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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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2 水遊び(難易度HARD)


 パシャと水しぶきが跳ねる。

 キャッキャと楽しげな少女の声。

 天候は快晴。

 日差しは暖かく、動くと肌にしっとりと汗がにじむ気温。

 涼やかな風は適度に吹いている。


 ここは辺境の滝壺だ。

 水は透き通るような綺麗さで、水浴びをするには絶好の場所。

 高くそびえるアトラリア山脈に降った雨水が濾過されて、大瀑布となって一気にこの滝壺に流れ込む。

 滝は高さも横幅も巨大で、流れ落ちるその様は分厚い水のカーテンを思わせる。

 その水量も多く、滝壺はまるで湖のような巨大さになっている。

 滝のすぐ真下の水深はとてつもなく深い。

 周囲には森があり、周辺に村や町などは一切ない。

 ある意味で、ここは忘れ去られた憩いの場所だった。


 ただし。

 ここに来るにはそれ相応の実力が必須だった。

 なぜなら森には魔物が潜み、滝壺に至ってはほんの数日前までは『特級の魔物』が住まう絶死の異境だった。

 人境レリティアと魔境アトラリアの双方から、この滝壺は危険な場所として認識されている。


 その名は『デオレッサの滝』。

 絶対不可侵の危険地帯。

 強力無比な水竜ヴォルトガノフが守っていた『聖域』である。

 しかし、今やその影はない。

 デオレッサの滝には、水竜の啼き声はもう聞こえない。


 今は大瀑布の音だけが響き渡り。

 大量の水しぶきが舞い上がり。

 虹の架け橋がいくつもできる、絶景の場所となっていた。

 その滝壺に、先の少女たちが戯れていた。


「ふははははっ! そら、どうじゃッ!」


 ダークエルフの童女、エーデルが楽しげに水を跳ね上げる。

 普段とは違い薄着となって露わになったその小さな体は、腰まで水に浸かっている。

 褐色の肌は太陽の光に照らされて、健康的に輝いている。

 腰まで伸びた艶やかな黒髪は、元気良く動き回る彼女につられてしなやかに揺れている。


「やりましたねエーデルヴァイン殿! 今度はこちらの番ですよ!」


 獣人ファーリー人狼ウェアウルフの少女が同じように水を相手にかける。

 金色の眼を細めて笑い、灰色の髪を水に濡らしている彼女はアヴリルだ。

 獣人特有の獣の耳としっぽが嬉しそうにピョコピョコと動いている。

 彼女もまた、水に入るために簡易な服に着替えている。

 その麗しい肢体は伸び伸びとしており、女性としての肉体美をこれでもかというほどに体現している。


「せっかくの非番なのに、あの王さまの子守とは……アヴリルも可哀想ね」


 人の基本種である人間ヒュームの少女が眉根を寄せている。

 水場で戯れるふたりを眺めているシャルラッハだ。

 こちらは岸の岩場に立っており、普段どおりの着こなしで、水に入る意志がないことを示していた。

 その鮮やかな黄金の髪は、絶景である滝よりも遙かに輝いていて、宝石のような碧眼は言葉や態度とは裏腹に、柔らかくなごんだ雰囲気に包まれている。


「ふふふ」


 シャルラッハの隣で、彼女の文句を嬉しそうに聞きながら微笑んでいるのは同じくヒュームの少女。

 岩場に腰掛けて足だけを水につけてパシャパシャと水遊びを楽しんでいるエリクシアだ。

 星河のような銀髪は、涼やかな風に揺られて自然の吐息を感じている。

 その朱色の瞳は落ち着いていて、温かなぬくもりの色を含んでいた。

 かつては常に緊張して強ばっていた表情は、今では安堵しきったものになっている。


「なぁに、ずいぶんと楽しそうね?」


 微笑んでいるエリクシアに、シャルラッハが話しかける。

 エリクシアは「はい」と答えて続けた。


「誰かと外で遊ぶっていうのは初めてですから、楽しくて」


「……そう」


 どうして初めてなのかなど訊くことはなかった。

 悪魔となった人間の生活は、火を見るよりも明らかだ。


「あなたも水に入ったらどうかしら。わたくしはここで荷物を見ていますわ」


「あはは……残念ながら、実はわたし泳げないんです」


 エーデルとアヴリルがいる場所は足がつく水深とはいえ、カナヅチとしては怖いのだろう。


「なら、わたくしが教えてあげますわ。今はそういう気分じゃないから、今度ってことになりますけれど」


「い、いいんですか!?」


「ええ」


「わぁ、楽しみです! わたしも泳げるようになりたいです!」


「え、ええ……」


 思いの外、エリクシアの食いつきがよかったのでシャルラッハは少し驚いた。

 大人しく静かな子だとばかり思っていたが、存外、まだまだ遊び盛りの女の子というわけだ。


「このわたくしが教えるのですから、すぐに泳げますわ。でも、ちょっと厳しくなりますわよ?」


「はい! えへへ、がんばります!」


「ふふ。変な子ですわね」


 少女たちの何気ない会話が続く。

 デオレッサの滝。

 その滝壺で遊んでいるのはこの4人の少女たちだった。

 あのグレアロス砦防衛戦から2日。

 興奮冷めやらぬ砦から身を落ち着けるように、彼女たちはここに来た。

 なにせそれぞれが闘いの功労者であり、ある意味で叙勲ものの大活躍だったからである。


 シャルラッハは竜王種ハイドラゴンとの一騎打ちでこれを見事打倒し。

 アヴリルは双頭狼オルトロスを一騎打ちで撃滅した。

 エリクシアは単眼巨人キュクロプスとの闘いで後衛として闘い、勝利に貢献した。さらには敵の大援軍を単身で――正確にはデオレッサと水竜がやったことだが――壊滅させた。

 それぞれが準特級の怪物たち。

 それらを撃退した、あるいはその手伝いをしたのは他でもない、彼女たちなのだ。

 エーデルに至っては、特級の魔物であったウートベルガの毒を完全に抑え込んだ大功労者である。それがなければ甚大な被害が味方および砦の住人に出ていたのは間違いない。


 彼女らの誰かひとりでも欠けていたら今回の勝利はないと断言していい。

 そんな理由もあって、彼女たちの活躍は砦の人々に知れ渡ることとなった。

 さすがに『英雄』とまではいかないが、戦の功労者として祭り上げられることとなったのだ。

 道を歩けば人だかりになり、業務に支障が出るレベルの、とんでもない騒ぎになってしまう状況だった。


 シャルラッハとアヴリルはそういう事情もあり、騎士団の仕事はしばらく休むことになった。

 そして、このデオレッサの滝に用があるというクロの話を聞いた彼女らは、ちょうど良いということで、休日を利用して完全なプライベートで遠出に来たのだった。


「エーデルヴァイン殿~! 今度はちょっと本気でいきますよ~!」


「え? ちょ……アヴリル、そなたの本気は……」


 女の子らしい水かけ遊びをしていたふたりだったが、興が乗ったアヴリルの怪力で、その様はガラリと変わる。


「そぉ~れッ!」


「や、やめッ、ギャアアアアアアア!? ガボガボガボッ」


 まるで高波のような大量の水がエーデルを襲う。


「ゲホッ……ゲホッ……たわけがッ! も、もう少しで溺れるところじゃったぞ、この馬鹿力がッ!」


 怒濤のような勢いの水に飲まれたエーデルが咳き込みながら叫ぶ。

 涙目は水でごまかせるだろうが、涙声の方はとてもじゃないが隠しきれていない。


「アハハハハハッ! ザマァないですわ! よくやったわ、アヴリル!」


 その姿を見たシャルラッハが指差して爆笑する。

 エーデルの憐れな姿がよほどツボに入ったのか、その笑い声は止まらない。

 このふたり、よほど仲が悪いのだ。


「く……このッ」


 詠唱のない魔法を使い、エーデルが水面を切る。

 すると、岩の上で高笑いをしていたシャルラッハに水の塊がぶつかった。

 殺意のない攻撃だったこともあり、完全に油断しきっていたシャルラッハは避ける間もなくその水を頭から被る。


「…………」


 しーん、とした静けさ。

 いや、もしくはゴゴゴゴゴ……という音の無い地鳴り音というのがピッタリか。

 事の発端となったアヴリルだけがあわあわとしていた。


「ふはははははッ! そのザマでわらわを笑うとは片腹痛し!」


「…………」


 エーデルと同じく全身びしょ濡れになったシャルラッハが、わなわなと体を震わせている。


「さぞ日差しが暑かろうと思っての、わらわなりの気遣いじゃ。ほれほれ、わらわに礼を言ってもよいのじゃぞ? ありがとうございました、と言うてみよ」


「……上等じゃない」


 青筋を立てたシャルラッハが岩場をトンッと飛ぶ。

 そして、水面に立つ。


「よし、出来た。高等エーテル技の『水渡みずわたり』。

 難儀したけれど、ようやく会得しましたわ。これでひとつ、クロ・クロイツァーに追いついた」


『水渡』はこの滝で見せたクロの技だ。

 シャルラッハは数日前までは出来なかった技。

 たった数日でこれを会得できたのは、シャルラッハの才能……いや、努力の成せる業だ。


「さて王さま、覚悟はよろしいかしら?」


 シャルラッハがスカートをひるがえしながら、片足を大きく後ろに振りかぶった。


「ちょ待っ、それ戦技ィィッ!!」


『雷光』の応用である。

 アブリルの怪力であの威力である。

 英雄の技ともなれば一体どれほどの水量がはじけ飛ぶか。


「あら、知らなかった? わたくしとアヴリルの水遊びはいつもこんな感じですわよ?」


 悪そうな笑みを浮かべたシャルラッハ。

 その足先にエーテルが集まっていく。


「ヒェ……ッ!? 待て、待てッ、話せば分かるッ!」


「大丈夫、手加減ぐらいはしてあげる」


「手加減する気ないじゃろぉおおおおおおおお!?」


 バシャバシャと遠くへ逃げようとするエーデル。

 シャルラッハは止まらない。

 その振りかぶった足を勢いよく水面へ叩きつけ――




「ぷはっ、みんな待たせた。ちょっと頼みたいことが……」




――水底に潜っていたクロが水面に顔をあげたその場所へ、


「え?」


「へ?」


 凄まじい量の水がはじけ飛んだ。




 ◇ ◇ ◇




「まさか班長もエーデルと遊んでくれているとは思わなかったよ」


「だから違うって言ってるでしょう!?」


 シャルラッハは否定しているが、クロからすればどう見ても一緒に遊んでいたとしか思えない。


「……それで、水竜の方はどうだったのかしら?」


 もう言い訳も面倒になったシャルラッハが、今回の目的の成果を問う。


「やっぱり滝壺の底で死んでた」


「……そうでしたか」


 クロの答えに、エリクシアが応えた。

 今日このデオレッサの滝に来たのは他でもない、水竜がどうなったのかを知ることだった。

 滝での闘いの後。

 マーガレッタ率いるシャルラッハ等が、クロと気絶していたエリクシアを運んでこの滝を去った時、まだ水竜は生きていた。

 しかし、グレアロス砦の闘いの際には、エリクシアの悪魔の写本ギガス・グリモアの中で、第四悪魔として召喚されたのだ。

 不死になったばかりのクロの方ではなく、エルドアールヴとして2千年を生きたクロもまた、水竜のその後を知らなかった。


 クロはエリクシアをずっと見守っていた。

 子供の頃から、ずっと。

 クロがエリクシアの元から離れたのはたった数度だけ。

 4年前、マーガレッタの妹であるヴィオレッタを助けた時など、どうしようもない理由がある時だけだった。

 すべては彼女を守るため。


 ハイオークのガルガに追われていた時も、ずっと見守っていた。

 ただ、手を出すわけにはいかなかった。

 ガルガに襲われていたエリクシアを助けるのは、過去のクロの役目だったからだ。そうしないと歴史が大きく変わってしまう。

 もしも手を出そうとしていたとしても、エルフとの契約の封印魔法により、エーテルを奪われて身動きが取れなくなっていただろう。

 我慢に我慢を重ねて、必死に堪えて、そして、過去の自分にエリクシアを託したのだ。


 それが、全てがはじまったあの日。

 過去の自分が、『英雄への一歩』を踏み出したあの瞬間だ。

 それを見届けた後、クロは次への布石を急いだ。

 グレアロス砦の闘いに向けての準備である。

 水竜のその後を知らないのも当然のことであった。


「水竜のむくろは一応、弔っておいた。誰にも届かない、水底の土の下に」


 死者に最大限の敬意を。

 死ぬことのない自分だからこそ、それをないがしろにはできない。


「ありがとうございます、クロ。きっと水竜もデオレッサも喜んでいます」


 エリクシアが自分の胸に手を当てて、そう言った。


「やっぱりデオレッサの言っていたとおり、水竜を殺したのはウートベルガだ。直接の死因はウートベルガが使っていた、槍みたいに指を伸ばす攻撃だな。それで首を斬り飛ばした感じだった」


『おかあさんを殺した魔物』

 エリクシアの魔法で水竜が顕現した時、同じく顕現したデオレッサが言っていた。

 水竜の強さならウートベルガなど意にも介さないだろうが、タイミングが悪すぎた。

 はじめから骨と皮の飢餓状態だったあげく、ヴォゼと闘うために完全回復薬を飲んだのだ。闘いが終わり、薬の副作用である倦怠感や一時的な弱体化の瞬間を狙われている。

 つまるところ、これがウートベルガ本来の闘い方だ。

 もしも、グレアロス砦の襲撃で、を使われていたらと思うとゾッとする。


「それで、どうしてアヴリルにあのガケの上の匂いを嗅がせているのかしら?」


 シャルラッハが口を開く。

 視線の先はアトラリア山脈の絶壁。地上より数十エームの高さの場所を器用に登り、アヴリルがガケの匂いを嗅いでいる。


「あそこだけ何か不自然な穴があったんだ。まるで、武器を突き刺した跡みたいな穴」


「……よくあんな場所に気づけたわね」


 そんなことを話していると、上にいるアヴリルが妙な動きをしていた。

 ちょいちょい、と手で招いている動作が、遠目から微かに分かる。


「ちょっと行ってくる」


 クロはそう言うと、大戦斧ギガントアクス斧槍ハルバードを地面に突き立てて手を離し、ガケへとジャンプした。

 足をガケの出っ張りに乗せ、更にジャンプ。とんとんとん、と。三角跳びの要領でジグザグにガケを登っていく。


「……ウソでしょ? 何アレ、手を使わずにガケを登ってるわよ?」


「うわぁ、すごいですね!」


 シャルラッハが呆れ、エリクシアが手放しに褒めた。


「すごいと言うよりも、変態よ。エーテル技術すら使ってない、ただの体術で普通あんなことする? サルでもあんなことできないわ。あんなの絶対変態よ」


 さんざんな言われようである。

 一方、そんなことを言われているとは知らないクロは、アヴリルの元まで本当に手を使わずに登ってきた。


「アヴリルさん、どうかした?」


「やはりクロイツァー殿の予想通り、ここからあのオークの匂いがしますね」


 絶壁にあった妙な穴に鼻を近づけながら、アヴリルが言う。


「やっぱり……水竜の腹部が裂かれていたのはそういうことか」


「どうしてこんな場所に……。たしかあの特級のオークは水竜に呑まれたはずでは?」


 オークとは他でもない、ヴォゼのことだ。


「ヴォゼは水竜の蠕動ぜんどう運動で締め付けられながら消化されてたはず。でもウートベルガが水竜を殺したことで水竜の力が消えた。お腹にいたヴォゼは身動きが取れるようになって、お腹を内側から裂いたんだと思う。もしくはウートベルガが裂いたか」


 ガケの穴に手を沿わせながら、クロが言う。


「推測になるけど、そこでヴォゼが外に出て、ウートベルガに会った。そして闘いになった」


「魔物同士で?」


「人間でもよくあることだね」


「……なるほど。それでここまで飛ばされた、と」


「多分」


「ここに死体がないということは……」


「ヴォゼは生きてる」


「マズいですね。あんな危険な魔物が野放しになっていると……」


「多分だけど、しばらくは大丈夫だと思う」


「どうしてですか?」


「ヴォゼの性格なら、生きてるならすぐに闘いに来るはず。ウートベルガを狙うにしろ、俺を狙うにしろ、どちらにせよグレアロス砦に来たはずだ。たとえ瀕死だったとしても。でも来なかった」


「気が変わったんですかね?」


「……わからない。けど、砦に来なかったということは、行き先はひとつしかない。魔境アトラリアに帰った……としか思えない」


「……そのまま戻ってこなかったらいいんですが」


「……ヴォゼなら必ず、また来る。それだけは確信できる」


 異様なほどの敵への信頼。

 それほどに、ヴォゼという魔物には芯があったのだ。


「一応、この付近も調べてみる必要がありそうですね。もしかしたら隠れてるかもしれませんし」


「念のためにそうした方が良さそうだ……。騎士団に報告も」


「…………」


「…………」


 ふたりはしばらく無言でガケの穴を見ていた。

 すると、アヴリルが一言。


「……下にいるみなさんに話すのは、で構いませんか?」


「……まぁ、気づくよね。アヴリルさんなら」


「そりゃそうですよ。なんてったって、人狼ウェアウルフですからね、私」


「できれば他の人には黙っていてほしい」


「危険だから、ですか?」


「うん」


「……特級よりも?」


「比べものにならないぐらいに」


「…………」


 ここにある気配の名残はもうひとつ。

 ジズだ。

 あのどうしようもない邪気が、微かにだが、ここに確かにある。

 アヴリルが察した気配はそれだ。


「了解です。私もできれば、この『得体の知れない匂いの存在』とは関わり合いになりたくないですから」


「助かるよ」


 アヴリルは普段はアレな性格をしているが、こういう時の察する能力は尋常じゃない。

 クロが話そうとしない。

 何かを隠そうとしている。

 僅かな所作の違和。

 アヴリルはそれを敏感に察し、クロの意図をも理解していた。


「うふふふ」


 唐突に、アヴリルが変な笑い声を出した。

 それをいぶかしんだクロに、


「口止め料とかありますか?」


「お金ならいくらでも払えるよ。でも、欲しいものは違うんでしょ?」


「さすがエルドアールヴ! 私が欲しいのは、あなたへの『貸し』です」


「貸し?」


「はい。私はね、クロイツァー殿」


 アヴリルが真っ直ぐ見てくる。

 その金眼に、陰りの色は微塵もない。


「あなたを信頼してます。あなたがエルドアールヴだからではなく、これまで一緒に、同じ釜のご飯を食べた仲間として」


 クロにとっては二千年前のことになるが、アヴリルやシャルラッハとは騎士団の同期で、仲間だ。

 たった三ヶ月だけの生活だったが、それは確かにクロの記憶に刻まれている。


「だからこの秘密は貸しです。あなたはそれを私に返す義務がある」


「……分かった」


「ああ、いえ。多分、分かってませんよ」


「へ?」


「これから先、あなたが困ることがあったら、迷いなく我々に相談してください。私は、シャルラッハさまもですが、全力であなたを助けます」


「…………」


「…………」


「え? それが貸し!?」


「そうですよ?」


「おかしくない? むしろ俺が助けられてるよ?」


「いえ、何もおかしくありません。だって、あなたは誰にも助けを求めない。そんなの、仲間としては悲しいじゃないですか」


「…………」


「だからこれが、貸しです。あなたはちゃんと私に返す義務がある」


「…………」


「約束ですよ? 困ったら、ちゃんと助けを求めてください」


「…………」


 クロには意味が分からない。

 アヴリルの言葉の意味が。

 そんなもの、当たり前だろう。

 困ったなら誰かに相談する。助けを求める。

 それが当たり前だ。

 そんなものをわざわざ貸しとして作り、お前を助けさせろ、だなんて。

 クロは本当に理解ができなかった。


「お返事は?」


「わ、わかった」


「はい、よろしい」


 返事を聞いたアヴリルは、ニッコリと笑った。

 よく分からないまま返事をしたクロは、ガケ下で待っているシャルラッハとエーデルがシビレを切らすまで、アヴリルのその顔をぼんやりと眺めていた。




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