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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

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67 二千年の執念


 仮面が落ち、エルドアールヴの素顔が明かされた。

 2000年もの間、誰も知ることはなかったその正体。


 クロ・クロイツァー。


 それは、この広場にいる兵士であれば誰もが知っている顔だった。

 居残りのクロイツァー。

 決して、良い意味ではないその呼び名。


 いったい誰が思っただろう。

 史上最強の英雄と謳われるエルドアールヴの正体が、グレアロス騎士団はじまって以来の、最弱と言っても過言ではない無才の少年だったということを。


 2000年もの時を超えた彼は、年をまったく取っていない。

 黒色の髪型も、その顔の造形も、身長も体付きも、以前の彼とまったく同じ。


 しかし、明らかに違っていたものがある。

 雰囲気と言うのが最も正しいだろう。

 強者の風格。

 覇者の気風。

 臨戦態勢を取っているクロには、そういう、敵に畏怖を抱かせるに相応しい――あるいは、味方に安堵を与えるような、歴戦の猛者の雰囲気があった。


 そしてもうひとつ。

 その身に纏う、エーテルの質と量だ。

 尋常ならざるエーテルが、今の彼の強さを物語っている。


「クロ……」


 エリクシアがクロを見る。

 自分が彼を不死にした。

 過去に飛ばされた彼は、いったい何を見てきたのだろうか。


 2000年である。

 いくつもの時代が移り変わり、文明すら変わっていき、数多の国が興り、そして滅んでいく。

 口で言うのはたやすいが、それは人の身で過ごすには永遠にも近しい時間。


 あの黒い渦――『変革』の力。

 エリクシアが直感した不死殺しの気配。

 それも当然だ。

 たとえ寿命が尽きないと言っても、まず精神が保たない。


 人になぜ寿命があるのか。

 膨大な時間の流れに耐えられないからだという説がある。

 それは肉体的なものも当然だが、精神的なものが非常に大きい。

 一個の魂が、その自我を保ち続けるには限界がある。


 人のように複雑な心を持つ生物なら尚更に耐えられる時間は短い。

 長生きのエルフ族ですら200年と少しの寿命だ。つまりそれぐらいの年月しか耐えられない。

 魂の強度には存在限界があるのだ。


 不死者にとっては、時間の流れはそれそのものが精神への直接攻撃である。

 クロに与えられた『変革』の時間移動。

 古の時代から現在まで、時間の流れに身を任せて戻って来るという苦行。

 それは2000年という莫大な時間の攻撃だ。


 致命傷レベルのそれは、クロの精神に多大な負荷をかけ続けていたはずだ。

 しかし、その地獄の時間を、不屈の意志で耐え抜いた。

 とてつもない忍耐力。

 すさまじい諦めの悪さ。

 おそろしいほどの執念である。


 それはいったい、どれほどの苦難だっただろうか。

 苦痛、苦悩。たった一言では言い表せない地獄の具現。

 しかし、それを乗り越えられる強靱な意志が彼に宿っていることは、これまでのクロを知る者なら分かっている。

 彼なら耐えられる。

 あのクロ・クロイツァーなら、どんな苦難ものだと。


「エリクシア、長く待たせてしまった。俺が弱いせいで、不安にさせた。

 でも、もう大丈夫」


 エルドアールヴ――いや、

『最古の英雄』クロ・クロイツァーが言う。


「千切られた『グリモア詩編』を取り戻して、完成した『悪魔の写本ギガス・グリモア』を持って、魔境アトラリアの最奥に行こう」


 それは最初に彼女と交わした約束。

 君を助けてみせると、そう言った。

 やっと、有言を実行できる。

 ようやく、約束を守れる。

 万感の想いをこめて、クロが言う。




「俺が君を、アトラリアに連れて行く」




 その約束を果たすため、2000年を耐えた。

 たったひとりの少女を守るため、莫大な時間の波を越えた。

 ただ耐えただけじゃない。

 鍛錬に鍛錬を重ね続け、彼女を守れるだけの力を手に入れた。


「グリモアと、グリモアの災いのすべてを消し去るための闘いを――」


 君を守るための闘いを。

 悪魔の運命を変えるための闘いを。

 たったひとりしかいない、かけがえのない君のために。


「――今、ここからはじめよう」




 ◇ ◇ ◇




 グレアロス砦、東側の壁近くの広場。

 周囲には、屋根の上に騎士団の役職幹部。広場の出口には兵士たちや冒険者が詰めかけていて、広場の中心を見張っている。


 広場の中には、大まかに4つのまとまりがある。

 エリクシアと、治療を受けているガラハドを守るように立っている副団長マーガレッタのまとまりが、まずひとつ。

 エルフの王エーデルヴァイン、その従者ヴィオレッタと騎士団唯一のエルフであるルシールのまとまりが、ひとつ。

 クロ・クロイツァーと、デルトリア伯。そして鎧のウートベルガという、この闘い最大の要所がひとつ。

 そして。

 シャルラッハとアヴリルが対峙する、2体のウートベルガ。

 場が硬直していた中で、はじめに動きが起こったのはここだった。


「――――ッ!」


 警戒していたシャルラッハとアヴリルが、その動きを察知する。

 2体のウートベルガがふたりに向かって動いていた。


「悪ィが人質になってもらうぜッ!」


 その動きは2人が警戒していてなお、不意を突かれた奇襲だった。

 影に身を潜めて隙を突くスライムとしての特性のせいか。あるいは、エルドアールヴの正体が露見した今だからこそ、2人の警戒心に僅かな隙ができていたのか。

 結果として。


「く……ッ!」


 アヴリルがウートベルガに拘束されてしまう形になった。


「アヴリル!」


 シャルラッハはというと、その戦技『雷光』によって緊急回避に成功していた。

 奇襲に対して反応が遅れてしまったことを差し引いても、紙一重で避けることだけはできていた。


「ひとり逃したか」


「いや、ひとりで十分だ。これで――」


 逃げられる、と。

 2体のウートベルガが会話をしていた瞬間、


「――兄弟、避けろッ!!」


 最後の1体、鎧のウートベルガが叫ぶ。


「……ッ!?」


 2体に叫びの声が届いた時には、すでに事は終わっていた。

 声が届くより速く。

 思考することよりも速く。


「悪いけど、そういうのは慣れてる」


 投擲された槍斧ハルバードが凄まじい軌道を描きながら、2体のウートベルガの体を爆散させていた。


「人質をとる敵とは何度も闘った。時代が移っても、地域が変わっても、人間も魔物も関係なく、そういうやつは必ずいたから」


 投げた槍斧の柄に繋がれている鎖を引き寄せ、再び自分の手元に持つ。

 普段の鎖の長さと、投げた時の鎖の長さが明らかに違っていた。

 伸びる鎖。

 何らかのエーテル技術で造られた代物であるということは一目瞭然だった。


「……なんて野郎だ……」


 鎧のウートベルガが後ずさる。

 あまりにも隔絶された実力の差。

 複数の特級の魔物をして、どうにもならない強さ。


 近距離の闘い、そして今見せた中距離の攻撃。

 どれも激烈な火力を保持するクロ・クロイツァーには隙がなかった。


 これがエルドアールヴ。

 これが最古の英雄。

 これが、クロ・クロイツァーの、今の実力だった。


「クロ・クロイツァー。あなた、わたくしたちをオトリに使いましたわね?」


 シャルラッハが言った。

 助けられたことに対して、素直に礼を言おうとしたアヴリルより先んじて、クロに対して文句を言ったのだ。


「ごめん、班長。あいつの隙を突くにはそうしなきゃ無理だった」


「そう……ひとつ、貸しですわよ?」


 素直に礼を言うことを拒否したのは、シャルラッハの意地ゆえのこと。

 あれぐらいの危機なら自分たちだけで対応できたという自信。

 それを邪魔されたことによる不満。

 そして。

 これが最も大きな比重を占めるのだが、

 一瞬のうちに助けられて、気恥ずかしい想いから出た文句だった。


「ありがとう。班長には助けられてばっかりだ」


「……?」


 クロが言った言葉の意図が分からず、首をかしげるシャルラッハ。


「あとで話すよ」


「全部ですわよ? 今までのこと、全部」


「分かってる」


「そう、なら。あとで」


 それだけの言葉の交わしで諸々の疑問を終わらせる。

 クロにとって、それは本当にありがたい配慮だった。

 今は、そう、闘いの最中なのだから。


「これで、あとはお前1体だけだ。ウートベルガ」


「…………」


 クロがウートベルガに話しかける。

 ウートベルガは更にもう一歩分、後ろに下がる。


「もう『増殖』はできないだろ?」


「……ッ!? テメェ……まさか」


「この闘いのキモは、お前だった。お前を何とかしないと勝ちの目は無い。だから必死に対抗策を考えた。いくつもの魔物と闘って、能力を研究した。魔物の生態の勉強もした。学者からも話を聞いたりしてね」


「……ケケケ、随分と前から準備してきたってワケか」


 ウートベルガが笑う。どちらかというと、苦笑いの類い。

 強いうえに用意周到だと、もはや手がつけられない。


「どういうことだ? もう『増殖』はしない?」


 マーガレッタが言った。

 これまでの闘いで、このウートベルガには相当に苦戦させられていた。危うく、死ぬ思いまでしたのだ。

 毒持ちのうえに倒しても倒しても増えていく怪物。

 どうやって倒したらいいのか分からない。

 事実上の無敵だったウートベルガ。

 その最も厄介な『増殖』を止めたというのだ。

 疑問の声は至極当然のことだった。


「もしウートベルガの『増殖』が、本当に無制限にできるというなら、他の魔物なんて必要ないんです」


「……っ! そうか、魔物の大群なんて呼び寄せる必要などない。自分自身の軍団を作って攻めてくる方がよほど脅威だ」


「そうです。でも無限に『増殖』するなんて、そんなことはできるはずがない。もしできるとするなら、それこそグリモアの災いでしかあり得ないんです」


 傍で聞いていたエリクシアがこくんと頷く。

 グリモアの異次元の力ならできる可能性はあるが、ウートベルガは魔物である。詩編を持っているわけでもない。


「だからウートベルガの能力にはカラクリがある。何らかの制限が必ずあると踏んだんです。それで、色々な魔物の生態や能力を調べていくうちに、やっと分かったんです」


 クロが2つの重量武器を構え直す。

 ウートベルガは油断できない相手。

 いつ敵が動いてもいいように、警戒は怠らない。


「まずひとつ。お前は戦闘中は、1度しか『増殖』できない」


 今度はウートベルガに向かって言う。


「自分と同じ身体、同じ力、同じ記憶、同じ意思を持つ者を複製する特性スキル。これをやるには相当量のエーテルを消費するはず。だからお前は、自分の体のどこかにエーテルを蓄える器官がある。貯まりきる頻度は多分、数週間から数ヶ月に1度程度。それが貯まるまでは『増殖』を使えない」


「…………」 


 ウートベルガの反応を見て、それが正解であることを確信する。


「これだけでも危険な能力だけど、怖ろしいことに、その『増殖』したウートベルガは、貯蔵器官にエーテルが貯まっている状態で複製される。

 学者はこれが引っかかって頭を抱えてたよ。無からエーテルを生み出す『第一種永久機関』ができてしまっているって」


「……第一種えいきゅ……なんだそりゃ?」


「俺もよく分からない」


 クロが続けた。


「でも答えは簡単なことだった。お前は、『増殖』して複製された瞬間限定で、もうひとつの特性を使える。それが、大気や大地に含まれているエーテルの『吸収』だ」


「……へぇ、そこまで分かんのかよ」


「生まれたての赤ん坊が本能で空気を吸うように、複製されたお前は、本能で周囲のエーテルを『吸収』する。生まれたてのスライムは元々毒素がないから、周囲の毒を取り込むのが本能らしいけど、お前の『吸収』はまさにそれだ。

 限定的な発動条件で、とんでもない威力を発揮するのは戦技も魔法も特性も同じこと。お前の場合は、生まれた瞬間だけに使えるっていう条件だから、『吸収』の効果も凄まじいハズ。何しろ、一生で一度しか使えない力だから」


 異常な力を持つ突然変異の個体――特級の魔物とよく言ったものだ。

 増殖するウートベルガは、そういう複雑な要素がいくつも組み合わさって実現した、ある意味奇跡のような怪物だった。


「そしてもうひとつ。お前は全部で4体……いや、お前の性格を考えると予備を残していてもおかしくないから、5体か6体でしか同時に存在できない」


「ケケケ……」


「生物っていうのは、自我の喪失を恐れる。スライムの『分裂』は、どちらかというと繁殖に近い。でもお前の『増殖』は、自分自身を複製している。自分が何体もいるという事実は、お前の存在意義を失わせる。その限界がさっき言った5、6体だ。違うか?」


「…………」


 ウートベルガは答えない。

 それは、図星であることを暗に示している。


「お前は、自分の自我を保つために、他のウートベルガを自分とは違う風に見ようとする。だから自分の複製をこう呼ぶんだ――」


「…………」


「――『兄弟』って」


「ケケケ。なんてこった……オレさま本人ですらも気づいていなかったぞソレは。アア……たしかに言われてみたら、そうだな」


 ひととおりの説明が済んで、クロが言う。


「お前はすでに『増殖』を使っている。だからお前はもう、『増殖』は使えない。他のお前が遠くの別の場所にいることは考えられない。なぜなら、自我の喪失を恐れるお前らウートベルガは、自分が他の何者かになることも恐れている。

 別の場所で経験の蓄積をすれば、当然記憶も違ってくる。そうすると別者になってしまう。他のウートベルガと違ってしまうのは、お前にとって何よりも耐えがたい苦痛になる」


 そこでクロは一息ついて、また続けた。


「だからお前らは常に『同期』をして、自分の記憶や情報を共有するんだ。自分の自我を確固たるものにするために。その『同期』も、あまりにも遠距離だとできない。滝から魔物を引き連れてきた別のお前と、グレアロス砦にいた今のお前がすぐに『同期』したのがその証拠。遠くにいることに耐えられるのは、ほんの2、3日程度じゃないか?」


「……ご名答。やるじゃねェの」


 そこでエーデルが話を足す。


「このグレアロス砦は、わらわの従者が調べ上げておった。こやつの索敵能力はわらわも認めるほどに優秀ゆえ、他にウートベルガがおらぬのは間違いない」


 エーデルがヴィオレッタを見て言った。

 視線をウートベルガに移して続ける。


「それに『同期』とやらで使う、か細いエーテルの周波はわらわがキチンと把握しておった。発した場所も、受け取った場所もな。つまりウートベルガは今、キサマひとりじゃ」


 付け加えると、ここにエルドアールヴが来た瞬間、目配せという小さな合図で鎧のウートベルガがすでに増殖済みであることを伝えていたのがヴィオレッタだった。


 ここまでのことをしないと、このウートベルガという特級の魔物の撃破に至らない。

 ウートベルガがこの闘いのキモだとクロが言ったのは、そういう事情ゆえのことだった。

 この魔物は、あまりにも攻略難度の高い魔物だったのだ。


 それもそのはず、ウートベルガは魔境の序列入りする特別な魔物である。

 強さで順位が決まる序列だからこそ70位だが、その厄介さでいうなら間違いなく上位、20位以内に入ってくる。


「ケケケ……お手上げだぜ。オレさまじゃどうにもならねェ」


 ウートベルガがわざとらしく手を上げる。

 何かするつもりかとクロが警戒するも、それは単純に降参の意らしいことがしばらくして分かった。


「どうするよ伯爵。マジでヤベェぞコイツ」


 後ろにいるデルトリア伯に話しかける。


「……エルドアールヴが、クロ・クロイツァー……? そんなバカなことがあるか? アイツが不死だっただと? ボクの不死を……アイツが持っている? そんなバカな……そんなバカなことが……ッ」


 しかし、デルトリア伯は聞いていない。

 ただブツブツと呟いているだけだった。


「おいおい……そろそろ現実を見ようぜェ?」


「……うるさい」


「ア?」


「ボクがアイツを殺す……殺すんだ」


「おいおい、逃げることを考えようぜ? ありゃ無理だって」


「お前はそこで黙って見ていろ」


 ウートベルガの制止を聞かず、ざっざっと音を立てながら前に出るデルトリア伯。

 その顔は、憤怒……いや、憎悪の色に染まっている。


「…………」


 そして、クロと正面から対峙する。

 憎らしげにクロを睨みながら、デルトリア伯が言う。


「つまり、こういうことか?」


 デルトリア伯が、わなわなと震えている。


「このボクが、エルドアールヴを作り上げてしまったと? 自分の手で、最大の敵を作ってしまったと?」


「そういうことになる」


 英雄エルドアールヴとはつまり、グリモアの『変革』と『不死』の災いが合わさったことによって、戦士として大きく成長したクロ・クロイツァーのことだ。

 期せずして、ふたつの災いが重なったという、普通ならば絶対にあり得なかったはずの奇跡である。


「よほどクロ・クロイツァーが邪魔じゃったとみえる。過去に飛ばすのも2000年前ではなく、せめて500年前ぐらいにとどめておけばよかったものを。

 グリモアの力が届く範囲ギリギリの過去……つまり、グリモアが召喚された時空まで飛ばした。おそらく限界まで力を使ったのじゃろうな」


 エーデルが言う。


「いや、そもそも他人を過去に送り込むなど愚の骨頂。怒りで頭が働かなかったようじゃな。クロ・クロイツァーが我が祖先ラグルナッシュさまと出会ったからこそ歴史は無事じゃったが、他人を過去に送ることで、現在が変わってしまう可能性すら思いつかなかったか」


「く……くくくく」


 含み笑いをするデルトリア伯。

 そこには悪意しかない。


「ちょうどいい。キサマをこの手で殺すことができるんだ。それに、ボクの目的は元よりエルドアールヴから不死を奪うことだッ!!」


「……ッ」


「何がエルドアールヴだ……何が最古の英雄だッ!!

 ボクをナメるなよ、クロ・クロイツァアアアアアアアアアッ!!」


 ズズズズ、と黒いエーテルを湧き上がらせるデルトリア伯。

 その異様は凄まじく、彼が本気になったことを明示していた。


「キサマの欠片ひとつ残さず、腐り殺してやるッ!!」


 デルトリア伯が黒いエーテルを迸らせながら、クロに接近する。

 しかし、


「なッ……!?」


 クロは右手の武器を地面に落とし、デルトリア伯に殴りかかる。

 黒いエーテルがクロの右手に触れる。


「バカめッ! そのまま腐ってしまえッ!!」


「……ふん」


 皮が剥がれ、肉が剥がれ、クロの右手は骨だけになり、そして。

 とんでもない勢いでデルトリア伯の顔を殴りつける、


「――アガッ!?」


 だけではなく。

 殴ったまま、凄まじい力でデルトリア伯を地面に叩きつける。


「ぐッ……」


 叩きつけられ、反動で跳ね上がった拍子に体勢を整えて、すぐに立ち上がるデルトリア伯。


「……くそッ」


 デルトリア伯の頭から血が滴り落ちる。

 一瞬、ふらっと体が揺れるが持ち直す。その殺意と戦意は失わない。むしろ、より強く激しく黒いエーテルが噴き上がる。


「昔の俺は、体が腐っていくこの苦痛に耐えられずに叫んだけど」


 クロは左手の斧槍を器用に使い、ガラハドと同じように、右手を切り落とす。

 落ちた右手は地面に染み込むように腐って消える。


「我慢ぐらいはできるようになったみたいだ」


 言って、クロは瞬時に黒いエーテルを右手に集中する。

 こなれた様子で、その右手を『再生』させた。


「…………ッ……ッッ!!」


「お前の『腐蝕』はもう慣れた。不死にはもう、通用しない」


 精神力の強さも更に強靱なものになっている。

 永き時の中で、クロは明らかな成長をみせていた。


「く……ッ」


「次はどうする? また過去に飛ばすか?」


「……キ、キサマッ……!」


「次は1000年か? また2000年前か? やれるならやればいい。また帰ってきてみせる」


「…………ッ!!」


 デルトリア伯は、斧を持って構えた。


「そう、お前が俺を倒すには、それしかない」


「ナメるなよ、クロ・クロイツァー。キサマを倒すのに、詩編の力など必要ない」


 そう、彼にはそれがある。

 絶対的な才能が。


「くくく……ボクの才能で、またお前を越えてやるさ。すぐになッ!」


 デルトリア伯が不敵に笑う。

 クロ・クロイツァーの努力を笑う。


 神に愛された天才。

 グラデア王国史上、最高の才能を持つ男。

 本気になった自分なら、英雄エルドアールヴを倒せるという絶対の自信がそこにある。


「……たしか、前は俺の10年を1分で越えたんだったっけか」


「そうだ。今度も同じように――」


「――今度は2000年だ。前と同じようにはいかない。そのために強くなったんだ。やれるものなら、やってみろ……ッ」


「やってやるさ。キサマは踏み台だ。

 キサマを……エルドアールヴを乗り越えて、ボクは誰よりも強くなるッ!!」


 デルトリア伯とクロ・クロイツァー。

 至高の才能と、究極の努力。

 これ以上ないほど正反対なふたり。

 その闘いの幕が、今、再び上がる。




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