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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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6 方位騎士団・東の団長『英雄』ベルドレッド・グレアロス




 クロが魔物の正体について話した夜。

 あの後、敵の強大さを知った面々はショックを隠せなかった。

 それぞれが心の整理するために、そのままあの場は解散となったのだった。

 そして翌日になった。


 グレアロス砦、西側の正門。

 平時ならここは、グラデア王国の王都方面から様々な馬車や旅人などが行き交う場所だった。

 しかし、ウートベルガの襲撃からはじまったグレアロス砦防衛戦が終わった後は、エルドアールヴが倒した魔物の死骸が山のように積み重なっていた。

 疫病の苗床にならないように、それらを焼き払う作業が行われていて、ところどころで煙が立ち上っている。


 これはウートベルガ自身が攻めてきた東側の門も同じようになっている。

 戦も大変だが、その後始末もまた難儀なものである。

 武器に使えそうな魔物の角や爪などを回収して売りさばく、たくましい者も中にはいたが、何しろ襲撃してきた魔物の数が多すぎて間に合わない。


 どれをとっても規格外の襲撃だったことが、この後始末の時点でも分かる。

 これで死者がいないというのが一体どれほどの奇跡だったのか、参戦者であるグレアロス騎士団や冒険者の面々はおろか、砦の一般住民ですら肌身に染みており。

 エルドアールヴの偉大さ、強さ。

『最古の英雄』の伝説通りの凄まじさをあらためて実感していた。


「さて……そろそろだと思うが」


 副団長のマーガレッタが言う。

 現在、西側の正門では多くの人々が集まっていた。

 門から入ってくる道端に沿って、グレアロス砦の兵士たちが向かい合わせに整列していた。

 その列の後ろには、砦の住民たちや他にも冒険者や商売人たちが駆けつけており、多くの見物人が西門の広場にひしめき合っていた。


 これは、グレアロス騎士団の『団長』を迎えるためだった。

 マーガレッタは砦の襲撃を受けた際に、鳥を使って王都に救援の手紙を送っていた。

 グラデア王国の団長――つまり『英雄』が王都を動くことは普通ならあり得ない。


 王都では問題が起こっており、英雄であるグラデア方位騎士団の四大団長が王都に集結しているのが、ここ数年の常だった。

 しかしウートベルガは特級の魔物。

 これは英雄でなければ倒せない暴威である。

 グレアロス砦は魔境アトラリアの侵攻を一手に引き受ける役割を長年担っている。ここが落とされればグラデア王国全体の危機であるのは間違いない。

 そのため、今回は特例として王都から砦の救援に向かっていたのが、グレアロス騎士団の団長だった。


「意外に早かったですわね。自己保身しか考えていない王国議会の連中がもっと足を引っ張るかと思いましたけれど」


 シャルラッハの歯に衣着せぬ物言いに、「困ったコだ」と苦笑いをしながら言うマーガレッタ。


「同志シャルラッハ、貴公も貴族だ。気持ちは分かるが言葉は慎んでくれ。私も対応に困る。他の者に聞こえてしまっても困るしな」


「大変ですわね、爵位持ちは」


 くすくす、とシャルラッハが笑う。


「来た」


 近くにいたクロが言った。

 ドドドドッと小気味良い土蹴りの音を鳴らしながら、馬が近づいて来る。


「意外と少ないですね。十頭ほどでしょうか」


 狼の耳をピクピクさせながら、アヴリルが言った。


「相手は特級だから、少数精鋭で来たんでしょうね。軍は置いておいてくれって王国議会の腰抜け貴族に言われたからかもしれませんが」


「同志シャルラッハ……」


「あら、ごめんあそばせ。つい」


 ペロッと舌を出して悪戯っ子のように笑うシャルラッハ。

 よほど嫌いな連中が王都にいるらしい。


「おお、見えたぞ!」


「グレアロスの旗だ!」


 群衆の中から期待に満ちた声がした。

 ざわざわ、と落ち着かない空気になっていく。


「エリクシア、エーデルの傍に。何があっても離れないようにしてくれ」


 クロが静かに言う。


「は、はい!」


 エリクシアは言われたとおり、エーデルの傍に近寄る。


「安心するのじゃ。今のわらわは攻撃手段こそないが、防御魔法に関してはそれこそ聖国アルアの聖者に匹敵する。大船に乗った気持ちでいるのじゃ」


「はい。ありがとうございます」


「ヴィオレッタ、周囲を警戒しておいてくれ。何か動きがあったら、すぐに反応できるように」


「かしこまりました」


 ヴィオレッタがエリクシアたちの背後に回り、待機する。


「……さて、どう出てくるか。だいたい予想はつくけど……」


 クロは警戒を最大限に高めながら、英雄の到着を待つ。




 そうしてしばらくして。

 スピードを緩めた十頭の馬が門を通り、砦に入って来た。

 大歓声に包まれる。

 堂々とした登場だった。


「よォ! 生きていてくれてうれしいぞ、マーガレッタ!」


 先頭の巨大馬に乗っていた大柄の人物が、信じられない声量の大声で言った。

 その姿はまさしく豪傑と言うに相応しい。


 短く尖った白髪。しかしその後ろ髪だけが長く、ヒモで結わえられている。

 白いヒゲは剛毅の証。

 顔はキズだらけで、歴戦の跡がくっきりと残っている。

 老人のはずなのに若々しく豪快。

 そんな印象を受ける風体だった。


 グレアロス騎士団の旗印が刺繍された真っ赤なマントは、敵を自分に引きつけるために派手派手しくしている。

 鎧ではなく騎士然とした普段着を身に纏っている。服の下の筋肉が盛り上がり、それこそが彼の鎧であることを示していた。


 最も目につくのは背中に抱えた巨大で武骨な大剣だ。

 まるで柱と見違えるほどに大きく、これのせいで乗る馬は限られてしまう。

 この大剣が彼の戦名いくさなの元になっている。

 見た目そのまま単純明快に、『剛剣』である。


 この人物こそが、グレアロス騎士団の団長。

『レリティア十三英雄』のひとり、ベルドレッド・グレアロスである。


「相変わらずですね、団長」


「遅れてすまねェな! 王国議会のクソ共がギャアギャアうるさくてよォ! オレが王都から離れるってだけで話し合いをはじめやがって、情けねェ奴等だぜまったくよォ!」


 大声で、この場にいる全員に聞こえるような声でそんなことを言うベルドレッド。


「…………」


 シャルラッハが何か言いたげな目でマーガレッタを見るが、マーガレッタはもう何も言えなかった。


「お前らもよく無事でいてくれた! 生きていてくれたことに、礼を言う!」


 他の兵士だけじゃなく、砦にいる全員に向けて言うベルドレッドに、再び大歓声が巻き上がった。


「団長、結果報告の手紙は読んでもらえましたか?」


 戦いが終わった後、マーガレッタは再び鳥と早馬で手紙を送っていた。

 デルトリア伯が裏切っていたこと。

 ウートベルガという特級の魔物のこと。

 そして、エルドアールヴが救援に駆けつけてくれたこと等だ。


 そして、エルドアールヴことクロ・クロイツァー達がすぐに旅立たず、このグレアロス砦にずっと残っていた理由はというと、他国の英雄である自分が勝手に参戦したことから、余計な軋轢を生まないよう、ベルドレッドと顔を合わせて話すためだった。


 面子を潰されるのは誰だって屈辱だ。

 本来なら、ベルドレッドがやらなければならないことを、エルドアールヴがしゃしゃり出てきたと思われても仕方がない。

 グラデア王国とエルフィンロードは同盟を結んでいるとはいえ、こういうことから信頼関係にキズがついていくことをエルドアールヴはよく知っていた。


「それで、エルドアールヴはどこにいる?」


 ベルドレッドが周囲を見渡し、


「……お?」


 そして、クロを見て目の動きを止めた。

 マーガレッタが何か答える前に、巨大馬から飛び降りたベルドレッド。

 巨躯を揺らしながら、クロに近づいて来る。


「……みんな、もう少し下がってくれ」


 ハァ、とため息をついたクロが言った。

 言われたまま後ろに下がるエーデル達。

 その間にも、ベルドレッドはどんどん近づいて来る。

 そして、


「おらああああああああああああああああああああッ!!」


 気合一閃。

 ベルドレッドが豪快に大剣を振りかぶり、クロに向けて薙ぎ払った。


「――ッ!」


 ドガンッと派手な音が鳴り響く。

 とんでもない速度の薙ぎ払いがクロに命中する。


「クロ!?」


 エリクシアが心配の声を上げる。


「喰らった!?」


 アヴリルが驚く。

 エルドアールヴがアレを避けられないはずがない。


「いや、よく見るのじゃ」


 エーデルの言葉につられてふたりが注視する。

 ベルドレッドの大剣の一撃は、クロの拳で止められていた。


「攻撃してきた大剣を素手で殴りつけて止めるなんて……」


 シャルラッハが呆れて言った。


「チィ……」


 涼しい顔で大剣に拳を合わせているクロに、ベルドレッドが舌打ちをする。


「ハアアアアアアアアッ!!」


 更に気合いを込めてもう一撃。

 さすがに今度の攻撃を無手で受け止めるのは不可能だと感じたクロは、背でクロスさせて担いでいた斧槍ハルバード大戦斧ギガントアクスを取り出す。


「ふ……ッ」


 ベルドレッドの大剣を斧槍の長柄で受け止める。

 ビリビリと、衝撃の名残が腕に響く。


「そらッ!」


 間髪を入れず、ベルドレッドの連撃がクロを襲う。


「…………ッ」


 とてつもない速度で繰り出される連撃は、大剣でやっているとは思えないほどのもので、普通なら細剣の刺突ですらここまでの速度は出せないだろう。

 しかし、クロは冷静にそのすべての攻撃をひとつひとつ受け止めていく。


 鍛冶で聞くような、鉄を打つ連撃音が西門に轟く。

 ふたりの動きの素早さに、兵士や住民にはもはや何が起こっているのか理解できない。


「……なんてデタラメな強さ」


 シャルラッハが衝撃を受ける。

 力のぶつかり合いはもちろん、その技量に驚いていた。

 クロとベルドレッド、あれほどの超重量武器を持つふたり。

 それなのに、放つ技は精密な動きをしている。


 大剣と槍斧の刃先がぶつかり合い、衝撃を互いに僅かにズラして拡散させ、次の攻撃あるいは次の防御に向けて体勢を整える。

 まばたきすら出来ない間隔で、次々と連撃を繰り出し受け止める。おそるべき技と技の応酬は、もはや芸術の域にまで昇華している。

 鉄と鉄がぶつかる凄まじい衝撃に、カッと光る火花が舞い散っている。

 踏み込んだ足の力ですら尋常を逸脱していて、地面を大きく窪ませているほどだ。

 互いに一歩も譲らぬ攻防は、彼らが英雄であることを語らずして語っている。


「――ハッ!」


「おッ!?」


 クロが豪快にベルドレッドの大剣を弾く。

 弾かれて体勢が崩れたベルドレッドの首筋に向けて、大戦斧の刃筋を立てた。

 同時に、ベルドレッドはすぐにでもクロの頭に大剣を打ち下ろせるよう振りかぶっていた。


「…………」


「…………」


 嵐のような剣戟が止み、今度は息の詰まるような静寂に。

 どちらかが動けば互いに致命傷になる。

 それが分かっているからこそ、ふたりは動かない。


「いつも思うんだけど、挨拶にしては乱暴すぎるんじゃないか? ベル」


「くくく、相変わらず強ェなエルドアールヴ」


 先ほどまでの戦意は一瞬にして消え去って、ふたりが笑い合う。

 彼らにとって、今の途轍もない攻防はただの挨拶代わりらしい。

 英雄の実力を目の当たりにした周囲の人々は、もはや声も出ない。


「ベルの前じゃ仮面を外した覚えはないけど、よく分かったな」


「アホか、そんなバカデケぇ斧を持ってんのはレリティア中捜してもお前だけだ」


「なるほど」


「まさかエルドアールヴの素顔が小僧だとは思わなかったが……まっ、そういうこともあるだろうよ」


「その大雑把な性格は助かるよ……」


 エルドアールヴとベルドレッドのふたりの英雄。

 仲よさげなふたりの会話に割って入るのはマーガレッタだった。


「挨拶と称して闘いを挑むのは止めてくれませんか、団長。私にも向かって来るんじゃないかとハラハラしましたよ……」


「そのつもりだったが、いざ闘ってみるとそんな余裕はなかったな」


「まったく……周囲の迷惑もちょっとは考えてください」


「そう言うなよ、ちょっとぐらい良いじゃねェか。『戦技』は使ってねェんだし、遊びみたいなモンだ」


 ベルドレッドは豪快に笑い、そして真剣な顔をしてエルドアールヴに向き直る。


「騎士団を代表して礼を言うぜ、エルドアールヴ。オレは間違いなく間に合わなかった。お前が来てくれたおかげでこの砦の連中は助かった。恩に着る」


 大きくゴツい手を差し出す。

 クロも応えてその手を握り返す。

 同じ英雄であること以上に、ふたりは旧知の仲だった。


 いつかの日、まだベルドレッドが少年だった頃。

 血気盛んだった彼は、魔物との初陣だった日の前夜に、その場にいたエルドアールヴに決闘を挑んだ。

 あまりにもしつこかったのでつい相手にしてしまって、それから数十年。

 ずっとそんな関係が続いている。


 時の流れの中で、ベルドレッドは『英雄』となり、このグラデア王国になくてはならない存在となっていった。

 ある意味で盟友であり、ある意味で好敵手といった不思議な関係性だ。

 素性を隠し、2千年も生きてきたクロにとって、彼の大雑把で剛胆な付き合い方は、救いにもなっていた。


 こうして素顔を晒して手を握り合うことが、

 クロはどうしようもなく、うれしかった。




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