガラハドのことを父と。

 エリクシアはそう呼んだ。


「今度帰って来たら、また一緒に、ノエラの……お母さんの話をしましょう。昔のお父さんのお話も、聞きたいです」


「エリクシア……」


 ガラハドの眼から、熱いものがこぼれ落ちる。

 ポロポロポロポロと、止めどなく。


「…………っ」


 その顔を見られたくないのか、ガラハドはエリクシアの背をポンと押した。

 進め、と。


「いってこい」


「はい! いってきます!」


 そして戻って来い、と。

 血の繋がらない親娘の絆は深く。

 ふたりの間にあった溝はもう、どこにもなかった。




 ◇ ◇ ◇




 止むことのない大声援を受けながら、クロ達はグレアロス砦を後にする。

 西門をくぐり、王都へ続く道に一歩踏み出した。


「そわそわして、どうしたの? エリー」


 シャルラッハが言った。


「わたし、こんなの初めてで……どう反応したらいいか、分からないんです」


 それは嬉しさの感情からか、涙を流しながらエリクシアが呟く。

 それにシャルラッハが返す。


「簡単よ、手を振りかえしてあげればいいのよ」


 後ろのグレアロス砦を見ると、みんなが外に出てきていた。

 兵士達や住人、子供達や老人も、みんな手を振っていた。

 教会のシスター、そしてエリクシアを助けようとベルドレッドに直訴した人達も。

 みんなが自分達の門出を祝福してくれていた。


 シャルラッハは前だけを真っ直ぐ見据え、

 アヴリルはその隣で同じ景色を見て、

 エーデルは声援に満足な笑みを浮かべ、

 エリクシアはずっとずっと、手を振りかえしていた。


 空は晴天で、出立の日としては最高だ。

 馬車は小気味良い音を立てて道を進んでいく。

 穏やかな風は、クロ・クロイツァー達を優しく包んでいた。




――この晴れやかさが、旅の終わりまでずっと続けばいいのに――




 クロはそう願わずにはいられなかった。





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