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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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10 旅支度




 グレアロス砦の大通りは、今日も人でごった返していた。

 いくつもの店が並び、呼び込みの声があちこちで聞こえてくる。

 まるで川の水のように、買い物客が道の流れを作っている。


 楽しげな子供の声。

 値下げ交渉をする人の声。

 どの店が安いか情報交換をしている人達。

 ひとつの商品を求め、活気の良い競りまで行われている。


「……す、すごい人ですね」


 凄まじい喧騒の中、エリクシアが呟いた。

 これまで人を避けて生きてきた彼女だ。

 こんな人混みを経験したことはなかったので、圧倒されている様子だ。


「この辺りは食べ物市場だから、どうしても人が多いですわね」


 シャルラッハは物怖じしない様子で、すれ違う人々を自然に避けている。


「腹が減ったぞエルドアールヴ。わらわ、油ものが食いたいのじゃが」


「我慢してくれエーデル。今日は旅支度が先だ」


「いやじゃ。お主の肩に乗らず、わらわは自分の足で歩いておるのじゃぞ? そのぐらいのワガママは許すべきじゃ」


 エーデルは3歩歩けば文句ばかりだった。

 見た目そのまま幼児のように頬を膨らませている。

 しかし間違えてはいけない。

 彼女の実年齢はエリクシア達と同年代である。

 王の特権として、いつもはクロの肩に乗っており、自分で歩くことはない。

 よくよく考えてみればおかしな話だが、彼女が子供の頃からそれが自然だったので、クロも慣れてしまっていて当たり前になっている。


「まぁまぁ落ち着いてくださいエーデルヴァイン殿。もう少し歩けば騎士団御用達ごようたしのよろず屋ですので」


 アヴリルがエーデルを諭している。

 いつもならヴィオレッタがその役目をするはずだが、彼女は今、姉のマーガレッタと共にいるため不在だった。


「エリー見て! リードシクティスですわ、めずらしい」


「わぁ! あんな大きな魚はじめて見ました!」


 ワガママ放題のエーデルと衝突するかと思われたシャルラッハは、それどころではなかった。

 どうやら相当にエリクシアのことを気に入ったらしく、彼女との会話を楽しむことに夢中だった。


「あの魚、シャルちゃんは食べたことがあるんですか?」


 エリクシアも楽しそうで、いつの間にか、ふたりだけの呼び名で呼び合っている。


「ええ。味付け次第ですけれど、おいしかったですわ。そうだ、良いお店を知っていますから、お昼に食べに行きましょうか」


 たわいもない会話をしながら大通りを抜ける。

 しばらくして。

 アヴリルが言っていた騎士団御用達のよろず屋に辿り着く。


 大きな店だが、店内は静かな雰囲気だった。

 休暇中の兵士や、冒険者達が真剣な表情で品物を見繕っている。


 この店は武具職人からも直接品物を仕入れているため、鎧や盾、そして剣など様々な種類の武器や防具も売っている。


「懐かしいな……」


 グレアロス砦に来てからはこれが口癖になってしまっている。

 ずっとずっと前に、この店で片手斧ハンドアクスを買ったことを今も覚えている。

 ヴェイルに買い物を手伝ってもらったのも、ここだ。


「何を買うんですか?」


 エリクシアが興味深そうに聞いてくる。


「まずは旅には必須の靴かな。街の道とは違って、山道とかは整備されていないから、石ころとかでよく壊れるから、できるだけ丈夫な物を何足か買おう」


「わ、わかりました。丈夫な物……」


「さすがに見ただけじゃ分からないだろうから、シャルラッハが見繕ってくれないか?」


「あら、わたくしでいいんですの?」


「女性物は分からないんだ。シャルラッハなら、靴は大事に選んでそうだから適任かなって」


 彼女の『雷光』は究極的に言うと、移動の戦技だ。

 その軸となる靴は、相当に厳選しているはず。

 特に自分の闘いに関する重要な装備。彼女ならまず間違いはないだろう。


「そういうことなら、分かりましたわ」


「お金のことは心配しないでいいから、良い物を選んであげてほしい」


「了解ですわ」


 ニヤリ、とシャルラッハが悪そうな笑みをしたのは気のせいだと思いたい。


「あとは……外套だな。雨風を凌ぐのは大事だから、それも頼んでいいかな」


 エリクシアの外套は随分と古くなっている。

 ここらで一新しておいた方がいいだろう。


「クロ、本当にいいんですか? 色々買ってもらって……」


「気にしないでいいよ。これから長旅になるから、準備だけは怠らないようにした方がいい」


「ついでにわたくし達のも選びましょう、アヴリル」


「はい。あ、そうだ。下着も新調しておきましょうか。長旅になるのなら、必要ですよね」


「…………」


「…………」


 しーん、となった。


「アヴリル……そういう話は男性がいないところでやってほしいですわ」


「え? 私はクロイツァー殿に選んでもらうつもりだったんですが。ほら、どうせなら男性の意見とか聞きたいじゃないですか。シャルラッハさまは違うんですか?」


 アヴリルはケロッとした顔でとんでもない爆弾を放つ。


「お断りします」


 厄介なことにならない前に意思を示しておく。


「え? 何でですか? クロイツァー殿はどんな下着が好きなのか知りたいのですが」


「わらわも、それは気になるのぉ?」


 エーデルが調子に乗って乗っかってきた。

 悪巧みが服を着て歩いているような性格だ。ここぞという時に執拗に攻撃してくるのは毎回のことだった。


「シャルラッハ、君らのも俺が出すから、後は頼んでいいかな。食料とか、他の細々こまごましたものは俺が買っておくから……」


 これはマズい前兆だと察したクロは、シャルラッハに全て丸投げする。


「お金はエルフ商会のツケにしてくれれば大丈夫だから」


「はいはい。任せなさいな」


 ひらひらと手を振りながら、了解してくれた。

 理解の深い人がいると本当にありがたいと痛感する。


「いらっしゃい、エリー。可愛いのを選んであげる」


「よ、よろしくお願いします」


 早速、買い物をはじめるふたり。

 その様子を尻目に、アヴリルとエーデルに捕まる前に、そそくさとその場を立ち去るクロだった。




 ◇ ◇ ◇




 夕方。

 ひと通りの買い物をしてきたクロは、マーガレッタが用意してくれていた客室に帰った。

 まだエリクシア達は帰って来ていない。

 女性の買い物は長くなるとは分かっていたが、これは夜までかかるだろうと踏み、砦の様子を見ておこうと要壁の上を歩いていた。


「あ……」


 すると、壁の一部が崩れている。

 兵士達が修復工事をしている様子が見てとれた。


「……せめて修繕費は出しておかないと」


 この大破壊は自分でやったものだ。

 物なら直すことができるからと、戦闘中は一切気にしなかったが、あらためて見ると、とんでもない事をしてしまったようだ。


「……足りるかな、お金」


「いや、そういうワケにはいかないぞ。同志クロイツァー」


 こんな壁の上に人がいるとは思わなかったが、同じように砦全体を見渡していた人がいた。


「マーガレッタさん」


「砦を救うために闘ってくれた貴公に修繕費まで出させたとなると、騎士団の沽券に関わるからな」


 騎士団には騎士団の面子がある。

 たしかに、自分が金まで出したら彼らの面目が立たない。

 ここは言葉に甘えた方が良さそうだ。


「エルドアールヴ、買い物は終わったんですか?」


 ヴィオレッタも一緒だった。

 4年もの間、離れ離れだったふたりは、その年月を埋めるかのように、ひと時も離れることがなかった。


「うん。俺の方は……ね」


「王さまがワガママを言ってないか心配だったのですが、もしかして……」


「いや、エーデルはアヴリルさんが制してくれているよ。多分シャルラッハで慣れてるんだろう、扱いが異常に上手かった」


「ということは……」


「多分、買い物を楽しんでるんだと思う。時間を忘れるぐらいに」


「なるほど。それなら、まぁ……安心ですね」


 ヴィオレッタが一拍置いて、口を開いた。


「エルドアールヴ」


「ん?」


「本当に、いいんでしょうか?」


「…………」


 何が、とは言わなかった。

 申し訳なさそうにする彼女の表情を見て、何を言おうとしているのかは理解できた。


「私は、あなたの力になりたかった。4年前、私を助けてくれたあなたの手助けをしたかった。それなのに……」


「やっとマーガレッタさんと再会できたんだ。きっと、その方がいい」


「で、でも……」


 うつむくヴィオレッタ。


「……私は、エルドアールヴと一緒に旅がしたいです。でも……姉さんとも離れたくない……」


 自分達はグリモア詩編を探すため、レリティアを旅しなくてはならない。

 しかし、マーガレッタはグレアロス騎士団の副団長だ。

 今は団長がいるとはいえ、この砦の責任者は彼女である。

 シャルラッハ達のように、砦から離れることはできない。


「自分がどうしたらいいか、分からないんです……」


 揺れ動くヴィオレッタの想い。

 その背中をそっと押してあげるべきだと思った。

 彼女を助けた責任として。

 自分の事情のせいで、姉と離れ離れにさせてしまった責任を取らなければならない。


「ヴィオレッタ、君は俺の従者になりたいってずっと言ってたね」


「はい」


 4年前、彼女を魔人樹ドリュアスから助けた後、エルフの里に連れて帰った。

 そして、エルドアールヴとしての事情を話し、4年間マーガレッタの元に帰れないことを納得してもらった。

 その間、ヴィオレッタには不自由のない生活をしてもらいたかったが、助けてもらった恩を感じてしまったのか、エルドアールヴの力になりたいと言ってきた。


 当時の彼女は普通の人間だった。

 何の力も持たない彼女を、あえて危険に晒すことは出来ず、その願いは丁重に断っていた。

 しかし、相当な頑固者だったらしく、凄まじい努力の結果、諜報者としての資質を知らぬ間に開花させていた。


 ヴィオレッタの想いと努力。

 それを見たエーデルが、自身の従者にすることで、エルドアールヴの力になりたいという彼女の願いを叶えたのだ。


「これは、俺の最初で最後のお願いだ」


「…………」


「家族との時間を、大切にしてくれ」


 せっかく姉と再会できたのだ。

 この姉妹をまた離れ離れにさせることはできない。


「エルドアールヴ……」


 ポロポロと涙を流す。

 そんなヴィオレッタの頭に手をやったのは、マーガレッタだった。


「心配するな、ヴィオレッタ」


「姉さん……?」


「同志クロイツァー。貴公はレリティアでグリモア詩編を探す。その後は、行くのだろう? 魔境アトラリアに」


 マーガレッタの言うとおり、最終目的は魔境アトラリアの『最奥』だ。

 そして、もうひとつアトラリアに行かなくてはならない理由がある。


「その時こそが、人類の命運をかけた決戦になるはずだ。それこそ、先の戦いとは比べものにならない大決戦だ」


『禁域』にいるマザーが持っている詩編。

 それを取り返さなくてはならない。

 間違いなく、魔物との決戦になる。


「先に言っておくが、私はその決戦に参加するぞ」


「え?」


 ヴィオレッタが驚く。

 マーガレッタは続ける。


「魔境アトラリアに行くにはいくつかルートがあるが、このグレアロス砦はそのひとつだ。行く時はここに来い。私はその時こそ貴公についていく」


「マーガレッタさん……」


 たしかに、魔境に攻め込むということは人類にとっても大切なことだ。

 魔物の数は年々増えており、レリティアを脅かしている。

 このまま手をこまねいていればジリ貧なのは確実だ。

 絶滅か、決戦か。

 そう判断せざるを得なくなる日が必ず来る。

 人類が一丸となって戦いに臨む。

 マーガレッタは、エルドアールヴが魔境に行くその日こそが、決戦だと言っているのだ。


「今はまだ頼りないかもしれんが、何、その時には私も今よりもずっと強くなっておこう」


「姉さん……」


「お前もだ、ヴィオレッタ。彼の力になりたいのだろう? 同志クロイツァーがここに帰ってくるまで、私と一緒に強くなってくれ」


「は、はい!」


 クロは思った。

 この人には敵わない。

 先の先まで見通して、そのための準備をすでにしているのだ。

 これほど心強いことはない。


「エルドアールヴ」


 ヴィオレッタが言う。

 今度は揺れ動くような瞳じゃなく、まなじりを決して真っ直ぐに。


「待っています。必ず、私達を連れていってくださいね」


 日が傾き、紅く染まった約束の言葉は、

 クロ・クロイツァーの胸に、深く染み込んでいった。




 ◇ ◇ ◇




 夜。

 買い物から帰ってきたエリクシア達は楽しそうに試着をしていた。

 シャルラッハから聞かされた総額には目が飛び出そうになったが、何とか平静を保てたと思う。

 彼女らが買ってきたものを確認したところ、良い物を見繕ったようで、その辺りには文句はない。

 エルドアールヴとして長年貯めてきたお金なので、金銭的な打撃というほどでもないし、シャルラッハに任せて正解だった。


「ん……?」


 お土産としてもらった魚の串焼きを頬張りながら、自分の部屋に戻っている途中だった。

 見慣れたドワーフの背中が、バルコニーにあった。


「ガラハドさん、部屋を抜け出してひとりで酒盛りですか?」


「おっ? クロイツァーか、ちょうど良い。こっち来い。へへっ、酒の肴も持ってるじゃねェか」


「どうぞ。でもたしか、軍医から酒は止められてるはずじゃ……」


「お前まで硬ェこと言うな。エリクシアも見舞いに来る度うるせェんだから、今日ぐらいはいいだろ」


 どうやらエリクシアはよく見舞いに来るらしい。

 父娘の語らいを楽しんでいるようで、ガラハドも文句を言いながらも満更でもないらしい。


「聞いたぜ。明日、旅立つんだろ?」


「はい。やることは済ませたので、そろそろ出ないと名残惜しくなりそうで」


「……そうか」


 ガラハドは酒の入ったとっくりから、とくとくとく、とコップに注いでいく。


「…………」


 ごくり、と一気に飲み干した。


「プハァ……うめェ!」


 満足気に言うガラハド。

 コップを置いて、失くした左手を気遣うように、左肩を撫でた。


「痛みますか?」


「まぁな」


 ガラハドはしかし、嬉しそうに笑っている。


「これはよ、ワシにとっちゃ勲章みてェなモンだ」


「エリクシアを助けた時に……って聞きました」


「これぐらいはしてやれて良かったぜ。あいつには、父親らしいことを何もしてやれなかったからな」


「…………」


「…………」


 夜風が吹く。

 星空が瞬いている。


「なぁ、クロイツァー」


「はい」


 とくとくとく、とガラハドが酒をつぐ。

 そして、コップをこちらに寄こした。


「エリクシアを、頼んだぜ」


 そのコップを取り、酒を飲み干す。

 苦い酒が口に広がる。

 重い味だった。


「はい」


 強く、答えた。

 明日からは旅のはじまりだ。

 長く、厳しい旅になる。

 決意を新たに、クロ・クロイツァーは夜空を見上げた。




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