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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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7 宵の銀翼、暁の金翼、そして翼無き愚者




「聞いたぜ、まさかアルトゥールの息子クソガキが魔物と結託してるなんてな。あの天才児がなぁ……もったいねェ」


 ベルドレッドが言った。

 王都からグレアロス砦に向かう途中、マーガレッタが放った伝書鳥の内容を読んだらしい。

 アルトゥールとは、デルトリア伯の父親である。

 南の団長『英雄』アルトゥール・クラウゼヴィッツ。

 エルドアールヴやベルドレッドと同格の、レリティア十三英雄のひとりだ。


「さて……と。挨拶はそこそこにして、やることをやるかねェ」


 ベルドレッドが再び大剣を手に取った。

 クロを通り過ぎようとして、しかし、クロがその歩みを止める。


「何だ、エルドアールヴ」


「それはこっちのセリフだ、ベル。その殺気は何だ?」


 今度は尋常じゃない殺気を放っているベルドレッド。

 それを察知したクロが止めたという格好だった。


「言わなきゃ分からんか?」


「…………」


「しょうがねェな。なら、言ってやる」


 ベルドレッドが凄まじい闘気を撒き散らす。

 先ほどのとは比べものにならないほどの、本気の闘気だ。


「――『悪魔』がそこにいる。

 なら、それをブッ殺すのが、オレら英雄の役割だろうが」


 ゾクッとするような殺気を感じて、エリクシアが身を強ばらせた。

 殺気を一身に受けるエリクシアを守るように、エーデルとヴィオレッタ、そしてシャルラッハとアヴリルが間に入る。


「報告は受けたぜ。そこの娘が悪魔だな? オレの目は誤魔化せねェぞ。ああ、たしかに妙な気配をさせてやがる」


「だ、団長! 待ってください! 彼女は我々を助けてくれたのであって……」


 マーガレッタもまた間に入り、ベルドレッドを止めようとした。

 が、


「黙れ、マーガレッタ。どういうつもりか知らんが、お前『悪魔』のことは報告に書かなかったな?」


「…………ッ」


「早馬も同時に放っていたことだけは褒めてやるぜ」


「……早馬の兵士に聞いたのですか」


「何か様子が変だったんでな。口止めするにはチト隠す内容が大事おおごと過ぎたな」


「…………」


「んん? お前、ちょっと見ねェうちに表情が軽くなったな。いつもは例のことで張りつめてたのに……何かあったのか?」


「え? あ、はい……その」


 突然話が変わったベルドレッドに、マーガレッタは戸惑いながら答えた。


「妹が……」


「まさか、見つかったのか!?」


「は……はい」


 マーガレッタは副団長である。

 団長のベルドレッドには、彼女が闘う理由は話している。

 それ以来、忙しい中で妹の捜索を手伝ってくれていたこともあった。


「ここにいるのか!?」


「え、はい。あっちに……」


 マーガレッタが、エリクシアの前に出ているヴィオレッタを指差す。

 ヴィオレッタはフードをしておらず、その青い髪が太陽に輝いている。


「おお、さすがに似てるな! 妹も美人じゃねェか!」


 パァッと明るく笑うベルドレッド。

 そして、


「そうか、見つかったか……ぐすっ……良かったなぁ……生きてて……ぐすっ……ぐすっ……マーガレッタ……お前、ホント良かったなぁ……」


 ぐいっ、と零れ出した涙を拭うベルドレッド。

 さっきまで殺気を出していたのに、突然親身な雰囲気になっていた。


「ぐすッ……まぁ、それはとりあえず置いといて――」


 どうやら気持ちの切り替えが凄まじく早いらしく、

 ベルドレッドは一瞬で殺気を撒き散らす。


「――今は悪魔だな」


 言って、ベルドレッドが歩みを進めようと足を運ぶ。


「――待て」


 クロが斧槍をベルドレッドに突きつける。

 それを、ベルドレッドが素手で掴んだ。


「待たねェよ。悪魔は殺す、常識だろ?」


「俺はあのコを守るって決めてるんだ。ベル、お前が危害を加えるっていうなら、容赦はしない」


 クロが激烈な気合いを込めて、言葉に乗せた。


「……冗談じゃ済まねェぞ? エルドアールヴ」


 バチバチバチッと、まるで火花が散るような闘気のぶつかり合いがはじまった。

 先の挨拶という名の闘いが遊びのようなものだったのがよく分かるほど、それは凄まじいものだった。


「俺が冗談を言ってるように見えるなら、随分と節穴になったみたいだな」


「言いやがる。どうやらマジみてェだな」


 英雄同士の諍い。

 あまりにも隔絶した実力者たちの、本気の衝突。

 誰も彼らのやり取りに口を挟むことができない。

 そのはずだったが、誰も思いもしなかった意外な人物達が、彼らの間に入った。


「……なんだお前ら」


 思わずベルドレッドもそちらに視線を移す。

 周囲を取り巻く群衆の中から転がるように現れたのは、


「団長様、どうか……どうか、我々の話を聞いてくださいませ」


「英雄様……ッ!」


「お願いします!」


 ドワーフの老人が頭を垂れ、

 ヒュームの女が両手を握りしめ祈りを捧げるように、

 エルフの男が頭を地面につけて、懇願する。


「…………」


 どこかで見たことがある、とクロが思った。

 しかし、記憶の片隅にほんの僅か引っかかった程度の顔だ。

 彼らの名前も素性も、何もかもが分からない。

 けれど、彼らが目的としているものは理解した。


「あ、あなた方は……!」


 エリクシアが声をあげた。

 それを見て、その現れた3人は儚い顔で微笑んだ。


「わ……我々は、悪魔のことを恨んでおりました。いつか必ず、殺してやろうと」


「魔物に……私の息子が殺されました。全部、悪魔のせいだと思っていました」


「砦に悪魔が出たと聞いて、農具を片手に悪魔を捜し回りました」


 ベルドレッドに語る3人。

 それを阻むように、兵士が数名立ちはだかる。


「何を勝手に喋っている! 下がらないか!」


 兵士達が3人を捕まえ、引きずるように下がらせようとした。


「待て」


 しかし、ベルドレッドが止める。


「離してやれ。そいつら死ぬ気だ」


 ただの王国民が、『英雄』であり貴族の最高位『大公爵』であるベルドレッドに意見する。

 それは常識的に命がいくつあっても足りないほどの無礼なことで、彼らはそれを重々承知していた。


「命を懸けてまで話したいことがあるんだろ。なら、最後まで聞いてやるのがオレ流の情けってやつだ」


 言われて、兵士達が3人を解放する。

 ホッとしたのも束の間で、3人は再びベルドレッドに言葉を伝える。


「我々がデルトリア伯に殺されそうになった時、このコは、身を挺して助けてくれたのです」


「私達が、このコの命を狙っていたのも知っていて、それでも、助けてくれたんです……ッ!」


「団長様……ッ! この悪魔の娘は……我々が思っていたような凶悪な怪物じゃないんです!」


「どうか、このコを見逃してあげてください……ッ!!」


 図らずも、最後は3人の言葉が重なった。

 命掛けで語ったのは、憎んでいたはずの悪魔の助命嘆願だった。


「…………」


 3人の決死の覚悟は、ベルドレッドを気後れさせるのに十分過ぎるものだった。

 傍で見ていたクロでさえ、彼らの言葉に絶対の意志を感じた。


「お……」


 すると、3人を捕らえようとしていた兵士達が、


「お願いしますッ!!」


 同じように、地面に手をつけて嘆願した。

 困惑したのはベルドレッドだ。

 当然だった。

 ベルドレッドは知らない。そして、他の誰も気づけない。

 その兵士達が、あの戦いの時、魔物との乱戦の最中に、魔物と必死で闘うエリクシアの姿を目撃していたことを。

 そして、


「お願いしますッ!」


「団長、お願いします……ッ!」


 次々と、周囲にいた兵士達が、同じように地面に手をつける。

 口々に悪魔の助命を請う。

 気がつけば、グレアロス砦の兵士達のほとんどが、その場で地面に頭をつけていた。


「……み、みなさん……」


 エリクシアは、今何が起こっているのか理解するのに時間がかかっている。

 まさかこんなことが起こるなんて。

 悪魔の自分は、みんなに恨まれて普通だった。

 世界中が敵だと思っていた。

 誰もが自分の命を狙っていると、そう思っていた。


 しかし、この光景はどうだ。

 みんなが自分のために、頭を下げている。

 あり得ないはずだったことが起こっている。

 忌み嫌われるのが悪魔だったのだ。

 恨まれ憎まれて疎まれて、世界中からお前は存在してはいけない者だと言われるのが悪魔だったのだ。


 これは決して誰かの功績ではない。

 エリクシアが自ら勝ち取った信頼だ。

 グレアロス砦の人達を助けるために、率先して動いたのはエリクシアだった。




――誰かが苦しんでいたら、助けてあげたいじゃないですか――




 彼女はクロにそう言った。

 見ず知らずの他人を助けるため、自分の命を顧みず必死に闘ったのは彼女自身なのだ。

 悪魔という迫害の果てで、彼女は聖女の如く高潔な精神を手に入れた。

 健気にも真っ当な『人』として生きてきたエリクシアという少女が、自分の力で手に入れた奇跡。


 みんなが悪魔を助けようとしている。

 そんなあり得ないことが起こる奇跡。

 これはまさしく

 エリクシア自身が人を助けるために動き続けたからこそ、人の心を打ったのだ。


「まぁ、そういうことだ。さすがの頑固モンのお前でも、ここまでやられちまえば黙っちまうみてェだな?」


 頭を下げる兵士達の間から、たどたどしい足取りで近づくドワーフの男が言った。

 左の手首には包帯が巻かれており、それを右手で支えるようにしている。


「……ガラハド」


「よォ、ベルドレッド。ああ、いや……団長って言った方がいいか?」


「気持ち悪ィな。妙な気ィ回すんじゃねェよ。一度だって言ったことが無ェだろうが」


「そうだったか?」


 歳の近い彼らは、古くからの戦友である。

 互いに気を許す仲なのは、その雰囲気から分かる。


「お前も、こいつらと同じクチか?」


「そりゃそうだ。なんせこのエリクシアは、ワシの娘なんでな」


 どこか吹っ切れたような、清々しい表情で。

 ガラハドが胸を張って言った。

 エリクシアは、自分の娘なのだと。


「……どういうことだ?」


「まぁ、後で酒でも飲みながら話してやるよ」


「…………」


 ベルドレッドが周囲を見渡す。

 砦にいた誰もが、悪魔を庇っているという事実がそこにある。


「魅了ってワケじゃなさそうだな……」


 ボソッと呟く。

 エリクシアを見て、ベルドレッドが言う。


「本当にお前が、悪魔なのか?」


「…………」


 エリクシアは少しためらって、


「はい」


 ハッキリと答えた。


「チッ……」


 舌打ちをしたベルドレッドだったが、


「あああああッ! 分かったよ! 分かった! クソ、お前ら……これじゃオレが悪人みてェじゃねェか」


 とうとう両手をあげて、降参の仕草をした。


「おお……」


「ありがとうございますッ!」


「団長様……ッ!」


「ああ……よかった」


 最初に懇願した3人の住民を含め、兵士達も心から安堵した。

「わぁッ」と大きく歓声があがった。

 群衆も、話が分からずとも雰囲気で何が起こったかを察したようだ。


「ふぅ……」


 ずっと気を張っていたクロも闘気を静める。


「……本当に闘わないといけないかと思った」


「本当にやる気だったんだがな。コイツらの気迫に負けちまった」


 ベルドレッドがニヤリと笑う。


「なぁ、エルドアールヴ」


「ん?」


「あのまま殺り合ってたら、どっちが勝ってた?」


「そういうのホント好きだよな……」


 子供みたいにワクワクした様子のベルドレッドに苦笑いをするクロ。

 そして、ため息をついて、一言。


「俺だ」


「ハァ!? ふざけんな! オレだろうが!」


「いや、俺だ」


「なんだ、今回はやけに引かねェな?」


「いつもなら譲るんだろうけど、今回だけはね」


「ほぅ?」


「エリクシアが後ろにいる以上、俺は二度と誰にも負けない」


 クロの瞳には、燃え盛る炎のような気迫が漲っていた。

 それこそ、先の3人以上の決意を秘めた絶対の意志があった。

 例え。

 そう――例え『最古の六体』が相手であっても、もう二度と負けない。


 これから先、何があってもエリクシアを守る。

 この宣言は、クロ・クロイツァーの覚悟だ。

 悪魔という呪われた運命を覆す。

 必ず、エリクシアの人生を取り戻して見せる。

 必ず、心からの笑顔をエリクシアに。


「…………」


 じっとクロの瞳を見るベルドレッド。

 しばらく見つめ合うような形になって、ベルドレッドが口を開く。


「今のお前には、勝てそうにねェな」


 ベルドレッドがそう言ったのは、クロにとって少し意外だった。

 究極とも思えるぐらいの負けず嫌いなのがベルドレッドなのだ。


「あー、エリクシア……だったな?」


 次に、ベルドレッドは渦中の少女に声をかける。

 もはや殺気は無く、友好な雰囲気すら見せていた。


「……ごほん」


 ひとつ咳をして、姿勢を正すベルドレッド。


「脅して悪かったな。忘れてくれ。それと、この砦のヤツ等が世話になったようだな。礼を言うぜ」


「え……あっ、は……はい」


「お前が悪魔ねぇ……そういや、グリモアは無ェようだが?」


「あの……グリモアは、夜にしか出現しないんです」


「ほぅ、だから夜の出没報告が多かったのか」


 顎に手を当てて、何やら考え込むベルドレッド。


「なんですの、団長。めずらしく考え込んで」


 横にいたシャルラッハが訝しみながら会話に入った。

 突然フレンドリーに話しかけてきたベルドレッド。それに戸惑うエリクシアに、助け船を出したのだ。


「お? アレクサンダーの娘か。へぇ、見違えたぜ。お前もなかなか強くなったみてェだな。オレもうかうかしてられねェな」


「世辞はやめてくださいな。まだまだ、英雄には程遠いですわ」


「そう遠くねェとは思うがな」


 ベルドレッドがニヤリと笑い、シャルラッハに言う。


「そういや、さっきオレがその娘を殺そうとした時、お前オレに向かってめちゃくちゃ殺気だしてたみてェだが……お前ら仲が良いのか?」


「ええ、それはもう。一緒に水遊びに行くぐらいですもの。ね?」


 言いながら、シャルラッハがエリクシアと腕を組む。

 突然そんなスキンシップをされてエリクシアは戸惑うが、どこか嬉しそうな様子。


「そうか……ふむ。よし、決めたぞ!」


 ベルドレッドがエリクシアを指差して、言った。




「エリクシア、お前の戦名いくさなは――『よい銀翼ぎんよく』にする」




 どよっ、と周囲がざわめく。

 当然である。

 英雄による、戦名の命名。

 それは戦士にとって途轍もない名誉であり栄光であり、褒美である。


「あら団長。もしかして、わたくしの戦名に合わせたんですの?」


 シャルラッハの戦名は『あかつき金翼きんよく』だ。

『宵の銀翼』は、明らかにシャルラッハのものを意識して揃えている。


「お前は金髪。エリクシアは銀髪。グリモアは夜にしか出ないときたら、これしかねェだろ?」


「よかったわね、エリクシア。滅多にないですわよ、英雄からの命名なんて」


「え……? えっ?」


 戸惑うエリクシアだったが、


「わああああああああああああ!!」


「スゲェ! あの娘、団長さまに命名されたぞ!」


「こんな場面に出くわすなんて!」


「素晴らしい!」


 群衆は興奮の歓声をあげる。


「吟遊詩人はいるか!? お前らちゃんと世界中に触れ回れよ!」


「もちろんです! これから仲間内でうたを作りますよ~!」


 際限なく盛り上がっていく群衆に向かってベルドレッドが大声で言った。


「皆、目に焼きつけておけ! この砦の危機を、『最古の英雄』エルドアールヴと共に救ったのが、この『宵の銀翼』エリクシアだ!!」


「わあああああああああッ!!」


 今までの歓声よりも大きな、グレアロス砦が揺れるほどの大歓声が巻き上がる。

 住人達や兵士達はお祭り騒ぎだ。

 みんながエリクシアを讃え、そして彼女の存在を喜んでいる。


「わたし……わたし、こんな……いいんでしょうか? こんな幸せなことがあって、いいんでしょうか?」


「いいに決まってるでしょう。さぁ、みんなに顔見せしますわよ。

 クロ・クロイツァー、あなたも来なさいな。エリクシアと共に主役なのは、あなたなんですから」


 シャルラッハがエリクシアの手をとって、群衆に姿を見せるため、見張り台の方へ向かって行く。


「やってくれたな、ベル」


 クロが困った顔で言った。


「くくく、何のことかな?」


「悪魔っていう忌名いみなを払拭する、それ以上の命名をしたのはいいけど、どさくさに紛れて俺まで巻き込んだな」


 言われて、ベルドレッドが「くくく」と笑う。


「今回のは特に、一瞬で世界中に広まるぞ。何しろ、あのエルドアールヴが仮面を取って正体を見せたんだからな」


「……まぁ、礼は言っておくよ。これでエリクシアは少なくとも、この砦で命を狙われることはなくなった」


 当然ながら全員が全員、エリクシアを讃えているわけではない。

 兵士にも住民にも、少なからず悪魔をまだ疎む者はいるはずだ。

 しかし、もうエリクシアに手を出すことは不可能になった。

 英雄ベルドレッドが命名することによって、そういう空気を作り出したのだ。


「気をつけろよ、エルドアールヴ。万が一にでもエリクシアが何かやらかしてしまったら、命名したオレまでヤバいことになるからな」


「……気を抜くなってことか」


 ベルドレッドが命名した少女が悪魔で、人類に害する存在だった。

 そんなことになったら、英雄であったとしても彼自身の命も危うい。


「そういうことだ。オレの行動を止めたんだ、それぐらいは責任持てよ」


 言わばベルドレッドは自分の命を人質にしたのだ。


「なんてプレッシャーだ……俺への嫌がらせでそこまでするか?」


 怖ろしい男である。

 敵に回したらとんでもないコトになりそうな相手だ。


「でも、エリクシアを信じてくれてありがとう」


 クロは正直に言うと、ベルドレッドなら大丈夫だと思っていた。

 なぜなら、


「まぁ……オレも似たようなモンだったからな」


「第三位の皇位継承権を持った帝国ガレアロスタの皇子が、敵国だったはずのグラデア王国にやって来た。たしかに、似たようなものか……」


「何をするにしても厄介モンだったオレを信用してくれて、今の立場まで見守ってくれたのがグラデア国王だ。もしかしたら、オレもあの人みたいになりたかったのかもしれねェな」


 人に歴史あり。

 英雄ベルドレッド・グレアロスは、少し照れくさそうに笑っていた。


「ほら、行って来い。アレクサンダーの娘がふくれてるぞ」


「……分かったよ」




 ◇ ◇ ◇




「ベルドレッド、お前にしちゃ、おもしれェ戦名にしたな」


 ガラハドが言った。

 ベルドレッドは、エリクシア達と合流したクロを見ながら言う。


「なぁ、エルドアールヴの戦技詠唱を聞いたことがあるか?」


「あ? ああ、ちょうどデルトリア伯を倒す時に聞いたな」


「あいつ、自分のことを『翼無き愚者』って言ってたろ」


 戦技の詠唱は魔法とは違って、自分の人生で培ってきたものを天啓として受けて紡ぐものだ。

 クロが無意識の中で自分をそう表したのは、彼がそういう人生を歩んできたからだ。

 才能無き者としての二千年を。


「おどろいたぜ……オレは特に深い意味でエリクシアの戦名を命名したワケじゃねェんだが、見てみろよガラハド」


「ん……?」


 言われて、ガラハドがクロ達を見る。

 視線の先には、見張り台に向かうクロ達の背中。

 クロの両隣には、エリクシアとシャルラッハが少し後ろに並んで歩いている。


「ほぅ……これは、たしかに……偶然にしちゃ、おもしれェ」


 風が吹く。

 エリクシアとシャルラッハの髪が、ふわりと靡く。


「『暁の金翼』と『宵の銀翼』か……」


 彼らの瞳には、

 クロ・クロイツァーの背に、

 金色に輝く黄金の翼と、銀色に輝く白銀の翼があるように見えた。




 人類は知らない。

 魔物が、クロ・クロイツァーのことを何と呼ぶのか。


 今より千年前。

 エルドアールヴはエストヴァイエッタと闘った。

 圧倒的なエストヴァイエッタに対して、何度も立ち上がり足掻いてみせた彼のその姿を魔物は見た。


 血反吐を吐き、命を散らせながら、それでも立ち上がる不死。

 それはまるで太陽に向かって焼け焦げながら羽ばたく鳥のようで。

 あるいは、神に刃向かう反逆者のようで。

 魔物達はその不死を、畏怖と敬意を以て、こう呼んだ。




――『反逆の翼』と。







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